帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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二刀流③

 この香坂伊織(こうさかいおり)という人間の体に宿る「影響の連鎖」を。

 

 動きに宿る「体癖」と、その発生条件を。

 

 そこから導き出される、おおまかな未来の動きを。

 

 僕は見て、視て、看て、()()

 

 ——次は「急いで飛び退く」だ。

 

「くそっ!!」

 

 やはり毒付いて飛び退く香坂。何かあっても瞬時に拾える位置に捨てていたようで、木刀をすぐさま回収し、構えた。……しかし突かれた右胸がまだ痛むのか、構えのところどころに強張りが見られる。その眼差しは苦々しそうに細められていた。

 

 僕もおもむろに立ち上がり、己の木刀を正眼に構える。

 

「ちくしょうが…………死中に活、ってやつか。ははっ……ここまでしてやられたのは久しぶりだぜ…………!!」

 

 苦痛に細められていた眼差しが、今度は殺気で鋭く細められる。

 

 それに呼応する形で、長短木刀を構えた香坂の気勢も膨張した。ふたたび二刀の剣士の威容が膨れ上がる。

 

 しかし、僕はもう、今までほどに心を圧迫されなかった。

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 

 あの威容の下にいる「本体」を、今の僕はすでに看破している。

 

 枯れ尾花と分かっているなら、幽霊などではないということも分かる——!

 

「————腹ぁ括れ、小僧ぉぉぉぉっ!!」

 

 動いた。

 

 二刀の間合いが急激に迫る。

 

 右手の長木刀を外から内へ振りかかってきた。

 

 僕は左へ木刀を構えて防ごうと試みるが、それでいて香坂の全身に働く「体癖」から、次の攻撃をおおまかに読んだ。

 

 当てる寸前に右手を引っ込める動き。すなわち、この薙ぎ払いは(おとり)

 

 そこからさらに予想できる次の攻撃は——突き。

 

 だから僕は、()()()()

 

「な——!?」

 

 香坂の驚きの声。

 

 無理も無い。懐へ入られたために、遠心力を威力として使う薙ぎ払いはほぼ無力化されたのだ。なおかつ、長木刀のリーチ深くに入られたのでは、手前に引っ込めて刺突へ移行することも、出来なくなる。……「接近」という行為をもって、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 近すぎる間合いゆえに長木刀が使えない今、香坂の攻撃手段は自ずと限られてくる。

 

 蹴り、頭突き、体当たり、短木刀。どれが来る?

 

 さらに「体癖」から次を読む。——短木刀。

 

 僕はすでに左耳近くで木刀を垂直に構えていた。「陽の構え」だ。

 

「トゥッ!!」

 

「っぐ……!?」

 

 『石火(せっか)』の型。火打石から生じた火花のごとく切っ尖を弾けさせ、振るわれんとしていた短木刀を後ろへ叩き返した。それに巻き込まれる形で、香坂の重心も大きく崩れた。

 

 前へ身を進めながら木刀を引き戻し、「陰の構え」へ瞬時に移行。

 

 二発目の『石火』。

 

 かぁん!! 香坂が苦し紛れに引き戻した長木刀に阻まれた。

 

 しかし、長木刀を持った右腕まで後ろへ弾かれたことで、香坂の重心の安定はさらに崩れた。おまけに阻むものは無し。

 

 今度は「陽の構え」に変じて、三度目の『石火』——いや、ダメだ。

 

 香坂は()()()()()()()()。自分を倒そうとする重力に身を任せ、自ら倒れたのだ。

 

 倒れただけではない。『石火』が届かない、足元深くまで身を逃したのだ。……もし『石火』を打っていたら、空振りしただけでなく真下から足を取られて崩されていただろう。

 

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、香坂は大の字で夜空を仰ぎながらくつくつと笑った。

 

「くっくっくっ…………三回続く偶然は、偶然じゃねぇわな。面白ぇ、面白ぇ。お前よぉ——俺の動きを読んでやがるな?」

 

 いきなり核心を突かれ、僕は内心で驚く。……この人、たった数回、やり合っただけで。

 

「図星か。くくくくくっ……クソ生意気な至剣流野郎をシメてやろうっていう軽い気持ちで売った喧嘩だったが…………思わぬ拾い物だな。至剣流剣士なんざ、時流に乗っかって調子こいてるだけの雑魚ばっかだと思ってたが、お前みたいな面白ぇ奴もいたんだなぁ…………ははっ。こう見えて驚いてんだぜ?」

 

 言いながら、香坂はおもむろに立ち上がる。

 

 そこを攻めることもできたかもしれない。いや、できた。

 

 でも、できなかった。やることを、僕の心が拒んだ。

 

 「影響の連鎖」を掴んだことで、この戦いにおける僕のアドバンテージは確立された。

 

 しかし、あの香坂という男には、他にも別のモノがある。

 

 『雑草連合』——至剣流華やかなりし現代武芸界の裏でひっそりと根を張った雑草のごときその他の剣術流派が帝都で織りなす百鬼夜行。

 

 そんなグループのリーダーであるこの男は、きっとそれなりの経験を積んでいるはずだ。

 

 ……僕よりも、戦いの経験が豊富なのだ。

 

 香坂は再び長短木刀を構えた。左の短木刀を前にして、右の長木刀を後ろへ置いた、今までに見なかった二刀勢。

 

 そのまま彼は、ゆらり、ゆらりと迫る。

 

 勢いの無い緩慢とした動き。

 

 しかしその動きからは幽鬼を連想させ、今までとは別種の気勢があった。

 

 今までのように威容で圧迫してくる感じではない。まるで見えない刃を静かに喉元へ突きつけてくるような、冷たく鋭利な気を感じる。

 

 背中が寒くなる。

 

 しかし、怯えている暇は無い。香坂はすぐに迫ってきた。

 

 間合いがぶつかった途端、その両の木刀を眼前で交差させた。

 

 僕は目を離さず観察し続けた。——次の攻撃は、短木刀だ。

 

 予想通り、そこから放たれたのは二刀による十字斬りではなく、短木刀だけだった。左足を前へ進め、短木刀のリーチを一気に大きくしながらの薙ぎ。

 

 僕は『綿中針(めんちゅうしん)』の型を用いた。やってきた短木刀を退がりながら柔らかく受け、外側へと振り抜かせた。

 

 次の攻撃は、分かっている。長木刀を使った大振りの一太刀だ。そしてそれはすでに、すぐそこまで迫っていた。

 

(たぁん)!!」

 

 気合とともに視界の左端から急迫してきた長木刀を、僕は愛刀の両端を持って左側へ張って受けた。

 

 密度の高い木材同士がぶつかり合う甲高い音。それと同時に木刀を通して腕、体幹、足元へ向かって、鋭く圧縮された重圧による衝撃が波及した。

 

「っ……」

 

 防御には成功したが、その衝撃によって足が崩れかけた。

 

 香坂はすでに次の行動を示唆する「体癖」をその身に現していた。——蹴り上げ。

 

 しかし、それが分かっていながら、僕は動かない。

 

 いや、()()()()

 

 少しであってもぐらついている今の足元では、避けるは満足にできなかった。

 

 防御も間に合わず、僕は香坂が放った前蹴りを、見事に腹に食らってしまった。

 

「ごぁっ……!!」

 

 気持ち悪さの混じった鈍痛とともに、強制的にくの字にさせられて押し飛ばされた。

 

 丸まって地を滑った僕に、香坂が嬉々とした声で豪語した。

 

「俺が教えてやるよ、お前のその「読み」の弱点!! それはなぁ——動きが読めていたとしてもなぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ!!」

 

 ……その通りだ。今の痛みでそれを思い知った。

 

 相手がボールをストレートで、どの位置へ投げてくるかが分かっていても、バットが無い、もしくは破損していては打てないのと一緒だ。

 

 巨大な岩が落ちてくる事実を事前に予測できても、その落ちてくるまでの時間内にその岩の範囲内から逃れられる走力と位置関係を満たしていないと、避けきれない。潰される。

 

 対応したくても、体勢やら地形やら位置関係やらの都合でそれが不可能な状態に追い込まれた時、せっかくの「読み」も腐る——それが僕の弱点だ。

 

 再び香坂が攻め寄ってくる。

 

 僕も急いで立ち上がる。

 

 香坂は振り上げた長木刀を「(たぁん)!!」という独特の気合とともに斬り下ろしてくる。

 

 受けたとしても、体重を崩されるほどの重みを秘めたその一撃を、僕は何もせずに右斜め前へ足を進めて回避した。

 

「っ——!?」

 

 だが、回避のために移動した位置へ踏み込んだ瞬間、香坂の左回し蹴りが待ち構えていたようなタイミングで急速に近づき、僕をしたたかに打った。……僕は何を考えているんだ。ここへ逃げるのなんて予想が簡単につくじゃないか。

 

 僕は体勢を大きく崩壊させた。……つまり、足元が崩れて、思うように動けない状態。

 

 そこを、待っていたとばかりに長木刀が迫る。

 

 そう何度も食らってたまるか——僕は迫り来る香坂の木刀を見つめながら靴裏を突き出した。

 

 幸いというべきか、香坂の使う二刀流の太刀筋は威力こそ高いが、太刀の速度はさほどでもない。やってきた長木刀の一太刀を、靴裏で受け止めるのがどうにか間に合った。

 

「っち……!」

 

 香坂の舌打ち。しかしそこで止まらない男だ。なので僕は倒れた後も後方へ転がり、離れてから腰を持ち上げた。

 

 案の定、再びの長木刀。真上から来たソレを、しゃがんだ状態で頭上に木刀を水平に構えた。鳥居受けである。

 

 かぁん!! という快音とともに、ズンという太刀筋の重みが腰にのしかかる。

 

「よく受けるなぁ? だけどよぉ、この体勢はどう乗り切る? どう挽回する?」

 

 香坂のなぶるような口調に誘発され、僕は思考が否応無く加速する。

 

 かたや、立ったまま二刀という複数の武具を有する男。

 かたや、片膝を付いて深くしゃがみ込んだ僕。

 

 あと一秒足らずで、今度はあの短木刀が振るわれることだろう。

 

 もしくは蹴りを喰らうか。

 

 いずれにせよ、このしゃがんだ状態からでは、迅速な対応はできまい。

 

 やがて、香坂の五体に浮かび上がった「体癖」が導き出した次の動きは——足を持ち上げる。つまり蹴り。

 

 この鳥居受けの状態ごと僕を踏んづけて寝かせるつもりだ。

 

 全力で横へ飛び退いて避けようかと思ったが、ふと、()()()()()()()()()()

 

 それを実行するべく、僕は飛び退かず、その場にとどまった。

 

 香坂の靴裏が、両手で構えられた僕の木刀に触れ、さらに下向きに圧迫せんとす。

 

 ——今だ!

 

 僕は両端を持って水平に構えていた木刀のうち、切っ尖側を掴んでいた手を離し、両手持ちに即座に切り替えた。

 

 するとどうなるか。

 

「おあっ……?」

 

 下向きに体重をかけて踏みつけんとした香坂の足が空を踏み、バランスを崩す。

 

 前傾して倒れてくる香坂。

 

 僕の木刀の切っ尖は、すでに真っ直ぐその眉間を向いている。

 

 その眉間めがけて、僕は一直線に刺突を飛ばした。

 

「か——」

 

 硬い骨を()く感触とともに、香坂は跳ねるように空を仰ぎ見た。

 

 それから、体も後傾させていき、やがて大の字で倒れた。

 

 倒れた体勢が隙になることを、この男は知っている。だから迅速に起き上がるはず。

 

 それが起き上がらない。

 

 その事実が、僕の勝利を静かに告げていた。

 

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