帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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孤軍奮闘《下》

「っ……!?」

 

 かすかな呻吟(しんぎん)とともに、エカテリーナの守勢がとうとう破られた。

 

 左手を狙った一太刀に打たれ、その拍子に木刀を取り落とした。

 

 貫くような衝撃と痛みが手に響く。

 

 こちらの手を打つと同時に、白鳥(しらとり)の剣尖はこちらの眉間に向いていた。それが間髪入れず矢のごとく迫る。

 

 だが、その刺突は()()穿()()

 

 同時に、エカテリーナは白鳥の左脇に入り込もうとしていた。真横へ伸ばした左腕は——このまま進めば白鳥の首にぶつかる状態。

 

 ——先ほど左手を打たせたのは、ワザとだった。

 

 そうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 剣士が剣を落とせば、思考する以前に「隙である」と直感するだろう。

 「隙である」ならば、それをすかさず打とうとするだろう。

 そして、隙を突く時の太刀筋は、どうしても単純になりやすい。単純な剣であっても当たるから「隙」なのだから。

 

 ……剣でマトモにやり合って勝ち目が薄いなら、それ以外のやり方で勝てばいい。

 

 これは競技撃剣ではない。秩序もへったくれもないただの喧嘩だ。

 だからこそ、剣以外の勝ち方だって出来る。

 わざわざ剣なんか使わなくとも……後ろから絞め落としてしまえばいい。どんな剣術達者だって、自分と同じ人間である以上、身体機能に差は無い。帝国制定柔術を学んだ今のエカテリーナならば、それが可能だった。

 

 ——そんな算段から、エカテリーナはラリアットの要領で、白鳥の首を左腕で巻き込もうとしていた。

 

 だが、それよりも速く、白鳥の頭が()()()()()()()

 

 エカテリーナの左腕が空振りする。

 

「え……」

 

 白鳥は、深く腰を落としていた。

 

 さらに、前へ伸ばした剣を左肩へ担ぐように引き寄せ、その際に後ろへ向けた剣尖でエカテリーナの脇腹を打った。

 

「っが——」

 

 目玉が遠くまで飛び出しそうなほど、もどかしい激痛。

 

 白鳥は俊敏に身を翻しながらもう一太刀発した。己を守る剣が無い今のエカテリーナは、両腕で防御するしかなかった。

 

「ぐっ……!!」

 

 だが、腕も体の一部だ。それを防御に使ったのだから、激痛は必定。あまりの痛みに、目に自然と涙が浮かぶ。

 

 さらに返す刀でもう一撃。今度は胴を打たれた。

 

 右肩、左上腕、右足、左頬——そして胴体に蹴りを叩き込まれた。

 

 (わら)の塊のように力無く地面を転がり、仰向けで止まる。

 

「っ……ぐ、あっ……」

 

 エカテリーナは全身を包む打撃の痛々しい余韻に呻きながらも、両手で手探りする。しかし、木刀らしき感触は無かった。

 

 そうこうしているうちに、白鳥はすぐ近くまで来て、こちらを見下ろしていた。

 

「……な、なんで」

 

 締め技を狙っていた事に気付けたのか——そんなふうに続けたかったエカテリーナの掠れた声を、白鳥は明確に先読みし、鼻を鳴らして答えた。

 

「俺が左手を打とうとする寸前、貴様の手元が妙に()()()()()()()。木刀を手元から落とした瞬間に悟ったよ。「ワザと」だとな。あの時、近くに新しい木刀は落ちていなかったから、木刀の交換が狙いとも考えにくい。であれば……素手で出来る攻撃と考えるのが自然だ。だからあえて刺突を発し、貴様を俺の望んだ方向へ引き寄せ、望んだやり方で仕掛けさせてやったのさ。

 ……悪くない手だったが、もうひと工夫欲しかったな」

 

「っ……この、野郎っ…………!」

 

 エカテリーナはなおも立とうとするも、全身の痛みのせいで動きが鈍い。

 

 それを見た白鳥は、己の剣尖と、それ以上に鋭い敵意の込められた視線を向けてきた。

 

「痛いか? 苦しいか? 辛いか? 泣きたいか? ……その程度甘んじて飲み干せ。貴様ら露寇が十二年前にしでかした蛮行に比べれば、蚊が刺したようなものだ」

 

 その眼差しと眼が合った瞬間、エカテリーナは思わず震え上がってしまった。

 

「貴様らには確かに日本国籍があろう。しかし、我々は貴様らを同胞とは断じて認めない。我々にとって貴様らは、信用ならざる蛮族(ばんぞく)でしかない」

 

 ()()()()()()を、かつて何度か見た事があるからだ。

 

「我々は貴様らを殺さない。だが、殺す以外ならば何だってしてやる。殴ることも、蹴ることも、石を投げることも、(なぶ)ることも、呪詛(じゅそ)を吐くことも、居場所を奪うことも、名誉を傷つけることも、燃やすことも、何だってな。貴様らがこの国の土を踏み続けている限り、我々は貴様らを徹底的に追い詰め続けてやる。ロシア人も、その血を宿した貴様のような雑種も、()()()()()()()()()()()

 

 純度の高い憎悪のこもった眼差し。

 

「この帝国は、貴様らの安住の地にはなり得ない。この国において、貴様らが幸福になることは断じて許さない。それを追求することもだ」

 

 実際に「そういう目」にあったことがある人間にしか出来ない、とてもこわい目。

 

 

 

 

「この国は————()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ——あぁ。

 

 自分は、本当に、とてつもない、茨の道を選んでしまったのだな。

 

 かつての敵国人の血を引く自分が、この国で仕官し、出世し、名誉を手にすること。

 

 そんな自分の夢は、とてつもなく難しい。

 

 やる前から、その難儀さのほどが解ってしまった。

 

 陸士(りくし)の試験の難関さなどという些事ではない。

 

 もっと、()()()()()()()

 

 難しすぎて……現実の重みに、潰れてしまいそうになる。

 

 足音の群れが近づく。ずっと離れてこちらを見ていた烏合の衆……もとい「帝戦連(ていせんれん)」の連中だ。そこまで広くないこの道路を、壁のように並列しながら迫ってくる。

 

 誰も彼も、白鳥と同じ、こわい目をしていた。

 

「あ……」

 

 体が自然と、後方へ這いずる。

 

 それよりも早く迫り来る暴徒の壁。憎悪の群れ。

 

「もうやめてぇぇ————っ!!」

 

 そんな群れを後ろから突き破って、一人の女性が駆け寄ってきた。

 

「ママ……!」

 

 母の雪菜は、両腕を広げてエカテリーナを庇った。

 

 白鳥が剣呑に目を細めた。

 

「……そいつの母親か」

 

「そうです!! もうこれ以上、この子に酷い事しないでっ!!」

 

 娘よりも小柄な体を張り、決然とそう言い放つ。

 

 そんな母に、白鳥は唾棄(だき)の言葉を吐く。

 

「黙れ、不潔な雌犬が。……日本人だから手心を加えるとでも? 俺を甘く見るな。露寇と血を混ぜてこんな雑種を産み落とした貴様のような女も、露寇と同類とみなす」

 

「もう戦争は終わったじゃない!! こんなことをしたって何の意味も——あぐっ!?」

 

 雪菜が苦痛で呻いた。白鳥に髪を掴まれ、引っ張られたからだ。

 

「——ふざけるな。終わってなどいない。我々の中ではなおも続いている。我々はあの戦争で親兄弟を殺されたのだ。ロシアとロシア人が地球上に存在し続けている限り、我々の戦争は続く。あまり浅薄な事を吐かすと……本当に殺すぞ」

 

 静かな憤怒の形相で母に凄む白鳥。

 

 エカテリーナは恐れを振り切って叫んだ。

 

「ざけんな!! ママに手ぇ出したらマジで許さないわよ!!」

 

 しかし、白鳥はその声を無視し、雪菜を再び前へ放り出したかと思えば、木刀を右上段に構えた。間合いの中には雪菜。

 

 やめろ——そう叫ぶ間も無く、白鳥の剣は振り放たれ。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()と打ち合った。

 

 

 

 

 木同士のぶつかる清々しい音が、エカテリーナの耳に響いた。

 

「……え?」

 

 惚けた声が出る。

 

 母は打たれていない。

 

 白鳥は背を向けて、誰かの剣と切り結んでいる。

 

 そんな白鳥の目の前には、

 

「————()()

 

 自分の大好きな秋津(トンボ)がいた。

 

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