帝都初恋剣戟譚 作:新免ムニムニ斎
——まぁ、仮にも陸軍大将だった人だからなぁ。人脈も普通じゃないんだろうなぁ。
確かウィルキンソン元大統領って、日ソ戦時に大統領やってた人だったっけ。聞いたことがある。
戦争物資が心許なかった当時の帝国に、レンドリースやら何やらといった支援を積極的に行ってくれたって話だ。また、日米同盟計画を進めていたのもまた、その元大統領らしい。
望月先生がそんなウィルキンソン氏と古い友達で、しかもお忍びで家に来るのだと聞かされても、どういうわけか僕はさほど驚かなかった。先生が言いたくなさそうだったところを見て、よほどのビッグネームなのかなと覚悟していたからか。
ちなみにアメリカ大統領は退任後、一応は普通の市民に戻るそうだ。しかしその後もシークレットサービスが護衛につき、終身年金などの手厚い待遇を受け続ける。あと、大統領図書館なんてものも作られるそうだ。
望月先生曰く「今のレイ(ウィルキンソン氏の渾名だ)には、特に護衛が必要であろうな」とのことだ。……なるほど。東洋人に対する風当たりの強い今のアメリカにおいて、日米同盟なんてものを生み出した彼は、その身柄を暴力的に脅かされてもおかしくはない。あっちじゃ大統領が暗殺された例も一件あるし。他言無用と釘を刺した先生の心配りは理解できる。
——そんなことを考えながら、僕は夕方、家路についた。
閉店時間に店を閉めたのち、お風呂に入って、お母さんの作ってくれた夕食を食べる。いつもの秋津家の夜の日常。
そんな日常というフィルムの一部分であるこの夕食の時間、僕はお母さんと二人で話をしていた。
「——それで、今日の剣の稽古はどうだったの?」
我が家の居間は、八畳の和室である。その中心にある低いテーブルを座布団で座って挟みながら、僕とお母さんは食事と会話を楽しんでいた。
——
小学校の頃に友達から「お前の母ちゃん、美人だよな」とよく言われただけあり、目鼻立ちはすっきりと整っていると
しかし長年一緒に過ごしている僕には、整った目鼻立ち以上に、静かでいてどこか深みのある雰囲気のほうが強く感じられる。武士の妻ってこういう感じなんだろうなと思わせる女性。
紛れもなくこの
そんな母の微笑を交えた軽い問いに、僕は何気なく返答した。
「まぁ、まずまずって感じかな」
「そう。あと、勉強の方はどうなの? 進んでる?」
「数学が苦手だったけど、友達が教えてくれてたお陰でけっこうマシになってきたかな」
リラックスした口調で答えていく僕。
お母さんは微笑を崩さず、しかしどこか駄目押しみたいな感じでさらに告げた。……背後には
「剣をやるのも、好きな女の子のお尻を追いかけるのもいいけど、勉強もしなきゃ駄目よ」
「わ、分かってるよ」
「卒業後は外へ出て働くならまだしも、ここを継ぐっていうのなら、勉強して大学で学んでもらわないと許さないから。現役合格じゃなくてもいい。だけど後を継ぐ以上は必ずそのルートを通ってもらうわよ。なぜなら——」
「——
ならよし、とお母さんは少し雰囲気を緩めた。
僕もつられてホッとした。お母さんと進路関係の話をするのは毎回緊張を要する。
「ところで、お父さんは今度、いつ帰ってくるのかな?」
「今のところは分からないって、国際電話で言ってたわ。ちなみに今はイスタンブールにいるみたい」
お父さんは商社マンで、たびたび海外へ出て仕事をしている。そのため、たまにしか家に帰ってこない。
そういう理由から、僕はお母さんと過ごしてきた時間の方が多い。
一方で、お母さんは母親役だけでなく、父親役もできる類の女性である。男としての相談も、だいたいお母さんが乗ってくれた。
勇猛さで知られる旧会津藩士の系譜を持つ
優しく、厳しく、思慮深く、そして屈強。
……昔、カラシニコフ小銃で武装した強盗団が、お母さんの友達の親が営む宝石店に押し入ったそうだ。当時高校生だったお母さんはそれを聞くや、
そんな僕の生みの親は、頬杖をついてにんまりと僕を見つめて言った。
「それにしても、あなたは本当にお父さんそっくりに育ったわね」
「そうなの?」
「うん。顔じゃなくて、性格がね。……好きな子を夢中で追いかけてるところとか、本当にあの人そっくりだわ。うふふ」
どこか懐かしむような、楽しげな、そんな笑声。
……うん。否定できなかった。
二人が出会ったのは大学時代だ。
お母さんに一目惚れしたというお父さんは、何度もアプローチを繰り返したそう。
最初はやんわり
そういう経緯からか、二人の夫婦仲は、離れている時間が多くてもなお良好である。
……だがまぁ。流石に、仕事の出国前にお母さんの髪を一房欲しがるお父さんの姿は、ちょっと見たくなかったが。
そして、そんな恋する馬鹿者のDNAをお父さんから分け与えらえた僕もまた、好きな女性のお尻を追いかけ続けている。血は争えないとはこのことか。
「まぁでも、その好きな子っていうのが望月大将の娘さんで、そんな娘さんに勝つために望月大将に弟子入りしたって聞かされた時は、流石の私も驚いたけど」
まあ僕自身も、まさかあの
「本格的に剣を始めて以来、あなた凄く元気で楽しそうよ、光一郎。まぁ、ボコボコになって入院になった時は流石に心配したけれど…………それでも、日に日にたくましくなって、しまいには天覧比剣に優勝した時には、誇らしく思ったわ。
いや、お母さんが鳶とか冗談では。小銃相手に長刀一本で突っ込んでいくような人が。紛れもなく鷹でしょこの人。
「まるで——あなたの体に、
その言葉を最後に、僕らは夕食を食べる手を再開させた。
あっという間に全部たいらげ、ごちそうさまをしてから、お母さんの皿洗いを手伝う。
その最中、お母さんが思い出したように口にした。
「そういえば、言い忘れてたわ。今月の十九日、お客様がいらっしゃるから」
食器を拭きながら、僕は問う。秋津家は古書店を家業としている。なので「お客さんが来る」とわざわざ口にするということは……
「店に、じゃなくて……
「そうよ。光一郎、あなた「
……牧瀬。
その単語を聞いて、思い浮かんだのは二つ。
一つは、
もう一つは——
お母さんはギーゼラさんのことを知らない。つまり後者。
僕は頷いた。
「うん、知ってる。……もしかして、その「牧瀬家」の人が、お客さんってこと?」
「そうよ。今日のお昼頃に、
「……今日じゃ駄目だったの?」
「忙しいみたいだったから。……聞いて驚きなさい。その牧瀬陽司って人、あの『牧瀬電機』の社長さんだったのよ」
——そういえば、そんな名前の大手電子機器メーカーがあった。携帯電話とやらを作っていたりする。あれもまた「牧瀬」だ。
僕は聞いて驚いた。まさか、そんな凄い人がウチに来ていただなんて。
しかもその人が、僕ら秋津家と関わりのある士族の末裔だったことも。
——僕ら秋津家は、旧会津藩の士族の系譜を持つ。
僕らのご先祖様であり、この『
彼は
しかし、結果は歴史書に載っているとおり。会津若松の
その後、藩士はみな今で言う
——牧瀬一族は、当時、秋津家に娘を嫁がせていた。
光慧には兄がいた。
名を、
武芸が非常に達者だった東右衛門は、当時の牧瀬家の長男と、藩校時代からの無二の親友だった。
その関係で、東右衛門は彼の妹を
しかし、牧瀬の長男は
会津降伏後は抜け殻同然の暮らしをし、廃藩置県後に光慧とともに東京へ来てから突如失踪したという。
……それこそが、僕ら秋津と、牧瀬の関係だ。
ほんの一時期だが、しかし確かに存在した繋がり。
それが、百年以上もの時を超えて、この帝都に再び蘇ろうとしているのか。
「——光一郎。良い機会だから、あなたも同席してみない? あなたもまた、秋津家の末裔なのだから」
四月十九日の予定が、思わぬ形で埋まったのだった。
今回の連投はここまで。
また書き溜めます。