帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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『呪振ノ行』

 七月二十六日、東京都台東区某所——枢剣教(すうけんきょう)台東支部となっている古民家にて。

 

 

 

 

 ぬらりと(あか)く輝く刀身が、薄闇の中に静かに軌跡を描く。

 

 そこは「祭壇の間」。刀掛(とうか)のある祭壇を最奥にした、奥行きのある畳部屋だった。

 

 畳部屋の両側の障子は開け放たれているが、その奥の廊下から先は雨戸で閉めきられており、快晴の午前十時とは思えない暗さだった。そんな闇を、畳部屋の左右端に等間隔でいくつも置かれた燭台(しょくだい)の火が、ぼんやりと朱く照らしている。

 

 無数の小さな光源は……その薄闇の空間で規則正しく並んで刀を振るう、稽古着姿の人々も映し出していた。

 

 年齢層はてんでバラバラだ。初老ほどの者もいれば、二十代の若者もいる。

 

 年齢層や世代を超え、「剣」で繋がった者達だった。

 

 彼らは、一様の動きで刀を振るう。

 上へ、下へ、横へ、斜めへ、何度も太刀筋を描き続ける。

 そうして動く刀身には、速さも勢いもほとんど無い。

 緩慢に、静かに、流すように剣を振るって、刃を虚空へ滑らせる。

 

 日本刀という武器に宿る重さ。

 それに己の力を沿わせるような振り方だった。

 「早く振いたい」というような邪念が無い、この世における日本刀という存在が帯びる「理」に従うような刀の動き。

 邪念を含まぬ太刀筋は、「剣」が望む純粋な意志の宿った軌道。

 

 それを描くのは、無垢なる刃。

 全て現代に作刀され、斬殺歴も皆無な、真っ白な刀。

 

 無垢なる刃で、無垢の太刀筋を描く。

 

 さすればその「剣」は、魔を払う気を宿す。

 

 「剣」で断つは、仮想敵ではなく、己自身。

 

 己の中にある『枢剣(すうけん)』。そこにこびりついた、外界の穢れ。

 

 その穢れを払い除ける。

 

 まさしく、黄泉(よみ)醜女(しこめ)十拳剣(とつかのつるぎ)で振り払うスサノオのように。

 

 それこそが、この『呪振(まじふる)ノ行(のぎょう)』であった。

 

 ——そのようにして剣を振るう者達を、祭壇の前に立つ鴉天狗の仮面の男が、物言わず見渡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——栗山(くりやま)敏志(さとし)が『枢剣教』に入信したのは、父の死がきっかけだった。

 

 今年の六月、敏志の父は突然この世を去った。

 

 警察署で見せられた遺体には、首を鋭利な刃物で斬りつけられたような痕が生々しく残っていた。一目で人間の犯行であると理解できた。

 

 涙は出なかった。母親が事切れた父親に縋りながら泣き崩れる姿を見ると、とても自分まで悲嘆に暮れる気にはなれなかった。

 

 その時の敏志の心中では、悲しみよりも……怒りが大きく勝っていた。

 

 事後にしか役に立たない警察に対してもそうだが、それ以上に、父をこんな目にあわせたどこかの人殺しを強く憎悪していた。父と同じ目に遭わせてやりたいと思った。

 

 だからこそ……『枢剣(すうけん)』を求めた。

 

 不思議な力を持った開祖が統べる『枢剣教』と、その開祖によってもたらされる神の剣『枢剣』……この二つの噂は以前より聞き及んでいたが、その頃は全く関心が無かった。

 

 しかし、父の仇討ちを決意した時、力の必要性を感じた。一介の中学三年生でしかない敏志にとって、『枢剣』は手軽に手に入る優れた力だったのだ。

 

 幸運にも、敏志のそんな望みは、父の死んだ翌日にすぐ叶った。軍縮反対の街宣を行っていた団体の中から枢剣教の信者を見つけ出し、案内してもらったからだ。

 

 さらに運が良かったのは、枢剣教が非常に大らかな団体だったことだ。特別な資格や適性検査のようなモノは何もいらない、ただ「入りたい」と言えば頷いて『枢剣』を与えてくれるという「敷居の低さ」ゆえに、敏志の仇討ちの足掛かりは驚くほどあっさり手に入った。

 

 ——だが、その『枢剣』が、仇討ちに使われることは無かった。

 

 かつて帝都を震撼させた殺人鬼にして、去年の九月に豊島(としま)拘置所(こうちしょ)から脱獄した囚人の一人、久原(くはら)錦蔵(きんぞう)富武(とみたけ)中学校に侵入した事件。……敏志が忌引(きびき)で休んでいた時の出来事だった。

 

 父を殺した犯人であることがのちに発覚したその人斬りの凶刃は、守衛を数人殺しはしたものの、学校の生徒や教員には届かなかった。

 

 秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)。敏志と同じ富武中学校の三年生で、去年の天覧比剣(てんらんひけん)少年部で見事優勝した凄腕の少年剣士が、剣を取って人斬りに立ち向かい、そして見事に食い止めたからだ。

 

 「剣」が世を平らげる——開祖が掲げていた理念を、彼の「剣」は()せてくれたのだ。

 

 それは、敏志がただの腰掛けと断じていたはずの枢剣教に、本格的にのめり込むキッカケを与えた。

 

 今は訳あって光一郎とは疎遠となってしまっているが、それでも、彼が魅せた「剣」の偉大さは今なお敏志の心に刻み込まれていた。

 

 ゆえに、敏志はこの枢剣教を、自分の新たなる居場所としつつあった。

 

 ——今日も、この枢剣教台東支部にて、『呪振ノ行』を終えた。

 

 枢剣教に入るまでは、剣など学校の剣術授業でしか振らない人間だった。なので最初の頃はこの『呪振ノ行』を一時間続けるのはなかなかにキツかった。使うモノが本物の刀なので、危険が無いよう気を遣わなければならないため、余計に。

 

 しかし人間は慣れるようだ。今では一時間続けてからも、それなりに余裕が残るようになった。

 

 窓が雨戸ごと開け放たれ、涼風と自然光が戻った祭壇の間。その中で汗を拭いながら各々話す他の信者の会話に、聞き耳を立てる余裕もある。

 

「——やはり、心を無にして剣を振るうというのは、良いモノでありますな」

 

「ですな。何度も何度も努めて無心で振り続けると、「振っている」という意識すらも消えていく。「剣」と己との境目が消え、溶け合い、一体化していくような感覚がある」

 

 互いに鞘入りの刀を撫でつつ、そのように談笑している、中年ほどの二人の男。

 

 枢剣教の支部は東京にいくつかあり、だいたいみんな自分の家と近い支部へと顔を出し、『呪振ノ行』を行う。なので支部ごとに信者の顔ぶれはある程度固定される。なので敏志はこの二人も知っていた。

 

 ……二人は、つい最近まで対立していた国家主義団体の代表同士だ。

 

 帝国を想う気持ちは同じでも、細かい点で意見の相違があり、対立していた。

 

 しかし、今はどうだろう。そんな対立など元から存在しなかったかのように、笑い合って語らっていた。

 

 なぜならば——二人とも「剣」を持っているからだ。

 

 枢剣教の思想の一つである「剣は大和の(くるる)である」を実現したかのように、分たれていた二人は「剣」を枢としてわかり合っているのだ。

 

 「剣」で繋がった二人の話は続く。

 

「そういえば知ってますかな? 大輪会(たいりんかい)の会員数人が、現宝田(たからだ)内閣の外相の邸宅に爆弾を仕掛けようとしていたところを、警察に見つかって逮捕されたそうですよ」

 

「ああ、その話ならすでに耳に入っているよ。その犯行のせいで、大輪会がテロ組織の疑いをかけられてガサ入れまでされているという話と一緒にね。まったく愚かなことをする。政治的主張は過激にすれば良いというわけではない。ちょうど良い塩梅(あんばい)が大切なのだ」

 

「まったくでありますな。行動が過激化してしまえば、体制側が強行するための大義名分が出来上がってしまいますからな。憎き現内閣の養分に自分からなりに行っていることを理解できていない」

 

「声高に、しかし穏便に、だ。刀や爆弾で暴れるなど、野蛮人の所業。体制側が迂闊に強行できぬ程度に主張するのだ。そうすれば、大衆側の我らへの賛同者は自ずと増えていく。彼らとて、被侵略者としての恐怖は記憶に新しかろう」

 

「最大野党の立憲(りっけん)明和会(めいわかい)の議員らも、我らの意見に賛同しておられます。このまま反軍縮の篝火(かがりび)(まき)をくべ続ければ、近いうちに政権交代もあり得ますぞ。次の選挙までに可能な限り賛同者を増やし、()(くに)(おもね)る売国政権を下野(げや)させてやりましょう」

 

「その通りだ。この皇土(こうど)暴米(ぼうべい)から護るべく、我らの出来ることをしようではないか」

 

 ……どうやら、現在彼らとその団体が積極的に行なっている、反軍縮運動などの政治活動に関する話題だった。

 

 政治活動とは縁遠い敏志であったが、彼らの主張にはとても頷けた。

 

 自分はまだ物心がついてなかったが、十二年前にソ連という超大国がこの国へ攻め込んできたことは、学校で何度も聞かされている。その戦争からまだ十二年だというのに、もうその頃の危機感を忘却して、外国に寄りかかって国防を成そうとする現政権のやり方は、あまりにも「剣」を知らぬとみた。

 

 もしも己の手元に「剣」が無ければ、自分やその親しい人間へ迫る悪意に対して為す術もなくやられ、全てを奪われてしまうだろう。

 

 そんな簡単な事すら分からない頭の悪い人間が、自分よりずっと歳を取った大人に、それも政治家にいるというのが信じがたい話だった。

 

 他にも聞き耳を立てると、さっきの二人と似たような話をしている人達が結構いた。

 

 枢剣教自体には慣れてはいるが、まだ浅学な子供である敏志には入り込みにくい話題であるため、年齢が離れているということもあってなかなか他の信者の会話に入り込めないでいる。……簡単に言うと、ミソッカス状態だった。

 

 肩身の狭さを感じながらただ座って眺めていると、自分の他にもう一人、ミソッカス状態の信者がいた。

 

 会話に混ざれないどころか意識すらされていない敏志とは違い、周囲からその存在を認識はされている。しかし、無言で醸し出す刺々しい気が周囲を遠ざけていた。

 

 敏志はその男の名前を知っていた。

 

 ——白鳥(しらとり)九郎(くろう)

 

 帝国陸軍の士官をしている人物であり、「帝国戦災連盟」をはじめとするいくつかの愛国団体に所属している。剣の腕前は若くしてかなりのモノだそう。……聞き耳を立てて得た情報なので、そこまでが限界だった。

 

 彼も他の信者達とそれなりに話す方だが、ここ最近はずっと機嫌が悪く、周囲ともほとんど話さなくなった。自分から会話に参加しないというのあるし、白鳥自身が「話しかけんな」みたいな雰囲気を醸し出しているため、ああして孤立している。

 

 白鳥は己の刀を左肩に抱えながら、ただ黙って柱に背を預けていた。理知的な造作の細面は、今は眉間に深く寄った(しわ)のせいで剣呑さを強く感じさせる。

 

 その口から不意に舌打ちが鳴るや、周囲との距離が数センチ開いた。

 

 一体何が彼をああも不機嫌にしているのかは気になるが、それを尋ねるだけの勇気は、敏志を含めて誰も持っていなかった。

 

 一人を除いて。

 

「——随分と荒れているようではないか、白鳥」

 

 物怖じ一つせずにそう話しかけたのは……鴉天狗(からすてんぐ)の仮面をかぶった、小袖(こそで)(はかま)姿の男だった。

 

 敏志が目を見開く。

 

 白鳥もまた、硬い不機嫌さを帯びた表情をいくらか緩めて、敏志も知っているその鴉天狗の男の名を呼んだ。

 

「……吾妻(あづま)殿。如何(いかが)したか?」

 

「それはこちらの台詞だぞ。久しく会ってみれば、随分と機嫌が悪いな。何があった?」

 

 吾妻の呆れ気味の口調に、白鳥は鼻で深く息を吐いてから目を背け、

 

「……何もありませんよ」

 

「なんでもないという事はあるまい。周りが距離を置いているのが分からんかね」

 

 吾妻がそう苦笑気味に言いながら、周囲の信者を手で示す。

 

「それはそちらの勝手でしょう……俺の知るところではありません」

 

 苛立ちと疲れが同居したような声で、白鳥がそう応じた。

 

 普通ならばそこで引き退るのだろうが、吾妻はなおも追求した。まるで弟や息子に問いかける感じの語気で。

 

「白鳥よ、私は君らの監督のように振る舞っているように見えるかもしれんが、私は開祖を一番最初に仰いだというだけで、君達と同じ信徒に過ぎん。我々は対等だ。同じ開祖を尊崇し、同じ「剣」を持つ仲間だ。……恥じらいが邪魔をしているというのなら、気にせず話して欲しい。ここにいる誰も、君の事を笑ったりはしないから」

 

 白鳥は鴉天狗の顔をしばし見つめてから、再び下を向き、ため息の後にぽつりと口にした。

 

「剣で、負けました」

 

「……なるほど。それが悔しいと」

 

「ただ負けただけなら、ここまで悩みません。しかしその相手が……たった十五歳の子供であるというのならば、話は別です」

 

 えっ、と口から漏れそうになるのを、敏志はなんとか我慢した。

 

 周囲の信者も、自分と同じように、驚きを抑え込んでいる感じだった。

 

(白鳥さんが……子供に負けたって? しかも十五歳って……俺と同い年じゃないか)

 

 白鳥は剣の腕が立つことは、信者の間では有名だ。至剣流の中伝(ちゅうでん)目録(もくろく)を持っているという時点で、その腕前は察する事ができる。

 

 そんな剣士を、十五歳の子供の剣士が打ち負かした。

 

 敏志の脳裏に真っ先に浮かんだのは——天覧比剣に優勝し、あの凶悪な人斬りから生徒を守った、同い年の少年剣士。

 

「……そうか」

 

 吾妻はそう静かに、飲み込むように受け止めた。

 

 それからしばし沈黙すると、白鳥と目線を合わせる形で静かに片膝を付いてしゃがみ込み、

 

「白鳥よ。「剣」というのは、実に深く広いものだ。ただの人殺しの道具が、この大和の地において研ぎ澄まされ、最高峰の斬れ味を得たばかりでなく、武器という枠組みすら超え、神器や哲学としても目覚ましく変化した。「剣」はまさしく、我ら大和民族の至宝なのだよ」

 

「……それがどうしましたか」

 

「剣技に長けた君ならば解ることだろう? 「剣」の世界は、洋人どものもたらしたスポーツや格闘技のように単純な世界ではない。気力体力に優れた巨漢を寄せ付けぬ枯れ枝めいた老人の剣士もいれば、熟練の剣士をも地に伏せさせる天賦を備えた若い剣士もいる。「剣」の世界は深奥なのだよ。……君も望月(もちづき)(ほたる)の名前くらいは聞いた事があろう? 彼女はたった十一歳で至剣流を皆伝し、十八歳になる今年にかけて一度も負けた事が無いそうだ」

 

 ぎりっ、と、白鳥は刀の鞘を握る力を強める。

 

「……あの小僧も、ソレと同じだと?」

 

「かもしれないし、ただのまぐれであるかもしれない。……だが、そんな事はどうでも良いのだ。少なくとも、()()()()()()()が今すべき事は、ここで毒気に苛まれながら、周囲にまでそれを撒き散らすことでは断じてないはずだ。違うか?」

 

 白鳥は反射のように勢いよく、吾妻へ鋭い目を向ける。

 

 だが、鴉天狗は怯むことなく、白鳥の「すべきこと」を淡々と告げる。

 

「——今の君は、外界からの穢れに呑まれかけている。その様では、その子供に勝てぬどころか、君が開祖より授かった『虎落笛(もがりぶえ)』すら穢し、錆びつかせかねない。それはこの『枢剣教』が最も忌むべき事。肝に銘じておきたまえ」

 

 白鳥と鴉天狗はしばし気勢をぶつけ合う。

 前者は苛烈に、後者は静かに。

 しかし、やがて白鳥が観念したように気勢を引っ込め、一息吐いた。

 

「……やはり、貴方には敵わないな。吾妻殿」

 

「勝ち負けの問題ではない。私は横道に外れかけた友を引っ張り戻しただけのことさ」

 

「そうですか……」

 

 白鳥はさっきまでとは打って変わった涼しい微笑を口元に浮かべると、スッと軽く腰を上げた。手元の刀を水平に掲げ、

 

「——今日はお暇させていただきますよ。一人で『呪振ノ行』に専念したいので」

 

「そうか。励みたまえよ」

 

 はい、と軽く頷き、白鳥はその場を後にした。

 

 その後ろ姿が曲がり角へ消えるまで見守ると、吾妻は信者全員に振り返り、告げた。

 

「君達も、俗世の(いさか)いには十分に気を付けるように。——「()(ゆう)を知りて、其の()を守る」という漢土(かんど)の言葉がある。どれほど(オス)らしく栄えようとも、猛々しくならず、(メス)のごとき柔和さ慎重さを備えていれば、滅びることは無い。我々は火力に酔いしれて百鬼夜行を繰り返す野蛮な白人どもとは違う。我らがその「剣」を抜く時は、本当に守らなければならぬモノが危険に晒された時のみ。そしてそんな時は、一生に一度あるかないかだ。努努(ゆめゆめ)それを忘れず、己の「剣」を研磨することを怠らぬようにしようではないか」

 

 はい! と威勢よく返事をする信者一同。敏志もまた。

 

 鴉天狗は「うむ」と満足げに頷くと、

 

「それでは、私は今から開祖のもとへ向かうのでな。さらばだ」

 

 彼もまた背を見せて、この祭壇の間を無音で去っていった。

 

 それからすぐに、信者全員の話題が吾妻一色となった。

 

「いやぁ、流石でありますな、吾妻殿は。あの白鳥氏を軟化させるとは」

 

「我々と対等、とおっしゃられていたが、開祖の片腕のように働いていることも含めて、我らよりも遥かに「剣」の高みにおられる」

 

「動きを少し見ただけでも、剣士としても相当に()()と解りますからな」

 

「私も、今の位置で満足せず、彼のように「剣」を磨いていきたいものだ」

 

 その話に参加していない敏志もまた、彼らの発言に同感だった。

 

 ——吾妻は、この枢剣教における()()()()()だ。

 

 それゆえか、開祖である石動(いするぎ)マヤの補佐役のような働きをしており、帝都にある各支部へ巡り、『呪振ノ行』の指導や、定例集会の進行役などをしている。

 

 常に鴉天狗の仮面をかぶっているという点を除けば、いたって怪しい点は無い、敬虔(けいけん)なる「剣」の信徒である。

 

「……それにしても、吾妻殿の素顔は、いったい如何様(いかよう)なのだろうか。気になるな」

 

「自分は一度それが気になって尋ねてみたが「昔の大怪我のせいで酷く醜い顔なのでな、人に見せたくはないのだ」とおっしゃっていたぞ」

 

「なるほど。あの吾妻殿にも、悩みというものがあったのだな。まぁ人なのだから当たり前だろうが」

 

「しかし、その「大怪我」とやらがどのようなモノだったのか、気にならぬと言えば嘘になる」

 

「というよりも……吾妻殿の過去を、ソレ以外に聞いたことはある者はいるか?」

 

「私は無いな」

 

「俺も無い」

 

「そうか……まぁ、そのような事は些事だな。吾妻殿は吾妻殿だ。我らの同志にして、我らの模範である」

 

 信者達の会話を、敏志はぼんやり聞いていた。

 

 ……結局、その日も会話に混ざれなかった。

 

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