帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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復習、そして稽古

 『至剣流(しけんりゅう)剣術(けんじゅつ)』の歴史は、江戸初期に端を発している。

 

 戦国末期に活躍した剣豪「嘉戸(かど)至剣斎(しけんさい)美達(よしたつ)」が創始し、江戸初期になってから伝承を広めた。

 

 日本武芸は基本的に「完全相伝制(かんぜんそうでんせい)」——免許皆伝者になれば誰にでも平等に教伝資格と免許授与資格が与えられる制度のこと——だが、至剣流はそんな日本武芸には珍しく、茶道や華道のような「家元制(いえもとせい)」を採用している流派だ。

 つまり、弟子への教伝にも免許授与にも、「宗家」の許可が要る。

 

 なぜこういう抑圧的な伝承制度にしたのか?

 

 理由はひとえに——『至剣(しけん)』の存在だ。

 

 至剣流は、すべての型を高水準で修めた末に、『至剣』という剣技を開眼する。一発逆転の一手となり得る超必殺技的な剣技だ。

 

 開祖の至剣斎は最初、四人の弟子をとって教えた。

 その四人の弟子は、全員『至剣』を開眼させた。

 が、その『至剣』は()()()()()()()()()()()()だった。

 

 至剣斎はソレを見て確信した。

 至剣流には、()()()()()()()()を発現させる権能があると。

 同時に思った。——今の至剣流の姿形を、守らねばならない。もしも少しでも崩せば、『至剣』を生み出すという権能は失われると。

 

 ゆえに、自由度の高い「完全相伝制」ではなく、厳格に伝承と教伝を管理された「家元制」を採用した。そうすることで、伝承を守って、同時に『至剣』も守ったのだ。

 

 至剣流は主に、参勤交代で江戸に滞在していた諸藩士に伝えられた。

 それからさらに全国へと伝承が広まりを見せ、やがて日本有数の規模を誇る大流派となった。

 

 しかし、至剣流はそんな繁栄から、一気に冬の時代へと叩き落される。

 

 明治時代の到来だ。

 

 西洋化を極限まで重視し、伝統を極限まで軽視したこの時代、武芸という前時代の遺物は無用の長物でしかなかった。

 江戸期に存在した流派は半減し、残った流派もみな衰退の一途をたどった。

 至剣流も例外ではなかった。

 

 そんな武芸にとっての冬の時代でも、各武芸流派はなんとか生き残ろうと試行錯誤をした。直心影流(じきしんかげりゅう)の達人の榊原鍵吉(さかきばらけんきち)が行った撃剣興行(げっけんこうぎょう)などがその一端だ。

 そしてこれもまた、至剣流も例外ではなかった。

 

 至剣流は、自流の剣術を学校教育の必修科目として導入するよう、政府にかけ合った。

 

 政府は最初こそ「剣術なんていう非近代的なものなんて……」といった感じで、導入に前向きではなかった。

 

 だが、日清戦争後の三国干渉、日露戦争の勝利、西洋人による在外日本人への差別や弾圧……のちに起こったそれらの出来事は、外国人への反感、国粋主義(こくすいしゅぎ)的気風、そして尚武(しょうぶ)の気風を国内に呼び込んだ。

 

 そうした空気の変化は、至剣流にとっての追い風となった。

 

 大正時代——至剣流は度重なる働きかけの末、とうとう義務教育の必修科目となった。

 

 こうして至剣流は、再び日本一の剣術流派へと返り咲いたのである。

 

 そんな武芸界における盤石たる地位は、今でも続いている。

 

 至剣流は、僕ら日本人にとって最も馴染みのある、言うなれば「国民剣術」となったのだ——

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 ——昨日、エカっぺから聞いた受け売りはここまでにして。

 

 

 

 まだ陽の登りきっていない早朝に、僕は目を覚ました。

 

 布団から体を起こし、目を擦る。ぼやけた視界が少し鮮明になった。すでに十三年見続けた、僕の部屋が視界に明らかになる。

 

 正方形の小さな畳部屋だ。

 ちゃぶ台を中心にして、本棚、押し入れ、衣装棚、文具などが入った収納棚、扇風機、ゴミ箱、そして僕が今さっきまで寝ていた布団。

 

 大きなあくびを伸びをして心身を覚醒させてから、僕は立ち上がる。

 

 運動用のTシャツとジャージズボンに着替え、木刀を持って部屋を出た。家族を起こさないよう静かに二階から一階へと降り、勝手口から裏庭へと出た。

 

 外へと踏み出した途端、冷えた空気と、土の匂いを感じた。空は瑠璃色だが、東の方角が白んできているのが見えた。

 

 小さな裏庭の土にサンダルをじゃりじゃり滑らせて土の感触を味わってから、準備運動。寝起きで固まった体を適度にほぐしていく。

 

 それから木刀を両手で握り、正眼に構えて——昨日エカっぺと「復習」した、至剣流の型を体でおさらいした。

 

 

 

 ——まずは『石火(せっか)』の型。

 

 右足を引き、木刀を右耳の近くで垂直に構える。

 至剣流でいうところの「陰の構え」だ。……逆に左側だと「陽の構え」と呼ぶ。

 

 「陰の構え」のまま、左足で一歩前へ踏み出す。

 左足が地についた瞬間、後ろにある右足を一気に引きつけて両足をそろえ、それと同時に木刀を握る両手を一気に内側へ絞った。

 それら手足の急激な運動によって生まれた勢いで、木刀の切っ尖が弾けるように前へ突き出された。

 

 ——その名の通り、石を打ち合わせて生まれる火花のように刀身を突発的に加速させて繰り出す攻撃的な型。

 

 刀の中で最も良く斬れる部位である「切っ尖」を用いた斬撃だ。熟練者ならば、空中を舞うコインをこの『石火』で真っ二つにできるらしい。すげぇ。

 

 

 

 ——次に『旋風(つむじ)』の型。

 

 右足を引き、木刀を「右脇構え」にする。

 そこから、左へ薙ぐ。

 しかしそこで振り抜かず、斜め上への円弧の軌道で頭上まで持っていき、そこからまた円弧の太刀筋で左へ薙ぐ。

 全身に刀を巻きつけるみたいな形で、太刀筋を一周させた。

 

 ——その名の通り、全身に旋風をまとうような振り方。攻撃もそうだが、防御にも役立つ、攻防一体の型。

 

 

 

 ——次に『波濤(はとう)』の型。

 

 右足を引き、木刀を完全に体の真後ろへ隠すように構える。

 ……脇構えよりもさらに後ろへ引いたその構えは、至剣流では「裏剣(りけん)の構え」と呼ばれている。一刀流系の剣術では「隠剣(おんけん)」と称している構え。

 

 「裏剣の構え」にした木刀を、渾身の力で振り上げる。

 振り上げた木刀が頭頂部に達した瞬間、右足で深く前へ踏み込む。重心の推進と沈下による斜め前向きの勢いを頭上の刀身へ乗せ、一気に振り下ろした。

 

 ——その名の通り、まるで後ろから前へ波のような大きいアーチを描く太刀筋。大振りだが威力の大きい型。

 

 

 

 他にも『衣掛(ころもがけ)』『浮木ノ太刀(うきぎのたち)』『法輪剣(ほうりんけん)』と、次々と型をこなしていった。

 あと一つ『綿中針(めんちゅうしん)』という型もやりたかったが、これは防御から反撃に移る型なので、どうしてももう一人の稽古相手が必要になる。

 

 以上が、僕が昨日エカっぺに教わった至剣流の型だ。

 

 エカっぺは、型の大まかな動きだけでなく、その型に用いる足捌き、手の内、呼吸や意識なども教えてくれた。

 力任せでは本来の技の威力は出ない。

 型の要訣をしっかり守ってこそ、ちゃんとした技としての機能は発揮される。

 それを踏まえて何度も反復練習すれば、速さも、鋭さも、どこまでも磨きがかかる。

 

 渋々といった態度で「復習」を手伝ってくれた彼女だったが、その教え方は思いのほか丁寧だった。やっぱり優しい子だ。

 

 本当なら、型稽古というのは二人一組になって、打太刀(うちたち)仕太刀(したち)に分けて行うものだ。そうすることで間合いとか駆け引きとかの感覚を養っていく。

 

 でも、夏休み中、ずっとエカっぺを引っ張り込むわけにもいかない。彼女にだって予定があるはずだ。

 

 なのでここからは、自分の力でどうにかする。

 

 僕は器用な方ではないが、集中したり熱中することだけは得意だ。

 

 実績はある。七歳の頃から模写にハマり、いろんなものを模写しまくった。

 

 風景はもちろんのこと、人間、植物、動物、昆虫、果てには丸めたティッシュペーパーまで、あらゆるものを。

 

 とにかく熱中した。部屋には書ききったスケッチブックが今もたくさん保管してあるし、小学校高学年の頃はコンクールの最優秀賞も何度か取ったことがある。

 

 一方で、熱中しすぎて周りが見えなくなったり、周りをいらぬ騒動に巻き込んでしまうこともあった。

 

 模写は所詮、現実にある様子を絵として写し描いたものにすぎない。では、よりド派手でグロテスクな現実を自分の手で作り出してやれば、もっと凄みのある絵が描けるのでは——そんな要らぬ探究心が災いし、小学校五年生の頃に起こしてしまった「虫籠事件(むしかごじけん)」という珍事件は、今なお我が家のトラウマとして記憶に刻み込まれている。僕も反省している。

 

 熱中しつつも、自制を忘れずに。僕は己を戒めた。

 

 まず、自分一人でどれだけ上達が見込めるか試してみよう。

 

 独力の限界を知ったら、それを超えるために、ちゃんとした師匠を探そう。

 

「よし……じゃあまずは『石火』から反復練習だな」

 

 僕は木刀を「陰の構え」にし、一人稽古を開始した。

 

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