帝都初恋剣戟譚 作:新免ムニムニ斎
最近、一週間が経つのが、妙に遅く感じる。
二天一流を学ぶのが楽しいからだ。
人は楽しみな日が出来ると、そこまでの経過がひどく緩慢に感じるものだ。その日はまだか、と毎日じれったく思い続けるから。
大人になると、時間の流れが速く感じ、気がつくと老人になっているとよく聞く。だがもしかすると年齢は関係なく、楽しい事が少ないからではないだろうか。
つまり、楽しいことを見つけ続ければ、人は時間の流れが遅く感じ、その分人生を楽しめるのではないだろうか。五代目ローマ皇帝ネロの教育係であったルキウス・アンナエウス・セネカも、自著の中で「人生は浪費すれば短く、適切に生きれば長い」と言っていたし。
……まあ、まだ十七歳の若造の空論かもしれないが。
十二月八日、土曜日。正午。
コートの下に着た稽古着。着替え等の入った鞄。二本の木刀が入った刀袋。それを携えて敷地内の稽古場へ一礼して入った伊織を待っていたのは、仏神めいた重く厳かな雰囲気をいつも以上にまとって正座をした源悟郎であった。
「……師範?」
伊織はすぐに「いつもと違う」と察した。
刀袋と鞄を壁際に置き、師の面前に立つ。
手振りだけで「座れ」と告げられたので、その場に座する。
やはりその重く沈んだような重厚な気配は、いつもとは違う。ここ最近、剣の稽古を通して彼の気勢に何度も当てられている伊織だからこそ、その機微が分かった。
やがて源悟郎は、石扉を開くような重々しさで口を開いた。
「……
——何を言われるのかと身構えていたが、そんなことか。
——いや、そんな分かりきった質問を、なぜ今更? どういうことだ。
それらの気持ちが同時に生まれるが、伊織は素直に訊かれた事だけを答えた。
「
「そうだな」
源悟郎も頷く。
しかし、源悟郎のいつも以上に重々しい気配は、なおも消えない。
つまり、今の質問の先に、本題があるということ。
それも、伊織にとって、よろしくないであろう本題が。
「お前さんの『雑草連合』は——
「……え?」
言っている意味が分からない。
だって、『雑草連合』は、確かに総長である自分が間違いなく解散を宣言したはず——
「昨日、通院した折に、主治医から聞いた。……今週の月曜日、『雑草連合』が、帝都鉄騎隊? という少年グループと、抗争を起こしたらしい。怪我人が多数。そのうちの何人かが、その病院の世話になったそうだ」
「な……そ、そんな馬鹿なっ!? あり得ねぇ!?」
伊織は思わず態度を荒げてしまう。
「違います! 俺は何もしていません! 信じてください!」
「落ち着きなさい」
源悟郎にそう促され、伊織はやむなく押し黙る。
「わしとて、お前さんが暴れたなどとは思いたくはないし、思ってもいないさ。だが現実に『雑草連合』と名乗る集団が、暴れてしまっている。しかも、その『雑草連合』は以前にも増して過激化しているそうだ。喧嘩だけならばまだしも、恐喝まがいのこともやっているという。剣を学ぶ者の風上に置けないありさまだ」
伊織はそれを聞いて、顔面を青ざめさせた。
……自分のうかがい知らぬ所で、かつての『雑草連合』に何かが起こっている。
総長であった自分を
源悟郎は、厳命するように、しかしそこに気遣わしい語気も含めて伊織に告げた。
「二天一流の伝授の条件は、『雑草連合』の解散。それが果たされていないことを確認した以上、貴殿に剣を教えるわけにはいかぬ。よって香坂伊織——
返す言葉が見つからず、伊織はただ頷く他無かった。
(最近、妙に
伊織が暴力の社会から離れてエリート学生に甘んじている間、随分と状況が変わっていたようだ。
——『雑草連合』が、復活している。
それも、自分が仕切っていた頃よりも、過激に変質している。
伊織は確かに『雑草連合』を引き連れて、むちゃくちゃな喧嘩三昧に明け暮れた。
至剣流の門弟が相手なら、多少荒っぽい仕掛け方もした。
だが、剣を使って誰かを脅すような真似をすることを、許容した覚えは無かった。
それまで許容してしまえば、『雑草連合』はただの野盗になってしまう。
自分達が求めるのは、剣と勝利のみ。
喧嘩屋ではあっても、野盗ではない。
それが『雑草連合』の存在意義だ。
『雑草連合』を名乗りながらも、それを犯している連中がいる。
……源悟郎との約束も、確かに大事だ。
だが、それと同じくらい、かつての『雑草連合』を汚している連中が許せなかった。
「……昔のメンバーを当たって、何か訊いてみるか」
真っ先に頭に浮かんだ候補は、月曜日に会った
住まいの場所はすでに知っている。引っ越していなければ、まだそこにいるはずだ。
まずは辰之進をあたってみようと、伊織の足は歩き出した。