帝都初恋剣戟譚 作:新免ムニムニ斎
「し、白鳥さんが、負けた……!?」「あの人は中伝だぞ!? それがあんな子供に……!」「だけど、あのガキ、
最大戦力ともいえる白鳥の撃沈は、「彼ら」にとって大きなショックだった。最初は数の優位を疑わなかったが、今は中学三年生一人への恐怖で浮き足立ちつつあった。
その少年が、見つめてくる。目の前のモノを、無感情に、
それが、自分達の無様を言外に指摘された気分を呼び起こし、「彼ら」の胸中に渦巻いていた恐怖が憤怒に裏返った。
「なに見てんだよ……!」「気持ち悪い目しやがって。なんか文句あるのか」「ロシア人なんか庇いだてする売国奴の分際で」「やるなら来いよ。こっちがあと何人いると思ってんだ」「俺達をぶちのめしたって、「帝戦連」は他にもいっぱいいるんだからな」「この程度で済むと思うなよ。お前の家はもう割れてんだ」「そのうち、この家と、お前のあの汚ぇ本屋に火ぃつけてやるからな」
その憤怒が戦意に転化され、各々の得物を固く握りしめ、光一郎へとゾロゾロ歩んでいく。
光一郎は、怖気付くでもなく、激昂や侮蔑をするでもなく、ただ立ったまま到来を待つのみ。
その態度がさらに「彼ら」を逆上させ、今にも飛びかからんばかりの気勢をみなぎらせた。
「——もういい加減にしなさいよ!! この馬鹿大人どもっ!!」
そんな気勢すら断つほどの鋭い怒声を発したのは、伊藤家の柵にてエカテリーナ達親子を庇っていた、
「彼ら」も、そして光一郎も、峰子へ視線を移す。
エカテリーナと、その親を背にし、泣きそうな憤りの形相で立っていた。
怒気で震えた唇が、静かに己の心を吐露した。
「……私の父は、陸軍の大尉だった。国を守るために戦って、仲間にその願いを託して立派に
だけどっ! と、怒りに満ちた語気を本格的に吐き出した。
「父が守りたかったのは、こんな無能な働き者が
峰子は、大きく両腕を広げる。
「とっとと失せろ!! これ以上、私の
手元に刀があれば斬りかかりかねないような、堅く鋭い刃のような気迫と語気。
それを向けられた「彼ら」は、いっせいにたじろいだ。
何かを守ろうという、不退転の覚悟の凄み。
そして、自分達と同じ苦しみを背負った少女が、それを見せているという事実。
そんな少女を、同じ苦しみと憎悪を理由に叩きのめしたとしたら……そのときの自分達は、客観的に見て、
考えた瞬間、「彼ら」の胸に、どうしようもないほどの後ろめたさが生じた。
憎悪と怒りを源泉としていた戦意が、一気に消失した。
——この場所に立つ理由を完全に失った「彼ら」が立ち去るまで、時間はかからなかった。
†
倒れた仲間を助け起こして去っていく「帝戦連」を、エカテリーナは座り込みながら見るともなく見ていた。
この家と、家族を傷つけようとした暴徒連中は、どうやら引き払ってくれるようだ。
危険は去ったというわけだ。
——どうでもよかった。
もう、連中がいようがいまいが、どうだっていい。
胸に巣食う、この凄まじい
あっという間に「帝戦連」の連中がいなくなった後。
「……エカっぺ、大丈夫?」
光一郎。
あれだけの激戦の後だというのに、いつもと変わらぬお日様みたいな笑顔を自分に見せてくれている。
あぁ、なんでだろう。
今までキスしたいくらいに好きだった彼の笑顔が————今はとてもいとわしく思える。
「立てる?」という優しい声とともに差し出された光一郎の手を、エカテリーナは強く払い除けた。
何をされたのか分からないとばかりに笑顔を固くする光一郎を、ジッと強く睨め付けて、底冷えした声色で言った。
「なんで、助けたのよ」
固まった笑顔が、ゆっくりと崩れていく。
困惑と、わずかな悲しみの表情。
「あたしは助けて欲しいなんて一言も言ってない。余計な真似しないで」
そんな想い人の顔に、容赦無く言葉を叩きつける。
——助けられた。
自分一人の力だけで全て解決するつもりだったのに、それに失敗し、母まで危険に晒し、果てには光一郎にまた助けてもらった。
……一年生の頃から、変わらない展開だった。
「でも、放っておけないよ!」
ようやく言い返す余力を得た光一郎は、そのように言う。
「放っておけないって何よ? いつもそうやって助けてくれるつもりなの? 中学を卒業して、離れ離れになっても、今日みたいに助けてくれるつもりなわけ?」
光一郎は、これまでと同じように、自分を助けてくれた。
しかし、それは「学校」という生活圏を同じくしていたからこその物種だ。
学校はいつか終わる。
そして、光一郎も、エカテリーナも、それぞれの道へ分かたれる。
——今日みたいな状況は、もう半年ともたない。
これから自分は、一人の力で生きていかなければならない。そう決めたばかりだし、そのようになる。
しかし、白鳥との一戦で、痛みとともに思い知った。……自分の進もうとしている道の険しさと、それに対して自分がいかに非力であるのかを。
それを思い知って間も無く、こうして助けられた。
はっきりいって、惨めで仕方がなかった。
光一郎はこちらの言動に驚きつつも、しかしすぐに強く
「そんなの、今、エカっぺを放置する理由になんかならないよ!」
それを聞いて、エカテリーナの頭にカッと熱が
「なによそれっ!? 無神経にもほどがあるわよ!!」
「どこがさっ!?」
「あんたのやってること全部よっ!! ずっといっしょにいてくれないくせに!! いつかいなくなっちゃうくせにっ!!」
——いちばん大切なのは、あたしじゃないくせに。
「あたしなんかより、
——なんで、あたしじゃだめなんだろう。
「エカっぺ、なにを——」
もうよせ。
これ以上は駄目だ。
本格的に、
しかし、一度暴走した感情と、それに突き動かされる口は、止まってくれなかった。
そして、とうとう言ってしまった。
「禁断の言葉」を。
「あたしのほうがっ…………螢さんと会うまえから、ずっとコウのこと好きだったのにっ!!」
あまりにも、最悪な形で。