帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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天狗、そして取引《下》

 鉄扉が、強引に開かれた。

 

 それと同時に廃工場に飛び込んできた怒号は、聞き覚えのあるものだった。それも、つい最近。

 

 鉄扉の方角から、足音が近づいてくる。一人、二人、三人と増えていき……やがて無数の重複を成す。

 

 天狗男とその仲間は、鉄扉の方を向いて固まっていた。気持ちがそちらに行っているためか、僕の背中と二の腕を圧迫する足の力が弱まり、身をよじる程度ならできるようになった。

 

 僕は一生懸命体の方向をずらして、鉄扉の方へかろうじて視線を向けることができた。

 

 外からこの廃工場へ向かって、軽く目算して二十人を超える男達がぞろぞろと歩み入ってきていた。格好はみんなバラバラだけど……木刀を持っている点と、どこかしらに怪我を治療した跡を持っている点だけは共通していた。

 

 その集団の先頭を悠々と、しかしどこかよろつきのある足取りで歩んでいたのは、先ほどの声の主。

 

香坂(こうさか)伊織(いおり)……?」

 

 僕の口から自然と漏れ出た固有名詞に、香坂さんはニヤリと破顔する。

 ……頬は腫れ上がっており、その上にでかい絆創膏を貼っている。さらに目立つのは、首から布でぶら下げられた右腕だ。折れているのか。見ていて痛ましい。

 

「よぉ、しばらくぶりだなぁ、秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)。……ったく、こんなカス共になんたるザマだよ? お前は仮にも俺に勝った男だぞ。もうちょいシャンとしろや。でねぇと俺の立つ瀬がなくなんだろうがよ」

 

「え、えっと……」

 

「何まごついてんだよ? …………あぁ、そういうことか。ははっ、安心しな。別にお前に報復しに来たわけじゃねぇよ。そもそもあれは俺とお前のケンカであって、後ろの『雑草連合』は関係ねぇからよ。——喜べ。今回の俺は、()()()()()だ」

 

 そこまで言うと、香坂さんは視線を天狗男に向けた。

 

「よぉ、クソ天狗。一週間ぶりくらいか? また会えて嬉しいぜ」

 

「……誰かと思えば、この間の負け犬じゃないか。報復にでも来たってわけ?」

 

「そのまさかよ。病院抜け出して、あちこち回ってテメェらの溜まり場探して、ようやくたどり着いたってわけよ。……へぇ。クソ天狗の他にも見覚えあるメンツがいやがるな。光一郎クンを踏んづけてやがるのは、確か『風林火山(ふうりんかざん)』『帝都鉄騎隊(ていとてっきたい)』『神武刀勢(しんぶとうせい)』のボスどもだな。天狗野郎にチームごとぶちのめされて持ち駒に堕ちたってわけかい。気合い入ってんのはチーム名だけかよ、あ?」

 

 煽るような言い方に、僕を踏んづけている連中から殺気が醸し出された。

 

 天狗男も、静かな、しかしそこはかとなく威圧を感じさせる声色で言った。

 

「……どうやら左腕も惜しくないみたいだね」

 

「心配すんな。代わりにテメェの片腕へし折ってやんよ。こっちが何人いると思ってんだ?」

 

「最近の剣客はなってないなぁ。数を集めた途端に強気になる」

 

「言ってろ平和ボケ。何がなんでも勝てってのが、宮本武蔵のモットーだ。いっぺん五輪書読んどけ」

 

「そんな怪我人揃えた程度で俺に勝てると? 怪我人が重傷者になるだけじゃない?」

 

「はっ。大した自信じゃねぇの。やっぱし『至剣』を持ってる()()()は言うことが違うねぇ」

 

 ……えっ? 今、「宗家」って。

 

 耳を疑う僕をよそに、香坂さんはさらに追い込むように言った。

 

 

 

 

 

「なぁ、お前なんだろ? ——至剣流宗家嘉戸(かど)一族、その現家元の馬鹿息子、嘉戸輝秀(てるひで)くんよぉ」

 

 

 

 

 

 その発言に驚いたのは僕だけではなかった。

 

 『雑草連合』も、さらに天狗男の仲間達すらも驚いていた。

 

 エカっぺも。

 

 そんな中で、香坂さんと、そして天狗男の二人だけが、悠々と構えていた。

 

「……『至剣』を持っている程度で宗家扱いは短絡的じゃないの? あの偉大なる嘉戸宗家と間違えるなんて、畏れ多いにもほどがある」

 

「おーおー、自画自賛ご苦労さんって感じだわ。上の兄貴二人と違って、お家が自慢なだけの輝秀お坊ちゃんよぉ。その天狗の面の下、さぞ焦ったツラなんだろうなぁ?」

 

 天狗男が呆れたように両掌を上へ向ける。

 

「何の根拠があって、僕を嘉戸輝秀氏などと間違えたんだい? まず理由を聞きたいところだね」

 

 香坂さんが負けじと鼻で笑い、説明を始めた。

 

「——テメェにぶちのめされて以来、俺はずっとテメェを探し回っていた。まずはテメェが暴れてたっていう場所をしらみつぶしに当たって、そこからさらに暴れる頻度の多い場所を選別して、その辺りで重点的に情報を集めた。……そこで、テメェが今年の春から暴れるようになったという情報を掴んだよ。そこからさらに情報を集めて、その正確な時期が四月二十日以降であると分かった。そこで俺は思い出したよ。今年の四月十九日、武芸界にこんなニュースがあったことをな」

 

 そこで一度区切り、続けた。

 

()()()()()()()()()()()()ってニュースだ」

 

 僕の心臓が跳ねた。

 

 螢さんが、宗家の人と戦っていた……!?

 

「嘉戸輝秀は女遊びが激しいことで有名だ。見た目が良くてその上家柄も良いとなりゃ、女なんざ掃いて捨てるほど寄ってくる。遊ぶ女に不自由なんかしなかったって話だ。そんな奴が女相手に剣で惨敗して、おまけに男としても袖にされたとなりゃ、自尊心が傷つくってレベルじゃねぇだろうよ。そりゃ()()()()()()()()()()もしたくなるわ。なぁ? 望月螢に負けた嘉戸輝秀おぼっちゃま?」

 

 転瞬、天狗男から殺気が湧き出した。それを僕でも感じられた。

 

「その面外してみろよ。きっとその天狗面と同じくらい真っ赤で、見分けがつかねぇだろうからよ」

 

 煽るように言う香坂さん。

 

 すると、天狗男は一気に殺気を納め、鎮静化した。

 

「……馬鹿馬鹿しい。まだまだ証拠として苦しいじゃないか」

 

「だからその邪魔な仮面を取れっつぅ話よ。そうすりゃ一発だ。オラ、さっさとツラ晒せやタコ助」

 

「付き合ってられないな。……おい、お前達。この目障りな奴らを黙らせろ」

 

 天狗男が手下にそう命じる。

 

 手下の一人がおずおず言った。

 

「で、でも相手の人数の方が上ですよ?」

 

「じゃああいつらの代わりに俺がお前達を叩きのめそうか?」

 

「っ……わ、わかりました」

 

 怯えた手下達は、しぶしぶといった顔で各々の武器を構えた。

 

 香坂さん率いる『雑草連合』も、腰の木刀を抜いた。

 

「——ぶちのめせぇぇぇぇ!!」

 

 香坂さんのその怒声を引き金に、(とき)の声を上げて『雑草連合』が突き進む。

 

 全員怪我人だが、士気は満々。

 

 一方、天狗男の手下は無傷だが、士気も頭数も半分以下。

 

 予想していた通り、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)であった。

 

 天狗男の手下達は、『雑草連合』によってあっという間に押しつぶされた。

 

 僕を踏んで押さえ込んでいた連中もやむなく飛び出したが、あっけなく返り討ちとなった。

 

 もはや、勝敗は見えていた。

 

 だけど——天狗男が、まだ動いていない。

 

「やれやれ……役に立たない奴らだなぁ」

 

 天狗男はため息混じりに言うや、足元のエカっぺから離れて前へ出た。

 

 もはや手下はほぼ全員叩かれ、無傷なのは天狗男一人だけ。

 

 にもかかわらず、その歩みは悠然としていた。

 

 気圧されたのか、『雑草連合』の動きにぎこちなさが生まれる。

 

 それを押し殺すように再び叫びを上げ、天狗男めがけて一斉に押し寄せた。

 

 間近に迫る剣戟の波。だが、なおも落ち着き払った様子の天狗男。

 

 一番乗りで達した一人が、天狗男へ斬りかかる。

 

 間近に迫る木刀。

 

 天狗男はおもむろに左手の木刀を持ち上げる。

 

 次の瞬間——その木刀の刀身が煙のように姿を()()()()と歪めた。

 

 煙と化した刀身は、迫り来る木刀とぶつかりそうになるが、なんとぶつからずに煙のごとく通り抜け、剣の間合いの中にある横っ面を殴りつけた。

 

 無理やり横を向かされた体勢でぶっ倒れる雑草連合の一人。

 

 天狗男はなおも前へ出る。

 

 それを五人が同時に囲んだ。

 振り下ろし、薙ぎ、刺突、袈裟斬り、あらゆる軌道であらゆる方向から木刀が迫った。天狗男が木刀を振り回しても、いずれかの剣に防がれ、そこで止まったところをさらに他の木刀に叩き伏せられるだけだ。

 

 しかし、またも先ほどと同じ現象が起こった。天狗男の木刀の軌道が煙のように歪み、周囲から迫る木刀の群れをすり抜けて持ち主を殴りつけた。それを迅速に三回振った。

 

 たった三撃で、周囲を追い払った。

 

 それからもその謎の奇剣を振るい、『雑草連合』の群勢をたった一人であしらっていく。

 

(なんだ、あの技は……!?)

 

 煙のように消え、相手の攻撃や防御をすり抜けてしまう太刀筋。

 

 あの天狗の面も相まって妖術や神通力の類を一瞬疑ってしまうが、そんなわけがない。きっと何か法則があるはずだ。

 

(まさか……『至剣』?)

 

 摩訶不思議な剣技——真っ先に思い浮かべてしまうのはソレである。

 

 自分が死ぬ幻を見せ、本当に敵をショック死させてしまう、呪術じみた望月先生の剣技……『至剣』。

 

 それに、あの天狗男も、自分が『至剣』を使えることを否定しなかった。

 

 であれば、あの煙のように刀身がゆらめく剣技も、『至剣』であったとしてもおかしくはないはずだ。

 

 しかし、今はそれよりも。

 

(体の自由が戻った!)

 

 僕を拘束していた男達がいなくなったことで、僕を縛るものは何もなくなった。動ける。

 

 さらに、天狗男が現在前へ出て戦っているため、エカっぺが放置されている!

 

 チャンスは今しか無い。

 

 僕は左腰に木刀を差し戻すと、こっそりエカっぺに近づき、まずは両手首を縛る縄を解きにかかる。きつく結ばれていたので少し難儀したが、さほど複雑には結ばれておらず、どうにか解くことが出来た。

 

 続いて、両足首を固定している縄の解除へ取り掛かる。

 

「ごめんね、コウ、あたしのせいで……」

 

「君は悪くないよエカっぺ。僕は君が大切だからここに来たんだ。僕の意思で来たんだ。だから君は何も悪くない」

 

「コ、コウ……」

 

 何だかエカっぺの声が泣きそうな切なさを帯びるが、今はそれよりも縄の解除だ。

 

 その時、エカっぺが息を呑む声が聞こえたと思ったら、急かすように告げてきた。

 

「コウ! あの天狗野郎、こっちに気づいたわ!」

 

 僕はビクッとしてエカっぺの視線の先をたどる。天狗面の両目と我が目が合ったと思った瞬間、勢いよくこちらへ駆け出した。

 

 だが、その進行を『雑草連合』の面々が妨害する。

 

 例によってあの煙じみた剣技によって一方的に叩き伏せられるが、それでも倒れてすぐ起き上がってまた飛びかかっていく剣士達によって、天狗男の足がどうしても前へ進まない。

 

 もう時間は無い。まだ足首の縄の縛りは固い。それを解いている時間すら惜しい。

 

 僕は意を決して、エカっぺの背中と脚を両腕で持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこの形だ。

 

「きゃっ!? ち、ちょっ、コウッ!?」

 

 恥じるように上ずったエカっぺの声。人種由来の白い肌がはっきりと真っ赤っかだ。

 

「ごめんエカっぺ、我慢して」

 

 うん。恥ずかしいのは分かる。でも両足が縛られて閉じられた状態ではおんぶは出来ない。なので全身を横にして持ち上げるお姫様抱っこを選んだのである。

 

 とはいえ、

 

「お、(おっも)っ……!」

 

「重くないわよばかぁっ!! コウが貧弱なのよっ!!」

 

「いててててっ!? ご、ごめんなさい! ほっぺた引っ張んないでっ!?」

 

 先ほどとは別種の感情で顔を赤くしたエカっぺに頬をつねられながらも、僕は走り出した。

 

 両腕にかかるエカっぺの重みに耐えながら、一心不乱にしゃかしゃか足を動かし、廃工場を抜け出る。

 

 それから元来た道へと進む。

 

 僕は後ろを振り向くまいと思っていたが、遠く後方から足音がするのを聞き取ったので否応無く視線を後ろへ向けて確かめると、あの天狗男の手下が三人ほど追いかけてきていた。僕は「ひぃっ」と喉の奥を鳴らして、親から(たまわ)った足にさらなる無理を強いる。

 

 早く、早く、早く——

 

 何も考えず、ひたすら追っ手から遠ざかることに心身の力を費やし続けていると、ふとエカっぺが言った。

 

「コウ、あたしはもう大丈夫! 降ろして!」

 

 見ると、彼女の両足首を束ねていた縄が消えていた。僕に抱っこされている最中に自分で解いたのだろう。器用である。

 

 だけどこれで動きやすくなると感じた僕は、言われた通りにエカっぺを降ろし、二人で駆け出した。エカっぺという重い荷物——これ言ったら今度はビンタの一発でも頂戴しそうだ——を降ろしたことで、僕の足ははるかに軽やかになった。

 

 全速力で、人気のない路地をあみだくじのごとく駆け抜ける。

 

 やがて寂しい路地を抜け、車の通りの多い大道へと飛び出した。

 

「って、うわ!?」

 

 だが、全力ダッシュの勢いが余って制動が効かず、歩道の舗装の出っ張り部分に爪先を引っ掛けてしまった。ダッシュの慣性のまま僕の体が宙を舞う。

 

 幅の狭い歩道だったので、僕の体はあっという間に車道の端へと投げ出された。

 

「っとっ……!」

 

 どうにか受け身を取ることが出来たが、すぐ前に黒塗りの車のバンパーが迫っていた。

 

 僕は「わ!?」とびっくりして身構えるが、車の方が反応が早かったようで、少し前で停車した。

 

「おい、気をつけろ! 轢いたらどうするんだ!?」

 

 案の定、運転席から年配くらいの男の運転手が出てきて、怒号を発してきた。

 

 ごめんなさい、と謝罪しようとしたが、後部座席左側のドアも開いて、そこからとても大柄な羽織姿の老夫がヌッと姿を現した。

 

「コウ坊ではないか。こんな所で何をしている?」

 

 誰あろう、望月源悟郎(げんごろう)先生であった。

 

 そういえばこの車、見覚えがある。……そうだ。僕が以前、葦野女学院(ヨシ女)に来た時、螢さんが乗っていた車だ。

 

 つまりこれは、望月家が使っている移動用の車両。

 

 なんという幸運か!

 

「すみません望月先生! どうか僕達を乗せてもらえませんかっ!?」

 

 運転手が何か言おうとするのを望月先生が手振りで制してから、尋ねてきた。

 

「何があった?」

 

「僕達、変な奴らに追われているんです! だからお願いします! 乗せてください! 早く!」

 

 こちらの懇願を聞き、望月先生は一瞬の間を置いてから「乗りなさい」と促す。

 

 それに対してドライバーのおじさんが物申してくる。

 

「えっ? し、しかし閣下」

 

後藤(ごとう)君、この子はわしの弟子だ」

 

「閣下のっ? しょ、承知しましたっ」

 

 承認を聞き取ると、望月先生は再び促してきた。

 

「さ、乗りなさい。そちらのお嬢さんも一緒にな」

 

 エカっぺはピクッと反応し、鋭く頷いた。

 

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