帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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二〇〇三年八月二十七日 〜雷雨の下で〜

 

 それから、僕は輝秀(てるひで)ともう少しだけ話した。

 

 まず、中断されていた『威力型』の至剣に関する残りの説明だ。 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()——それが輝秀の『威力型』に対する仮説だった。

 

 コレに関し、輝秀は中華武術を例に用いた。

 中華武術には、肉体そのものを作り変える鍛錬法が数多く伝わっているという。

 肉体を鋼鉄のように硬く強化したり、身のこなしを猿のように軽やかにしたり、片手に毒性を持たせたり、打たれた時の衝撃が相手に跳ね返って内臓や骨髄に損傷を与えるようにしたりなど、その種類は非常に豊富である。

 例えば、「鉄砂掌(てっさしょう)」という鍛錬法がある。これは特殊な修行によって片手を鋼鉄のごとく硬くするというモノだ。鉄砂掌で練られた手で相手を打つと、その衝撃は相手の体の内側へ余さず浸透しきり、高確率で殺害してしまう。極めて高い殺傷力と、短期で身につけられる即効性から、中国では昔から仇討ちに使われてきたという。だが手という部位は体の重要な神経が集中する場所でもあるため、修行の過程で廃人になる危険性も持つ。安易に手に入る殺法にはそれなりの代償が伴うということだろう——閑話休題。

 

 『威力型』の至剣も、そういった「特定の出力のために作り変えられた肉体」による絶技かもしれないという。

 

 ——『威力型』も、『錯覚型』も、それらを手にするためには、等しく至剣流の修行が必要だ。

 

 僕がいくら『蜻蛉剣(せいれいけん)』を開眼できる素質を持っているとしても、至剣流をこれからも学び続けなければ開眼できない。それがまさに良い例である。

 

 それはすなわち——至剣流剣術というモノが、剣術の枠組みを超えた、ある種の身体開発法なのではないか?

 

 輝秀の話がそこまで進んだところで、数滴の雨粒と、骨まで響くような雷鳴が聞こえてきた。見ると、空はいつのまにか分厚い雲に隅まで覆われていた。

 

 天気が怪しいため、ここでお別れということになった。——そのことに、名残惜しさのようなモノを抱いていた自分の心からは、目を背ける。

 

 手を振る輝秀を一瞥して、走り出す。

 

 ——エカっぺを信じて待つ。

 

 先程授けられた、その金言を胸に焼き付けながら。

 

 

 

 

 ……結局、家に着く前に雨に降られてしまうが、それでも僕の足取りは軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 去っていく光一郎(こういちろう)を見送った後、すぐに土砂降りの雨と雷鳴がセットでやってきたため、輝秀は急いで雨宿り出来る場所を探した。

 

 やってきたのは、千代田区にある神田(かんだ)平川神社(ひらかわじんじゃ)。鳥居をくぐり、拝殿の軒下へと入って雨をやり過ごした。雨粒で濡れたサングラスを外し、ズボンの膝で軽く拭う。

 

 降りしきる雨や雷を眺めながら、輝秀の口が自然と動いた。

 

「——枢剣、か。あれは確かに胡散臭いな」

 

 その独り言は、分厚い雷鳴にかき消された。結構近くに落ちたようだ。

 

 輝秀の脳裏をよぎるのは、先ほど見たあの『青海波(枢剣)』。

 

(まだ確定じゃあないが、もしも俺の「仮説」が正しければ……あの枢剣ってやつは()()()()())

 

 胸に宿るのは、そこはかとない危機感。

 

「こいつは、ウチの親父に報告した方が良いな」

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 雨は降り続く。

 

 急に降り始めた雨はたちまち土砂降りとなり、リュドミラが頭上に開いている折り畳み傘をぼろぼろと絶えず叩いている。

 

 時折、雷光の瞬きと、重い雷鳴が響き渡る。

 

 ちょうど今も、雷が鳴った。雷光の明滅の速さと、そこからほぼ間を置かずに聞こえた耳をつんざくような激しい音から、近くで落ちたものと解る。

 

 だがリュドミラは一顧だにせず、一定のペースで帝都東京の街中を歩き続けた。

 

 その都度、さりげなく周囲の様子を確認する——()()()()()

 

 所定のコインロッカーに預けてある、少女らしい明るめなデザインのボストンバッグを取り出し、再び雨の降り続く街中を歩く。ひと気の無い寂しい場所へと。

 

 しばらくして、うらぶれた小さな公園にたどり着く。

 

 周囲に人目が無いことを確認してから、公衆トイレへと入る。()えたような匂いを帯びた空気に迎えられる。そこも無人と判断するや、個室の一つへ入って鍵を閉じる。

 

 ボストンバッグのチャックを開ける。中に入っているのは、綺麗に畳まれた白い和装一式と、それらの真上に乗っかっている——()()()()()()()()()()()()()()()

 

 リュドミラはワンピースを脱ぎ、その和装に着替えていく。以前は慣れない和装の着付けに難儀していたが、今ではすっかり慣れていた。

 

 ——トゥバ人の少女は、あっという間に白き仮面の聖女へと姿を変えた。

 

 引き眉の女性の顔を模した白仮面。金色の釵子(さいし)。そこから広がるようにして伸びる長い黒髪。白の表着(うわぎ)切袴(きりばかま)

 

 個室の外に誰もいない今のうちに、トイレから出る。傘を差し、公園を後にした。……ちなみにボストンバッグはワンピースとともに個室へ置いてきた。公園へ出入りする様子は誰にも見られてはいないが、公園までの道中で自分を見かけた者はいるかもしれない。ボストンバッグを持ち出せば、その共通する持ち物から()()がバレてしまいかねない。

 

 鈍色の空が、眩い閃光と重々しい音を地へ下す。「神鳴り」とも称されるその自然の暴力の降る中を、しかし仮面の聖女は構う事なく、下駄を履いた両足で歩き続ける。その所作は、先ほどまで(リュドミラ)とは似ても似つかぬ、侵すべからざる風格を感じさせるものであった。——訓練によって身につけた所作。

 

 そうして、あらかじめ決められた待ち合わせ場所へと訪れる。

 

 見知った黒い車が、一台停まっていた。

 

「——お迎えに上がりました」

 

 運転席の窓ガラスが開き、そこに座る男が丁寧に訴えてきた。……知っている顔。()()の一人である。

 

「こちらへお座りください」

 

 後方のドアが開き、その奥に座る人物が恭しく招いてきた。白い小袖(こそで)と灰色の(はかま)という装いの、鴉天狗の仮面の男だった。

 

「ありがとう、吾妻(あづま)

 

 仮面の聖女はそう感謝した。たおやかに()()()声音だった。

 

 傘を閉じながら後部座席へと乗り込む。その傘を仮面の男が預かる。

 

 車は走り出す。目的地へ着くまで終始無言だった。フロントガラスを絶えず叩き続ける雨の音が、やたらと大きく感じる。

 

 やがて車は、一件の古民家の玄関口で停車した。

 

 鴉天狗の男が先に車を降り、回り込んで仮面の聖女の隣のドアを開いた。傘を差して恭しく手を差し出し、

 

「どうか、足元にお気を付けください」

 

「ありがとう」

 

 仮面の聖女は鴉天狗の手を取り、おもむろに車を降りた。ぽこり、と下駄が地を踏んだ。

 

「車を置いてからまた来ますので」運転手はそう言って、車で走り去った。

 

 鴉天狗の傘の下を歩きながら、玄関へ近づき、開錠し、中へ入る。

 

 雨音と雷鳴だけが響く静まり返った屋内を、二人は無音で歩き回る。……侵入者の存在を知らせるためのトラップの類が軒並み未作動であったことから、侵入した者は皆無と判断。

 

 今、この古民家にいるのは、この二人だけ。

 

 仮面の聖女がそう判断した瞬間、鴉天狗の男は振り返って、

 

 

 

「——急な雨になっちまったが、調子はどうよ? ()()()()()()

 

 

 

 先ほどまでの丁寧な態度が嘘のように崩れた言葉遣いでそう言ってきた。

 

 しかし仮面の聖女(リュドミラ)は、それを当然のように受け入れ、自然に言葉を返した。

 

「変わりありません。先生(ウチーチェリ)

 

хорошо(よし)

 

 「先生(ウチーチェリ)」はそう言うや、その仮面を上へズラして素顔を見せた。

 精悍でありつつも、硬さと角張りを感じさせない目鼻立ち。口周りを囲う髭はショートボックスに整えられ、長い黒髪は後頭部で一束に結ばれている。

 

「で、どうだ? この夏は楽しかったか? なんか遊んでたんだろ?」

 

 彼はそう尋ねてきた。まるで娘の近況を訊く父親めいた笑みで。

 

 リュドミラはそのことに嬉しい気持ちを抱きつつ、答えた。

 

「はい。それなりに」

 

「そうかい……だが、それも()()()()()

 

 「先生(ウチーチェリ)」の声が、少しばかり警戒でひそまった語気になる。

 

「最近、内務省の特高(イヌ)どもが、俺らの周りを嗅ぎ回り始めてやがる。このボロい一軒家の周囲にも見張りが何人かいやがった。お前の自由時間を奪うのは忍びねぇが、ここで下手を打ったら計画が全てパァだ。これからはほぼ休み無しで働いてもらうぞ」

 

「構いません」

 

 リュドミラは即答した。

 

「私の人生は、あなた有っての物種。あなたの『ダーチャ』に招かれなければ、私はきっと荒廃したモスクワの片隅で冷たくなっていたでしょう。——あなたの拾ったこの命、どうかあなたの好きにお使いください」

 

「ははっ、ありがとよ。流石は俺の育てた『野菜(オーヴァシー)』だ」

 

 彼の大きな手が頭を撫でてくるのを、飼い犬のように受け入れた。

 

 ——そう。今の自分があるのは、「先生(ウチーチェリ)」のおかげだ。

 

 母に父親ごと捨てられ、父親にも辛く当たられ、居場所も家も失くし、路上で朽ち果てるだけだったこの身を『ダーチャ』に拾い上げ、扶養してくれたからだ。

 

 その目的が、どんなにモノであったとしても、一向に構わない。

 

 この身も、この心も、この命も、すべて彼の——アナトリー・エドゥアルドヴィチ・秋津(あきつ)のモノだ。

 

 その生き方に、迷いは無い。

 

 だがその時……金髪碧眼の少女の顔が、脳裏をよぎった。

 

(考えては駄目。私には使命がある。天秤にかける事自体、あってはならない)

 

 心の中に浮かんだ虚像を、リュドミラは振り払った。

 

 もう、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 

 この帝国が血海の底に沈むまで、足を止められないのだ。

 

「それじゃあ、今回もぼちぼちいこうや——石動(いするぎ)開祖殿(かいそどの)

 

 そう言って、彼は鴉天狗の仮面をかけ直した。

 

 リュドミラもまた、()()()()()()()

 

「——はい。これからもよろしくお願いいたしますわ。吾妻(あづま)

 

 「石動マヤ」という、仮面の聖女へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 枢剣教台東支部——それがこの古民家の名前だ。

 

 しばらくして、一人、また一人と、その古民家に人が集まってくる。全て「剣」の信徒だ。

 

 「祭壇の間」には、見知った信徒が、友人だという人物を連れて片膝を付いていた。

 

 この人物を新たな「剣」の信徒に迎えていただきたい、と。

 

 聖女は振るう。剣神より授けられた()()()「剣」を。

 

 斬られたその人物は倒れ、夢を見、起き上がった時には新たな「剣」の信徒と化す。

 

 産めよ、殖えよ、地に満ちよ。

 

 「剣」はどんどん増えていく。

 

 世界が無視できないほどの勢いで。

 

 




 今回の連投はここまで。
 また書き溜めてから連投します。

 次回からはいよいよ新学期です。
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