【漫画化】帝都初恋剣戟譚 作:新免ムニムニ斎
それなりに広い部屋だ。
しかし両隣に建物があるためか、窓から入ってくる光は少なく、昼の時間帯でも薄暗い。
その微かな光が、麻雀牌の広げられたテーブルや椅子、そして武器を片手に僕の周囲を囲む男達の剣呑な表情を現していた。
僕はベルトの左腰に差してある木刀の存在を確かめながら、様子をうかがう。
「おまえ、何ものだ!」
男の一人が手に持った棒を掲げて、片言の日本語でそう強く訊いてくる。
いや、何者だ、はこっちの台詞なんだけど……
「いや、名乗ったじゃないですか。僕は
もう一度の自己紹介を、僕は早速うんざりした気分になりながら告げた。
しかし、それをちゃんと聞いていたのかいなかったのか、再び周囲の一人が片言で強く問うてきた。
「なぜ
「いや、だからそれも言ったじゃないですか。買桂芳さんにはお世話になったから、お礼をしに来たって」
「嘘つくな! 買桂芳の命ねらってるだろ!?」
「だから違いますってば!」
ああもう、泣きたい。何度この問答を繰り返せばいいんだ。
僕は目の前の状況の意味不明さを心中で嘆きつつ、ここまでに至った経緯を思い返した。
——ここは帝都東京ではない。神奈川県横浜市にある中華街である。
今朝早くに電車に乗り、遠路はるばるこの横浜までやってきた。
「買桂芳」という女性を探すためだった。
無論、その理由はこの連中の言っているような「狙う」なんて物騒なモノではない。……お世話になったお礼を言いにきたのだ。左手の紙袋に入っている老舗菓子屋の
そのために僕は、この中華街にいる人に、片っ端からその居所を尋ねて回った。買桂芳さんが横浜のこの街に在住していることはすでに聞き知っていたからだ。
尋ねて回っているうちに……買桂芳さんのもとへ案内してくれるという人達が現れた。
そうしてホイホイ付いていった結果——この体たらく。
アヤシイ大人について行っちゃいけません、という学童の初歩の初歩も忘れた愚かな行動の結果である。
僕を取り囲む男達は、仲間内で何か口々に話している。明らかに日本語ではない。そしてここは中華街。つまり中国語だ。
「その左手のものはなんだ! 爆弾ちがうか!?」
次なる尋問に対し、僕は努めて落ち着きながら、抑制された口調で答えた。
「いや、爆弾なんかじゃないですってば。羊羹です。帝室御用達の老舗菓子屋の高級羊羹。贈り物にと思って」
「ならそのようかんの中、毒入ってるな! 買桂芳、毒で殺す気だろう!?」
「入ってないってば! もう、この分からず屋!」
せっかく無理して作った冷静さも崩れ、僕は声を荒げた。ああ言えばこう言うとはこのことだ。
一方で、今の会話はとても
この人達がいま僕に対して行っているのは、明らかに強盗の類ではない。尋問だ。……買桂芳さんを探す僕に「なんで探しているんだ」と問う形の。
武器までチラつかせている所も見るに、買桂芳さんは彼ら中華街の人間にとって重要人物であり、かつ武力行使も選択肢に入れてでも守るに値する存在であるということだろう。現代医学ですら
僕の右手は、左腰の木刀に伸びかかっていた。さっきから彼らと言葉を交わして、もう問答は無駄になると予想できていたからだ。
「
その右手を、男の一人が掴んだ。
成人男性の無骨な腕力に、僕の武人としての神経が敏感に反応した。体がほぼ自然に、慣れ親しんだ帝国制定柔術由来の崩しを行った。ぐえっ、と背中を床に打った拍子に呻く声。
「——這個臭小鬼!」
その呻き一つで、たちまち全員が気炎を見せた。
僕も木刀を抜き、右手で握って構えた。剣の握りを知覚すると同時に、全身の感覚が冴え渡るのを実感。
……囲んでいる人数は十人を下らない。数の差は歴然だが、刃物持ちが一人もいないのが幸いか。おそらく僕を殺す意図は無く、拘束して叩きのめして無理やり素性を聞き出す腹づもりなのだろう。どんな聞かれ方をしたところで同じ事しか言えないのだが。
呼吸を整え、気を整え、自分を囲む人の輪を伺う。そこから誰かが突出してきたら、機先を制するのだ。機を待て。
暴れ出したい衝動を制して静かに出方を伺い——
一番乗りとばかりに勢いよく飛び出してきた一人の若い男が、棒を両手で振り上げながら右足で前蹴りを繰り出してきた。明らかに素人のものではない、重さと鋭さの宿った蹴り。これを避けたとしても、次の瞬間には踏み込んで棒を振り下ろすつもりだろう。
だったら——
「っ!」
無音の気合とともに、僕は滑るように斜め左へ進み出た。木の刀身は何も無い場所を蹴り抜く脚の上をすれ違い、僕が男の右側面へ深く踏み込むと同時にその胴へ鋭く吸い込まれた。……至剣流『
短い悲鳴とともにぶっ倒れるそいつ。だがそれで怯まない程度には場慣れしている連中のようだ。僕から一番近い奴が真っ先に向かってきた。
あぁもう! と僕は左肘に提げていた羊羹の紙袋を顔に投げつけ、それに怯んだ一瞬の隙を突く形で駆け出した。せっかくの高級羊羹だが、今は身の安全が第一だ。
「どけーっ!!」
至剣流『
祈るような気持ちでドアノブを捻ると、ドアは無事に開いた。鍵は無かったようだ。
ドアの外で待ち構えていた男三人が僕を取り押さえにかかるが、僕はそれよりも速くその隙間を抜けて走行を続ける。あの部屋へ放り込まれるまでの道のりはどうにか覚えていたので、それを頼りにどうにか
ようやく外へ出られて開放感がすごかったが、まだ安心はできなかった。武器を持った男達が、果物屋からワラワラ湧き出してきたからだ。
中国語で何事か喚きながら僕を追いかけてくる彼らから、僕は懸命に足を走らせて逃げ続ける。大勢の観光客が歩いているが、僕はその人と人の隙間を上手いこと縫って円滑に逃走を続ける。反面、後ろの連中は人波を渡るのに難儀している様子。
すいすいと思い通りに進んでいて、少し調子に乗っていたからだろうか。どんっ、と人とぶつかってしまった。硬い感触。
「ったっ……す、すみませ……」
ぶつかった人に詫びようと視線を向け、そして僕は固まった。
「…………秋津くん、君こんなトコでなにやってんの」
ぶつかった相手は、困惑したような呆れたような表情で僕を見下ろす丸サングラスの男、
……今回、僕が遠路はるばる横浜に来た