帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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天狗、そして取引《上》

 地図に書いてあった場所へ脇目も振らずに向かうと、その場所は廃工場だった。周囲には人っ子ひとりいない。

 

 ところどころ錆びついた分厚い鉄の引き戸を横に押し開ける。

 

 ガラガラガラ、ダァーン……という音がやたらと内側に反響するのは、モノがあまりに少なくてスペースが広いからだろう。

 

 しかし、奥に人の姿が見える。

 

 一人、二人、三人…………十五人いる。いずれも木刀で武装している。

 

 その人数差に一瞬怖気付くが、エカっぺの身柄がかかっているのだと再認識するやすぐに憤りが勝り、僕の足に進む力を与えた。

 

 最奥へ、やってきた。

 

「——あ、来たんだ?」

 

 男達の群れの真ん中を割って歩み出てきたのは、天狗の面を被ったフードパーカー姿の長身の人物。

 

 声からして若い男。そして周囲の者が道を譲ったところを見るに、明らかにリーダー格。

 

「コウッ……!?」

 

 さらに、奥の方からエカっぺの声。写真と同じく、両手足を拘束されたまま壁際に横向きに寝転がっているという有様だった。

 

「エカっ……!」

 

 それを見た瞬間、僕は目の前の邪魔な十五人を蹴散らしてエカっぺに向かっていきたい衝動に駆られるが、あまりにも多勢に無勢なので、否応無く落ち着かざるを得ない。

 

 多少冷えた頭で考える。

 

 ロシア人だからという理由で因縁をつけた可能性は皆無だろう。もしそうであれば、わざわざその写真を僕に送りつけてくるわけがない。何かしらの取引の意思を感じる。

 

 いや待て、そもそもどうしてこいつらは、僕とエカっぺが友達だって知ってるんだ? あんな手紙をよこしたということは、僕らの関係性を確実に知っていたということだ。

 

 こいつらと僕は、面識など何もない。あの天狗面の男はなおのこと。

 

 だが、それよりもまず、言うべき言葉がある。

 

「エカっぺを返してください」

 

 返してもらえるとは思っていないが、言うだけ言う。

 

「やだね。このバレリーナは取引材料だ。返すつもりならハナからこんな風にさらって君を呼んだりしないよ。君の大事なお友達なんだろう? 秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)くん」

 

 案の定、天狗面の男はエカっぺを返す意思を一切見せず、それから予想していたとおり「取引」という趣旨を口にした。「バレリーナ」というロシア人女性への蔑称を交えて。

 

 僕の名前を知っていたことには驚いたが、今気にする点はそこではない。

 

「何が目的ですか」

 

 僕は左腰の木刀に手をかけ、怒気を押し殺した声で問うた。

 

 叶うことなら、この木刀を抜き放ちたい。あのふざけた天狗の仮面を打ち据え、その正体を拝んでやりたいと思った。

 

 しかし同時に、「それはできない」とも思っていた。

 

 エカっぺの身柄が相手にあるから? それだけではない。

 

(この人——強い)

 

 立ち方、ちょっとした仕草を見ただけで、それが分かってしまったのだ。

 

 僕が知っている「最強の人物」……螢さんや望月先生と、同じ感じがする。

 

 あの二人に匹敵するくらいの実力の片鱗が、見て取れる。

 

 理屈では無い。「分かる」のだ。

 

 強者を普段から見続けているからこそ、その強者の立ち振る舞いにどれほど近いのかが分かってしまう。

 

 この天狗面の男は——限りなく螢さん達に「近い」。

 

(……待てよ? ()()()()? 確か、どこかでその話を聞いたような……)

 

 僕は記憶を探り、案外すぐに引き当てた。

 

「『天狗男』——あなたはもしかして、帝都にいる色んな不良集団を一人で潰して回っているっていう……」

 

 僕の言葉に、目の前の天狗男が嬉々として口を開いた。

 

「あ、俺のこと知ってたんだ? そうだよ。帝都東京にうごめくゴキブリの群れをプチプチ潰して回ってるのはこの俺さ。この間も『雑草連合(ざっそうれんごう)』とかいう小生意気な連中を踏み潰したばっかりだよ」

 

「『雑草連合』を……!?」

 

 驚いた僕に、天狗男は少し考える仕草を見せた後「ああ」と合点がいったように手を叩き合わせた。

 

「そういえば君、そこのボス猿……香坂伊織(こうさかいおり)()り合って勝ったんだってね」

 

「えっ……」

 

 なんで、それを知っているんだ。

 

 僕の名前といい、僕がエカっぺと友達であることといい、香坂との関わりといい……

 

 あまりにも、僕のことを知り過ぎている。

 

 いや、待て。今考えるのはそこじゃないだろう。

 

 本題を忘れるな。

 

「もう一度聞きます。何が目的ですか」

 

「あぁ……ごめんごめん、話が逸れてたね。んじゃ、本題といこうか。——秋津光一郎くん、俺たちに()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「は……?」

 

「いや、「は?」じゃなくてさ。もっかい言うよ。……この女を無傷で返して欲しいならさ、こいつの代わりに君が俺らにやられて不具者(ふぐしゃ)になってよ」

 

 二度目を言われてもなお、言っていることを理解するまでにしばらく時間を要した。

 

 ようやく理解した途端、強烈な反感が心の奥底から吹き上がった。

 

「ふ、ふざけるな!! 冗談じゃない!! 僕がなんでそんなことされなきゃいけないんだ!? なんでそんなことのためにエカっぺがさらわれないといけないんだ!?」

 

「それを君が知る必要はないんだよ秋津光一郎くん。ただ一つ教えてあげられるのは、このロシア女が君の「唯一のお友達」だから白羽の矢が立った、という事実だけだよ。……それにしても物好きだよねぇ、周りから距離を置かれると分かっていながら、わざわざ露助を友達に選ぶなんてさ。まぁだからこそ、この女の()()()()()()()()が分かるんだけど」

 

「勝手な事を言うな!! エカっぺを返せ!! でないと——」

 

「でないと、どうなるの? なに木刀に手ぇかけてんのさ。まさかその木刀で俺たちを成敗でもする気? 無理でしょ。君が『望月派』から本格的に剣術を習い始めたのは今年の九月初め。まだ一ヶ月ちょっとしか経ってないじゃないか。まぁ確かに、『雑草連合』のボス猿を倒したんだから調子に乗っちゃうのも無理はないかもだけど、剣の世界でもマグレ勝ちはあるんだ。マグレで強くなった気分になったって現実は変わらないんだよ?」

 

 さらりとその天狗面から、僕が剣術を学んだ日数が口にされる。

 

 どういう事だ。なんでそんなところまで知っている。

 

 この男は、僕の事をどこまで知っているんだ。

 

 ここまで僕の事を調べたということは、この状況は単なる憂さ晴らしのためのものである可能性は低い。僕を狙うという方針を明確に固めた計画性を強く感じさせる。

 

 しかし、なぜ僕を狙う?

 

(いや待て。その前に……()()()()()()()()()——)

 

 その先を考えようとした途端、エカっぺが冷たく言った。

 

「——やりなさいよ」

 

 僕と、天狗男の注目がエカっぺに集中する。

 

「お前、今なんて言ったの?」

 

「やりたきゃとっととやれ、って言ったのよ。そんなお面してなきゃケンカもまともに出来ない根暗のあんたにね」

 

「……黙れよバレリーナ。マジで()()よ?」

 

 底冷えした天狗男の声に、エカっぺは烈火のごとく言い放った。

 

「だからやりたきゃやれって言ってんのよ!! コウに怪我させるくらいなら、あたしが喜んで身代わりになってやるわよ!! ほら!! 早くしろこの変態!! 腰抜け!! サバーカ!!」

 

 天狗男は無言でエカっぺを蹴り転がした。

 

「……もういいや。お前、死ねよ」

 

 手に持った木刀を振り上げ、エカっぺに近寄っていく。

 

「っ!!」

 

 もはや出る時だと感じた僕は、左腰の木刀を抜きながら、エカっぺめがけて突っ走った。

 

「——抜いたね?」

 

 天狗男はまるで言質(げんち)をとったようにそう言うと、顎を軽くしゃくった。

 

 取り巻きの男達が、木刀やら長棒やらといった各々の武器を持って動き出した。

 

「どけぇ————っ!!」

 

 僕は刀を全身にまとわりつかせるような太刀筋を伴い、取り巻きの群れの中に突っ込んだ。『旋風(つむじ)』の型である。攻撃だけでなく、敵を寄せ付けない防御にもなる攻防一体の型。

 

 しかし、僕の『旋風』は、長棒を持った男に止められてしまった。

 

 返す刀で棒の一撃が来るよりも早く僕は木刀を引き戻し、型を変更した。『石火(せっか)』の型。火花が跳ねるような速度で突き進んだ僕の物打ち三寸が、案の定真っ直ぐやってきた長棒の反撃を激しく打ち、そして跳ね飛ばした。

 

 どうにか防げたが、敵は一人だけではない。複数人いるのだ。

 

 僕は今、初めての一対多数を経験していた。戸惑っている暇は無い。僕はとにかく拙速に、思考を極力挟まず機械的に動いた。

 

 飛び込んでくる木刀や長棒を、とにかくめちゃくちゃに自分の剣を振り回して防ごうとするが、腕が不思議と滑らかに動いていて、なおかつ手堅い防御が出来ていることに気づいた。

 

 しばらくして実感する。——これは『綿中針(めんちゅうしん)』の動きだ。

 

 僕はこの型を使おうと考えたわけではない。それが出てきたということは、それだけ僕の体に染み付いているということだ。

 

 それを嬉しく思うが、今はそれだけでは切り抜けられない状況だ。

 

 数で負けている分、どうしても防戦一方である。

 

 ときどき反撃を入れるが、それも上手く決まらない。

 

 それに、どれだけ防げていても、いつかは必ず瓦解する。まして、一対多数が初めてな僕はなおのこと。

 

「うわっ……!?」

 

 足元を長棒が絡めとり、それによって大きく重心が崩れた。

 

 うつ伏せに倒れる。

 

 これはいけないと素早く立とうとするが、それよりも早く背中を踏まれた。針で標本に留められた蝶のように、コンクリートに縫い止められた。

 

「っ……このっ……!」

 

 僕はどうにか全身の力で立ちあがろうと足掻くが、さらに数人に上腕と脚を踏まれてそれを阻止されてしまう。

 

 視線の先には、縛られて寝転がったエカっぺと、その隣に立つ天狗男。

 

「交渉決裂か。じゃあしょうがない……二人とも壊れてもらおうかな」

 

 言うや、天狗男はエカっぺへ視線を向けた。

 

「や、やめろっ! エカっぺに乱暴するなっ!!」

 

「言っただろ? 「こいつの代わりに」ってさ。——君が交渉に応じていれば、壊れるのは君だけで良かったんだよ」

 

「やめろ——!!」

 

 立とうとさらに力を込めるが、それでも立てない。

 

 己の無力さと、絶望的状況に、焦燥感ばかりが無尽蔵に湧いてくる。

 

 その時だった。

 

 

 

「————オラァ!! 邪魔すっぞコラァ!!」

 

 

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