帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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禁断の言葉

 

 白鳥(しらとり)が起き上がらない状態が約三十秒続くと、今まで二人の剣戟を傍観していた「帝戦連(ていせんれん)」がいっせいにざわめいた。

 

「し、白鳥さんが、負けた……!?」「あの人は中伝だぞ!? それがあんな子供に……!」「だけど、あのガキ、秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)って……!」「少年部だけど、天覧比剣に優勝した奴だ」「そんな奴に敵うのか……?」

 

 最大戦力ともいえる白鳥の撃沈は、「彼ら」にとって大きなショックだった。最初は数の優位を疑わなかったが、今は中学三年生一人への恐怖で浮き足立ちつつあった。

 

 その少年が、見つめてくる。目の前のモノを、無感情に、忖度(そんたく)なく、ありのまま映す鏡のような目。その目の中に、子供一人にまごつく大人の群れの姿。

 

 それが、自分達の無様を言外に指摘された気分を呼び起こし、「彼ら」の胸中に渦巻いていた恐怖が憤怒に裏返った。

 

「なに見てんだよ……!」「気持ち悪い目しやがって。なんか文句あるのか」「ロシア人なんか庇いだてする売国奴の分際で」「やるなら来いよ。こっちがあと何人いると思ってんだ」「俺達をぶちのめしたって、「帝戦連」は他にもいっぱいいるんだからな」「この程度で済むと思うなよ。お前の家はもう割れてんだ」「そのうち、この家と、お前のあの汚ぇ本屋に火ぃつけてやるからな」

 

 その憤怒が戦意に転化され、各々の得物を固く握りしめ、光一郎へとゾロゾロ歩んでいく。

 

 光一郎は、怖気付くでもなく、激昂や侮蔑をするでもなく、ただ立ったまま到来を待つのみ。

 

 その態度がさらに「彼ら」を逆上させ、今にも飛びかからんばかりの気勢をみなぎらせた。

 

 

 

「——もういい加減にしなさいよ!! この馬鹿大人どもっ!!」

 

 

 

 そんな気勢すら断つほどの鋭い怒声を発したのは、伊藤家の柵にてエカテリーナ達親子を庇っていた、峰子(みねこ)だった。

 

 「彼ら」も、そして光一郎も、峰子へ視線を移す。

 

 エカテリーナと、その親を背にし、泣きそうな憤りの形相で立っていた。

 

 怒気で震えた唇が、静かに己の心を吐露した。

 

「……私の父は、陸軍の大尉だった。国を守るために戦って、仲間にその願いを託して立派に()った。父との思い出は本当に少しだけだけど、娘として、そんな父と血を同じくしていることを誇りに思ってる」

 

 だけどっ! と、怒りに満ちた語気を本格的に吐き出した。

 

「父が守りたかったのは、こんな無能な働き者が跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)する国なんかじゃない!! 被害者であることを振りかざして暴れるのはやめろ!! お父さん達が守り抜いたモノを、戦ってもいないお前達が侮辱するなっ!! それは英霊に対する最大の冒涜(ぼうとく)と知れっ!!」

 

 峰子は、大きく両腕を広げる。()()()()()()()を守るように。

 

「とっとと失せろ!! これ以上、私の()()を傷つけるつもりなら、父と同じ鹿島(かしま)の剣を抜いてやるぞっ!!」

 

 手元に刀があれば斬りかかりかねないような、堅く鋭い刃のような気迫と語気。

 

 それを向けられた「彼ら」は、いっせいにたじろいだ。

 

 何かを守ろうという、不退転の覚悟の凄み。

 

 そして、自分達と同じ苦しみを背負った少女が、それを見せているという事実。

 

 そんな少女を、同じ苦しみと憎悪を理由に叩きのめしたとしたら……そのときの自分達は、客観的に見て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考えた瞬間、「彼ら」の胸に、どうしようもないほどの後ろめたさが生じた。

 

 憎悪と怒りを源泉としていた戦意が、一気に消失した。

 

 ——この場所に立つ理由を完全に失った「彼ら」が立ち去るまで、時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 倒れた仲間を助け起こして去っていく「帝戦連」を、エカテリーナは座り込みながら見るともなく見ていた。

 

 この家と、家族を傷つけようとした暴徒連中は、どうやら引き払ってくれるようだ。

 

 危険は去ったというわけだ。

 

 ——どうでもよかった。

 

 もう、連中がいようがいまいが、どうだっていい。

 

 胸に巣食う、この凄まじい()()()に比べれば、全てが些事に思えた。

 

 あっという間に「帝戦連」の連中がいなくなった後。

 

「……エカっぺ、大丈夫?」

 

 光一郎。

 

 あれだけの激戦の後だというのに、いつもと変わらぬお日様みたいな笑顔を自分に見せてくれている。

 

 あぁ、なんでだろう。

 

 今までキスしたいくらいに好きだった彼の笑顔が————今はとてもいとわしく思える。

 

 「立てる?」という優しい声とともに差し出された光一郎の手を、エカテリーナは強く払い除けた。

 

 何をされたのか分からないとばかりに笑顔を固くする光一郎を、ジッと強く睨め付けて、底冷えした声色で言った。

 

 

 

 

「なんで、助けたのよ」

 

 

 

 

 固まった笑顔が、ゆっくりと崩れていく。

 

 困惑と、わずかな悲しみの表情。

 

「あたしは助けて欲しいなんて一言も言ってない。余計な真似しないで」

 

 そんな想い人の顔に、容赦無く言葉を叩きつける。

 

 ——助けられた。()()

 

 自分一人の力だけで全て解決するつもりだったのに、それに失敗し、母まで危険に晒し、果てには光一郎にまた助けてもらった。

 

 ……一年生の頃から、変わらない展開だった。

 

「でも、放っておけないよ!」

 

 ようやく言い返す余力を得た光一郎は、そのように言う。

 

 ()()()()()()()()()——理不尽な怒りだと分かっていても、我慢が出来なかった。どうしようもなく神経を逆撫でされた。その赴くまま言い募った。

 

「放っておけないって何よ? いつもそうやって助けてくれるつもりなの? 中学を卒業して、離れ離れになっても、今日みたいに助けてくれるつもりなわけ?」

 

 光一郎は、これまでと同じように、自分を助けてくれた。

 

 しかし、それは「学校」という生活圏を同じくしていたからこその物種だ。

 

 学校はいつか終わる。

 

 そして、光一郎も、エカテリーナも、それぞれの道へ分かたれる。

 

 ——今日みたいな状況は、もう半年ともたない。

 

 これから自分は、一人の力で生きていかなければならない。そう決めたばかりだし、そのようになる。

 

 しかし、白鳥との一戦で、痛みとともに思い知った。……自分の進もうとしている道の険しさと、それに対して自分がいかに非力であるのかを。

 

 それを思い知って間も無く、こうして助けられた。()()()()()()()()()()()()()()に。

 

 はっきりいって、惨めで仕方がなかった。

 

 光一郎はこちらの言動に驚きつつも、しかしすぐに強く反駁(はんばく)する。

 

「そんなの、今、エカっぺを放置する理由になんかならないよ!」

 

 それを聞いて、エカテリーナの頭にカッと熱が()き上がる。その熱を体外へ逃すように、言葉を吐き散らす。

 

「なによそれっ!? 無神経にもほどがあるわよ!!」

 

「どこがさっ!?」

 

「あんたのやってること全部よっ!! ずっといっしょにいてくれないくせに!! いつかいなくなっちゃうくせにっ!!」

 

 ——いちばん大切なのは、あたしじゃないくせに。

 

「あたしなんかより、(ほたる)さんの方が、ずっとずっと大事なくせにっ!!」

 

 ——なんで、あたしじゃだめなんだろう。

 

「エカっぺ、なにを——」

 

 もうよせ。

 これ以上は駄目だ。

 本格的に、()()()()()()

 

 しかし、一度暴走した感情と、それに突き動かされる口は、止まってくれなかった。

 

 そして、とうとう言ってしまった。

 

 「禁断の言葉」を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしのほうがっ…………螢さんと会うまえから、ずっとコウのこと好きだったのにっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも、最悪な形で。

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