帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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昼食、そして避難

「——最近、国会議事堂前で、抗議運動がよく起こってるらしいわよ」

 

 六月三日、火曜日、昼休み。三年一組の教室でお昼ご飯を食べている最中、一緒に食べている二人のうちの一人である峰子(みねこ)がそう口にしてきた。ちなみに彼女は手製のお弁当。

 

 エカっぺの重箱弁当の料理を分けていただいていた僕は、相槌を打つ。「抗議運動?」

 

「あれでしょー。例の「バークリー軍縮」に対する反対運動」

 

 エカっぺがお手製のだし巻き玉子を咀嚼(そしゃく)して飲み込んでから、気が抜けた口調で話に乗ってきた。……現アメリカ大統領であるバークリーが日本側に「提案」してきた、軍縮の話だ。

 

「そうよ。あの大統領、この軍縮に乗らなかった場合、軍事同盟を解消する可能性もチラつかせている始末だわ。……見た目はゴリラなのにやり口は(ねずみ)ね」

 

 峰子の口調がいつもよりちょっと乱暴である。

 

 エカっぺはやれやれとばかりにため息をつき、

 

「まぁ……先の戦争で攻められた側としては、軍縮しろ、なんて要求は受け入れがたいだろうし。そりゃ反対運動の一つも起きるっしょ」

 

「最近は軍縮反対だけじゃなくて、そこへさらに反米思想も加わったキメラみたいな運動になりつつあるわね。ここ最近アメリカで増加しているアジア人への暴力事件が背景にあるのは言うまでもないわ。中には日米同盟の解消を叫ぶ声もあるくらいよ」

 

「同盟解消は無謀でしょ、普通に考えて。バークリーの野郎はムカつくけど、アメリカの後ろ盾が無くなったら、自分で自分を守らなきゃになるから、国防予算が天井知らずで伸びてくじゃないの。ロシア、中国、韓国がいる中、アメリカとまで構えようって? しかも独力で?」

 

「そうね。ソ連は崩壊したけど、その大半の領土と軍事力を受け継いだ新ロシアが生まれたわけだし。中国とは良い関係ではあるけど、離島の領有権を巡る問題を抱えているし。韓国も日ソ戦後に日本を警戒して軍拡をずっと続けているし。そんな中でアメリカとの関係も怪しくなったら、いよいよ戦前みたいな武装中立状態に逆戻りよ」

 

「中立ってのは聞こえは良いけど「周りがみんな敵」って意味でもあるわけだしね。……つーか韓国もさ、中国っていう強い同盟相手がいるんだから、あんな必死にシコシコ軍拡しなくたって良くない? まぁ仮に日本と中国がやり合うことになった場合、朝鮮半島が緩衝地帯扱いされるからっていうのは分かるんだけどさ」

 

「仕方ないわよ。歴史を長く振り返ると、朝鮮半島は日本から何度か攻められているもの。かつての日本統治下の経験も相まって、伝統的に日本への不信感が強いのよ」

 

「てか韓国凄くない? 男子は二十歳になったら問答無用で徴兵だもんよ。形骸化しかけてるこの国の徴兵制度よりよっぽど国民皆兵してるわよ」

 

「日本だって、その年に検査を受けた人の一割くらいは徴兵されるわよ。それに韓国の徴兵制度は国民には不評みたいだし」

 

「そういや、ウチの二刀流が前にぼやいてたっけ。来年徴兵検査だー、って」

 

 …………えーっと。

 

「とりあえず、お弁当食べない?」

 

 僕が苦笑しながらそう促すと、二人は「だわね。飯にしましょ飯」「それもそうね」と談義をやめ、再び食事を再開した。

 

 お弁当がある程度減ると、再び二人の口は開いた。

 

「……まぁ、蔵川(くらかわ)首相の任期が続いている限りは、軍縮にはまずならないでしょうね。あの人、軍縮には断固反対だもの」

 

「姪っ子が戦争巻き込まれて死んでんだものね。そりゃ反対だわよ」

 

「そうね。ただ……現蔵川内閣外相(がいしょう)宝田(たからだ)寿文(としふみ)は国際協調重視派で、ある程度の「譲歩」も必要ではないかって言っているみたいだけど。そのせいで、国家主義団体からは「奸臣(かんしん)」とか呼ばれて嫌われているみたい」

 

「……暗殺とか起きないわよね?」

 

「今の軍縮反対運動がさらに熱狂すれば、斬奸状(ざんかんじょう)の一通も届くかも分からないわね」

 

 ……二人とも、ほんとに随分仲良くなったなぁ。

 

 僕はご飯を食べながらそんな二人を側から微笑ましく見つめつつ……時折、周囲へちらっと目を向けた。

 

 すると、こちらを見ていた周囲の生徒が、いっせいに目を逸らした。

 

 まるで怪物みたいな扱いだなぁと思うと同時に、僕は()()()()()の効果を実感していた。

 

 ——この三年一組は、エカっぺの所属するクラスだ。

 

 今年から、僕とエカっぺは離れ離れになってしまった。

 

 去年までは僕か峰子という「味方」が同じクラスにいたが、今年は違う。彼女は一人だ。

 

 普通の生徒だったら「クラスが別れて少し寂しい」で済む話だが、エカっぺはロシア人だ。十二年前の敵国人である彼女を今なお忌み嫌う人は残念ながら多い。学校という小さな社会においてもそれは同じだ。……クラスが別れて孤立することで、彼女は嫌がらせを受けるかもしれない。

 

 だからこそ、僕がお昼ご飯をいつもエカっぺの教室で食べて、僕との関係の親密さを見せつけるのだ。

 

 ロシア人の女子とつるむ男子として悪名が立っていた僕だが、今では「天覧比剣優勝者」としても校内では有名だった。手前味噌だが、剣の腕前も同時に知られており、一目置かれていた。

 

 僕としては正直扱いかねていた称賛だったが、エカっぺと別のクラスになった時、これは役に立つと思った。

 

 エカっぺと仲良くしていることをこのクラスの人たちに見せつけることで、彼女をいじめたりさせないための「抑止」とする。

 

 ……まだ僕が弱かった頃、僕はエカっぺに「僕を守って欲しい」とお願いし、エカっぺはそれに頷いてくれた。だからこそ、僕は悪目立ちこそしたものの、いじめられずに済んでいたのだ。

 

 今度は僕の番である。僕が彼女を守るのだ。

 

「……うっ」

 

 そこで、峰子が突然唸った。胸のあたりを押さえて、梅干しみたいな渋い顔をしている。

 

「大丈夫? 喉詰まったの?」

 

 僕の問いに、こくこくと頷く峰子。

 

「はいこれ。お茶どうぞ」

 

 僕は自分の飲みかけのボトル茶を峰子に渡した。

 

 溺れている人は(わら)をも掴むというか、峰子はそれを迷わず受け取り、少し飲んだ。

 

 それから、ふぅぅっ、と安堵めいた深いため息をつく。食べ物を飲み込めたようだ。

 

「あ、ありがとう光一郎、おかげで助かっ、た……わ……」

 

 峰子は笑みを交えてお礼を言ってくるが、その目が見開かれ、自分の握っているお茶のボトルへ視線が向き……それからみるみる顔を赤くしていき、

 

「じ、自分の飲み物買ってくるわねっ。ありがと、はいこれっ」

 

 僕にボトル茶を押し付けるように返すと、そそくさと教室を出て行った。

 

「え、ちょっと峰——こぉ!?」

 

 突然脛に訪れた尖った衝撃に、目ん玉が飛び出そうなくらいの痛みを覚えた。

 

 エカっぺに脛を蹴られたのだ。蹴る力は軽いが、爪先という硬い部分で弁慶の泣き所を一撃されたため、それなりに痛い。

 

「な、なにするのエカっぺっ……」

 

 僕の泣きそうな問いかけに、エカっぺは「ふんっ」と唇を尖らせてソッポを向くだけである。

 

 そんな謎の不機嫌に僕が困惑していた時。

 

「——おい、なんだあれ!?」

 

 教室にいた生徒の一人が、何やら声を張り上げた。

 

 僕がびっくりする間にも、ざわめきは沸騰するお湯のように急増していく。「え、なにっ?」「見ろ、校門!」「なんだあいつ!?」「刀持ってるぞ!」「人が倒れてる……」「しかもあの赤いのって……血、だよね?」

 

 みんな一様に、窓の外を食い入るように見つめていた。

 

 僕とエカっぺも、彼らに倣う形で外を……より正確には、校門の方を見下ろす。

 

 そして、二人揃って息を呑んだ。

 

 

 

 ——そこには、惨劇があった。

 

 

 

 校門は開かれており、その校内外の境に男性が一人倒れていた。

 服装からして、この学校の守衛である警備員。

 服の襟に隠れてよく見えないが、首元あたりを起点にして赤い水溜まり——血液が広がっていた。

 見ると、校門にも血痕がいくつも付着している。門扉の高いところまで付着している点から、いったいどういうふうに血が出たのか容易に察せてしまった。

 

 そして、事切れた警備員の隣に、立っている人物が一人。

 

 長身痩躯。骨格の形からして、性別は男。

 インナーまで黒一色なスーツに、左目を覆い隠した長い黒髪。

 左腰には空っぽの鞘。そこへ納まっているべきはずの刀は男の左手に握られており——切っ尖から赤い雫がねばっこく(したた)っていた。その血塗られた刀身こそが、あの場における全てを物語っていた。

 

「……っ」

 

 僕は思わず一歩後ずさる。しかし視線はなおも校門から離れない。まるで縛りつけられているように。

 

 男の周囲に、他の警備員が五人駆けつける。

 その手には刺股(さすまた)袖搦(そでがらみ)突棒(つくぼう)といった捕物道具(とりものどうぐ)が握られていた。どれも光沢があるため、鉄製だと分かる。おまけに男の持つ刀よりも長い。

 

 警備員が、各々の道具を手に容疑者へ近づいていく。見事な身のこなしだ。警備会社では捕物道具を用いた流派武芸が学ばれていると、(ほたる)さんから聞いたことがある。

 おまけにあれらの捕物道具はどれも先端付近に棘が付いているため、犯人が握って振り払うことも難しい。捕まれば終わりだ。

 

 ——だがそれは、あくまで()()()()の話だ。

 

 警備員の放った突棒の一突きを、男は横へ最小限に動いて回避。当たらないどころか棘にかすりもせぬまま警備員の間合いの奥まで踏み込み、すれ違いざまに首元へ刀を軽やかに滑らせた。

 

 次の瞬間、警備員は首から血の華を満開に咲かせ、崩れ落ちた。

 

 教室内を支配する戦慄の沈黙が、いっそう引き締まるのを肌で感じた。

 

 二度目の惨劇を目にするが、残った四人の警備員は怯まぬように己を奮い立たせ、捕物道具を手に男へ挑み掛かる。

 

 しかし、いずれも無駄だった。

 

 棘にすら引っかかることなく回避し、間合いへ滑り入り、首を一閃するのみ。

 

 血華、血華、血華——校門は静まり返った。

 

 一つだった亡骸が、一分と経たぬ間に六つとなった。

 

 己の斬り伏せた亡骸の中心で、血振りをする男。

 僕は目を逸らしたいと思いつつも、視線を離すことができなかった。

 だからすべて見てしまっていた。

 剣によって作り出される、人の死を。

 己の目の良さが、今日ばかりは恨めしいと思ってしまうくらい、鮮明に。

 前髪に左目が隠され、唯一明らかにされた男の右目が、ゆっくりとこちらを向いた。

 ……髪の分け目から覗くその瞳は、まるでこの世の全ての色を黒へと吸い寄せる、星一つ無き夜闇のようだった。

 

「きゃああぁぁぁぁ————!!」

 

 同時に、教室を支配していた戦慄の沈黙が、大きく破られた。

 

 眼下で繰り広げられた惨劇に、教室内はすっかり恐慌状態だった。みなざわめき、しかしどうしていいか分からず、教室から動くこともできなかった。

 

 警備員を斬った張本人が、校舎へと真っ直ぐ近づいて来るのを見て、恐慌はさらに増した。

 

 それに対して「落ち着け」と言わんばかりに、この校舎三階全体を覆うほどの、けたたましい防犯ベルの音が響き渡った。

 

『————緊急放送。現在、学校敷地内に危険人物が侵入。全校生徒は大至急、体育館へ避難しなさい。繰り返す。現在、学校敷地内に危険人物が侵入。全校生徒は大至急、体育館へ避難しなさい。これは訓練ではない。繰り返す。現在、学校敷地内に危険人物が——』 

 

 抑制された、しかし真剣に張り詰めた声による校内放送。

 

 それが聞こえた後の、生徒達の行動は早かった。みな教室を出て、階段を目指し始める。

 

 体育館は、二階の連絡通路からでも入ることができる。そこが緊急時の避難経路になっている。僕ら三年生は三階に教室があるため、すぐに二階へ降りれた。

 

 僕とエカっぺはその流れに乗って、体育館を目指そうとして——

 

「そうだ、峰子はっ!?」

 

 重要なことに気づき、足を止めた。

 

 エカっぺもまた、気づいたようだ。

 

 ……峰子は今、自販機にいる。そこは一階の昇降口だ。

 

 嫌な冷たさが、背筋を駆け上るのを実感する。

 

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