帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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不倶戴天《下》

「本来の奥義は、あの方より授かった『虎落笛(もがりぶえ)』だが……貴様ら程度には使うまでもないし、神聖な『枢剣(すうけん)』を(うつつ)(けが)れに晒す理由としても弱い。純粋な俺の剣だけで十分だ」

 

 よく分からない単語の混じえてうそぶいたかと思うと、僕の剣と切り結んでいた白鳥の剣が閃くように動いた。僕の右前から左前へ回り込みながら斬りかかってくる。

 

 僕も左へ振り向きざまに木刀を動かして防ごうとするも、白鳥の剣はぶつかる寸前にヒュッと()()、僕の剣は虚空を左へ流れる。ガラ空きになった僕の右側面へ、白鳥は一息で入り込み、同時に水平斬りが迫る。

 

 僕は大きく退歩することで剣を強引に引っ込め、柄頭を上に向ける形で木刀を構えた。白鳥の水平斬りとぶつかり合い、両剣が一瞬十文字になる。

 

 そのまま白鳥はすれ違う形で僕の右後方へ移動。僕は持ち上げていた剣をそのままの高さのまま、振り向きざま水平に斬り放つ。

 

 しかし白鳥の剣は、僕の剣に宿る鋭さを(まる)く殺して斜め上へ流し、同時に僕へ向けていた剣尖で左肩を突いてきた。『綿中針(めんちゅうしん)』だ。……本当は肋骨を狙った一突きだったが、僕が必死に上半身を捻ってズラしたお陰で肩だけで済んだ。それでも痛いが。

 

「っ——このっ!!」

 

 返す刀を防ぐ意味で、僕は白鳥の上腕を思いっきり下から蹴り上げた。白鳥もそれを避けようと腕を動かしたが、前腕と違って動きに乏しい上腕を狙った蹴りなので避けきれず、当たってわずかに仰け反ってしまう。その間に、僕は後退して剣の届かぬ距離を作る。

 

 左肩にわずかに残る痛みという余韻を、深く呼吸して軽減させる。

 

「良い師に就いて学んだようだな。——なおのこと気に食わん。己や、己の同胞、故郷を暴虐の徒から守るはずのその優れた「剣」で、よりにもよって暴虐の徒を守っているのだからな」

 

 侮蔑と、いくらかの遺憾(いかん)の意を含んだ白鳥の表情と語気。

 

 僕は我が手にある剣の存在を意識し、毅然と言葉を返した。

 

「あなたの言うとおり、剣とはそういうモノだ。僕もそれは承知している。……()()()()()、僕はあなたに剣を向けている。エカっぺに剣を向けるあなたに」

 

「あの娘が同胞だとでもっ? 笑止! 奴は十二年前にこの国を(こう)した連中の片割れ! 連中のせいで、俺の祖父母も死んだのだ!! 俺だけではない、多くの者がそうだ!! あんな野蛮な連中と共になど生きられるか!!」

 

 純度の高い怒りと憎悪。

 

 人伝(ひとづて)の悪評を鵜呑(うの)みにした、借り物の憎しみではない。実体験としての憎しみ。

 

 僕がどれだけ言葉を尽くして否定や説得を試みても、彼らは絶対に考えを曲げない。曲げることができない。

 

 だけど——それは僕も同じことだ。

 

「あなたはそうかもしれない。仲良くなれないかもしれない。けど——()()()()()()()()()()

 

 僕は、いつか誰かに言ったのと同じ言葉を告げた。

 

「あなた達には無理でも、僕にとっては無理じゃない。たったそれだけの話なんだ」

 

 白鳥は目を見開く。自分にとっての理解を超える生き物を目にしたような、驚きと困惑の表情。

 

「自分達が仲良くできないからって、他の人にもそれを強いるな。あなた達の憎悪を、僕にまで押し付けるな」

 

 しかしやがてそれは、静かな怒りと、諦めのソレへと変わる。

 

「僕は、エカっぺと一緒にいたい。——だから、あなたに剣を向ける」

 

 きっと今、彼は本格的に、僕を不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の敵だと認めたのだろう。

 

 それは僕も同じだった。

 

 だからこそ、それ以上何も語り合わず、互いに剣を再び構えた。これから僕らのすべき事は、もう分かっていたから。

 

 一対の「正眼の構え」。

 

 それらが、ときどき半歩退がりながら、徐々に近づいていく。

 

 間合いが触れそうになり、かと思えば僕が一歩退がり——かと思えば白鳥が急迫しながら僕の剣を左へ払い、間合いへ踏み込むと同時に「裏剣(りけん)の構え」へ転ずる!

 

 また『白虹貫日(はっこうかんじつ)』か——僕が後方へ飛び退こうとすると、白鳥はこちらへ向いた左肘をさらに張り出しながら踏み込み、僕の右胸へぶつかった。

 

「っ——」

 

 肘という硬い部位で肋骨を打たれ、苦悶で目が白黒する。チカチカする視界の左端から、木刀の切っ尖がきれいな弧を描いて飛来してくる。

 

 当たるという直前で、どうにか引っ込めた木刀による受けが間に合った。木の快音に、微かに軋むような音が混じる。

 

 しかし崩れた体勢で受け止めたため、後方へ数歩よろける。一方、白鳥はすでに刃を翻し、もう一太刀発していた。右から迫る!

 

 その『浦波(うらなみ)』も防ぐが、よろけている途中に新たな衝撃を受け止めたので、さらに足元がふらつく。

 

 さらに数歩後ろへもたついている間に、眼前の白鳥はすでに「裏剣の構え」を取っていた。

 

 構えからそこはかとなく感じる、爆発前の火山めいた充足感。

 

 来る、「高級剣技」が。『迦楼羅(かるら)(けん)』が。

 

 まずい。足元のおぼつかない今来られたら、避けられない。当たる。

 

 僕の重心の安定が戻るのとほぼ同時に——白鳥の「裏剣の構え」が爆裂する。

 

 岩の重みと、風の速さ。それらの矛盾を帯びた激甚(げきじん)な一太刀が、右下段後方から僕へ向かって急速に迫る。瞬く間とはまさにこういうものだ。やはり避けられない。防ぐか、斬られるしかない。

 

 ——それに対し、僕は自分で驚くほど自然に、そして呑気に剣を動かしていた。

 

 顔の延長線上にある両手。それらが握る剣を前へ大きく伸ばし、わずかに右へ傾ける。

 重心は前に出た左足。そこから後方の右脚へと重心を()()()()()。まるで満ちた場所から空虚な場所へ水が流れるように。

 そんな重心の流れに、剣に螺旋を描かせながら懐深くまで引く動作を同調させる。

 細長い渦めいた太刀筋の中に宿る、強大な「軸」の存在を、僕は他人事のように実感していた。

 

 渦を描く僕の剣と、轟然と迫る白鳥の『迦楼羅剣』とが、近づき、触れ合い、()()()()()()()()()()

 

「な——」

 

 白鳥の動揺の声に答えるように、彼の太刀筋が力を失う。

 

 同時に、僕の木刀が「ばきり」と音を立てて折れた。最初に『迦楼羅剣』を受けて潰れていた箇所から。刀身の部分ほぼ全部である。

 

 宙を舞う木刀の片割れ。

 顔を前に出して、前のめりに傾いてくる白鳥。

 そして——木刀の柄頭(つかがしら)を、白鳥の眉間に向ける僕。

 

「か——」

 

 渾身の柄当てを叩き込まれた白鳥は、冗談みたいな勢いで仰け反った。

 

 仰向けに倒れる音とともに、ようやく思考する余裕を取り戻す僕。

 

 ——『(みずち)ノ太刀(のたち)』。

 

 『迦楼羅剣』と並び、至剣流の「高級剣技」の一つである型。

 何の()()()も無しにやれば、己の剣を引っこめた拍子に相手の剣を受け流して即座に反撃するというだけの型でしかないが、『四宝剣(しほうけん)』を練り上げて基礎を強固なものにした上で用いると……最初の「渦状の太刀筋」に、強力な()()()が宿る。それこそ、『迦楼羅剣』の強大な威力にすら横槍を入れて分解するほどの。

 ——(はか)らずも、僕は「高級剣技」の一つを手にしてしまった。

 

 『蛟ノ太刀』の吸引力による勢い、そして僕自身の柄当ての力をカウンターパンチのごとくぶつけられた白鳥は……完全にのびていた。

 

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