帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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三年生、そしてクラス分け

 

 二〇〇三年四月八日。

 

 僕——秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)は、今日からめでたく中学三年生となった。

 

 中学校生活だけでなく、義務教育期間内の最後の一年が、これから始まるのだ。

 

 気ままにやりたい事に専念出来ていた去年までと違い、今年からは色々と課題が増える。

 

 その最たるものが——卒業後の進路。

 

 本当に、卒業後の道は人によって異なる。

 

 就職する人もいれば、大学附属高校に進学する人、士官学校に入校する人、家業を継ぐ人、中には伝統芸能の職人に弟子入りする人なんかもいたりする。

 

 自分の頭で、自分のこれからの生き方を考えなければいけない時期だ。

 

 ちなみに僕は、家業である老舗古書店『秋津書肆(あきつしょし)』を継ぐつもりである。しかし、それはこの一年間をのんべんだらりと過ごせることを意味しない。

 

 家業を継ぎたいなら、大学で学びなさい——お母さんの言葉だ。

 

 『秋津書肆』は、ただ本を仕入れたり売ったりしていれば良いというものではない。

 

 その古書の真贋(しんがん)や良し悪しを判断するための目利きが必要だ。その目利きは、正しい歴史の知識や、古文の解読法といった教養を土壌として生まれる。しっかりした教養を大学で身につけろ、ということだ。

 

 それに、たとえ家業を継がずとも、大学で学んでいればそれを基軸に他の道への可能性を確保できる。

 

 かく言うお母さんも、大学卒業後に家業を継いだ。

 

 まぁそういうわけで、僕の進路は、大学附属高校の受験である。大学までの学費は心配はいらないとのことなので、その点に関してはまぁ気にせずとも良いだろう。

 

 志望校は——功隆(こうりゅう)学院(がくいん)

 

 そう。泣く子も黙るこの国の最高学府、帝都大学の附属高校の一つ。全国的に見ても屈指の難関校である。何より、香坂(こうさか)さんの母校だ。

 ちょっと遠慮して、もう少し入りやすい学校にしてもよかったのだが、どうせならもっと上を目指したいと思ってしまったのだ。

 ……昔の僕なら、こんなことを考えなかっただろう。

 もしかすると、天覧比剣(てんらんひけん)に優勝したことで、自信と向上心が多少身についたのかも。 

 

 ……余談だが、僕は去年の天覧比剣後、すぐに撃剣部を退部している。

 もともと剣の修行の一環として、天覧比剣を目指しただけに過ぎなかったからだ。

 部員達からは退部を惜しまれた。最初の頃はエカっぺ関連であまり歓迎されていなかった感じだったのに、最後にはあそこまで気にしてもらえて、嬉しくもあった。

 

 ——閑話休題。

 

 今日は三年生になって初めての登校だった。

 

 校門をくぐり、昇降口から入ってすぐのところに、制服の人だかりができていた。

 

 クラス分け表が、昇降口の壁に貼られていたからだ。

 

 横にびっしり広がる張り紙の中で、二年生の欄で目が止まり……そうになったのを自覚してさらに横へ視線を滑らせる。いけない、僕はもう三年生なのだ。こんなことだとまた一年生の頃の「ランドセル事件」みたいなことを繰り返しかねない。

 

 背伸びしてクラス分け表を視線で探り、三年生の欄を見つける。

 各クラスに記入された氏名の羅列を視線でたどっていく。

 秋津光一郎、秋津光一郎……

 

「……あった!」

 

 三年四組。そこに僕の氏名は入っていた。

 

 そこからさらに、四組のメンツの名前を確かめた。

 

 僕が探す名前は二つ。

 エカテリーナ・ルドルフォヴナ・伊藤(いとう)

 卜部峰子(うらべみねこ)

 二人とも、それなりに付き合いの長い友人だ。

 

「…………ない」

 

 しかし、僕のクラスに、彼女らの名前は無かった。

 

 そのことに軽く落胆を覚えていると、

 

「——おはよ、コーウっ!」

 

 元気な女の子の声とともに、僕の背中を平手で張る感触。

 

「あ、エカっぺ。おはよう」

 

 振り返ると、思っていた通りの明るい金色が僕を出迎えた。

 

 その金色を発しているのは、肩に当たる程度にふんわり伸びた彼女の地毛の金髪だ。

 そんな明るい髪色とよく合った、強気さと愛嬌の同居した顔立ち。明るい青の虹彩を持つ、やや吊り上がった瞳。

 異人の血ゆえに肌は全体的に色白で、女子にしては背も高い。僕を見下ろすくらいの位置に頭がある。

 

 そんな彼女——「エカっぺ」ことエカテリーナ・ルドルフォヴナ・伊藤さんは、僕の全身を見て、にへへと笑う。

 

「三年生になったってのに、コウってば見た目変わんないね」

 

「そりゃそうだよ。春休み中も僕達たびたび稽古場で顔を合わせてたし。制服だって三年間同じなんだし」

 

 詰襟制服姿の僕が、セーラー服姿のエカっぺにそう言う。

 

 そんなエカっぺの背後から、もう一人のセーラー服女子がにゅっと出てきた。

 

「あ、峰子。おはよー」

 

 僕はその女子——卜部峰子に、慣れたように挨拶をした。

 

 僕ら三人の中では最も小柄な、オーソドックスな感じの美少女である。……去年の上旬くらいまで仏頂面ばかりを作っていたが、今では柔らかい表情をよく見せるようになっている。

 後ろ髪を後頭部で一束にまとめているのは、去年僕が買ってあげた大粒のラメ入りビーズの髪留め。まだ使ってくれているようで、少し嬉しかった。

 

 峰子は僕を見て小さく微笑み、

 

「おはよ、光一郎。久しぶりね」

 

「うん。峰子とは春休み中会わなかったからねぇ」

 

 僕とエカっぺは同じ剣師に就く同門だけど、峰子は違う。なので学校くらいしか顔合わせの機会が無かった。みんなで遊びに行く機会ができたら峰子も誘うつもりだったが、そんな予定は無かったし。

 

「光一郎はもう、自分のクラスは確認したの?」

 

「したよ。四組だった」

 

「そこに私達の名前はあった?」

 

「……なかった」

 

 それを聞くと、二人は別々の反応を見せた。

 

 峰子は、憮然と、重く受け止めたような態度。

 

 そしてエカっぺは……まるで太陽が分厚い雲に隠れるように、さっきまでの明るさを陰らせていった。

 

「……そっか。無かったんだ。ははは、流石に三年連続で一緒っていうのは甘かったかなぁ」

 

 エカっぺは空笑いを浮かべる。割とマジで凹んでいる様子。

 

「だ、大丈夫だってエカっぺ。別に校舎が別々になったりするわけじゃないんだからさ。お昼ご飯とか一緒に食べれば良いじゃない」

 

「…………うん、そうね。そうよね」

 

 僕が宥めると、エカっぺは元気を取り戻した。……いや、無理矢理元気になった感じか。

 

 いずれにせよ、二人と別のクラスになってしまったことは、残念でならない。特にエカっぺとは二年生まで一緒だったので、三年生でも同クラスになるのだと心のどこかで思い込んでいたフシがあった。

 

 とはいえ、もう決まったことなので、落胆していても仕方がない。

 

 それにエカっぺにも言ったことだが、クラスは違っても、校舎は同じなのだ。会おうと思えばすぐに会える。

 

「ところでカチューシャ、あなたクラス分け表は見たの?」

 

 峰子にそう尋ねられたエカっぺは、ハッと我に返ったように、

 

「あ、まだだ」

 

「見るなら私の名前も探してくれる?」

 

「なんでよー? 峰子が自分で見なさいよー」

 

「だってカチューシャの方が体デカいから、私より上を見やすいでしょ? 効率的じゃないの」

 

「体デカいとか女子に使うセリフじゃないで、しょっ」

 

「いたっ。ちょっと、ぶつからないでよ」

 

「あらごめんなさぁい。ガタイが良いから、ケツもデカくて。ついでに胸もあんたよりデカいんで。おほほ」

 

「この……」

 

「あによぉ?」

 

 睨み合う……いや、睨み合っているように見える二人。

 

 なんだろう。前から思ってたけど、この二人、僕がいない所で随分仲良くなったようだ。お互いの呼び方もいつの間にか「峰子」「カチューシャ(エカテリーナのロシア的愛称だ)」になってるし。

 

 ロシアの血を引くエカっぺは、十二年前にソ連と戦争をしたこの国においては敵国人として扱われている。そのためずっと、僕くらいしか話せる相手がいなかった。

 なので、仲の良い相手が増えたことは、喜ばしいことだ。

 

 ——今年はこんな感じで、何事も無く続いていく事を切に願おう。なにせ、中学校生活最後の一年なのだから。

 

 そう思いながら、僕はクラス分け表の端っこに貼られている、一枚の紙を見た。

 ()()()()()()顔写真。

 その下に羅列した、その人物に関する情報。

 

 

 

木崎(きざき)圭介(けいすけ) 

 ロシア系犯罪組織主導の破壊工作に関与

 刑務官を多数殺害しての脱獄

 見つけた方、心当たりのある方は、警察に至急ご連絡を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ちなみに、エカっぺと峰子も、クラスは別々だった。

 

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