帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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二〇〇三年八月二十七日 〜信じて待つ《中》〜

 

 輝秀(てるひで)はおとがいに手を当てて唸ってから、

 

「まだ穴が多い仮説なんだがね…………至剣は主に、二種類に分類できると思っている」

 

「どんな?」

 

 僕が問うと、輝秀はその「二種類」を挙げながら、指を一本ずつ立てていく。

 

「人間の感覚に作用する『錯覚型(さっかくがた)』、単純な物的威力が高い『威力型(いりょくがた)』、この二種類だ。せっかくだし、順を追って説明していこうか」

 

 思わず拝聴の心構えをする僕。()()輝秀相手に。

 

 輝秀もまた、講師みたいな落ち着いたトーンで丁寧に説明しだした。

 

「まずは『錯覚型』。

 これはまさに読んで字のごとくだ。その至剣を使うことによって、()()()()()()()の感覚や認知に影響を与え、錯覚を起こす力を持った至剣のこと。この世で最も至剣の情報に触れる機会の多い嘉戸宗家という立場から言うと、開眼する至剣のほとんどがこの『錯覚型』に当てはまる。好例を挙げるとするなら……君の師匠である望月閣下の至剣『泰山府君(たいざんふくん)(けん)』だね。その構えを目にした相手に「死のイメージ」を何度も連想させてショック死に追い込むっていう直球かつ凶悪なシロモノだ。『錯覚型』の至剣の中では最強と呼べるかもしれないね」

 

「……あんたの至剣も、その『錯覚型』に当てはまるんじゃない?」

 

「お、理解が早いね。その通りだよ。俺の至剣『級長戸辺ノ太刀』も、典型的な『錯覚型』さ。なにせその動きを見た相手の認識を狂わせるわけだからね、モロに相手の感覚に影響を及ぼしている。あ、ちなみにここだけの話、ウチの父の至剣も『錯覚型』に分類できるんだよね」

 

「そうなの……?」

 

「ああ。望月閣下みたいに激ヤバな至剣じゃないんだが、剣士または歩兵にとってはかなり厄介な至剣だといえる。……おっと、これ以上はオフレコだ」

 

 話の方向を調整しようとばかりに、輝秀が咳払いして軌道修正した。

 

「ちなみに、君の至剣もこの『錯覚型』に当てはまるモノだと思っているよ」

 

 僕は信じがたいという気持ちのこもった口調で、

 

「えぇ? 僕の至剣は相手に錯覚を起こしたりはしないけど?」

 

「最初に言ったろ? 「相手または自分」ってさ。『錯覚型』の至剣が作用する対象は相手だけとは限らない。()()()()()()()()()()至剣も存在する。勝利をもたらすために剣が通るべき経路を「金の蜻蛉(トンボ)」の通り道として知覚する……これもまた『錯覚型』の至剣だとは思わないかい?」

 

「……まぁ、そうとも言えるかもだけど」

 

「だろ? そして、この『錯覚型』の至剣は——「共感覚」と似た理屈で成り立っているんじゃないか、と俺は仮説を立てている」

 

 知ってはいるけど滅多に日常で耳にしないその単語の意味を頭で思い出してから、僕はたどたどしく述べた。

 

「共感覚って……確か、特定の数字に色が付いてるように視えたりするっていうやつだっけ?」

 

「そうさ。共感覚とは、外部刺激に由来する「感覚A」の知覚を引き金に、それとは別の「感覚B」や「感覚C」も同時に知覚するという特殊な感覚のこと。そしてそのようにして生じた感覚を「励起感覚(れいきかんかく)」と呼ぶ。君が今言った『ある数字に色が視える』っていう共感覚の他にも、『ある音階が聞こえると立体を持った色が視える』『数字を見ると、そこから続く連番の連なりが浮かび上がって視える』『文字に性格や性別があると感じる』『排卵日の女性に特定の色が視える』といった具合に、その励起感覚には多様性がある。

 ……さらに興味深いのが、その励起感覚の内容が、幼少期の体験や環境に大なり小なり起因している可能性があるという、認知心理学における研究結果だ。『特定の単語に味覚を感じる』という共感覚者がいるが、その人物の励起感覚である味覚の内容は、幼少期に食べたモノに由来する味である事が多いそうだ。面白い話だと思わないかい?」

 

 文章理解力も求められる受験生をやっていてよかった。もし国語の受験勉強にも熱心でなかったら、今のスラスラ長く並べられた言葉の数々を受け取れきれなかったかもしれない。

 

「確かに面白いけど……それが至剣とどう関係があるのさ?」

 

「さっき俺の言った『錯覚型』の定義を思い出してくれたまえ」

 

 ——相手、または自分の感覚や認知に影響を与える至剣。

 

 僕は顔を上げ、なぜか慌てたような口調で述べた。

 

「もしかして、『錯覚型』の至剣は——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()モノだって言いたいのか?」

 

 輝秀が、出来の良い生徒を目にしたように表情と声を明るくする。

 

「そう! 俺の姿が煙や雲にしか視えなくなってしまう『級長戸辺ノ太刀』のように、その動きや太刀筋を眼にすると自動的に特定の錯覚を生み出してしまう『錯覚型』至剣…………これ、共感覚に似ているとは思わないかい? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから」

 

 さらに畳みかけるように言い募る。

 

「これは相手にだけでなく、()()()()()()()そうだ。自分にしか知覚できない特異な感覚を活かした至剣。そうっ、例えば君の至剣。君にしか視えぬ「金の蜻蛉(トンボ)」が、どのような太刀筋を刻めば勝利できるのかを教えてくれる……こちらはもっと共感覚的ではあるまいか? そしてなぜ「金の蜻蛉」なのかっ? なぁ秋津光一郎っ!」

 

 いきなり話を勢いよく振られ、僕は思わずたじろぐ。うわ、唾が一滴飛んできたんだけど。

 

「な、なんだよっ」

 

「君の苗字は何だっ? 言いたまえ」

 

「今あんたが言ったばっかりだろっ。秋津だよっ」

 

()()()()()()()()()()? 「僕の苗字だ」以外の答えを受け付ける」

 

「……()()()()()()、じゃあないの」

 

(しか)り!」

 

 すっかり自分の世界に入った様子で、輝秀はなおも弁舌を続ける。

 

「蜻蛉とは勇敢と勝利を象徴する昆虫! その認識は古来から今に至るまで我々日本人にとっての文化的な共通認識である! だが、生まれ落ちたその瞬間から秋津(トンボ)という姓を授かった君にとって、その認識は血肉のごとく身近なモノであったはずだ! 先ほども言ったが、励起感覚の内容は幼少期の経験や環境に由来するという説がある! 分かるかい? 君のその「金の蜻蛉」は、剣術だけから生まれたわけじゃあない! 君が「秋津光一郎」として生まれ落ちたその瞬間から、君がその「金の蜻蛉」と出会うのは必然だったというわけさ!」

 

 あまりの勢いについていけなくなった僕は、ポカンと眺めるだけにとどまっていた。

 

 輝秀もすぐに己の陶酔ぶりを自覚したのか、丸型サングラスを整え、声を慎ましげにトーンダウンさせた。

 

「……まぁ、まだ仮説だがね。これから研究を続けていけば、これも覆るかもしれない。今後、どこか協力してくれる研究機関が無いか探そうと思っているよ」

 

 気を取り直したように、輝秀の語気が改まる。

 

「——さて、次は『威力型』の至剣について説明しようかな。

 これは単純に物的(ぶってき)威力が高い至剣を指す分類。この好例は、君の姉弟子のあの恐ろしく斬れる至剣だろうね」

 

 同感であった。螢さんの至剣は、刃が無いはずの木刀にすら鋭い斬れ味が宿るのだ。「単純な威力の高い至剣は?」と問われれば、僕は間違いなくアレを真っ先に思い浮かべる。

 

「だけど、ここで言う「物的威力」とは、単純な斬れ味の鋭さや破壊力だけにとどまる言葉ではない。速さとか、重さとか、硬さとか、物体に働く力全般を意味する。『威力型』とは、その「物的威力」が従来の剣術とは一線を画すほど高い至剣を指す。だとすると、コレは望月螢のだけでなく、雷蔵(らいぞう)()ぃのも当てはまるね」

 

 僕はかつての「三本勝負」における雷蔵氏の戦いぶりを思い出し、震えた。

 

 螢さんと雷蔵氏の戦いは前者に軍配が上がったが、雷蔵氏の腕前も恐るべきものだった。

 特に、雷蔵氏の顔が鬼のように濃い赤みを帯びた後の動きは異常だった。

 まるでデカい爆竹が連続で弾けたかのような、激しく、そして俊敏な動き。一人分の剣を、圧倒的な速さで強引に数人分にしたみたいな猛攻だった。

 あの猛攻の中に僕などが入ろうものなら、あっという間に挽肉(ひきにく)にされそうだ。

 

 ……あの赤くなった後の異常な動きこそが、雷蔵氏の至剣なのだろう。

 

「雷蔵兄ぃの至剣は側から見ていても凄まじかっただろう? ああいう速さと剛力の同時向上も、俺の言う「物的威力」に含まれるわけさ。おまけに身体能力を強引に底上げするという至剣もまた珍しい。どういう原理で成り立っているのかもう少し詳しく調べてみたかったが、雷蔵兄ぃは忙しい上に俺を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っているからね。非協力的なのさ」

 

「なんでそこまで嫌われてるのさ? 兄弟でしょ」

 

「兄弟だって憎み合うことはあるよ一人っ子くん。…………まぁ、なんだ、以前雷蔵兄ぃの奥さんと()()()()になっちゃって、それが原因で夫婦が破局(はきょく)っちゃってさ」

 

 もう子供のままではない僕は、その発言の意味をすぐに察し、ジトッと輝秀を睨んだ。

 

「うわ、サイッテー」

 

「まぁ…………若気の至りってやつだよ。なにせイイ(ケツ)してたしさ、あの奥さん。人妻で兄嫁相手っていう背徳感にも燃えたっていうか。彼女も寂しかったからか凄い情熱的だったし」

 

「サイッテー」

 

「あーはいはい、サイッテーですよ俺は。こんなサイッテーな俺を反面教師にして、君はあの姉弟子の尻だけを追いかけたまえよ。他の尻には脇目も振らず、一途にね」

 

 ——当たり前だろ。

 

 普段なら、そう返すところだった。

 

 だけど、その言葉は頭の中で引っかかって、口から出てくることは無かった。

 

 同時に、頭の中をよぎったのは……()()

 

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