帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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後日談、そして臨時休校

 まず、あの事件——『人斬り錦蔵(きんぞう)』が富武(とみたけ)中学校へ押し入った事件の、その後日談を語りたいと思う。

 

 少し長くなるけど、ご了承願いたい。

 

 

 

 

 

 

 昇降口から駆けつけた警官隊によって、僕と香坂(こうさか)さんは真っ先に取り押えられた。校舎内で刀を持っていたから条件反射だろう。

 しかし香坂さんが「ざけんじゃねぇ、あそこで寝てる奴を見やがれ。あいつが犯人だ。俺らの刀は真っ白だ」と喚き、麻紐で全身を縛られた『人斬り錦蔵』の存在を示した。

 警察なので錦蔵の顔を知らないはずは無く、近くに落ちていた血塗れの刀も相まって、疑いはすぐに晴れた。

 

 それから生徒指導室に行き、僕ら二人は警官らに名前と身元を訊かれてから、事情を問われた。

 

 この中学の生徒である僕はいいとして、こことは全くの無関係である香坂さんはいろいろと質問されていた。

 

 本郷(ほんごう)にあるはずの帝都大の学生がなぜ神田の中学校にいる? 授業を受けないでこんな場所で何をしている? その腰の刀はなんだ? ……など。

 

 知り合いの通うガッコに人の死体が転がってたら誰だって気になんだろ。うるせぇなサボったんだよ悪ぃか、俺の勝手だろ。刀は刀だ、気になるならルミノール検査でもなんでもしやがれってんだ、あったとしてもあのクサレ人斬りの血だけだろうよ——香坂さんはぞんざいに、しかしきちんと答えた。

 「錦蔵を探していた」という事実を、嘘を交えず言葉巧みに伏せた上で。

  

 事情聴取にしばし応じると「後日、感謝状が贈られることになるだろうから、学校側からの続報を待ちたまえ」と警官に言われ、僕はようやく解放された。

 

 だが学校関係者ではない香坂さんにはまだ聞きたいことがあるらしく、警察に連れられて学校を出ることとなった。

 

 心配そうに見送る僕に、香坂さんは「俺ぁなんも悪くねぇんだから心配いらねぇよ」と言い残した。その言葉を信じて送り出した。

 

 さて、学校の生徒である僕には、その後もまだ行くべき場所が残っていた。職員室だ。

 

 校長先生からむちゃくちゃ怒られた。

 

 避難指示を無視したどころか、危険の渦中へ自ら飛び込んでいったことに。

 

 死んだらどうするんだとか、今回は運が良かっただけだとか、天覧比剣(てんらんひけん)で優勝したからって自分の腕を過信し過ぎだとか、それはもういろいろ言われた。……刀を持ち出したことに関しては、ほとんど何も言われなかった。

 

 僕は黙ってお叱りを受け入れた。余計なことを言ったら長引くだろうし、それにいくら峰子(みねこ)の命を助けられたといっても、避難指示を無視してしまったことに変わりは無いのだ。

 

 ……国語の山根(やまね)先生が、申し訳なさそうな目を僕に向け続けているのが印象的だった。

 

 お叱りタイムを乗り切った僕は、もう家に帰っていいと言われた。

 さらに一週間の臨時休校を決定したらしく、来週の火曜日まで休んでいいとのこと。

 緊急の職員会議やら保護者会やら、これから殺到するであろうマスコミ対策やら、亡くなった守衛の人達の追悼やら、その他にも色々とやらなければならない事があるそうだ。 

 現在体育館に避難させている全校生徒にも、同じように臨時休校を伝えるそうだ。

 

 ——それから一週間の休日を得た僕含む全校生徒だったが、全然心休まらなかった。

 

 富武中学のある神田周辺は騒がしくなった。

 

 理由はひとえに、報道関係者の乗る車両が活発に富武中へ集中しだしたからだ。

 

 中学校に凶器を持った不審者が侵入したというだけでも大ごとなのに、その犯人が脱獄囚の一人で、しかもかの有名な殺人鬼『人斬り錦蔵』であったのだから、無理からぬ事と言えるかもしれない。学校側の懸念通りの事態となった。

 

 報道の渦中に置かれる母校を、僕は家でテレビ越しに見守っていた。自分が普段通っている学校がテレビに映っていることに対して、不思議な気分になった。

 

 意外だったのは、報道番組内において、学校側を批判する声がほとんど無かったことだ。『人斬り錦蔵』に斬られた人の中に、生徒が一人もいなかったからだろうか?

 

 逆に番組内でこれでもかと糾弾されていたのは、警察や内務省だった。

 

 脱獄囚を野放しにし続けた結果がコレだとか、学生二人に先んじられたとか、銃器の所持を国民に厳しく禁じておいてこの(てい)たらくとか、警察機構に対してあらゆる言葉と表現で「無能」と批判していた。

 

 なんだか責任の押し付けみたいに見えて嫌になり、僕はテレビの電源を切った。

 

 ——話はもう少し続く。

 

 さらにその後、とんでもないことが起きた。

 

 なんと報道陣が、僕らの家であり店である『秋津書肆(あきつしょし)』に押しかけてきたのだ。

 

 普通に考えれば無理もない事だ。なぜなら僕と香坂さんは「『人斬り錦蔵』を捕まえたお手柄少年剣士コンビ」として、世間に知られてしまっていたからである。

 

 流石に住所までは公にされていないはずだが、僕は去年の天覧比剣少年部優勝者だった。その情報経由で住所が知られても何ら不思議は無かった。

 

 店の入口へ押しかける報道陣は、ハッキリ言わせてもらうと商売の妨げでしかなかった。

 

 そしてそれを、たとえテレビカメラの前であろうと臆面もなくハッキリ言えてしまうのが、勇猛果敢な会津武士の血を忠実に受け継いだ我が肝っ玉母ちゃん、秋津仁光(ひとみ)である。

 

(あきな)いの邪魔! 買いも売りも見もしないのなら帰った帰った!」

 

 よく通る声でそう言い放ち、それでも報道陣が引っ込まないのを見るや、家の奥から長刀(なぎなた)を持ち出し——なんとそれを振り回した! 流石のマスコミも刃の威光には勝てず、うわぁとざわめいて退いた。

 

 そんな真似をしたら店の評判が悪くなるぞという脅し文句に対し「百年以上続く老舗(しにせ)のしぶとさを舐めるんじゃあない!」とお母さんが言い放つと、ようやく報道陣は不満げに引っ込んでいった。

 

 ふんっ、と長刀の柄頭で地を()くお母さんの頼もしすぎる背中を見て……僕は果たして本当にこの(ひと)のお腹から産まれてきたのだろうか、と疑わしい気持ちになった。

 

 港区に住む常連兼友達のミーチャからも家に電話がかかってきた。切羽詰まった声で安否を心配された。ニュースで僕の名を見た時、お手柄を称賛するよりも怪我の有無を心配したらしい。

 

 無傷だよと言うと、心底安心したようにミーチャの声はヘナヘナになった。ついでに「報道の人がまだいるかもだからしばらくウチに来ない方がいいかもよ」と伝えておいた。

 

 それから土曜日になる。

 

 僕は報道関係者の存在を警戒しながら、コソコソと望月家へと向かった。

 

 なんで悪い事してないのにこんな後ろめたい振る舞いをしなければならないのかという気分になりながらも、僕は望月家に到着。

 

 インターホンを鳴らし、マイクから聞こえてきた螢さんが入場の許可をくれるが、門を開けて最初に僕を出迎えたのは、望月先生だった。

 

 鋭い目つきから覗く光は、いつもより不気味なほど落ち着いて見えた。まるでどんなに押しても動かない石のような雰囲気の佇まい。明らかにいつもと様子が違う。

 

 望月先生は開口一番言った。「わしの言いたい事は、分かっているな」と。

 

 ()()()()と思った僕は、「……はい」と静かに肯定。

 

 先生は有無を言わせず僕を稽古場へ呼び出す。そこにはまだ私服姿の香坂さんがじっと正座をしていた。……それを見た時点で、この先起こることを予知できてしまった。

 

 案の定、僕と香坂さんは隣り合わせで座りながら、望月先生から例の人斬り事件について言及された。しかしその内容は僕らの勇敢さを褒め称えるものではなく、蛮勇を糾弾するものだった。

 

 うおーって強く怒る感じではない。正座をした僕らの膝上に少しずつ石を乗っけていくような、累積させていく感じの叱責だった。同じ責め苦を受ける香坂さんがどんな顔をしているのか気になったが、それを見るために余所見をすることも(はばか)られた。

 

 一週間の謹慎——最終的に僕と香坂さんは、そのように言い渡された。

 

 『神武閣(しんぶかく)事件(じけん)』の直後よりは軽いが、それでも今日明日の稽古への参加はできなくなる。

 

 僕ら二人はその処分を謹んで受け入れた。

 

 これもまた、望月先生なりの教育方針なのだと思ったからだ。

 

 刀を抜いて戦ったり、人を斬ったりすることを手放しに褒め称えたりすれば、弟子が間違った方向に成長してしまう恐れがある。

 

 弟子を持つということは、ただ技を教えればいいというわけではない。その弟子の人間形成の一端を担うということなのだから、責任もそれなりに負う。

 

 きっと、そういうことなのだろう。

 

 持ってきた荷物をまとめて望月家の門を出ようとしたところで、ちょうど稽古に来たエカっぺと遭遇。事件の日ぶりの再会であった。

 

 おはよう——そう告げるよりも早く、エカっぺは僕の胸を拳でどついてきた。

 

 結構な力で何度も胴体を叩かれながら、望月家を囲う(さわら)生垣(いけがき)に追い詰められ、なおも叩かれる。

 

 ようやく叩くのをやめたエカっぺは、俯かせていた顔を上げた。……明るい青色の瞳を涙で潤ませながら、僕を上目遣いで睨んでいた。

 

 それを見て、僕は悟った。自分がどれだけこの子に心配をかけたのかを。

 

 根っから金色の彼女の髪へさらりと手を置き「……ごめんね」と告げると、エカっぺは涙の混じった声で、

 

「次同じようなことやったら……マジ殴るから」

 

「もう殴ってるじゃない」

 

「うっさい、馬鹿、バカコウ。口答えすんな」

 

「ごめん。でも僕……ちゃんと生きてるから」

 

「……うん」

 

 エカっぺはそのまま、しばらく離れてはくれなかった。

 

 

 

 

 ——だいぶ長くなってしまったが、後日談は以上である。

 

 一週間に満たない中で、怒涛の変化が僕を襲った数日であった。

 

 ハッキリ言って、あんな血生臭い経験は金輪際ご免だ。

 

 香坂さんが来てくれなかったら、僕は間違いなく死んでいただろう。

 

 生徒や教師には死傷者は出なかったが、守衛の人がたくさん死んでしまった。

 

 正直……今回の経験のせいで、真剣を使った勝負に対する自信を無くしてしまいそうだった。

 

 竹刀試合や喧嘩ならまだしも、命の掛かった斬り合いだ。その失敗の衝撃は前者よりも強い。

 

 もしも……もしもまた、同じように、剣を抜かないといけない状況に陥ったら、今の僕にそれが出来るだろうか? 斬られることだけでなく、斬ることすらも遠ざけたがっていた僕に。

 

 分からない。もう一度「その時」になってみなければ。

 

 ただ一つ言えるのは——命のやり取りなど、無い方が幸せということだけだ。

 

 そして、僕のこの悩みと向き合う「その時」という機会が、できれば、死ぬまで来ないことを願うばかりである。

 

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