帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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東ドイツより愛を込めて《下》

 それを見下ろす巨漢——マクシミリアン・フロロフは、破顔した。

 

 死んだ。間違いなく。

 義手に仕込んだ銃の弾丸を、間近から浴びた。それをこの眼で見た。

 生きていられるはずがない。

 

 地面に横たわったまま、物言わぬ屍と化した、金髪碧眼の雌餓鬼。

 明らかに東洋人ではない。白人の少女。

 しかし、先ほどまで振るっていた武器は、日本刀。

 自分は今、それを武器としている者を、殺したのだ。

 

 ——十一年前、北海道の『玄堀村(くろほりむら)』付近の山岳地帯における戦闘で、自分の左腕を斬り落とした少年を、目の前の死骸に無理矢理重ね合わせる。

 

 生まれて初めて、人が化け物に見えた。

 地上軍の軍曹としてその戦場に立った自分は、その化け物によって味方が次々と首を刎ねられていく様を見せられた。

 刀一本しか持っていない、たかだか十代半ばほどの少年一人に、現代兵器で武装した軍団が為す術もなく蹂躙されていった。

 そんな化け物と戦い、自分はどうにか生き残った。しかしその代償として、左前腕を野菜のように斬り落とされた。……その時の刃の輝き、そしてそれを躊躇無く振るう少年の冷めきった表情は、今でもたまに悪夢として思い出す。

 

 ソ連が崩壊し、『玩具(イグルシュカ)』の一員になった後も、己の片腕を奪った日本刀と、それを振るう剣士に対する恐怖と憎悪は残留していた。

 

 だからこそ……たとえ日本人でないとしても、刀を武器に果敢に向かってきた剣士をこうして殺せたことに、愉悦を感じずにはいられない。

 

 ざまをみろ。これが現実だ。

 今の時代、戦争の趨勢を支配するのは、銃なのだ。科学なのだ。

 剣という前時代的武器を未練たらしく抱きしめる貴様ら侍の勇敢さなど、何の意味も持たない。己の命すらも守れない。

 銃器に剣が勝つなどという不条理はあり得ないし、あってはならないのだ。

 

 ——いや、今はまず例のコインの奪還が先だ。

 

 一旦冷静に自己を律したマクシミリアンは、毒傘を近くのビルの壁際へ置き、小娘の亡骸に近づく。例のコインは、スカートの右ポケットにあったはず。

 

 日ソ戦後間も無いゆえにロシア系組織への警戒心が強い日本において、『玩具(イグルシュカ)』の構成員同士が直接顔を合わせて話すことはほとんど無い。トリックコインを含むあらゆる手段を用いて秘密裏に連絡を取り合う。

 

 あのコインには、微小な文章を刻み込んだマイクロフィルムが入っている。

 万が一コインが他の者の手に渡ってしまったとしても、特殊な機材がなければ読み取りは不可能な上、日光を直接浴びるとフィルムが焼けて文章が消えてしまうため証拠も残らない。

 

 今回のメッセージは、おそらく『呪剣』とやらを用いた作戦に関する続報だ。——訳の分からぬ日本の剣術などに頼るなど理解を超えているし(しゃく)(さわ)るが、()()()はかつて日米同盟計画の情報をいち早く掴んだ凄腕のチキーストだ。いけ好かない人物だが、実力に関しては信頼できる。

 

 ここの人通りは今はわずかだが、それでも先ほどの戦闘を何人かに見られてしまった。警察が来る前に早々に退散しなければ。

 

 小娘の亡骸の前でしゃがみ、スカートに右手を伸ばし……途中で止まった。

 

(……待て。刀はどこへ行った?)

 

 不可解に思って周囲へ視線を巡らせ、すぐに発見。小娘の二メートル先に転がっていた。

 

 撃たれた拍子に手から離れたのか?

 

 だが、よく見ると、その刀から、ほのかに()が湧き出ていた。

 

 

 

 ——刀の(つば)に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(まずい——!!)

 

 気づいた時には、すでに遅かった。

 伸ばしかけた右腕を引っ張られ、うつ伏せになり、背中を強い重みで圧迫された。

 後ろから伸びた細く白い腕が喉元に巻きついた。

 

 吐息が、マクシミリアンの耳元に当たる。

 

 

 

「——Doof(ばぁーか)

 

 

 

 ギーゼラは、甘い声で、残酷にささやいた。

 

 何という幸運か。

 

 先ほどの義手から撃ち出された弾丸は、ギーゼラの体には当たらず、刀の鍔に直撃した。

 

 撃たれて吹っ飛びながらそれを実感したギーゼラの脳裏に電撃的に浮かんだ、一つの賭け。

 

 ——死んだフリをして、油断させ、「空洞コイン」を取ろうと近づいてきたところを拘束する。

 

 刀を遠くに捨てたのは、ワザとだ。

 腕の細い小娘の唯一にして最強の武器。

 それをすぐに拾えないほど遠ざけることで、油断させるため。

 しかし、ギーゼラの武器は剣だけではない。

 柔術も、父から学んでいた。

 

 無論、柔術をやっていても、圧倒的体格差のある巨漢相手では、小娘の細腕で出来る事など知れている。

 

 だけど、こんな細腕でも——やり方次第では、()()()ことくらいはできる。

 

 右腕に力を込め、太い首の喉を思いっきり締め上げる。

 喉締めである。呼吸を断ち、一時的に仮死状態へと移行させる柔術の技法。

 両膝に体重をかけて巨体を地面に縫い留めながら、ひたすら力の限り喉を締めつけるギーゼラ。

 

 だが悲しいかな、十三歳になったばかりの女児の体重だ。

 

 マクシミリアンはその巨体に宿る馬力にモノを言わせ、ギーゼラの圧迫から強引に立ち上がっていく。

 

「こん、のっ!! 落ちろぉぉぉぉっ!!」

 

 ギーゼラも負けじと、両足を巨体の脇腹に引っ掛け、思いっきり後方へ体重をかけて喉締めを強める。

 

 獣のような太い唸りを上げながら、全身を右へ左へ振り乱し、引き剥がそうとする。その顔はすでに真っ赤だ。

 

 さらにマクシミリアンは義手の指先をギーゼラへ向けようとしたが、途中でやめた。

 

(そうよねぇ! 間違えて自分のドタマぶち抜いたら本末転倒だもんねぇ!? こっちはアンタの首元取ってんだから!)

 

 ギーゼラはそこまで計算してやっていた。

 あとはこの喉締めを成功させるだけだ。

 それに全ての意識を集中させればいい。

 

 ギーゼラは限界以上の腕力で首を締め付けた。

 

 マクシミリアンはそれを解かんと、ビルの壁に背中から勢いよくぶつかる。

 

「ぐ……!」

 

 その巨体の背中にしがみついていたギーゼラは、硬い衝撃と痛みに目をすがめる。だが腕の力は緩めない。

 

 何度もビルに体をぶつけられるが、耐え続ける。

 

 二人のそんな泥臭くも決死なやり取りがしばらく続き————やがて、巨体がふらりとバランスを崩した。

 

「うわっと……!」

 

 力無くうつ伏せに倒れたマクシミリアン。ギーゼラは慌ててその巨体をクッション代わりにする。

 

 恐る恐る確認を取る。

 

 ——()()()

 

 そう確信した途端、アドレナリンの過剰分泌によって目を逸らしていた疲労や痛みがドッと押し寄せてきた。

 

「ったぁぁ…………っ!」

 

 それでも全身に鞭を打ち、放り投げてしまった刀と、鞘を拾う。

 

「最ッ低。おニューな刀なのに……」

 

 銃弾を受け止めて無様にひしゃげてしまった鍔を見て、ギーゼラは吐き捨てた。

 

 まあでもこの鍔以外は、刀の他の部分も、自分の体も無事なのだから、それで良しとしよう……そう自分を納得させながら、倒れ伏した巨体へと歩み寄り。

 

 ——その首筋に刃を突きつけた。

 

 今なら、止めを刺せる。

 簡単だ。この刃を、首筋にサクッと走らせればいい。最高峰の斬れ味を誇る日本刀の前では、いかな筋肉の鎧も意味をなさない。

 こちらは刀だが、こいつは人を簡単に殺せる飛び道具を、子供相手に平然と使ってきたのだ。返り討ちに殺されたって文句は言えない。正当防衛である。

 何よりこの男は……父を自殺に追い込み、母と自分を引き裂こうとした連中の片割れだ。慈悲を与える理由がなおのこと思いつかない。

 

 だが——ギーゼラは愛刀を鞘に納めた。

 

 ここで殺すのは簡単だ。

 けれど、それをして喜ぶのは、ギーゼラのみである。

 母も決して喜ばない。

 であるならば、ギーゼラ以外の人間が喜ぶ処理の仕方をしようと思った。

 

 ポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出す。牧瀬電機が今年初頭に発売した最新モデルだ。親王(しんのう)がこの機種を愛用していると知れるや、飛ぶように売れたという。

 

 ——この国に来てから、嫌な事も確かにあった。

 

 だけど、この国は間違いなく、自分のもう一つの祖国を救ったのだ。

 引き裂かれそうになった母と自分の繋がりを、守ってくれたのだ。

 全て、この国の民が、ソ連という強大な敵を前に確固たる国家意思を貫いてくれたから。

 

 一人のドイツ人として、その恩義に報いようと思った。

 

 携帯のキーを打ち、耳元にスピーカーをあてがい、告げた。

 

「——あ、もしもし、警察ですかぁ? 今、池袋の平和通りで怪しい外人を捕まえたんスけどぉ」

 

 東ドイツより愛を込めて。

 

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