帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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「もはや戦前に非ず」

 日本には「宮中(きゅうちゅう)席次(せきじ)」というものがある。

 

 宮中で何らかの会合が行われる場合、その座る席の順番が決まっている。それこそが宮中席次だ。コレが高位であるほど、(みかど)と席が近くなる。

 

 宮中席次で最上位にいるのは内閣総理大臣で、その下に各国務大臣、宮内長官、将官クラスの軍人……と続いていく。

 

 帝と座る席が近いほど、それが名誉なことであるという認識が強い。

 

 庶民からしてみれば滑稽極まる話だが、この滑稽な席次が役立つ時も存在する。

 

 その最たる例が——現役大臣の死亡時。

 

 もしも現役大臣が何らかの理由で任期中死亡した場合、即座に代役を用意する必要がある。

 

 その時に使われるのが、宮中席次である。

 

 「大臣」の中には、当然ながら内閣総理大臣も含まれる。

 

 現役総理が任期満了前に死亡した場合、宮中席次が最も上の国務大臣が臨時総理として選ばれ、前内閣を総辞職したのちに組閣(そかく)する。

 

 ……蔵川(くらかわ)総理の死後もまた、その方法がとられることとなった。

 

 宮中席次に則り、次の宰相(さいしょう)として白羽の矢が立ったのは——蔵川内閣外務大臣、宝田寿文(たからだとしふみ)

 

 政治的空白を可及的速やかに埋めるべくその準備が進められ、やがて帝が宝田へ大命を降下。

 

 蔵川内閣は総辞職し、正式に宝田臨時内閣が発足。

 

 初の所信表明演説が行われた。

 

 その開口一番が「もはや戦前に非ず」であった。

 

 所信表明演説の一部を抜粋したものは、以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

『帝国は、先の日ソ戦という未曾有の国難と向き合い、そして打ち勝ちました。

 数々の犠牲によって、帝国は平和を勝ち取り、世界最強の軍事大国アメリカとの同盟関係という盤石な安全保障環境を手にすることができました。

 その次に、帝国が為すべきことは——戦後復興。

 旧ソ連は、国内総生産の四割をも費やし、あのような恐るべき軍事力を築き上げました。しかしながら、その代償は国家の衰退と、人民の離心。そしてそれは皮肉にも、ソ連を内部崩壊させ、我が国を勝利に導く結果となりました。

 これが意味するところはただ一つ……暴力のみに邁進(まいしん)した国家に未来は無いということです。

 なればこそ帝国は、生き残った帝国は、ソ連を仇敵と憎悪するだけではなく、教訓としなければならないのです。

 確かに我々は、戦争に勝利しました。しかし、次の戦争の恐怖に怯え、必要以上に武器を持とうとしています。遠い未来の食い扶持すらも費やしかねぬ勢いで。

 先の戦争を経験した現世代ならば、その時の苦痛は忘れ難いものです。父祖の地が()(くに)に食い尽くされるかもしれない恐怖と隣り合わせの日々、家族が戦地で(たお)れた悲しみ、戦地から帰還してなお癒えぬ心身の瑕疵(かし)……二度と外敵を寄せ付けまいと武器を欲するのは無理からぬ事と言えましょう。

 しかし、記憶は世代を経るごとに風化し、やがて歴史の一項となります。現世代が抱く戦争の恐怖も、世代交代とともに薄れていくことは避け難い人の世の常。

 ()()()()()時、その世代に、現世代のごとき強靭な護国の意志が残っているでしょうか。暴力ばかりを追い求め、痩せ細った国土。この対比を見たならば、いったい何を思うでしょうか。

 王は民を以て天となし、民は食を以て天となす——古い漢土(かんど)の言葉です。愛国心、護国心のみで、良き国は成り立ちません。それを身をもって証明したものが、他ならぬ旧ソ連なのです。

 ゆえに我々は、未来を見据えなければなりません。

 帝国はソ連とは違う。

 強く、そして豊かな帝国を未来に残すべく、今こそ舵を取らなければなりません。

 そして、アメリカという強大な同盟国を得た今こそが、その千載一遇の好機といえましょう。

 今こそ我々は、偏狭(へんきょう)なナショナリズムから脱却し、世界中の平和愛好国と手を取り合い、ともに平和で豊かな国際社会を築くための役割を担う時なのです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝田は、現与党きっての対外協調派だ。そのスタンスを良く表した所信表明演説となった。

 

 しかしながら、そんな臨時総理の誕生後、世の中は激震することになる。

 

 ——組閣後、すぐに宝田内閣が閣議決定した「日米高度戦略連携協定」である。

 

 文字だけ読めば問題が無さそうに感じられるが、その内容には「日本側の軍縮」が含まれていた。

 

 日本の軍縮を含む諸条件と引き換えに、日米間の同盟関係をさらに深化させ、国防予算を抑えながらもさらに盤石な安全保障環境を手にする。それによって、国内における戦後復興ならびに経済発展へ本腰を入れるための足掛かりとする。

 

 対外協調路線を掲げる宝田らしいといえる案であったが、しかしコレによって世の中は大騒ぎとなった。

 

 軍縮反対派、とりわけそれを掲げていた国家主義団体などが、抗議の姿勢をさらに強めたのだ。

 

 国会議事堂前の抗議運動もさらに過激化した。刀を持ち出す者も現れ、警官隊との大立ち回りを幾度も起こした。

 

 宝田の邸宅に、斬奸状(ざんかんじょう)が何通も届いた。

 

 しかし、そんな世間の熱狂など何処吹く風とばかりに、宝田は協定に関する日米間の協議などを止まらず進めていった。

 

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