帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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真夏の来訪者《中》

 良くない目で螢さんを見ていた事を誤魔化す意味も含めて、僕は慌てて応じた。

 

「そ、そうでしょうかっ?」

 

「そう。さっきの『迦楼羅剣』といい、他の型といい、とても似ている。……師弟関係でも、結局は違う肉体の他人同士だから、技は継承できても、動きの細部の質まで真似られる事は滅多に無い。だけどコウ君の剣は、お義父さんの姿を連想してしまうほどに、お義父さんと瓜二つ。 ずっとお義父さんの剣を見てきたわたしだから言える。たしか……お義父さんの動きを細かいところまで観察して、頭に浮かべたその動きをなぞるようにして稽古してるんだよね」

 

 そうである。

 

 ——僕が望月先生から学んでいるのは、「至剣流」というより「()()()()()()()」に近かった。

 

 僕は「観る」ことが得意だ。

 スケッチでは、被写体の構造を目で見てよく観察することが肝要だ。

 観察し、その被写体の構造を()()()こそ、白紙の中にそのありのままの姿を写実できる。

 

 小さい頃から僕がのめり込んできたそのスケッチで培った眼力は、剣の世界においても大きな利点として引き継ぐことができたのだ。

 

 戦いにおいて、相手の「影響の連鎖」を()()()、一手先の動きを予測することもそうだが、稽古でもこの能力は大いに役に立った。

 

 望月先生が模範として型の動きを見せてくれる時、全神経を注ぎ込んでその動きを仔細(しさい)に、ほんとうに仔細に観察し、その終始の動きを()()、記憶に強く焼き付ける。

 

 あとは、記憶に焼き付けたその動きを、自分の体で再現させる形で剣を振る。単純に見た目の動きだけでなく、筋肉や関節の細かい動きなども、()()()()()()()

 

 それはさながら——己の体という白紙に、「望月源悟郎の剣」を写実するような作業だ。

 

 最近では容体の変化もあって、先生自ら僕と木刀を交えて稽古する機会が少なくなってしまった。だが、すでに「望月源悟郎の剣」における二十四の型は、僕の頭の中だ。あとはそれを目指せばいい。

 

 ……ちなみに今日は、望月先生は不在である。後藤(ごとう)さんと一緒に病院へ薬をもらいに行っているためだ。なので今、この望月家には僕と螢さんの二人きりである。

 

「本当に……ほんとうに、似てる」

 

 螢さんはなおもそう言いながら、僕の木刀を撫で続ける。

 

 ——技が師匠に似ている。 

 

 この言葉は、普通ならば褒め言葉と受け取るべきなのだ。

 なぜなら、師匠の剣を追いかけているのだから。

 目指す剣に近いというのは、それだけ腕が上がっているということなのだから。

 

 だけど、気のせいだろうか。

 

 螢さんの「望月先生に似てる」という言葉からは……どこか非難めいた語気をそこはかとなく感じた。

 

「わたしは——正直、コウ君が()()()()()()

 

 僕はそれを耳にし、そしてその意味を理解した時、思わず「えっ」と声を漏らした。

 

 ……螢さんが、僕を「うらやましい」? 剣の世界において、強さと名声を(ほしいまま)にしている彼女が、僕を(うらや)んでいる? どうして?

 

 僕は螢さんを見る。

 

 相変わらず、氷のように表情に乏しい美貌。しゃがんだ姿勢も、まるで一輪の花菖蒲(はなしょうぶ)を思わせる静かな美麗さ。

 

 しかしどこか、哀愁がある。

 

 しっかりと根を張り花を咲かせ、しかしその周囲には草木一本も生えていない、強くも寂しい一輪花のよう。

 

「わたしは、お義父さんから「至剣流」は継承できた。だけど……「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを聞いて、僕は螢さんのこれから言いたいことを、察してしまった。

 

「わたしは、望月源悟郎の本当の子供ではない。ただ拾われただけ。……わたしには、至剣流を除いて、お義父さんとの繋がりが無い。その至剣流だって、お義父さんだけのものではなく、多くの先代が繋いできたというところが大きい。わたしには「望月派至剣流」との繋がりはあっても、「望月源悟郎」との間には直接的な繋がりは存在しない」

 

 今なお僕の木刀の鎬に置かれた彼女の指に、かすかに力がこもった。

 

「……認めるより他ない。どれほど足掻いたところで、お義父さんはどのみちわたしより先に()()()()()()()()()。そして、そうなった時……わたしはまた独りになる。肉体的な繋がりを持った人間を誰も持たないまま、この世界に放り出される」

 

 螢さんの()()()()()は、先の戦争ですでに全員亡くなっている。

 

 その後に拾ってくれた望月先生とも、血の繋がりは無い。

 

 それでも、せめて剣だけは先生に似せて繋がりを持たせようとしたが、それは「至剣流という一流派を修めた」以上にはならなかった。

 

 望月先生がいなくなる……つまり、先立ってしまったら、螢さんは再び独りぼっちになる。

 

 義父との繋がりも無いまま、独りに。

 

 ——()()()()()、螢さんは僕を羨んだ。

 

 「望月源悟郎の剣」を似せている、僕を。

 自分と同じく赤の他人で、しかし自分よりもその剣を師に近づけている、僕を。

 ()()()()()()()()()()()宿()()()()()、僕を。

 

「だったら、僕がいます」

 

 僕は、自然とそう口にしていた。

 

「望月先生がいなくなっても、螢さんの隣で、先生から授かった剣を振り続けます」

 

 木刀に触れる螢さんの指の力が弱まるのを、握っている木刀越しに感じた。

 

「どんなに負けたって、絶対に剣を捨てません。何度倒れたって、剣を握って離しません。また立ち上がって、何度でも螢さんに挑み続けます。——()()()()()()()()()()()

 

 いつか勝つ。

 

 それは、僕ら二人の間ではこれ以上ないくらい雄弁な、愛の告白であった。

 

「だから、螢さんもどうか——負けないでください」

 

 螢さんは、息を呑んだ。

 

 それから、沈黙が訪れる。

 

 蝉の声も、暑気も、とても遠くの事に感じられるような。

 

 世界から隔絶されたような、二人だけの沈黙。

 

 螢さんの指が、僕の剣から離れる。

 

 両手指が、僕の両頬へそっと触れる。冷たい。

 

 視線と視線が重なる。

 

 深い清泉めいた黒い瞳に、僕の顔が映っている。感情が曖昧な、ぼんやりとした表情。()()()()()()

 

「ねえ……コウ君」

 

「……なんで、しょうか」

 

「覚えてる? ()()()()()()の時にした、あの話」

 

「あの話……?」

 

 なんだろうか。

 

 あの時は、いろいろ話したから、どれがどれだかわからない。

 

 ……心なしか、螢さんの瞳の中で、僕の顔が大きくなっているような。

 

 その理由を考えるよりも先に。

 

 

 

 ぴん、ぽーん、という音が聞こえた。

 

 

 

 それが、望月家のインターホンの音であると認識するのと同時に、意識が現実へと立ち戻る。蝉の声と夏の暑さが五感に押し寄せた。

 

 螢さんは素早く立ち上がり、対応用のマイクへとすたすた近づく。

 

「どちらさまでしょうか」

 

 そうマイクへ返答を投じると、電子化された訪問者の音声が返ってきた。

 

『——望月さんの家、ここで間違いないデスか』

 

 男の声。しかしイントネーションがどこかおかしい。まるで外国人の喋る日本語みたいだ。

 

「望月で間違いありません」

 

()かた。ワタシ、ここいる人に用あるヨ。望月螢さんいう人、ご在宅デスか?』

 

 はっきりと螢さんを指名され、僕はつい気持ち的に身構えてしまう。

 

 ……だが、その後すぐに、新たな驚愕が襲ってくることになった。

 

「失礼ですが、先にそちらのお名前を伺っても?」

 

『ああ、申し訳ない。ワタシ——中国から来た(ちょう)凌霄(りょうしょう)いうヨ』

 

 ——趙凌霄!

 

 直接その人物と会ったことは無いが、知っている名前だ。

 

 ここ最近、帝都の剣術界で名を馳せている人物。

 

 帝都に住む剣術達者を訪ねては勝負を挑み、それを打ち破っているという異人の剣客。

 

 螢さんは若くして剣豪と評判だ。であるならば、その趙凌霄なる剣客が訪ねてくるかもしれない——そんな以前からの懸念は、見事に現実となってしまったようだ。

 

 僕は螢さんを凝視する。

 

 彼女もまた驚いたのか、押し黙っていた。

 

 しかし、それもほんの二秒程度。すぐに次の句を発した。

 

「少々お待ちください」

 

 いつも通りの静かな口調でそう言って、螢さんはマイクの電源を切った。稽古場の出入り口へ歩き出す。

 

「螢さん、待ってください!」

 

「なに」

 

「まさか、行く気じゃありませんよねっ?」

 

「そのまさか」

 

 土間で下駄を履き、出入り口の引き戸を開けて外へ出て行った。

 

「ちょっ、螢さん!? ……あぁもぅ!」

 

 僕も仕方なしに立ち上がり、後を追った。

 

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