帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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雑草のケジメ《十》

 剣戟は続く。

 

 伊織が、右手の長い刀をスッと伸ばしてくる。刺突ではなく、辰之進の首の右側面を狙った太刀の動き。首に刃が触れた途端に引いて斬る気だ。

 

 辰之進はその長い刀を剣で捌きながら後退。後退した拍子に、伊織の長い刀の切っ尖が辰之進の手の近くに達するが、さらに後退しつつ剣ごと両手を下段後方へ逃す。それから間髪入れずに、長い刀を狙った縦円状の太刀筋を後ろから前へ迅速に放つ。

 

 伊織は即座に二刀を翼のごとく開いて、辰之進の太刀を外す。

 

 逃すか——辰之進はさらに大きく鋭く踏み込み、伊織の二刀の間合いの奥深くへ入った。同時に、先ほど外した太刀を()()()()()()()()()()()、再び上段から斬りかかった。車輪が転がるようなその縦円の太刀は、道枢一刀流『輻轂(ふっこく)』の型通りの動きであった。

 

 

 

 ……そう。()()()の。

 

 

 

 道枢一刀流は、すでに絶伝した剣だ。

 素晴らしい剣であったにもかかわらず、「人斬り錦蔵(きんぞう)」が余計な真似をしてくれたせいで、開祖である祖父一代にして絶えた。

 辰之進は、祖父の道枢一刀流を受け取りきることが出来なかった。免許皆伝を果たしていない以上、次代へ伝えることはできない。そんなことをしても祖父は喜ばないだろう。

 だからこそ、せめて伝えられなくとも、自分の中に遺されたわずかな型を大切にしようと思った。

 それゆえに……辰之進の剣は、とても「型通り」だった。

 

 

 

 祖父の剣を大切に思うあまり、あまりにも型にはまった動き——それこそが、辰之進の剣が抱える「欠落」だった。

 

 

 

 伊織はそれを的確に見抜いていた。

 その上で、対応しようとする。

 翼のごとく左右へ広げられた二刀のうち、小太刀を動きだす。今から振り下ろされようとしていた辰之進の剣を捌くためだ。

 右手の長い刀は重いが、左手の小太刀は片手でも難なく取り回せるくらいには軽い。今から動かせば間に合う。

 そして防御に成功すれば、もう片方の二刀ですぐに反撃に繋げられる。

 

 

 

 

 伊織はそのようにして、()()()()()()()

 

 

 

 

 道枢一刀流の大きな特徴の一つは、その心法である。

 

 大成は欠くるが(ごと)く、()の用は(すた)れず——老子(ろうし)の言葉だ。本当に優れたモノには「欠落」があり、その「欠落」がある限り、働きが衰えることがない。そういう意味だ。

 

 ——老荘思想の影響を受けた道枢一刀流は、その「欠落」を重んじた。

 

 己の中の「欠落」を意識してこそ、その「欠落」を埋めることができる。

 

 どれほど己の剣が育とうと、なお己の剣にある「欠落」を見出すことで、それを埋めんと精進を続けられる。(おご)りを防げる。

 

 「欠落」を意識していれば、戦う相手がそこを狙ってくるのに対し、事前に対策が取れる。

 

 逆に——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 己の「欠落」に、敵の剣を()()()()()

 いかなる膨大な洪水をも引き寄せ、呑み込む、大きく深い谷のように。

 それこそが『谷神剣』。

 道枢一刀流の基本にして極意。

 

 祖父である鈴代一玄斎と剣を合わせた者は、まるで己の剣と意識が一玄斎へ吸い込まれていくような錯覚を覚え、気が付けば寸止めされて敗北していたという。

 

 自分の『谷神剣』は、まだそこまでの境地には至っていないけれども——

 

(長い方の刀の間合いの内側に入られたら、小太刀を動かそうとする——思った通りの対応を引き出せた!)

 

 辰之進は上段に剣を振り上げたまま、()()()()()

 

 伊織の小太刀が行く手を阻む前に、胸部で壁のごとく体当たりをしかけた。

 

「ぐ——」

 

 出端(でばな)を折られた伊織は、咳き込みそうな衝撃を胸と喉元に感じながら、大きく後方へ弾かれた。

 

 辰之進もまた差を作らないように追いすがり、上段に構えた己の剣を振り放った。

 

 切っ尖が伊織の体に届かんとした、次の瞬間。

 

 

 

 

 

「————絶対(ヘッタイ)!!」

 

 

 

 

 

 雷鳴のごとき、伊織の一喝と気勢。

 

 それが轟いたのと同時に、伊織の二刀は攻と防を電撃的に完遂させていた。

 

 ——伊織の小太刀は、辰之進の剣を外側へ払い除け、

 ——伊織の右の刀は、辰之進の首の右側面に()()()()()()()

 

 日本刀の刃は、触れただけでは斬れることはない。だが触れた状態から少しでも滑れば(・・・)、すぐにその刃は肌を裂き肉を分け入り、半秒と待たずに頸椎まで達する。

 

 伊織が「その気」になれば、いつでも瞬時に命を奪える状態。

 

 辰之進はこの時、ようやく陥れられたことに気づく。

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほどの、二刀を翼のように左右へ開いた動き。

 あれは剣を逃すためだけのものではなかった。

 辰之進に『輻轂』を使わせるためのものだった。

 その時、大きく広げられた伊織の二刀の刃は、外側を向いていた。だから辰之進は懐へ入り、縦円の太刀を放てたのだ。……そのように()()()()()のだ。

 小太刀を動かしたのも、防御のためではなく、辰之進にその小太刀より深い間合いへ入るよう仕向けるためだったのだ。

 ……今にして思えば、伊織はこちらの望んだ以上に大きく吹っ飛ばされていたし、ぶつかった時の手応えもイマイチだった。あの時、体当たりを喰らう直前、伊織がわざと後方へ跳んでいたのだと考えれば辻褄が合う。

 ぶつかった力より、自分で跳んだ力の方が勝っていれば、重心の安定を取り戻すのも容易い。だから伊織はすぐに重心を安定させ、辰之進をこのように迎え討つことができた。

 

 ——『谷神剣』を使ったつもりが、使()()()()()のだ。

 

 どのような絶技であれ、その使用開始の段階で相手の意思が介在しているのなら、それは失敗に終わる確率が高い。

 

 伊織はそれを、こちらに気づかれないような巧みさで実現してみせたのだ。

 

 ……「邪剣」という世間のレッテルを抜きに道枢一刀流(祖父の遺産)を見て、知ろうとしてくれた伊織だからこそ、出来たことだ。

 

「——降参しろ、タツ。もう勝負はついたぜ」

 

 伊織がそう勧める。

 

 それを投げかけられた辰之進は——()()()()()()()()()()()()

 

「ばっ——」

 

 馬鹿野郎、と言う余裕すらなかった。

 辰之進の首筋を押さえている伊織の右手の刀は、伊織から見て左斜め前に伸びている。刃の向きは前。

 つまり伊織へ向けて前傾して体重を預けるということは、刃に自ら首を斬られにいくことを意味する。

 すでに刃が、辰之進の首の肌に微かに埋まっていた。

 

 そうはさせじと、伊織は右手の刀と、自分の重心を同時に退がらせる。

 そうして辰之進の前傾と()()()()を合わせ、これ以上刃が首の奥へ食い込まないようにする。

 辰之進が倒れていく。伊織も下半身の可動域を限界まで活用して、それに合わせて腰を落としていく。

 その過程で刀の向きも垂直に近づいていく。伊織はそれを狙い、辰之進の首の外側へ力を入れてから手放す。すると刀は重力の横槍を受けて傾き、地面に突き刺さった。

 伊織は自由になった右手と胸によって辰之進を抱き止めると、そのまま再び起こし——その頬を右拳で思いっきり殴打した。

 

「っぐ……!!」

 

 殴られた勢いで尻餅をつく辰之進。

 

 安堵と、そしてそれ以上の憤怒で息を荒げた伊織は、そんな辰之進を睨み据えていた。

 

「————この、糞馬鹿野郎がぁっ!! ここで死んでどうする!? お前がくたばったら、お前の爺様(ジサマ)の遺した道枢一刀流が、本当に消えちまうんだぞ!? お前が何より大切に思っていた、道枢一刀流が!! 分かってんのかっ!?」

 

 そう怒号を発する伊織へ、辰之進は涙目で睨み返した。

 

「……なに、言ってんすか。道枢一刀流は、もう…………とっくの昔に無いんすよ!!」

 

 辰之進が、昔の口調に戻っていた。

 

「何も知らないくせに!! ジジイの剣を習ったことも無いくせに!! とんでもねぇ人殺しが使ってたって理由だけで、世間の連中はジジイの剣を悪く言いやがる!! 特に至剣流の奴らは、道枢一刀流と聞くや「邪剣」扱いですよ!! ふざけんじゃねぇって話だよちくしょうっ!!」

 

 その口調で、泣き喚くように言い募る。

 

「だから、『雑草連合』として喧嘩に明け暮れてる時は楽しかった!! 至剣流の奴らをぶちのめすのは楽しかった!! ジジイの剣を馬鹿にしてやがった連中を、ジジイの剣でやっつけられるのが楽しくて仕方がなかったんですよ!!」

 

「……それが、『雑草連合』を復活させた理由か?」

 

 伊織が静かに問うと、辰之進はかぶりを振り、泣き笑いを浮かべた。

 

「本当に鈍感っすね…………俺が『雑草連合』にこだわるのは、喧嘩する以上に……あんたとの時間が幸せだったからっすよ、イオさん。

 俺も、他の連中も、みんなあんたの事が好きだったんだ。

 ジジイの道枢一刀流を、世間の風評を無視して褒めてくれたあんたが好きだった。

 あれほど嬉しかった事は無ぇ。

 そんなあんたの隣にいる時間が、俺の中でいっちゃん幸せだったんだ」

 

「……タツ、お前」

 

 そう。

 ただ喧嘩がしたいだけなら、『雑草連合』なんて名前を再利用せず、別の名前として再出発すれば良かったはずなのだ。

 にもかかわらず、わざわざ『雑草連合』という名前を使ったのには、喧嘩をしたい以上の意味があるということだ。

 

 ——本当に、悪い事をしちまった。

 

 もう少しやり方を考えるべきだった。

 自分を慕ってくれた連中を、自分の気まぐれで一方的に切り捨てるような真似をしてしまった。

 辰之進がああも憤るのも納得だ。

 

「道枢一刀流も絶えて、あんたがいなくなって、その上『雑草連合』まで消えちまったら…………俺はいったいこれから、何をしていけばいいんですか。俺はこの剣を……いったいどこへ向ければいいんですか」

 

 座り込んだままうなだれ、そう弱々しい声で呟く辰之進。

 

 再度、罪悪感を覚える伊織。

 自分は、辰之進の居場所を作った。()()()()()()()

 その上で、壊してしまった。

 それがどれだけ残酷な仕打ちであるのかを、改めて自覚した。

 

 一方で……今の自分の気持ちも譲れない。そう思っていた。

 

 やっと見つけた、飾らない二天一流。その伝承者。

 そこへ導いてくれた、秋津(トンボ)の少年。

 これは、自分の天命であるような気がしてならなかった。

 だからこそ、伊織はその天命から逃げられない。逃げたくもない。

 

 自分は「喧嘩屋」ではなく「剣士」となる道を選んだ。

 

 だからこそ、辰之進にも、()()()()()()()と思った。

 

「だったら——道枢一刀流を作り直せばいいだろ。お前の手で」

 

 そう告げた途端、辰之進は勢いよく顔を上げた。こちらを見据えるその瞳には、怨みがましい感情があった。

 

 ——もう、道枢一刀流は存在しない。

 ——そもそも、自分に作り直せるほどの才能は無い。 

 ——無責任なことを言うな。

 

 そんな感情が容易に見て取れる。

 

 だが伊織は、そんな辰之進に「否」と告げた。

 

「お前なら出来るはずだ。いや、()()()()()()()()()。一玄斎の孫であり、その剣を一番深く学び、そして愛してきたお前にしか」

 

「……イオ、さん」

 

「今の道枢一刀流に欠けている点があるなら、それを少しずつ埋めてみろ。——その「欠落」をこそ重んじるのが、道枢一刀流だったはずだろ?」

 

 辰之進は雷にでも打たれたように、息を呑み、目を大きく見開いた。

 

 ——伊織が今告げた言葉は、希望であり、呪いでもあった。

 

 後世に伝承を残すことすらできず、ただ振り回すことしかできない辰之進の剣に、新たな可能性を与える希望の言葉。

 

 同時に、道枢一刀流の心法に則り、今の道枢一刀流に宿る「欠落」を埋めようと行動できれば、道枢一刀流への思いが本物であるという、辰之進を試す意地悪な呪いの言葉。

 

 一言で二つの意味を持った、そんな言葉。

 

 それを受けた辰之進は、顔を見られまいとばかりに深くうなだれ、

 

「うああぁぁぁぁぁぁ…………!!」

 

 慟哭(どうこく)とも、感涙とも取れる、そんな涙を流した。

 

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