帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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憂国の青年将校

 源悟郎は、螢に茶の用意を頼んだのち、三人の青年将校を客間へ案内した。

 

 (とこ)の間の掛け軸以外は何も無い、六畳の一室。

 

 源悟郎は床の間の横にある引き戸から四人分の座布団を取り出し、それを配置する。三枚横並びと、それと向かい合う一枚。

 

 かけなさい、と告げると、三人は左腰の軍刀をホルスターから外して右手に持つ。各々の座布団に座ると、軍刀を前へ差し出すように置いた。さらにその鍔部分に軍帽を乗せる。

 

 源悟郎も、独立した座布団におもむろに座った。

 

 ……かつての名将と、三人の現役将校が対面する。

 

「——お初にお目にかかります。白鳥(しらとり)九郎(くろう)陸軍中尉であります。十二年前の戦勝の立役者の一人たる貴方とこうして顔を合わせられた事、光栄至極にございます。以後、お見知り置きを」

 

 三人のうち、中央に座る一人がそう言っておもむろに平伏する。まるで振り下ろされた刀のように整った所作。

 

 「前川善二(まえかわぜんじ)陸軍少尉であります」「紀井(きい)(おさむ)陸軍少尉であります」他の二人も、一拍子を跨ぎながら順に名乗って一礼。

 

「うむ。……名乗るまでもないかもしれんが、わしは望月源悟郎だ。不肖(ふしょう)の身ながら、かつての日ソ戦にて陸軍の采配(さいはい)を振った身であり、今はこの通り一介の老人だ。君らとの間にもはや階級差は無い。そこまでかしこまる必要はないよ。普通にしたまえ」

 

 白鳥中尉はガバッと顔を上げ、必死に否定するように言った。

 

「とんでもございません! 貴方は俺……いえ、小官(しょうかん)の母の故郷を奪還してくださった英雄にございます!」

 

 源悟郎は目を見開き、そして緩めた。「……そうか。君の御母堂の故郷は」

 

「北海道剣淵(けんぶち)(ちょう)。かつて露寇(ろこう)めの占領地となった場所です。……そこに住んでいた俺の祖父母は、敵の攻撃に巻き込まれて命を落とし、住まいも灰燼(かいじん)()しました。侵攻が起こった当時、矮小な学生だった俺は、剣淵町が露寇どもの手に落ちた事を知ってなお、座視している事しか出来ませんでした……!」

 

 白鳥中尉の表情に、ほのかに悔恨と怒りが浮かぶ。

 

 胸の奥から込み上げてくる(おり)の塊のような罪悪感を、源悟郎は渾身の気勢で押し留めた。……(ほたる)にも言われたことだ。生き残った罪悪感に呑まれるな、と。心臓にも良くないし、まして客人の前だ。

 

「しかし、貴方が守ってくださった。母と祖父母の故郷を、憎き露寇どもから奪い返してくださった。貴方がどれだけご謙遜なさろうと、貴方はまぎれもなく、この国の英雄です。俺……小官は、もうあのような惨劇を二度と起こさせまいと思い、軍に志願したのです!」

 

 白鳥中尉のその発言には、虚飾が一切感じられなかった。

 

 三人の中で最も武人らしさの薄い知識人めいた顔つきだが、その瞳には確かな信念と闘志が凝縮されているのが分かった。

 

 ——この青年は、まぎれもなく、憂国の徒だ。

 

 純粋で、勤勉で、献身的で、忠義に厚く……しかしどこか危うい(・・・)

 

 だからこそか。源悟郎には分かってしまった。この青年が、なぜ事前の断りも入れることなく自分の邸宅へ半ば強引に押しかけてきたのかが。

 

 残り二人の青年将校も、そんな白鳥中尉と同じような眼差しをしていた。そのうちの一人である前川少尉が、太く筋の通った声音で具申(ぐしん)するように告げた。

 

「望月閣下。突然このような形で訪れた無礼、謝罪いたします。しかしながら現在、我が国は亡国の未来を選択しようとしております。それを阻止するため、是非とも閣下のお力添えを頂きたいと小官らは欲します」

 

 源悟郎は、そんな彼らの言いたい事を、先回りするように静かに口にした。

 

「——日米高度戦略連携協定、か」

 

 はっ、と三人が肯定の相槌。

 

 白鳥中尉が、険しい表情で述べる。

 

「日本側の軍縮を含む諸条件と引き換えに、日米間の軍事的関係を深化させる…………膨張し続ける国防予算に歯止めをかけ、予算を更なる戦後復興と経済成長へ投資する、というのが宝田(たからだ)臨時総理の主張。一見すると合理的に聞こえるやもしれませんが、これは極めて売国的、媚米(びべい)的協定です。軍事的自立を放棄し、外つ国に守ってもらう……それが植民地となることと、いったい何の違いがありましょうか」

 

「……白鳥中尉、「植民地」などという強い言葉を不用意に使うものではないぞ。今の日米は同盟国同士なのだ」

 

「いいえ閣下、今はそうでなくとも、数十年先までソレが続けば()()()()になると思います。守られることに慣れてしまえば、それを「当たり前」だと思って疑わなくなり、己で己を守ることすら忘れてしまうことでしょう。「守られる」ということは「支配される」こととほぼ同義です。この「日米高度戦略連携協定」なるモノは、安全保障戦略の名を借りた、帝国に対する愚民化政策と言っても過言ではありません」

 

「一理はある。だがこのまま進めば宝田首相の所信表明演説の通り、軍事侵攻を受けたトラウマに駆られて国防費が上がるばかりだ。帝国が金をかけねばならぬ点は国防だけではない。国債の返済、長年停滞が続く国内経済の再生、戦災者や戦死者遺族や傷痍(しょうい)軍人への給金や援助、社会保障や公共事業、地方格差の是正、米国へのレンドリース返済……他にも課題は山積している。

 さらに、行き過ぎた軍拡は周辺諸国の緊張も招く。事実、隣国である韓国は日ソ戦以降、軍拡を急速に進めている。これは、日本統治下の経験からくる対日不信ゆえだけではない。超大国ソ連に打ち勝ち戦闘力の高さを世界に知らしめたこと、日本人が再び戦慣れしてしまったこと、そしてソ連崩壊後もなお軍拡を続けているためだ。この流れが続けば、韓国だけにとどまらない。東南アジア諸国にも緊張が高まり、近い将来の新たな安全保障問題の渦中にこの帝国が置かれることになるやもしれん。——今の日米同盟という状況は、この未来を回避するまたとない好機ともいえる」

 

 源悟郎と白鳥中尉の侃侃諤諤(かんかんがくがく)は、しばらく続いた。

 

 螢が四人分の茶を持ってきて、各々に配ったところで、息継ぎとなった。

 

 各々、湯呑みをひとすすりし、一息ついた。白鳥中尉が抑制された声で、

 

「……美味しゅうございます」

 

「どういたしまして。それでは」

 

 螢は静かに言うや、客間の外へ出て戸を閉めた。

 

 足音がしない。気配にも乏しい。なので彼女が遠ざかっているのか、まだ近くで控えているのか、白鳥中尉には分からなかった。思わず閑話を差し挟む。

 

「娘さんの装いを見るに……武術の稽古の最中でしたか」

 

「ん。わしの愛弟子に、柔術の手ほどきをな。本来ならばわしが教えているところだが、この図体にもガタが来ているゆえ」

 

「……噂には聞いていましたが、門弟をとられていたのですね」

 

「螢を除いて、三人。死に損なった残りの命数は、その子らに剣を教えながら費やそうと思っているよ」

 

 ……彼の功績と多大な働きを考えると、この先は好きに余生を送って欲しいとも思う。

 

 それを邪魔するようで忍びないが、それでも英雄たる彼の力は是非借りたいとも思った。

 

 閑話休題。白鳥中尉は本題に戻った。

 

「……望月閣下は、日米高度戦略連携協定に、賛成ということでしょうか」

 

「どちらかといえば反対だ。わしとて軍にいた身。外国に頼らざるを得ないやるせなさは経験済みだ。しかし、そのやるせなさで多くの人々の未来が豊かになるというのならば、そのやるせない思いくらい飲み込もう」

 

「いいえ。たとえ未来が閣下のおっしゃる通り豊かになろうとも、それは朽ちた柵に覆われた羊の群れのごとき脆い豊かさ。貪婪(どんらん)な獣どもが訪れれば、柵はたちまち砕かれ、羊は残らず餌となる事でしょう。……安全保障もまた同じこと。いつか戦争が起こった時、強い軍隊を持っていなければ、戦争の主導権を持つことは叶わず、大国の都合に振り回されるだけの哀れな国となります。第二次欧州大戦時のポーランドのように」

 

 白鳥中尉の瞳に宿る険しさが増す。

 

「事実、十二年前にソ連から侵攻を受けたのも、帝国が「本気でかかれば御せる」と思われる程度の力しか持っていなかったからでしょう。帝国がアメリカほどに強ければ、きっと侵攻など起こりはしなかった。…………あのような惨状には、ならなかったッ」

 

 最後の方だけ、悔しさがこもった、軋むような語気だった。

 

 ——白鳥中尉の言っていることも、全く間違っていない。

 

 平時であれ、有事であれ、国家間のイニシアチブを持つのは強国のみ。弱国はどういう形であれ、大国間の都合によって動きを決められてしまう。主体性を持つのが難しい。

 

 どれだけ世界平和が尊ばれようと、力の論理がなおも世界を支配している現実は変わらない。

 

 その中で、己らしく振る舞いたいのなら、相応の強さを持つ他無い。

 

 まったくもって、この青年将校の主張は正しい。

 

「我々が今日ここへ(まか)り越したのは、その日ソ戦のような悲劇を再び起こさぬようにするため。そのために……日ソ戦を勝利に導いた英雄である貴方のお力添えを頂きたいがため」

 

 三人の青年将校の双眸が、いっせいに源悟郎へ強く向いた。意思と、期待と、緊張感が、底光っていた。

 

 白鳥中尉が、三人を代表するように、言った。

 

「望月閣下————どうか貴方の言葉で、協定の反対を(おおやけ)に訴えて頂きたい」

 

 源悟郎の鋭い眼差しが、さらに鋭く細まった。……それを言われるとは予想していたが、こうも的中すると気持ちが悪い。

 

「……このわしに、()()()()()()()と、そう言っているのかね」

 

「その通りです」

 

 白鳥中尉は臆せず肯定し、二の句を継いだ。

 

「望月閣下、貴方がいかに己を隠居だ老人だと謙遜なさろうと、世間はそう思ってはくれません。貴方は紛れも無く、この国を救った英雄だ。ゆえに……その英雄の言葉は、貴方に護られた帝国臣民の耳と心には雷鳴よりもよく響く。一人残らずとはいかないでしょうが、大半の者がその「英雄の声」に賛同し、熱狂することでしょう。それだけ「軍縮協定反対」の声が高まれば、永田町の連中とて馬耳(ばじ)東風(とうふう)を決め込むことは難しい。

 ——貴方の言葉で、()()()()()()()()()()であると、いま一度大衆に知らしめるのです」

 

 源悟郎は、座する己の膝を手で強く叩いた。決して大きくない音が、この静かな客間には轟くように響き渡った。

 

 複雑な感情が、源悟郎の胸中に渦巻いていた。

 

 自分の影響力と言葉を政治利用しようとしていることに対してはまだ良いとしよう。

 

 だが、それよりも目立ったのが、民意の軽視。

 

 軍縮と、同盟関係の深化に対し、白鳥中尉は「愚民化政策」と唾棄した。己で己を守る、という当たり前の考えを奪ってしまうと。

 

 しかしながら、それを口にした本人が、国民の考えを軽んじている。

 

 考えさせることをせず、己の望む方向へと大衆を進ませようとしている。

 

 そこに生じている矛盾が、どうにもこうにも気持ちが悪いと思った。

 

 だけど、()()()()()

 

「……白鳥中尉。ならびに前川、紀伊両少尉。()()()軍人勅諭(ぐんじんちょくゆ)をどれほど読み込んでいる?」

 

 突如上官然としたものに変わった源悟郎の口調に、三人は電撃的に姿勢を正して答えた。

 

「軍人勅諭は軍の金科(きんか)玉条(ぎょくじょう)。帝国軍人たるもの、暗唱できて然るべきであります」

 

「小官もです」

 

「小官も同じく」

 

 一人一人の返答が重なることなく、綺麗に拍子が区切られていた。

 

 源悟郎は「……そうか」と静かに頷いた後、その鋭い瞳を冷たく光らせた。

 

「ならば、当然ながら心得ているはずだ。——()()()()()()、と。貴官らは、そんな勅諭に反する行いをしようとしている自覚はあるかね?」

 

 青年将校らが、揃って表情を強張らせた。

 

 源悟郎は追い討ちのように告げる。

 

「さらに、今回の「日米高度戦略連携協定」には、帝国の軍縮も含まれているため、明らかに軍政に関わる協定だ。であれば、そこに()()が関わっていないわけがない。……分かるかね? 貴官らは勅諭を奉読(ほうどく)しておきながら、(みかど)に逆らおうとしているのだ」

 

 その言葉は随分と効いたようだ。三人は痛切したように顔を伏せていた。

 

 しかし、白鳥中尉だけはすぐに顔を上げ、強く食い下がった。

 

「……しかし、勅諭にはこうも書かれております! 「力を国家の保護に尽くさば」と! 守るべきは帝室ではなく国家そのものであると、主上(しゅじょう)は仰ったのです! 今の政府は、その守るための力を手ずから捨てようとしている! これほど愚かなことはありません! ゆえに小官は反対するのです! 確かに帝国はソ連に打ち勝ちましたが、その後の新ロシアもソ連ほどではなくとも軍事大国として健在! 現在は友好関係にある中国とも、離島を巡る領土問題を密かに抱えています! 決して安全とは言えません!」

 

「だからこそ、アメリカという同盟国の助けがあるのではないのかね」

 

「奴らを信用しすぎるのは危険です! ここ最近のアジア系アメリカ人に対する蛮行を見ればお分かりでしょう!? それだけではない、第二次欧州大戦後、大戦景気で経済的に一人勝ちした帝国を欧米諸国は一方的に妬み、軍事的関係を()ってきたことをもうお忘れか!? 連中は帝国を、我々を対等に見ていない! 信用に値しない! 過信して寄りかかれば、有事の際にあっさりと見捨てられ、孤立無縁となることでしょう! その時、帝国が力を持っていなかった場合……先の日ソ戦のごとき、否、それ以上の地獄がこの国に訪れることになる!」

 

 白鳥中尉は、膝に強く爪を立てた。頑丈な軍服のスラックスが破れそうなほどの力で。

 

「あのような惨劇は、もう二度と、繰り返してはならないのです……! その為には、誰もが攻め入る気の失せるような、攻め入った者を完膚無きまでに叩き潰せるような、圧倒的な力を持った大国に生まれ変わらなければならないのです!」

 

 激情と、それを懸命に律する気持ちのこもった声。

 

「ゆえに、どうか望月閣下! 力をお貸しください! この国の未来のために! 未来の亡国を回避するために!」

 

 それほどまでに、先の戦争によって生じた心の傷は深いのだろうと、源悟郎はその心中を察した。

 

 だからこそ、己が見たような地獄を、次世代に味わわせたくないと、彼は心から思っている。

 

 ……源悟郎は、そんな彼が、正直嫌いではなかった。

 

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 

 源悟郎とて、自分なりの考えがあった。

 

「——申し訳ないが、断らせてもらう」

 

 その答えに対し、白鳥中尉は即座に問うてきた。「何故っ?」

 

「すでに述べたとおりだ。()()がわしの声を使ってやろうとしていること……それは軍人の政治介入に等しいものだ。軍人勅諭に触れる行いである」

 

詭弁(きべん)を弄ぶようですが、貴方は英雄ではあっても、すでに立場上は軍の人間ではありません。なので貴方の行いが勅諭に背くことはありません。我々が貴方をこの剣で脅して動かしたのならばともかく、貴方が我々に賛同し、我々と志を同じくし、その志のまま公に声を発したのならば、それは軍人の政治介入になることはありません」

 

 源悟郎は、そうかもしれんな、と肯定した上で続ける。

 

「だがそれでも、わしは君らに協力はできぬよ。英雄などという不本意な称号だが、しかし世間がわしをそのように認識していて、そしてそんなわしの言葉が強い力を持っているという事実は自覚せざるを得ない。……なればこそ、わしはみだりに言葉を世間に発するような真似は避けたい」

 

 硬く乾いた石のような手指が、カイゼル髭をたたえた口元へ恐る恐る触れる。

 

「わしは……この口から発した言葉で…………人を大勢殺したことがあるのだ……」

 

 恐ろしく鮮明に、過去の情景が次々と思い浮かぶ。

 同じ死に方を見せてくれない戦場、

 領土奪還と、それに伴って積み重なる戦死者数、

 寡婦(やもめ)となった女性の数々、

 生き残ってなお、戦場で負った心身の傷に苛まれ続ける傷痍軍人(しょういぐんじん)

 これら全てが、この口から発した下知によって生じた。

 英雄としての名声を得るために自分が積み重ねた死屍累々。

 全部、自分がやった。自分が殺した。

 屍の山の上で、自分はのうのうと生きながらえている。

 

「っ……ぐぅぅっ…………!!」

 

 ()()()()()()()、お前の罪だ、と痛苦で責め立てる。

 

 あまりの痛みに胸を両手で強く押さえ、源悟郎はうずくまる。苦痛で歪む眉間と額には、冷や汗が一気に浮かび上がる。

 

(かっ)——」

 

「お義父(とう)さん!」

 

 白鳥中尉が腰を上げるよりも早く、客間の戸を開いて勢いよく入ってきた螢が源悟郎へ駆け寄った。

 

 自分よりも遥かに重い彼の巨体を、驚くほど円滑に壁際へ移動させ、寄りかからせた。楽な姿勢を取らせる。

 

「……申し訳ありませんが、今日はもうお引き取り願います」

 

 螢が顔も見せずに、三人の青年将校にそう告げる。

 

「しかし閣下の容体が——」

 

「——お願いだからもう帰って!」

 

 有無を言わせぬ螢の強い一声に、三人はそれ以上何も言い返すことができなかった。

 

「……失礼いたします」

 

 白鳥中尉は軍帽と軍刀を持って立ち上がり、両少尉を引き連れて客間を後にした。

 

 土間で革靴を履き、外へ出る。離れの細長い小屋から、どたん、どたん、という音が響いてくる。柔術の受け身を取る音だと、武人である白鳥中尉にはすぐ分かった。

 

 ——英雄の安否への心配と、己の思惑がうまくいかなかった事への悔しさが、同時に胸中に入り混じる。

 

 元より、勝算の低い試みだった。源悟郎がまず首を縦に振らないであろう予想が、白鳥中尉には前もってできていた。……事前の許可を取らずにいきなり訪問したのも、それが分かっていたからだ。

 

 しかし、英雄たる彼が自分に力を貸してくれていれば、今よりも多くの人間が()()()()の味方についたはずなのに。

 

「……くそっ」

 

 白鳥中尉は思わず毒づいた。

 

 ——いとわしい。あらゆるものが。

 

 十二年前、祖父母の故郷へ汚い足で踏み入った北の蛮族どもが。

 同盟関係をいいことに帝国を子分扱いし、剣を捨てさせようとしてくる合衆国が。

 そして、そんな連中に跪拝(きはい)し、剣を捨てようとする現政権が。

 

 この大和は、剣という(くるる)によって開かれてきたのだ。それが神話から今に至るまでの真理だ。

 

 その剣を、奪われてなるものか。

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 その後、源悟郎は救急車で病院へ搬送され、螢はそれに付き添った。……心配そうにしている光一郎とエカテリーナに、家の留守を任せて。

 

 源悟郎が治療を受けている間、螢は病院の待合室の椅子に座りながら途方に暮れていた。

 

 つけっぱなしにされた待合室のテレビ。ちょうどニュース番組を放送していた。画面左上のテロップが午前十一時を示していた。それを見るともなく見ていた。

 

 そのチャンネルにて、緊急ニュース速報が流れた。

 

 ——今朝八時半ごろ、東京都港区赤坂のアメリカ大使館前にて、一人の男が割腹自殺。

 

 そんな衝撃的な報道ですら、今の螢にとっては酷く他人事だった。

 

 その後、源悟郎の容体は落ち着き、帰宅が許された。

 

 ずっと家で待っていてくれた光一郎とエカテリーナがひどく案じた様子で出迎え、源悟郎がそんな二人の頭を撫でながら苦笑していた。ソレを受けて、二人も安堵の表情を浮かべた。

 

 ……しかし、螢はずっと、源悟郎の横顔を不安な気持ちで見つめていた。 

 

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