帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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敗北、そして紹介

 ——望月螢(もちづきほたる)は、全く動じていないようでいて、内心では少しだけ驚いていた。

 

(いろんな男の人と戦ってきたけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 そう。螢は数え切れないくらいの剣士と勝負し、そのことごとくを打ち倒してきた。

 

 螢の剣才は天賦(てんぷ)と呼べるほどのものであり、幼くしてその剣は老若男女あらゆる剣士を寄せつけない。

 

 それに加えて稽古を全く惜しまぬ剣への情熱も相まって、螢はもはや当代でほぼ無敵とも呼べる剣客となった。

 

 そんな螢と剣と交えれば、誰だって、そう、どんな剣術達者とて己の非才さを強烈に思い知り、一生かけても叶わぬと悟って賢明に諦める。

 

 どんなに情熱的な求愛をしてくる者も、一度剣を交えて打ち負かされれば、それ以降全く姿を現さなくなる。

 

 螢とて、それくらいで諦めるような者と添い遂げる気には、やはりなれなかった。……弱い人を懐には置きたくない。懐に置くと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが——今日、再戦を挑んでくる者が、とうとう現れた。

 

 申し訳ないが、今まで自分に挑んできた男の中でも、最弱と言っても良い少年だった。

 

 浮ついた構え。鈍い動き。刃筋の通っていない剣捌き。

 

 コーヒーを飲みながら片手で戦っても余裕で勝てる。そんな弱過ぎる少年。

 

 きっと、剣とは無縁だったのだろう。

 

 いや、だからこそ、自分に再戦を挑んでこれたのかもしれない。

 

 剣に無知であるからこそ、螢の理不尽なまでの天賦を認識できない。

 

 無知というのは、時に勇敢さをもたらす。

 

 きっと、そういう理由なのだろう。

 

 それゆえに、再戦を申し込めた。

 

 それでも、螢にとっては印象的な出来事だった。

 

 でも、武の世界とは理不尽だ。

 

 どれほど勇敢であろうと、志が高かろうと、技量と力量がそれに伴わなければ意味が無い。

 

 強い者が立ち、弱い者が倒れる世界。

 

 それは武芸に限らず、あらゆる世界に共通する。

 

 螢は幼い頃、それを()()()()()()()()()()思い知らされたのだ。

 

 心を折られず、再戦した心意気だけは買おう。

 

 けれど、歩き姿を見ただけで分かった。

 

 

 

 ——この少年は、まだまだ弱い。

 

 

 

 駐車場を過ぎた先に広がる、赤煉瓦敷きの広場。その真ん中に、螢とその少年……秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)は向かい合って立っていた。

 

 両者の手元には木刀。周囲にはあっという間に女子生徒らの人集りが出来ていた。

 

 螢は左手の木刀の柄を両手持ちにし、正眼に構えた。

 

 切っ尖を通して、その先に立つ光一郎を見据える。

 

「いいよ。きて」

 

 螢がそう呼びかける。

 

 光一郎は「お願いします」と引き締まった声で言うと、螢を真っ直ぐ見つめながら、おもむろに構えをとった。

 

 右足を引き、体の右側に刀を垂直に立てた「陰の構え」である。

 

(——?)

 

 それを見た瞬間、螢の体幹が微かに震えを覚えた。

 

(……前よりも、構えが()わってる)

 

 ふわふわと浮ついていて、風が吹いたら飛んでいきそうなくらい頼りなかった構え姿が、まるで地面に根を張った木のように、しっかりしたものになっている。

 

 「構え」とは武芸において欠くべからざる要だ。武芸の強さと、構えの上手さは比例する。

 

 螢に勝つにはなおも力不足だが、それでも、明らかに前回勝負した時よりも練られている。

 

 この少年も、それなりに稽古をしてきたようだ。

 

 なにより、

 

(()()()——ほんのちょっとだけど、怖い)

 

 こちらの姿形だけでなく、その内側、骨格や筋肉群までも丸裸に見通そうとしているかのような、そんな眼差し。

 

 そこはかとなく、居心地の悪さを感じる。

 

 それでも、螢はすぐに動いた。……「何か」を隠していたとしても、両者の間には果てしない剣力の差があった。間合いに入れれば自ずとこちらが勝つ。

 

 滑るように音も無く足を進め、木刀の切っ尖で刺突。

 

 刹那、光一郎の『石火(せっか)』が火を吹いた。

 離れていた両足が勢いよく閉じられ、同時に手の内が鋭く絞り込まれる。

 それら手足の勢いを受けて、光一郎の切っ尖が突発的に疾駆。螢の木刀へ近づいた。

 

 衝突。快音。螢の木刀が横へ勢いよく弾かれる。

 

 しかし螢は、その弾かれた勢いをそのまま回転力に変換。

 己が木刀を頭上で一回転させ、今まさに刺突へと移行して螢に迫っていた光一郎の木刀を真横から打った。

 

「っ……!?」

 

 至剣流『風車(かざぐるま)』の型——自分の放った太刀の威力をそのまま返された光一郎は、木刀を横へ弾かれて小さく呻く。身を晒した。

 

 螢はそのガラ空きな喉元に切っ尖を走らせ、寸止め。

 

「あ……」

 

 光一郎は息を呑んだ。

 

 螢は、変わらず抑揚の無い口調で言った。

 

「わたしの勝ち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然といえば当然だけど、また負けてしまった。

 

 エカっぺにも言われたけど、ひと月剣を習った程度で勝てるような相手ではなかった。

 

 ——でも、だからこそ、それほどショックではない。

 

 ほんの少しでも、望月さんの動きをまた一つ、この眼に焼き付けることができた。

 

 こういう型もあるのだ、至剣流には。

 

 後学の参照になった。

 

「わたしの勝ち」

 

 望月さんが淡々と勝ちを宣言したのを確認すると、僕は一歩退がり、木刀をベルトの左腰に差し戻し、深く一礼した。

 

「ありがとうございました!! また稽古を積んで、出直してきます!!」

 

 そう感謝を告げて、きびすを返して立ち去ろうとした。

 

「——待って」

 

 望月さんが、僕を呼び止めた。

 

 思わず振り返った途端、彼女の漆黒の瞳と視線が合った。ドキリと心音が跳ね上がる。

 

 ほのかに顔を熱くする僕とは対照的に、望月さんはなおも無表情の美貌のまま、抑揚に乏しい口調で質問を口にした。

 

「……君の剣、前に比べて、ずっと良くなってた。努力……したんだね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕は沸騰しそうなくらいに顔を真っ赤にした。

 

「こ、光栄ですっ!!」

 

 やばい。褒められた。めちゃくちゃ嬉しい。羽が生えて宇宙まで飛んでいきそう。

 

「ねえ……君、えっと……秋津くん、だったっけ」

 

「は、はいっ!! 秋津ですっ!! なんでしょう!?」

 

「秋津くんは……本気で、強くなりたいの?」

 

「愚問です!! 何としても、あなたに振り向いて欲しいのでっ!!」

 

 今まで勝負を観戦していた女子生徒らがざわつく。「あらー」とか「だいたんですわ」とか「男らしいですわ」とか、黄色い感じに。

 

 だが、望月さんはまったく表情を変えず、目をしばたたかせるだけだった。……その反応にショックを受ける僕だが、無理もないかとすぐに思った。このような愛の告白を、彼女は幾度となく聞いているはずだから。

 

 ほんの少し間を置いてから、彼女は問うてきた。

 

「君は……師匠はいるの?」

 

「え……いや、いないです。僕の至剣流は学校で習ったものですから。正式に道場に籍を置いて習ってはいないですが、そろそろ考えようかと思っています」

 

「そう…………なら、「良い人」を知ってるんだけど、紹介してあげようか?」

 

 思わぬ申し出に、僕は目を丸くした。

 

「良い人、というのは、つまり……良い師匠、という意味でしょうか」

 

「そう。至剣流の免許皆伝者。そして——()()()()()()()()()()()()()

 

 再び僕は驚愕を覚えた。

 

 至剣流免許皆伝という、日本広しといえどなかなかお目にかかれないような称号もそうだが。

 

 特に驚いたのは、望月さんの師匠でもある人。

 

 それは、つまり——

 

 驚きの極致になって呆然としていた僕をよそに、望月さんはいつの間にか何やらメモを取っていたようだ。メモ帳から一枚切り離し、ソレを僕に差し出してきた。

 

「もし、君にその気があるのなら……本物の至剣流を学ぶ気があるのなら——ここに来て」

 

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