帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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天覧比剣——開幕演武

 一般客席、VIP席問わず、神武閣(しんぶかく)本館にいる全ての人間の視線が、今、中央の大武道場にいるたった二人の剣士に向けられていた。テレビ中継までされていた。

 

 しかしその二人は、いささかの緊張すら見せず、柳のような静かな立ち振る舞いを保ち続けていた。

 

 嘉戸(かど)寂尊(じゃくそん)

 望月(もちづき)(ほたる)

 共に、当代の至剣流における頂点と呼べる剣豪達であった。

 

 両者とも、白い上衣と黒袴の稽古着。両肩には白い(たすき)

 左手には鞘に納まった刀。もちろん本物だ。()()()()()()()()()()()()

 

 二人は互いに広く距離を開いて、向かい合う。

 

 

 

 一礼。

 

 

 

 双方、刀を左腰に差して帯刀(たいとう)

 双方、おもむろに抜刀。

 双方、「正眼の構え」を取る。

 双方、切っ尖が触れ合うまで近寄る。

 双方、蹲踞(そんきょ)

 双方、立ち上がって後退。

 双方、切っ尖が触れ合うまで近寄る。

 双方、止まる。

 

 

 

 ——そこからまず最初に動いたのは、螢だった。

 

 

 

 閃くような速さと、全身の力が寸毫(すんごう)も歪まず剣尖一点に集中したような密度の濃さを感じるその刺突は、至剣流の『鎧透(よろいすかし)』。

 

 対し、寂尊は退きながら刀身を(まる)く操り、刺突を逸らす。そこからほとんど間を作らず、防御と同時に螢へ向けていた己の剣尖を、運足とともに走らせる。至剣流の『綿中針(めんちゅうしん)』。

 

 螢は踊るように身を捻って刺突から逃れつつ、寂尊の左を取ると同時に円弧の太刀を振り放つ。至剣流の『颶風(ぐふう)』。

 

 寂尊は振り向きながら、右耳隣に剣を垂直に構えた「陽の構え」を取る。そう構えた拍子に螢の太刀を受けてから、すかさず剣尖を鞭のごとく発する。至剣流の『雁翅(がんし)』。

 

 螢はその一太刀を柔らかく受け流しながら、鋭く身を進める。

 寂尊は大きく退きながら、我が身に太刀筋を巻き付けるように剣を振る。

 その『旋風(つむじ)』の太刀筋すらも受け流してさらに前へ出て、構えた剣尖を先んじて突進。龍の動きの剣と虎の勢いを兼備した『龍虎剣(りゅうこけん)』。

 

 寂尊もまた、悠々と刺突。その切っ尖の()()()は、螢の『龍虎剣』と触れ合い、擦れ合い、軌道を歪めて空気を突かせる。一方で、軌道をまっすぐ保たれた寂尊の剣尖は螢へと近づいていく。一度の刺突に攻防を兼ねた『浮船(うきぶね)』である。

 

 螢はそれも軽く避けて、また次の技を放つ。

 寂尊もそれを軽くいなして、また斬り返す。

 互いの攻防を入れ替えながら続けられるその様は、まるで互いの尾鰭(おびれ)を追い回し続ける陰陽魚のよう。

 

 ——周囲の観客は、唖然としていた。

 

 演武と呼ぶには、あまりにも危険と隣り合わせで。

 しかし斬り合いと呼ぶには、あまりにも(かど)が取れている。

 そんな「演武」であった。

 

 真剣を使っているにもかかわらず、「演武」をひたすらに繰り返す二人の剣豪は、命のやり取りのような緊張感は微塵も無かった。

 

 あるのは、ただ、溶け合うような心地良い「剣の調和」のみ。

 

 二つの支流が遭遇し、触れ合い、流れを同じくし、大河となるような。

 

 ——『生々流転(せいせいるてん)』。

 

 至剣流の型をすべて体得した者同士で行う、至剣流の稽古法である。

 

 お互いの知る技を、攻防を入れ替えながら、幾度も出し続ける。

 

 途中でやめず、円環のごとく続ける。

 

 それによって、今の自分に足りぬ型を体で見つけ出し、それを手掛かりに稽古をして改善していき、至剣へと着実に近づいていく。

 

 『生々流転』が終わるのは、どちらか片方の太刀筋に「詰まり」が生まれた時だ。

 

 現在自分の体得している型の中で、最も習熟されていない型にのみ生じる()()()()()。それが「詰まり」。

 

 ——二人の『生々流転』もまた、そのように終わりを迎えた。

 

 先に()()()()のは、寂尊の剣。

 心身ともに「剣の調和」に浸っていた螢は、そんな「詰まり」という不純物を敏感に感じ取り、そして条件反射でピタリと剣を止めた。

 

 双方、退く。

 双方、「正眼の構え」となって切っ尖を触れ合わせる。

 双方、蹲踞。

 双方、立ち上がる。

 双方、構えたまま五歩退く。

 双方、納刀。

 双方、左腰から鞘ごと引き抜き提刀(ていとう)する。

 

 

 

 一礼。

 

 

 

 途端、割れんばかりの拍手が膨れ上がった。

 

 当代に名を馳せる二人の剣豪が魅せた、極上の剣舞。

 

 剣を知る者はもとより、知らぬ者もみな惜しみない称賛を送っていた。

 

 だが、それを()せた二人は、膨大な喝采(かっさい)には(ごう)も心を動かされず、ただお互いのみを見つめていた。

 

 二人は、視線をぶつけ合う。

 その視線には、意味があった。

 ()()()()()()()()、お互いに分かるものだった。

 

 ——しかし「その意味」を解せるのもまた、この二人だけであった。

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