帝都初恋剣戟譚 作:新免ムニムニ斎
それから、僕は
まず、中断されていた『威力型』の至剣に関する残りの説明だ。
コレに関し、輝秀は中華武術を例に用いた。
中華武術には、肉体そのものを作り変える鍛錬法が数多く伝わっているという。
肉体を鋼鉄のように硬く強化したり、身のこなしを猿のように軽やかにしたり、片手に毒性を持たせたり、打たれた時の衝撃が相手に跳ね返って内臓や骨髄に損傷を与えるようにしたりなど、その種類は非常に豊富である。
例えば、「
『威力型』の至剣も、そういった「特定の出力のために作り変えられた肉体」による絶技かもしれないという。
——『威力型』も、『錯覚型』も、それらを手にするためには、等しく至剣流の修行が必要だ。
僕がいくら『
それはすなわち——至剣流剣術というモノが、剣術の枠組みを超えた、ある種の身体開発法なのではないか?
輝秀の話がそこまで進んだところで、数滴の雨粒と、骨まで響くような雷鳴が聞こえてきた。見ると、空はいつのまにか分厚い雲に隅まで覆われていた。
天気が怪しいため、ここでお別れということになった。——そのことに、名残惜しさのようなモノを抱いていた自分の心からは、目を背ける。
手を振る輝秀を一瞥して、走り出す。
——エカっぺを信じて待つ。
先程授けられた、その金言を胸に焼き付けながら。
……結局、家に着く前に雨に降られてしまうが、それでも僕の足取りは軽やかだった。
†
去っていく
やってきたのは、千代田区にある
降りしきる雨や雷を眺めながら、輝秀の口が自然と動いた。
「——枢剣、か。あれは確かに胡散臭いな」
その独り言は、分厚い雷鳴にかき消された。結構近くに落ちたようだ。
輝秀の脳裏をよぎるのは、先ほど見たあの『
(まだ確定じゃあないが、もしも俺の「仮説」が正しければ……あの枢剣ってやつは
胸に宿るのは、そこはかとない危機感。
「こいつは、ウチの親父に報告した方が良いな」
†
雨は降り続く。
急に降り始めた雨はたちまち土砂降りとなり、リュドミラが頭上に開いている折り畳み傘をぼろぼろと絶えず叩いている。
時折、雷光の瞬きと、重い雷鳴が響き渡る。
ちょうど今も、雷が鳴った。雷光の明滅の速さと、そこからほぼ間を置かずに聞こえた耳をつんざくような激しい音から、近くで落ちたものと解る。
だがリュドミラは一顧だにせず、一定のペースで帝都東京の街中を歩き続けた。
その都度、さりげなく周囲の様子を確認する——
所定のコインロッカーに預けてある、少女らしい明るめなデザインのボストンバッグを取り出し、再び雨の降り続く街中を歩く。ひと気の無い寂しい場所へと。
しばらくして、うらぶれた小さな公園にたどり着く。
周囲に人目が無いことを確認してから、公衆トイレへと入る。
ボストンバッグのチャックを開ける。中に入っているのは、綺麗に畳まれた白い和装一式と、それらの真上に乗っかっている——
リュドミラはワンピースを脱ぎ、その和装に着替えていく。以前は慣れない和装の着付けに難儀していたが、今ではすっかり慣れていた。
——トゥバ人の少女は、あっという間に白き仮面の聖女へと姿を変えた。
引き眉の女性の顔を模した白仮面。金色の
個室の外に誰もいない今のうちに、トイレから出る。傘を差し、公園を後にした。……ちなみにボストンバッグはワンピースとともに個室へ置いてきた。公園へ出入りする様子は誰にも見られてはいないが、公園までの道中で自分を見かけた者はいるかもしれない。ボストンバッグを持ち出せば、その共通する持ち物から
鈍色の空が、眩い閃光と重々しい音を地へ下す。「神鳴り」とも称されるその自然の暴力の降る中を、しかし仮面の聖女は構う事なく、下駄を履いた両足で歩き続ける。その所作は、
そうして、あらかじめ決められた待ち合わせ場所へと訪れる。
見知った黒い車が、一台停まっていた。
「——お迎えに上がりました」
運転席の窓ガラスが開き、そこに座る男が丁寧に訴えてきた。……知っている顔。
「こちらへお座りください」
後方のドアが開き、その奥に座る人物が恭しく招いてきた。白い
「ありがとう、
仮面の聖女はそう感謝した。たおやかに
傘を閉じながら後部座席へと乗り込む。その傘を仮面の男が預かる。
車は走り出す。目的地へ着くまで終始無言だった。フロントガラスを絶えず叩き続ける雨の音が、やたらと大きく感じる。
やがて車は、一件の古民家の玄関口で停車した。
鴉天狗の男が先に車を降り、回り込んで仮面の聖女の隣のドアを開いた。傘を差して恭しく手を差し出し、
「どうか、足元にお気を付けください」
「ありがとう」
仮面の聖女は鴉天狗の手を取り、おもむろに車を降りた。ぽこり、と下駄が地を踏んだ。
「車を置いてからまた来ますので」運転手はそう言って、車で走り去った。
鴉天狗の傘の下を歩きながら、玄関へ近づき、開錠し、中へ入る。
雨音と雷鳴だけが響く静まり返った屋内を、二人は無音で歩き回る。……侵入者の存在を知らせるためのトラップの類が軒並み未作動であったことから、侵入した者は皆無と判断。
今、この古民家にいるのは、この二人だけ。
仮面の聖女がそう判断した瞬間、鴉天狗の男は振り返って、
「——急な雨になっちまったが、調子はどうよ?
先ほどまでの丁寧な態度が嘘のように崩れた言葉遣いでそう言ってきた。
しかし
「変わりありません。
「
「
精悍でありつつも、硬さと角張りを感じさせない目鼻立ち。口周りを囲う髭はショートボックスに整えられ、長い黒髪は後頭部で一束に結ばれている。
「で、どうだ? この夏は楽しかったか? なんか遊んでたんだろ?」
彼はそう尋ねてきた。まるで娘の近況を訊く父親めいた笑みで。
リュドミラはそのことに嬉しい気持ちを抱きつつ、答えた。
「はい。それなりに」
「そうかい……だが、それも
「
「最近、内務省の
「構いません」
リュドミラは即答した。
「私の人生は、あなた有っての物種。あなたの『ダーチャ』に招かれなければ、私はきっと荒廃したモスクワの片隅で冷たくなっていたでしょう。——あなたの拾ったこの命、どうかあなたの好きにお使いください」
「ははっ、ありがとよ。流石は俺の育てた『
彼の大きな手が頭を撫でてくるのを、飼い犬のように受け入れた。
——そう。今の自分があるのは、「
母に父親ごと捨てられ、父親にも辛く当たられ、居場所も家も失くし、路上で朽ち果てるだけだったこの身を『ダーチャ』に拾い上げ、扶養してくれたからだ。
その目的が、どんなにモノであったとしても、一向に構わない。
この身も、この心も、この命も、すべて彼の——アナトリー・エドゥアルドヴィチ・
その生き方に、迷いは無い。
だがその時……金髪碧眼の少女の顔が、脳裏をよぎった。
(考えては駄目。私には使命がある。天秤にかける事自体、あってはならない)
心の中に浮かんだ虚像を、リュドミラは振り払った。
もう、立ち止まるわけにはいかないのだ。
この帝国が血海の底に沈むまで、足を止められないのだ。
「それじゃあ、今回もぼちぼちいこうや——
そう言って、彼は鴉天狗の仮面をかけ直した。
リュドミラもまた、
「——はい。これからもよろしくお願いいたしますわ。
「石動マヤ」という、仮面の聖女へと。
枢剣教台東支部——それがこの古民家の名前だ。
しばらくして、一人、また一人と、その古民家に人が集まってくる。全て「剣」の信徒だ。
「祭壇の間」には、見知った信徒が、友人だという人物を連れて片膝を付いていた。
この人物を新たな「剣」の信徒に迎えていただきたい、と。
聖女は振るう。剣神より授けられた
斬られたその人物は倒れ、夢を見、起き上がった時には新たな「剣」の信徒と化す。
産めよ、殖えよ、地に満ちよ。
「剣」はどんどん増えていく。
世界が無視できないほどの勢いで。
今回の連投はここまで。
また書き溜めてから連投します。
次回からはいよいよ新学期です。