帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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長くなったので二分割投稿



羊羹、そして進路《上》

 

 そして、臨時休校期間最後の日である、六月九日の月曜日。午前九時ごろ。

 

「おーっす」「お、おはよう」

 

 そんな声とともに店内に入ってきたのは二人組。

 

 エカっぺと峰子(みねこ)である。

 

 彼女らが遊びに来ることを前もって電話で知らされていた僕は「いらっしゃーい」と気安い声で二人を迎えた。

 

 当然ながら、休みであるため二人とも私服姿だ。

 

 エカっぺは、爽やかさと親しみやすさを感じる装い。

 横縞模様の長袖シャツと黒いワイドデニムは、ゆったりとしていつつも彼女のスタイルの良さをそこはかとなく輪郭で表現している。地毛の金髪に被さる黒いキャスケット帽が、街角娘らしい親しみある可愛らしさを付与させていた。

 

 峰子は、エカっぺとは対照的に、落ち着いていて大人びた格好であった。

 白いカットソーの七分袖シャツに、黒と灰のチェック柄のフレアスカート。

 一見するとシンプルだがその分無駄が無く、大人っぽい合理性と、そこからしか感じられない色気みたいなものがあった。あの大きなラメ入りビーズの髪留めで束ねられたポニーテールを解いて髪を下ろせば、より大人の女性らしさが増すだろう。

 七分袖から伸びる、エカっぺほどではないが色白な両手は、大きな紙袋の取手を掴んでいた。

 

 ……そんな華やかな女子二人と比べると、僕の格好のいい加減さが目立つ。半袖シャツに短パン。完全なイエ仕様。

 

 エカっぺは、呆れ笑いを浮かべた。

 

「あんたねぇ、こんなかわい子ちゃん二人が来るんだから、もうちょい良いカッコで迎えられないのぉ?」

 

「僕も今そう思った……」

 

「峰子を見なさいよ。この子、コウん()行くからって色気づいちゃってまぁ。ほら見てみ、このスカート」

 

「ちょっ、カチューシャ!? スカートめくるのはやめなさい! 男子の前よ!」

 

「別にパンツが見えるような高さじゃないでしょうよ」

 

「それでもよ! というかっ、パンツとか言わないで。はしたない」

 

「…………えーっと、とりあえず、上がって?」

 

 女子特有の入り込みずらい会話をする二人に、僕はそう促す。

 

 そうして家の中に入ろうと動き出す前に、峰子が手に持っていた紙袋を差し出してきた。この間の……人斬り事件の時に助けられた御礼の品だそうだ。

 

 その品を交えて「この間は……助けてくれて、ありがと」と言葉でお礼を言ってくれた。うっすら赤らんだ頬に(えくぼ)が浮かぶはにかみ笑顔を見て、僕は思わずどきりとしてしまう。手指が無意識に左頬……去年の夏、峰子にキスされた場所をなぞった。

 

 エカっぺに軽く小突かれたことで我に帰り、峰子から紙袋を受け取った。手に訪れるずっしりした重み。中を覗き込むと……なんと、五百年近くも帝室御用達であり続けていることで有名な、某老舗和菓子屋の羊羹(ようかん)だったのだ。この羊羹一本だけでも結構高いのに、それが三本も入った箱入りのやつ。羊羹は好きなので、これはありがたい。

 

 ありがたく頂戴してから、僕は改めて二人をカウンター奥から家の中へ案内した。

 

 カウンターを陣取るお母さんの「ウチの愚息(ぐそく)がエッチな事してきたら、遠慮無くぶっとばしていいからねー」という心外極まる呼びかけに、二人が元気よく「はい、分かりました!」と答えているのがなんだか悲しかったが、それを飲み込んで二人を自室へ案内した。

 

 男子の部屋に入るのが初めてらしくもじもじしている峰子と、対照的にうきうきした様子のエカっぺ。……エカっぺがここへ来るのは初めてではない。以前何度か来ている。 

 

 「エロ本発掘していーい?」というエカっぺの楽しげな問いを「そんなものありませんっ」とぴしゃりと断じ、僕は台所へ向かった。

 

 先ほど峰子から頂いた羊羹の一本を三割ほどカットし、それをさらに均等に三等分して一つのお皿に乗せる。さらに湯呑みにお茶を淹れ、まとめて盆に乗せて部屋に戻る。

 

 なおも緊張気味にちょこんと正座する峰子と、キャスケット帽を脱いでゆるりと胡坐をかくエカっぺが、僕の部屋のちゃぶ台を囲っていた。

 

 ちゃぶ台の上にお茶を並べ、僕も座る。湯呑みをそれぞれひと(すす)り。深い吐息とともに全員一致で弛緩してから、ようやくある程度落ち着けたのであろう峰子が本題とばかりに、スカートのポケットから何かを取り出した。……ダイヤモンド貼りの洋封筒。

 

「これ、先週の金曜日に、氷山(ひやま)先輩から届いたの」

 

 僕は目を見開く。

 

 ……氷山(きょう)。去年、僕と峰子が所属していた撃剣部の部長をしていた、女の先輩だ。

 

 彼女は今年に富武中学を卒業すると、北海道の『玄堀村(くろほりむら)』へ単身移住した。……彼女の生まれ故郷であり、先の戦争中にソ連兵相手に巧みなゲリラ戦を繰り広げたことで有名な村だ。

 

 封筒に入っていた氷山先輩からの手紙には、そんな玄堀村での生活について綴られていた。

 

 天覧比剣中に和解した幼馴染、雪柳(ゆきやなぎ)トキさんと同居し始めたこと、

 先の戦争中に氷山家が夜逃げしたことをまだ気にしている人は多いが、少なくとも村八分みたいな目にはあっていないこと、

 雪柳さんと一緒に農業を始めたこと、

 マタギの仕留めたヒグマや鹿を捌くのを手伝ったこと、

 大変だけど、帝都ではできなかった自然と直に触れ合う生活を、幼馴染と一緒に過ごせるのは楽しいということ……そこで手紙は締めくくられていた。

 

 さらにそんな手紙と一緒に、結構な枚数の写真が同封されていた。

 

「うわ、でっか! ヒグマってこんなにでかいんだ……氷山先輩が子供みたい」

 

「こんなんに顔ブン殴られたら、首が一回転して即死しそうだわね」

 

 役場の中にあるヒグマの剥製と並んで立つ氷山先輩の写真を見て、僕とエカっぺは揃って驚きを示した。

 

 その他にも、畑に立つ氷山先輩の写真や、仕留めた鹿の写真、玄堀村の街並みの写真など、いろいろと見た。

 

 たくさんある写真の中で印象的だったのが……氷山先輩と雪柳さんが一緒に写った写真が、異様に多いことだった。

 

 物静かでむっすりした顔しか見ていなかった僕にとって、満面の笑顔になって先輩と写る雪柳さんの様子は、それだけで印象的だった。こんなふうに笑えるんだ、あの人。

 

 そして一緒に写る時は、決まって手を繋いだり腕を組んだり身や顔を寄せ合ったりして、お互いの体のどこかを結束させていた。

 

 エカっぺは疑わしげに唸ってから、

 

「……なんかこの二人、やたら距離近くない?」

 

「うん……戦争が起きてからずっと離ればなれで、しかも微妙な関係だったみたいだから。二人とも、わだかまりが解けて一緒に暮らせるのがすごく嬉しいんじゃないかな」

 

 僕がそう応じるが、エカっぺは「いや、でもこれはなんか……」と何やら納得いかない感じだった。

 

 写真をひととおり見てからは、再びお茶をすする。ちょっとぬるくなっていた。

 

 それから三人で例の羊羹を賞味することとなった。爪楊枝(つまようじ)の刺さった三等分の羊羹を一切れずつかじり、そしてその美味に全員顔を綻ばせた。自然とお茶が進む。……あっという間にお茶も羊羹もなくなった。

 

 それからエカっぺの勧めによって、峰子に僕のスケッチブックを見せることになった。棚の引き出しに入っている何冊ものソレを出した。……ちなみに螢さんの描かれたスケッチブックは、彼女らが来る前に別の場所に隠しておいた。あれを見られるのはある意味エロ本よりマズイ。

 

 文字通りの自画自賛(?)になるが、峰子はページをめくるたびに驚きを呈した。

 

「これっ、本当に光一郎(こういちろう)が書いたのっ?」

 

 うん、と頷く僕を見てから、峰子はさらにぱらぱらとスケッチブックをめくっていき、一冊が終わるやすぐにもう一冊手に取り、それもめくっていく。——ちなみに表題は「昆虫」。

 

「あ、ちょい待ち峰子! それは——」

 

 それを以前読んだことのあるエカっぺが慌てて止めようとしたが、遅かったようだ。「例の虫」のページを開いた瞬間、目に飛び込んできた写実的な描写に峰子が細い悲鳴を一瞬漏らし、バンッとスケッチブックを閉じた。そして、涙目で僕を睨んできた。……いや、なんか、ごめん。

 

 それから、いろいろと話をした。

 話は主に、臨時休校期間中の各々の過ごし方。

 エカっぺと峰子は、ほぼほぼいつも通りだったらしい。

 ちなみに、お母さんが長刀(なぎなた)を振り回して報道陣を追い払った話をすると、二人とも大笑いした。

 

 話の内容は、自然と卒業後の進路についてへと移ろった。

 

「光一郎は確か、功隆(こうりゅう)を目指すのよね?」

 

 峰子の問いに、僕はうんと頷く。鬼のツノを表現するように両側頭部で人差し指を立てて、

 

「お母さん、ああ見えて厳しいから。家業を継ぎたいなら大学行って学をつけろ、ってさ。それと、どうせ目指すなら出来る限り上がいいな、って思って」

 

「そう……でも跡継ぎって確定していれば、徴兵も免除されるから、悪くないんじゃないかしら」

 

「まぁ、確かにね」

 

 この帝国では、男子は二十歳になったら徴兵検査を受けなければならない。

 

 ただし、家業の後継者になることが確定している者はその検査を免除されるのだ。このまま『秋津書肆(あきつしょし)』をたたまずに二十歳になれば、僕は徴兵検査の対象外となる。

 

 ちなみに香坂(こうさか)さんのお父さんは開業医で、香坂さんは実家の病院の跡取りとして嘱望(しょくぼう)されていたが、歴史研究の道へ進みたかった香坂さんはそれを蹴って、跡取りを弟さんに譲った。そのため、来年には徴兵検査を受けなければならなくなる。そのことで彼は時々ため息をつくのだ。検査で受かる確率は十パーセント未満だが、それでも受かる可能性は存在するのだから。

 

「そういう峰子は、陸士(りくし)を受けるんだよね?」

 

 僕はそう問い返す。陸士とは「陸軍士官学校」の略だ。陸軍で出世するための登竜門(とうりゅうもん)である軍学校。ここを出ているのといないのとでは、軍人としての出世の限界が大きく違う。僕はそう望月先生から聞いている。

 

 峰子は微笑んで頷く。

 

「ええ。あそこは難関だけど、入ってしまえば学費含む諸費は国が負担してくれるから。ウチみたいに裕福じゃない家には助かるし、それに……戦死したお父さんも通った道だから」

 

「そっか……頑張ってね、峰子。応援してるよ」

 

「ありがと。光一郎も帝都大に入って、立派な街の本屋さんを目指してね」

 

 峰子の冗談めかした言い回しに、僕ら二人はそろってくすくす笑う。

 

 そこで僕は、あっ、と気づく。

 

 ——()()()()、残っている。

 

 エカっぺが。

 

「そういえば……エカっぺは進路、どうするの?」

 

 僕がそう問うと、エカっぺはビクッと身を震わせ「あ、あたしはその……」と恥じらうようにもじもじしだした。まるでさっきこの部屋へ来たばかりの峰子みたいに。

 

 峰子が目をしばたたかせ、驚いた顔をして言った。

 

「カチューシャ、あなたまだ(・・)光一郎に言ってなかったの?」

 

「えー……あー、う、うん……まだ」

 

 エカっぺがぎこちなく返事をする。

 

 ……「まだ」と今言ったか。つまり、エカっぺはすでに進路を決めていて、しかし僕にはまだ話していないということか。

 

 峰子が大きなため息をつき、

 

「……言わないんなら、代わりに私が言うわね。あなたの進路」

 

「あー、待った待ったニェット! ニェット!」

 

「ならあなたの口から言いなさい。今すぐ」

 

「うー……わ、わかったわよぉ……いじわる」

 

 エカっぺは指同士を絡ませ合って、しばらく懊悩(おうのう)したように沈黙し続けてから、やがて意を決したように顔を上げ、僕をまっすぐ見つめて言った。

 

「あたしね、峰子と同じで、陸士を受けるつもりなの」

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