帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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神武閣事件——同類ゆえに

 『呪剣』によって呪われた暴徒は、少ないながらこの神武閣(しんぶかく)地下一階にも入ってきていた。

 

 彼らは植え付けられた強烈な害意の赴くまま、自分以外の人間へ見境無く襲いかかる。

 

 さながら亡者の共食いのごとく、彼らは(ともがら)と掴み合い、殴り合う。犬同士が喧嘩するような声が、そこかしこで聞こえてくる。

 

 ——(ほたる)村正(むらまさ)の向かい合って立つ場所は、そんな騒がしさを吸収し、溶かし、無に帰するような、異様な静けさを保っていた。

 

 剣の届かない遠間を保ち、接近と後退を繰り返しながら、構えと視線の向きを絶え間なく変え続ける。

 

 素人目には、ただ剣をゆらゆら動かしているだけに見えるだろう。

 

 しかし、そこには寸分まで計算された駆け引きが行われ続けていた。

 

 どちらか片方の動きに少しでも引っかかりが生じれば、そこがそのまま隙となる。

 

 どんな達人であっても、戦い続けていれば、必ずいつかは隙を一瞬でも生み出す。両者ともに、それをよく知っていた。

 

 だから、ワザと自分から隙を作って罠に誘ったりもする。

 だから、その罠に引っかかりそうになる素振りをワザと見せて、相手に()()()()を作らせようとしたりもする。

 だから、本物の隙に見せかけた偽物の隙を作ったりもする。

 だから、いちいち相手の動きに一喜一憂するのにうんざりして頑なに何もしなくなり——と見せかけて一気に飛びかかったりする。

 

 村正が飛び出すタイミングに噛み合わせる形で、螢も勢いよく前へ出た。

 

 互いに龍が虚空を巡るような太刀筋を発し、

 互いの剣を数度さばき合い、

 互いに刺突を放って互いにそれを外し、

 互いに引き斬りの意味を込めて刀を引っ込め、 

 互いにソレを防ぐ形で刃を交えて、切り結んだ状態となる。

 ……瞬く間の出来事だった。

 

 螢も、村正も、()()()を使ったのだ。『龍虎剣(りゅうこけん)』。相手の剣を受け流しながら突っ込んで刺突する、その名の通り龍の柔軟さと虎の勢いを兼備した剣技。

 

 しかし、そのどちらも相手を傷つけるには至らず、鍔迫り合いに落ち着いた。

 

 ——両者の剣の腕に、それほど大きな開きは無かった。

 

 間近にある美貌に、村正はニィと破顔した。

 

「噂に違わぬ腕だな、望月(もちづき)(ほたる)よ。現代の中澤琴(なかざわこと)とはよく言ったものである」

 

「無駄口を叩いていると死ぬ」

 

 村正は左に刃を構える。

 次の瞬間、その構えた刃へ、螢の刃が重々しく叩き込まれた。

 体を急激に横へ開きながら後退し、同時にその体捌きの力で電光石火の薙ぎ払いを放つ『白虹貫日(はっこうかんじつ)』だ。あと少しでも反応が遅れていたら、村正の生首が転がり落ちていただろう。

 

 離れた螢が、また素早く戻ってきた。

 

 村正が退がりながら太刀を振るっても、それらを巧みに捌いてずんずんと攻め入ってきて、やがて刺突。……またしても『龍虎剣』。

 斜めに後退して刺突を避ける。

 螢の剣はまだ止まらない。高速で這う白蛇のように村正の脚へ迫る。

 それを防ぐと、またしても止まらず蛇行して手首へ迫る。

 剣でそれも防ぐと今度は首を狙って蛇行。

 後退して回避。だがなおも迫る蛇の太刀筋。

 

(この絡みつくようなうざったい太刀筋……『委逶(いい)椿(つばき)』か)

 

 その名の通り、継ぎ目無く曲がりくねった太刀筋の随所で急所を裂き、血色の椿を咲かせる剣技。

 

 首・手首・脇下・内腿……狙ってくるのは主にこの四箇所。すべて動脈だ。

 少しでも刃が深く滑れば死に直結する危険な部位ばかりだが、逆に言えば、どこへ刃が来るのかが分かりやすい。

 だが螢の剣は、性格の悪い毒蛇のように思わせぶりな蛇行を重ねながら斬りかかってくるため、どこのどの辺りで防げば良いのか判別が難しい。

 

 村正は熟練の剣客にのみ備わった「読み」をもって、それらを的確に防ぎ、いなしていく。

 

「……っ」

 

 だが時々完全に避けきれず、服や肌に細かい切れ目が走る。

 

 このまま螢の()()に乗っていては、いつか深手に繋がる。

 

「トォォォォァ!!」

 

 村正は落雷じみた気合から、(はや)く激しい打ち込みを連発させた。

 一発一発が雷光じみた速度を秘めたその連撃は、雷雲が何度も白く明滅するさまにも似ていた。……『霹靂神(はたたがみ)』。至剣流の基礎に熟練した上で用いると恐るべき威力を発揮する「高級剣技」の一つ。村正はそれを知らないが、その威力と速さはまさしく「高級剣技」のソレであった。

 

 対し、螢が用いたのは、同じく至剣流の高級剣技である『曼珠沙華(まんじゅしゃげ)』。その名の通り、彼岸花の(しべ)が花を包み込むように、円弧軌道の太刀筋をあらゆる角度から高速で連発する剣技。

 

 ぶつかり合う二つの高級剣技。

 連発の速さでは『霹靂神』の方が上。

 しかし臨機応変さでは『曼珠沙華』に分がある。体を前へ向けたままでも、体を移動させながらでも使えるのだから。

 村正の次の太刀筋を事前に()()()上で、そこから先んじて体を逃しながら次の太刀を発する。それを繰り返せばいい。 

 

 両剣は何度もぶつかり合い、しばらくすると——村正の剣が止まった。

 

「っ!」

 

 ()()()()螢もまた剣を止め、大きく引き下がった。

 

 その次の一瞬には、村正が右足ごと大きく重心を退くのに合わせて、剣が渦状の太刀筋を猛然と刻みながら村正の懐まで引っ込められた。……空気の流れが大きくかき乱されるのを肌で感じる。

 

(『(みずち)ノ太刀(のたち)』——)

 

 これもまた至剣流の高級剣技の一つ。普通に使えば螺旋の剣捌きで受け流してからの刺突の型にしか見えないが、『四宝剣(しほうけん)』で基礎を高く練り上げると、螺旋の剣捌きは剣で触れたモノを問答無用で引きずり込む凄まじい()()()を得る。……もしも一瞬でも剣を逃すのが遅れていたら、螢の小柄な体など(わら)のように軽々と引き込まれ、そして刺されていただろう。

 

 再び両者の間が広がった。

 

 両剣士の間に、再び静かな駆け引きが繰り広げられる。

 

 逐一剣と立ち位置を動かす両者。しかしその動きの流れには無意味な点は一つも無い。休み無い計略が続いている。

 

 そんな二人の動きは、まるで同じ獲物を狙う蛇のごとくゆっくり近づいていき——双方閃いた。

 

 村正の発した右からの大きな薙ぎ払い。螢の剣がそれによって横へ弾かれると、村正の刃は弾むように動きを真逆に変え、螢の喉元を裂いた。至剣流の『浦波(うらなみ)』である。

 

 ……だが、裂いたのは螢の残像だった。すでに螢は踊るように身を旋回しながら村正の剣を避け、その真後ろを取りながら円弧の一太刀を発していた。『颶風(ぐふう)』という至剣流のよく知られた型の一つだが、螢のソレは群を抜いて素早かった。

 

 螢の刃が、(ごう)躊躇(ちゅうちょ)も無く、村正の背中へと肉薄。

 

「——ェェア!!」

 

 が、刃が達する寸前、一瞬にして割って入った村正の剣が激しく阻んだ。……相手へ背を向け、前へ剣を放って伸ばした状態を「()()()()()()()()()()、そこから『白虹貫日』を発したのだ。

 

 そんな振り向きざまの村正の『白虹貫日』と、螢の『颶風』とがぶつかり合い——()()()()

 

(弾かれなかった……!?)

 

 村正は内心で驚く。

 『颶風』より『白虹貫日』の方が威力が重い。

 その二技がぶつかれば、普通ならば『颶風』の方が押し負けて弾かれるはず。しかし、今のは完全に力が拮抗していた。

 

 その理由も、柄に響いた衝撃を瞬時に分析してすでに分かっていた。信じがたいが。

 

(俺の剣がぶつかる寸前、『颶風』の力の流れの中に、『石火(せっか)』の力の使い方を加えただと……!?)

 

 これは村正の経験則だが、同じ至剣流の型でも、「力の使い方」が技同士で異なることがある。

 『石火』と『颶風』など、まさしくソレだ。

 そして「力の使い方」が違う分、一方の動きの最中にもう一方の型の動きを混ぜると、二つの勢いがぶつかり合いを起こして全身が硬直する。それは一瞬だが、真剣を用いた実戦においてその一瞬は致命的だ。

 

 そんな禁忌を、この小娘は平然と犯した。

 それどころか、絶妙な力加減で、二つの力の流れを一つに()()させ、より威力の高い剣へと変えた。

 

 結果、村正の『白虹貫日』よりも威力が低いはずの『颶風』が、こうして競り合ってみせたというわけだ。

 

妖女(ようじょ)めが……!」

 

 畏怖と、賞賛と、いささかの嫉妬を込めて、村正は間近の美貌へ吐き捨てた。

 

 対し、螢はなおも顔色を変えず、場違いにも感じるほど淡々とした口調で返してきた。

 

「あなたこそ、大した腕」

 

 世辞ではない。螢は本当にそう思っていた。

 

 村正が学んだ至剣流は、嘉戸派の至剣流だ。

 本来、至剣流の型の総数は二十四だった。

 それを余計に半分以上増やして五十にし、()()()()()嘉戸派至剣流。

 流派の生き残り戦略と、当時の嘉戸宗家のエゴのもたらした負の遺産。

 この至剣流を修行して『至剣』を開眼させるのは非常に難しく、嘉戸派の皆伝者はごく少数しかいない。それが『至剣』に対する世間の物珍しさに拍車をかけている。

 

 情報によると、村正の年齢は三十三だという。

 嘉戸派の中で、そんな比較的若い年齢で至剣を得るなど、並大抵の執念と努力では不可能だろう。

 彼の、剣に対する想いは本物なのだろう。

 

 だからこそ。

 

「それが、ここまで歪んでしまうというのは、とても悲しいこと」

 

 螢の言葉に、村正はそこはかとない怒気を帯びた笑みを浮かべた。

 

「歪んだ? 笑止。それは所詮、貴様らの立ち位置から発した一面的感想に過ぎん。……俺は全て判っているぞ? 望月螢。貴様をこの場に呼び寄せたのは、あのいけ好かん嘉戸の嫡男だろう?」

 

 螢は何も言わない。それは「是」を意味する。

 

「あの糞宗家を仰いでいる貴様ら至剣流門下にとっては、俺の剣は歪んでいると取れるだろうな。だが、俺にとっては違う。俺のこの剣は、限りなく純粋。俺の持つあらゆるモノを養分にし、至剣という大輪(たいりん)は咲いた! それがたとえ一代限りの徒花であろうとも、剣のために全てを捨てる勇気も覚悟も持たず、徒花すら咲かせることなくくたばっていく有象無象よりも、俺は確かに剣の高みにあるのだ! ……貴様も至剣を持つ身だ。俺の言っていることを、本当は理解出来ているのではないのか?」

 

 村正は煽るような笑いを浮かべ、そう突きつけてきた。

 

 お前と俺は、本質的には同じであると。

 

 ——()()()()()()()

 

 螢は認めるより他なかった。

 自分とこの男は、ひどく似ている。

 至剣を開眼させた点が、ではない。

 

 ……自分の持つあらゆるモノを、剣の養分にしてきたこと。

 

 両親への愛情。

 豊かな情緒。

 戦争への憎悪。

 子供らしく過ごす時間。

 少女らしく恋愛を楽しむ時間。

 女としての幸せを考える時間。

 果てには……憧れであった北方の剣聖まで手をかけ、その血を剣に吸わせようと狂いかけた。

 

 そんな自分が、鴨井村正と、いったい何が違うのだろう?

 

 ——同類。

 

 望月螢と、鴨井村正は、まさしくソレだった。

 

 そんな自分に、果たして村正の剣への姿勢を腐す資格が、果たしてあるのだろうか。

 

 ……いや、違う。

 

()()()()()、わたしはあなたに、負けるわけにはいかない」

 

 同類ゆえに。

 

 自分は、この男を、斬らなければならない。

 

「あなたはわたしと同じ。剣に身を捧げ、剣に狂った者」

 

 だって、もしも光一郎と出会っていなかったら……自分もこうなっていたのかもしれないのだから。

 

 静馬に果し合いを挑もうとした自分を、光一郎が本気で怒って止めてくれたから。

 

 だから自分は、ここにいられる。

 

 自分の剣に、新たな可能性を与えられる機会を得られた。

 

 多くの人を助けるために、今、ここで剣を取れた。

 

「だから、あなたは何があっても、わたしがここで斬る」

 

 目の前の男は、きっと……光一郎と出会わなかった、自分の姿だ。

 

 あったかもしれない、自分の「未来(いま)」。

 

 ここで剣を取った自分という「未来(いま)」を作ってくれたのは、他ならぬ光一郎。

 

 そんな光一郎のために。

 

 光一郎のように。

 

「——っ」

 

 瞬間、両剣が数度()()()

 

 刹那の間に攻防を繰り広げ、結局どちらも傷一つ付かないまま、双方後退。

 

 遠間ができる。

 

(大丈夫。どこにも傷は負っていない)

 

 螢は皮膚感覚を研ぎ澄まし、そう自己判断した。

 

 深い傷はもちろんのこと、ごく浅い傷一つ負うことさえ許されない。

 

 かすり傷だけでも、『呪剣』の呪いは発動するからだ。

 

 螢は傷一つ負わないよう、細心の注意をもって剣戟に徹していた。……皆伝者を相手に、真剣を用いた斬り合いというだけで警戒すべきであるのに、さらに警戒が強いられる。ハンデのような条件を強いられていた。

 

 一方、村正はかすり傷程度は度外視して斬り合いに臨める。斬られても呪われないからだ。だから螢よりは気軽に戦える。

 

 例えるなら、ボクシングの試合で、片方が手錠を嵌めて戦うようなものだ。

 

(このままだと、いつか防ぎきれずに『呪剣』が当たる)

 

 長期戦は命取りになる。

 

 短期で相手の命を確実に刈り取らなければならない。

 

 であるならば——もはや残された手段は一つだけ。

 

 螢は、右足を後方へ引き、体に剣を隠すようにして構えた。「裏剣の構え」だ。

 

 その場へ深く突き刺さった一振りの神剣のごとく、立ち方を充実させる。

 

(使う——『伊都之尾羽(いつのおは)(ばり)』を)

 

 

 

 

 

 

 

 

 螢のその「裏剣の構え」を目にした瞬間、村正は強烈な危機感を覚えた。

 

 今にも閃光を発しそうな分厚い雷雲を間近にしたがごとき、抗い難い存在感。

 

 人の発していい気ではない。

 

 まるで一つの巨大な天災と対したような感覚。

 

 生存本能と、剣客の勘が、理屈を超えた警鐘をありったけに打ち鳴らす。

 

 痺れるような悪寒、震える手足、硬直する呼吸筋、揺れる眼球……されど口端だけは愉快げに吊り上がる。

 

 村正は確信していた。螢が何をしようとしているのかを。

 

 なればこそ、村正もまた剣を前へ構える。

 

 その刀身は『呪剣』と化し、濃厚な呪力を纏う。

 

 ——至剣同士が、ぶつかろうとしていた。

 

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