帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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二〇〇三年四月十九日土曜日 〜賊軍の末裔《上》〜

 

 ギーゼラさんとの勝負の後、牧瀬(まきせ)秋津(あきつ)両家は居間へと移動した。

 

 居間のテーブルを挟み、親子二組が向かい合う位置関係となった。

 

 お客さんなので、お茶の一つも入れなければならない。まして、僕らと近しい一族の人達なのだ。お茶淹れは僕が買って出た。

 

 人数分の湯呑みに茶を注ぎ、テーブルにお出しした。それを全員が飲む。

 

「前から薄々思ってたけど、光一郎、あなたお茶淹れ上手になったんじゃない?」

 

 というのはお母さんの感想だ。おそらく望月先生の家でたびたびお茶を出していたからだろう。より正確には、(ほたる)さんに良い淹れ方を教えていただいたからである。

 

 僕もお母さんの隣に正座し、お茶をすする。うん、螢さんの味だ。心が落ち着く。

 

 他の三人も、同じようにゆるりとした様子。

 

 四人揃ってから、最初に口を開いたのはお母さんだった。

 

「——それにしても、凄かったわねぇ、ギーゼラちゃんの溝口派(みぞぐちは)。ウチの光一郎(こういちろう)相手にあそこまでやるなんて」

 

「へへへ。デショ? こう見えてアタシ、ヨシ(じょ)清葦隊(せいいたい)じゃ鳴らしてんだ。今年、一日だけだけど、天沢(あまさわ)先輩にも勝って一位にもなってたんだから」

 

 ギーゼラさんが得意げに、しかし少し照れた様子でうそぶく。

 

 『清葦隊』というのは、螢さんやギーゼラさんの通うお嬢様学校である葦野(よしの)女学院(じょがくいん)の剣客自警団だ。完全実力主義の集団であり、単純な剣の腕によって隊内序列が決定される。そのためか、女性の身でありながら剣の腕はそこらの男よりもずっと立つ。

 

 このギーゼラさんは、清葦隊最上位三人の中にずっと居続けている。それを考えれば、剣の腕前のほどを察することが出来る。……しかも、僕が去年大苦戦した清葦隊隊長の天沢(あまさわ)(ゆかり)さんに一度勝ったと今聞かされ、驚いていた。彼女も日々成長しているようだ。

 

「溝口派一刀流は、今じゃ会津地方か仙台でしか伝承されていないと聞きますけど、そこまで習いに行ってるんですか?」

 

 お母さんが陽司(ようじ)さんに尋ねると、陽司さんは少し照れくさそうに頭をかきながら、

 

「はは、私がこの子に教えたんですよ」

 

「あらまぁ、溝口派を皆伝なさっていて?」

 

「ええ。というのも、牧瀬家は祖先の溝口派一刀流を家伝としていましてね。家の者の多くは溝口派を学んでいるのです。このギーゼラの義理の兄である私の息子も」

 

「その息子さんは?」

 

「今日は大学で用事があるようなので」

 

「そうですか。残念ねぇ」

 

 そう言って、親達は揃ってお茶をひとすすり。

 

 今度は陽司さんが、僕に称賛を送ってきた。

 

「それにしても、流石は天覧比剣優勝者だ。うちのギーゼラをあそこまで追い込むとは。確か中学生だったね、その若さであそこまで剣ができれば大したモノだ」

 

「きょ、恐縮です」

 

 僕はおずおずとそう返した。

 

 ギーゼラさんがフフンと鼻を鳴らす。

 

「親父。ソイツ望月先輩の弟弟子よ。そこらの至剣流使いにアタシが手こずるわけ無いじゃない」

 

「えっ、望月閣下に師事を?」

 

 娘の言葉の意味を瞬時に察したであろう陽司さんが唖然とする。

 

 望月先輩とは、螢さんの事だ。そのことは陽司さんも娘から日頃聞かされているはず。その望月螢の弟弟子ということはつまり——流石は経営者というべきか。頭の回転が随分早い。

 

「それはそれは……とても良い師匠に就いたようだね」

 

「いや、僕なんてまだまだですよ……天覧比剣には確かに優勝しましたけど、まだ、目指している「目標」まで達していないですから」

 

「そうか。何であれ、よくよく励みたまえ。君には武縁がある。剣が好きなら、それを逃してはいけないよ」

 

「は、はいです」

 

 僕は頷き、お茶をすすった。

 

 少しの間、沈黙したのちに、

 

「——我々の祖先である牧瀬秀継(ひでつぐ)は、日新館(にっしんかん)にて溝口派一刀流を学びました」

 

 そう、陽司さんがこぼした。

 

 「日新館」という単語に反応し、僕とお母さんは揃って姿勢を整えた。会津藩の藩校の名前である。

 

 お母さんが察したように頷き、その先を継いだ。

 

「私達の祖先……秋津(あきつ)光慧(みつとし)と、その兄であった秋津(とう)右衛門(えもん)も、日新館を出ております」

 

 陽司さんがそれを聞いて、感動を覚えたように目を輝かせ、ため息をついた。

 

「秋津東右衛門……牧瀬秀継の兄、牧瀬隆之助(りゅうのすけ)の親友だった人物です」

 

「ええ……そのようですわね、東右衛門と隆之助殿は日新館時代からの竹馬(ちくば)の友であり、共に武芸が非常に達者であったとか」

 

「はい。隆之助は、かの佐川(さがわ)官兵衛(かんべえ)とも親交がありました。同じ溝口派一刀流の門人でありましたがゆえ」

 

「東右衛門は、藩の追鳥狩(おいとりがり)で特功を得るほどの武芸達者で、おまけに至剣流の皆伝であったそうですわ」

 

 ふふふ、と楽しげに笑い合う親二人。

 

 そんな二人の先祖自慢を他所に、ギーゼラさんは暇そうにお茶をすすっていた。……もしかして、単語の意味が分からなくて、面白くないのかも。

 

 僕はそっと彼女にささやきかけた。

 

「……追鳥狩、っていうのは、毎年秋に会津藩で行われてた武芸の演習のこと。鳥とか獣を野に放って、馬に乗りながらそれを弓で仕留めるの。特功っていうのは優秀賞みたいな意味で、それを取ると藩公からご褒美をもらえたんだよ」

 

「へぇー…………あっ、いや、それくらい知ってたもんね」

 

 ギーゼラさんがおすまし顔でお茶をもうひとすすり。分かりやすい反応だ。ここはあえて突っ込まずに乗っておくのが武士の情けってやつだろう。実際武士だったしね、ウチ。

 

 親世代による、先祖の話はなおも止まらず続く。

 

「——光慧は、武より書を好む傾向が強かったようで、子供の頃はよく藩校の他の子にいじめられていたそうです。そのたびに腕力自慢な兄の東右衛門がすっ飛んできて、ぶちのめして助けていたそうです」

 

「はははっ、そうらしいですな。そのことも、秀継の遺した手記に書かれておりました。しかし、助けられていただけでなく「いじめられないように強くなれ」と兄君に散々しごかれていたとも」

 

「そう! そうなんです。あまりに苛烈にしごくものだから、隆之助殿が見かねて東右衛門に加減を勧めたとかなんとか」

 

「それも書いてありましたな。ちなみに秀継は、東右衛門を怖がっていたようで、隠れてその様子を見ていたそうです」

 

「まぁっ!……ふふふふっ」

 

 親たちは本当に楽しそうである。僕も参加したいが、僕の知っている事、言おうとしていることを全部お母さんが先んじて言ってしまうため、話せるネタが思いつかない。

 

 ギーゼラさんはすっかり暇してる様子で、すっからかんになった湯呑みの底を覗いていた。

 

 僕はそんな彼女にまたもささやきかけた。

 

「お茶、おかわり要る?」

 

「……おねがぁい」

 

 頼まれたので、僕は席を立つ。ついでに二人にもお茶のおかわりは要るかを尋ね、いらないとのことなのでギーゼラさんと僕の分だけ淹れることに。

 

 湯呑みを回収し、それに再びお茶を汲み、また戻る。ギーゼラさんに湯呑みを渡す。

 

「あ、ダンケぇ」

 

檀家(だんけ)?」

 

「ありがと、って意味よ」

 

「そう……」

 

 僕も座ってお茶を一口。まだ熱い。

 

 それからもお母さん達の会話は続く。

 

 お母さんの話す「ご先祖様像」は、やはり僕の知っているものと同じだ。

 そう……全て、秋津光慧の遺した手記に書かれていたことだ。

 僕も幼い頃から、その書物をよく読まされた。達筆すぎて読めないところも教えられながら。

 日本人は何でも書き遺す。そうすることで、過去のことをなるべく正確に未来へ伝えようとする。

 僕はご先祖様に直接会えなくても、文字を通して、ご先祖様の話を聞いた。

 楽しかった思い出。

 しんどかった思い出。

 しかしそれすらも後に役に立ったという事。

 そして……喪失の記憶も。

 

「——そんな個性が不揃いな四人も、戊辰(ぼしん)(えき)では、同じ朱雀隊(すざくたい)として、肩を並べて戦ったのですね」

 

 お母さんのその言葉は、これまでよりピンと張り詰めた語気だった。

 

 陽司さんも背筋をピンと整える。

 

 子供である僕とギーゼラさんですら、ここからの話は心して聞かなければならないと、やや姿勢を正していた。

 

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