帝都初恋剣戟譚 作:新免ムニムニ斎
五月一日。火曜日。
昼休み後の残りの授業は、全て理科の授業だった。
実験のため、クラス全員で理科室に移動した。
理数系を苦手とする
あっという間に授業は終わり、教室に帰り、帰りのホームルームに備えて準備をしていると、
「おかしいな……どこにも無いぞ……?」
同じように帰り支度をしていた秋津が、鞄と机の中をしきりに漁りながらそんな独り言をこぼした。
あたしは歩み寄って、
「どうしたのよ?」
「あ、伊藤さん。あのさ、僕のスケッチブック知らない? どこにも無いんだよ」
「あんたのスケブ?」
頷く秋津に、あたしは眉をひそめつつ問うた。
「いつから無いのよ?」
「えっと……今日、一緒にご飯食べた時、伊藤さんに見せたよね? あの辺りまでは、存在を確認出来てる感じかなぁ」
「つまり、失くしたのは今日の午後のうちのいつか、ってことか……」
——いや、本当に「失くした」のか?
あたしは嫌な予感を覚えつつ、秋津に言った。
「ホームルーム終わったら、一緒に探そっか」
「う、うん」
あたしの提案に、秋津は頷いた。
帰りのホームルームが終わり、教室のクラスメイトらがいっせいに教室を出ていく。
あたしと秋津の二人きりになった瞬間から、スケブ探しを開始した。
「それで、昼休みにあたしにスケブを見せた後、あんたはスケブをどこに置いたか覚えてる?」
「えっと……確か、伊藤さんとご飯食べて教室に戻ってきて、それから机の中に放り込んだような……」
「ような、って何よ」
「ご、ごめん……ほとんど習慣に任せてたから、本当かどうか怪しいのが本音です」
あたしは少し考え、そして次のように言った。
「二手に分かれましょ。あんたは、昼休みにあたしと飯食った場所……つまり屋上前の階段から、この教室までの道のりを確認して。あたしはこの教室を細かく探してみる。いいわね?」
「りょ、
「うしっ。じゃあ、散開」
あたしが言うや、秋津は教室を出て行った。
その後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認するや、あたしも動き出した。
窓際前方最初の席から、教室中の机の中を漁っていく。
秋津は「習慣に任せてスケブを机に放り込んだ」と言っていた。その場合、自分の机以外の机に入れてしまった可能性もあり得なくは無い。
あと、これはもっとあり得ないだろうけど……秋津のスケブをパクって、中の絵を売って金にしようって輩もいないとも限らない。友達贔屓を抜きに見ても、あいつの絵は売り物としての価値がある。
「……友達」
その言葉を、あたしは思わず口にする。
あたし達は……友達、なんだろうか?
腐れ縁、と言うにはまだ付き合いが短い。しかし、単なる知り合いと呼ぶには、一緒にいる時間が多い。
友達……あいつは、秋津はそうであるのかと訊かれても、否定しないだろう。それどころか「そうだけど、それがどうしたの?」って平然と友達前提で聞き返してきそう。
だから、あたしは、あいつの友達だと自分で名乗って、いいのかもしれない。
それなのに……それを自認することを、あたしはどうしてか
自分はあいつの友達だと、胸を張って言えるのか分からない。言える自信が無い。
別に、秋津が嫌いってわけじゃない。
でも——
「ああもうっ」
あたしは苛立ちを吐露しつつ、机漁りを続けた。こんなおセンチな事考えてる暇があったら手を動かせ。
一つ、また一つと机を漁っていく。まだ学校に来てひと月しか経っていないためか、学校に教科書を置き勉してるスレた奴はそう多くない。なので非常に探しやすかった。
とりあえず窓際縦一列は探し終えたので、次の列へ行こうと思った、その時だった。
「……ん?」
窓から俯瞰できる地面を歩いている、一人の大人。ライトグリーンの作業着を着ており、その手には雑草のたんまり入ったゴミ袋と、点火棒。
おそらく用務員さんだ。焼却炉でゴミを燃やしに行くのだろう。
ちなみに焼却炉は、色々な学校で使用中止になっていて、ほぼ置物扱いらしい。なんでも、低温焼却はダイオキシンという有害物質を排出する危険性があるからだ。この学校では別に健康被害は無いようなので今もたまに使っているが、近々使用をやめようという方針らしい。教師が言っていたのを聞いた。
——焼却炉。
「まさか——」
階段を数段飛ばしで降りていく。
可及的速やかに一階を目指すあたし。
(あたしの勘が間違ってたとしても、それでもいい——!)
だけど、もしも
人の悪意に敏感なあたしの勘が、正常に働いているのだとしたら。
(間に合え——!)
あっという間に一階へ到着。上履きのまま昇降口を飛び出し、校舎裏へ走り続ける。
あたしは駆けっこじゃ常に速い方だった。運動は好きだったし、足も長いからだ。この点でもパパとママに感謝である。
用務員さんが点火する直前に、焼却炉までたどり着けた。
「ごめんっ!!」
あたしは一言謝ってから、焼却炉の蓋を開く。
「あ、おい! 困るよ!?」という用務員さんの苦言を他所に、あたしは焼却炉の中を漁った。さっき用務員さんが放り込んだであろう雑草をかき分けていく。
灰のすえた匂いと、雑草の青臭さを無視しながら掘り下げていき——やがてあたしの爪が硬いモノをひっかく。その硬いモノを掴み、引きずり出した。
「……あった」
それは、紛れもなく、秋津のスケブだった。
その後、あたしはスケブに付いた汚れをよくはたき落としてから、教室に戻って、秋津にソレを返した。
先に教室に戻っていた秋津は、どこへ行っていたのかとあたしに聞いてきたが、それをはぐらかしてからスケブを差し出し「そのへんに落ちてた」と告げる。
詳しく訊こうとしてくる秋津の質問を強引に跳ね除け、あたしは荷物を持って教室から出た。ついて来ようとする秋津に「今日は一人で帰りたいの」と遠回しに拒絶し、そのまま学校を後にした。
黄昏色に染まった神田の街並みを一人歩きながら、あたしはずっとさっきの事を考えていた。
——あたしの勘は見事に当たった。
しかし、気分は最悪の一言に尽きた。
焼却炉の中という、不自然な場所。
しかも、焼却炉を燃やす日に。
明らかに、ヒトの悪意が感じられる。
だけど、なぜ秋津がそんな悪意を向けられないといけない?
——愚問だった。
「
秋津が、あたしと一緒にいるせいだ。
最初の撃剣授業で、あたしは学校の連中に実力と容赦の無さを思い知らせてやった。だからあたしに陰口は叩いても、直接嫌がらせの手を伸ばす奴はいない。返り討ちが怖いからだ。
だからこそ……その矛先が、秋津に向いた。
言っちゃ悪いが、あたしよりずっと弱い秋津に。
その目的など、おおよそ察しがつく。
あたしを再び、独りにするため。
あたしと離れたくなるくらいに秋津のことを虐め抜いて、離間させるため。
——まったくもって、やった奴の性根が知れる手口だ。
この学校の連中は、どうあってもあたしが幸せな思いをするのが許せないらしい。
同じ日本人を狙い撃ちにしてでも。
だけど……あたしは全く腹が立たなかった。むしろ、不思議と落ち着いていた。
それは、安堵か、落胆か、諦めか。
あるいは、全部か。
「——もう、