帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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【トーナメント表付き】天覧比剣——開会式

 ——帝国(ていこく)神武閣(しんぶかく)

 

 東京都千代田区九段(くだん)にある、巨大武道場の名前だ。

 

 エカっぺは宮城(きゅうじょう)の北にあると言っていたが、より正確には宮城の北西に存在する。

 千鳥ヶ淵(ちどりがふち)のあたりで、宮城の真北にある近衛師団兵営地と(ほり)を挟んで向かい合う位置だ。

 

 八卦を形どった軒と、その八角から上へ弧を描いて富士のごとく伸び上がった、巨大な黄土色の屋根。

 それを冠のようにかぶり、雄大な威容をもって鎮座するその建造物は、その正面から前方に広がる広大な駐車場を、胡坐(あぐら)をかいた武神のように見下ろしている。

 

 面積は約八五〇〇平方メートル。

 収容限界人数は約一万五千人。

 竣工時期は一九四〇年代。二度目の欧州大戦に並行して訪れた大戦バブルによって、帝国経済が華やいでいた時期である。

 

 「日本の長い歴史の中で醸成されてきた武芸文化と尚武精神を絶やさず、臣民の士気発揚に寄与し、神武(しんぶ)の国たる様を世界に顕示(けんじ)する」という目的のもと建設されたこの巨大武道場は、あらゆる武術的行事や競技大会の会場として使われ、半世紀以上経った今なお改修されながら帝都の人々に親しまれ続けている。

 

 何より——毎年の夏と冬に行われる、天覧比剣の会場なのだ。

 

 僕にとってこの神武閣は、住まいのある神田の近くにありつつも、まるで別世界の建物のような存在だった。それくらい無縁だった。

 

 だけど、今日——二〇〇二年八月一日は違う。

 

 今年の僕は、そこで戦う剣士として、この神武閣を堂々と訪れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そのはずだが。

 

「……どこから入ればいいのかな」

 

 八月一日早朝。快晴。

 

 僕ら富武(とみたけ)中学校撃剣部は、送迎バスで神武閣前の大駐車場まで訪れたはいいが、おびただしい数の車と、密度の高い人波を目の当たりにして、早くも二の足を踏んでいた。

 

 僕らが乗ってきた送迎バスは参加選手を乗せていたため、関係者用ルートから円滑に駐車場入り出来たが(駐車する場所も確保されていた)、通常ルートでは車が長い渋滞を形成していて、なかなか進めずにいた。

 

「……何度見ても、うんざりするような人混みだわ」

 

 峰子(みねこ)辟易(へきえき)したような低い声で呟く。その姿は富武中の夏服である半袖セーラー服。僕らはまだ全員制服である。

 

「何度見ても、って……峰子は前にも来た事があるの? 天覧比剣」

 

「観客としてね。すっごい見づらい席だったけれど」

 

 それを「へー」と納得した声で受け入れながら、僕はなおもわらわらうごめき続ける人波を他人事みたいに眺め続ける。

 

「……まさか、僕らもあの中に入れとか言わないよね?」

 

「心配せずとも、参加選手には専用の入場ルートが確保されているから、我々には関係の無いことだ」

 

 氷山(ひやま)部長がそう答えてくれた。部長という立場ゆえに、そのことは把握済みなのだろう。

 

「それにしても……人多いですね。確か、神武閣って一万五千人入れるんですよね? まさか、もういっぱいいっぱいってわけじゃ……」

 

「いや。来たは良いが、入るのに時間がかかっている。そんな感じだろうさ」

 

「金属探知機とか、ボディーチェックとか、それを通過しないといけないから」

 

 氷山部長の説明を、峰子が補完する。

 

 何で金属探知機? と一瞬疑問に思ってからすぐに納得した。

 天覧比剣は、(みかど)が御覧になるから「天覧」なのだ。

 玉体(ぎょくたい)に危害を加えようとする者が出てこないとも限らない。だから入場前に危険物の有無をチェックしておかないといけないのだろう。

 

 なるほど。それは時間がかかるはずだ。

 

「まして、今回は帝だけじゃなくて、アメリカ大統領まで来るって話だから、なおのこと気が抜けないのかもしれないわ。……だからなのか、今回はいつにも増して警官の数が多いわ」

 

 やや潜められた峰子の声に従うように、僕は駐車場一帯を見渡す。

 確かに、お巡りさんがあちこちにいて、逐一無線機で何か言っている。

 僕達の噂とかしてないだろうかとか警戒したくなるような、物々しい感じがした。

 

「——ねぇ君、ちょっといいかしら?」

 

 そこで突然、真横から声をかけられて、ビクッとする。

 

 思わず振り向くと、そこには知らない女の人がいた。

 女性的凹凸に富んだ細身に夏物のパンツスーツを着た綺麗な大人の女性で、化粧がいい感じに乗ったその顔にはにっこり笑顔。だがその笑顔はどこかわざとらしいというか、空々しいというか……

 

「な、なんでしょうか……?」

 

 近くにいた男子はドギマギした視線を彼女に向けるが、僕には怯えと警戒心しか感じなかった。思わず小さくなりつつ問い返す。

 

 女性はその貼り付けたような笑みを崩すことなく、ことさらに甘くしたような声で、

 

「お姉さんね、記者をしてるんだ」

 

「そ、そうなんですか……その記者さんが、僕に何のご用で……?」

 

「君、富武の子でしょ? 今年の東京代表の。つまり開会式の時、大武道場に整列するんだよね? ……ある消息筋で、国賓として来日しているバークリー大統領が、帝と一緒に発言をするらしいと聞いたのよ。お姉さんが小型のカメラを貸してあげるから、もし大統領が出てきたら、真正面からの写真をこっそり撮ってくれないかしら?」

 

「えっと……記者の人なら、普通に会場で撮影できるじゃないんですか? 何も僕に頼まなくても……」

 

「じ、事情があるのよ。ね、お願い。お礼はちゃんとするから——」

 

 そこで女性の言葉は止まる。背後から警官が現れ、その肩を掴んだからだ。

 

「そういう頼み事を、子供にするのはやめてもらおうか」

 

「な、何よ? 取材に協力してもらおうってだけよ」

 

「あんたそう言って、他の学校の生徒にも声かけてたらしいじゃないか。おおかた、正規ルートからの立ち入りが許されていない週刊誌の人間だろう。ほら、そういうのはやめたやめた」

 

 お巡りさんはそう言って、その女性記者を引っ張り込んでいった。

 

 「ちょっと、どこ触ってるのよ! 離しなさい! 報道の自由の侵害! 官憲の横暴! 記事にしてやるんだからー!」という声が遠ざかっていく。

 

 僕は胸を撫で下ろした。こ、怖かった……

 

「多分、貴方が一番弱くてつけ込みやすそうだったから、狙われたんだと思うわ」

 

 峰子の容赦無い評価に「そんなぁ」と弱音を吐く僕。こう見えて一応僕レギュラーなのに。

 

 もう一人来ていたお巡りさんが、笑みを交えて僕らに話しかけてきた。さっきの記者さんと違って、こっちの笑顔は取っ付きやすかった。

 

「君たちは……参加選手かな?」

 

 その問いに対し、部長が一歩前へ出て丁寧に答えた。

 

「はい。われわれ富武中学校撃剣部一同、東京代表として天覧比剣に(まか)()しました」

 

「富武中学校……こう言っては失礼だが、知らない名だね。いつもは大体、葦野(よしの)女学院(じょがくいん)が帝都の代表になるからね」

 

「葦野は区予選にて倒しました。薄氷(はくひょう)の勝利ではありましたが」

 

 お巡りさんは「そうか」と納得したように頷くと、

 

「観る側としては、そういう番狂わせがあった方が面白いものだ。だから、優勝目指して頑張って欲しい。帝都の剣士の意地、どうか見せてやってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 部長がそう一礼する。

 

 お巡りさんは気持ちを切り替えたように表情を引き締め、爪先を神武閣へ向ける。

 

「選手用の入場ルートに案内しよう。ついて来るといい」

 

「いえ。我々だけで結構です。どうか公務の方を優先してください」

 

「これも公務だよ」

 

 そう言ったお巡りさんの横顔には、さらに厳しい表情が見えた。

 

 無線機で僕らを送り届ける旨の連絡を終えると、お巡りさんは僕らを案内し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、天覧比剣少年部は始まった。始まってしまった。

 

 会場のひりついた空気もそうだが、帝国神武閣に初めて入ったのである。それも選手として。なおのこと緊張した。

 

 お巡りさんの次は運営の人に案内され、僕らは地下二階へ降り、大武道場へと出る。

 

 この神武閣の本館内部は、外観通りの巨大な八角形をしている。

 八角の大武道場を、さらに八角の観客席が取り囲んでいる感じだ。その観客席も一階から三階まである。まるで段々畑のように。

 階層は地下二階から地上三階まで。

 地下一階は、VIP(ブイアイピー)の人達がいるようなので厳重な警備がしかれていた。

 そして地下二階は僕ら参加選手のための施設だった。控え室やトイレ、自販機など、いろいろある。

 

 すでに大武道場には、僕ら以外の各県代表校の生徒がたくさんいた。異なる制服の群れがいくつも見られ、僕らもその一つと化した。

 

 運営の人に、これからの予定を口頭で説明される。

 現在八時三十分ごろ。それからあと三十分後の九時に開会式が始まる。

 開会式が終わってから一時間後に、開幕戦が始まるそうだ。

 

 天覧比剣も、これまでの予選と同じく、トーナメント戦だ。その表は開会式に発表される。

 今回は都道府県と同じ数である四十七校が来ており、膨大だ。

 これら四十七を分割して、試合場を「第一会場」「第二会場」の二つに分け、並行で進めるそうだ。

 第一、第二会場の双方を勝ち抜いた二つの学校が決勝戦を戦い、勝った方が優勝。

 優勝校には、帝より短刀が下賜(かし)される。帝室(ていしつ)技芸員(ぎげいいん)の刀工が打った一品だそうだ。

 

 一通りの説明を終えた最後に「天覧であるということを自覚し、どのような試合であっても潔さを忘れず剣を振るうように」と言い渡された。

 

 ——その後に始まった開会式にて、僕はこれが「天覧」であるということを強く思い知ることとなった。

 

 開会式のプログラムの一番最初。

 

 「開式の御言葉」。

 

 用意された壇上に音も無い足取りで現れたのは、他でもない、帝であった。

 

 帝が、畏れ多くも僕ら代表校の前で登壇遊ばされ、「開式の御言葉」を発したのだ。

 

 テレビではない、己自身の五感で玉体と玉音(ぎょくおん)を認識した僕は、何もしていないのに恐縮の極みだった。強い日光で溶けていく棒アイスのように、小さくなりそうな思いだった。

 

 僕の隣に立つ峰子が、僕のワイシャツの脇腹を掴んできた。その手は強張(こわば)っていた。彼女もひどく緊張している様子。その顔を見てみたいが、今は壇上から一瞥(いちべつ)でも眼を離すことさえ不敬に思えた。

 

 そんな感じで緊張しきっている、その一方で、

 

(なんだろう…………あの立ち振る舞いとか、独特の雰囲気とか、あの顔つきとか……つい最近、どこかで見たことがあるような……)

 

 そう思いかけて、慌ててかぶりを振って思考を打ち切った。そんなわけないだろ。不敬すぎるぞ僕。きっとテレビで見たんだろう。

 

 「天覧」の意味を痛感しまくった後、次のプログラムへと移る。

 

 「来賓(らいひん)の挨拶」である。

 

 その「来賓」には、「国賓(こくひん)」も含まれていた。

 

 そう。アメリカのバークリー大統領である。

 

(でっか)

 

 壇上の帝の御隣に現れた年配ほどの白人男性に、僕は心の中で呟いた。

 

 二メートルに達しそうな背丈、冷蔵庫のような分厚い胸板、神殿の柱を思わせる桁外れな骨太具合を誇る四肢が、高そうなスーツを内側から膨らませていた。

 高密度の筋肉の鎧で覆われたその威容は、偉丈夫という言葉すら不適当に思える。明らかに僕ら日本人とはフレームが違う。

 まさしく「アメリカンドリームを掴んだ、ザ・成功者」って感じのステレオタイプな風貌。僕みたいなチビならあの太い腕に座れそうだと思った。

 

 太い見た目通り、太い声音で、大統領は英語で語る。

 

 重要な同盟国である日本との友好とか、この剣のカーニバルが我ら偉大なるアメリカとのパートナーシップをさらに強固にするだろうとか、偉大なアメリカの更なる発展を期待して欲しいとか……段々と祖国自慢になっていったその挨拶を、語学にも堪能であらせられる帝が(よど)みなく通訳していった。

 

 申し訳ないが、正直言って退屈と言わざるを得なかった。

 

 それでも欠伸をすることを慎んだのは、ひとえに、帝の玉音でその日本語訳が発せられていたからに他ならない。

 

 同時に思った。だからこそ帝が通訳をしているのではないか、と。

 

 同盟国の大統領の前で不躾な態度を、子供達であってもさせないために。帝の口から発せられた事には、帝国民であれば耳を傾けざるを得ないから。

 

 まあ、あくまでも予想だけど。帝の御深慮(ごしんりょ)は僕みたいな子供には計りかねる。

 

 それからもプログラムは消化されていき、やがて待ちに待ったトーナメント表の発表がなされた。

 

 壁に大きく張り出されたトーナメント表。

 「第一会場」に二十三校、「第二会場」に二十四校という形で二ブロック化されていたそのトーナメント表を視線でなぞっていき……見つけた。

 富武中学校は「第二会場」。しかもシード枠だった。

 

 「第二会場」の二十四校中、八校がシード枠となっていて、そこに入った僕らは開幕戦は免除。

 残った十六校で、今日の開幕戦八試合を行なって八校が勝ち抜き、翌日の二回戦から僕らシード八校がようやく戦うという形になる。

 

 開幕戦の日は、戦う必要がなくなったため、敵情視察を十分に行える。ありがたいと思った。

 

 やがて開会式は終了。

 

 終了時刻は九時半。その一時間後に開幕戦は始まった。

 

 敵情視察を行うための席は、「第二会場」に近い場所を選んだ。

 「第一会場」の学校とは、決勝戦でぶつかるまで関わりが無い。であるなら「第二会場」を優先して観察するのは自明の理である。

 ……とはいえ、なにぶん来場者が多いため、やや見づらい席しか取れなかった。

 

 だが——開幕戦の前に、大武道場にて「開幕演武」というのが行われることになった。

 

 今までの天覧比剣に前例が無いというその試みに、僕らを含む多くの観衆が一斉に大武道場を見つめた。テレビ局なのだろう、大きなカメラもいくつか見られる。

 

 衆人環視の中、大武道場の端から歩み出てきたのは、二人。

 

 そのうち一人は——嘉戸(かど)寂尊(じゃくそん)だった。

 

 嘉戸宗家次期家元の顔は、剣の世界では知れている。僕と同じようにざわめき立った人達は、ほとんどが剣士だろう。

 

 そしてもう一人。

 

「——(ほたる)さんっ?」

 




以下がトーナメント表です。
よろしければご参照ください。



【挿絵表示】



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