帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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三本勝負《五》

「……やる気のようだな」

 

 大稽古場の中央で待つ光一郎(こういちろう)を見て、寂尊(じゃくそん)は無感情にそう呟いた。

 

 輝秀(てるひで)は小馬鹿にした一笑とともに返す。

 

「忠告はしたんだけどなぁ。やれやれ、被虐趣味でもあるのかな。それとも己の力を過信しているのか。……まあいいさ。いずれにせよ、来るんならやるさ。至剣流の先達として、思い上がった子供にきっちり道を教えてやんなきゃねぇ」

 

 木刀を取り、ぐるぐると肩を回しながら中央に向かう輝秀。まるでやりたくもない体育の授業に渋々参加するような、少なくとも剣の勝負をするのとは程遠い緊張感の無さだった。

 

 そんな末弟の背中に、寂尊は告げた。

 

「……輝秀、油断はするな」

 

「あ? 何言ってんの? どう見ても超格下じゃない、あのチビ」

 

「その通りだ。だが……どうも、()()

 

 寂尊はそう言った。

 

 それは、油断を嗜め、気を引き締めさせるための嘘ではなかった。

 

 ……さきほどから光一郎の目は、輝秀だけを見続けている。

 

 これから戦う相手に意識が集中するのは当然のことかもしれない。

 

 けれど、そんな光一郎の目からは、緊張感や敵意ではない「別の何か」をほのかに感じた。

 

 「何かある」と、寂尊の「読み」が告げている。

 

「あの少年から……そこはかとない、危険な匂いがする。くれぐれも用心しろ」

 

「ビビリ過ぎだよ、寂尊兄ぃ。あんなんアリンコと一緒さ。簡単にプチッと踏み潰せるよ。……サクッと勝って、『望月派』の命脈を完全に絶ってくるさ」

 

 輝秀は余裕な態度を変えることなく、光一郎の元へと歩んでいった。

 

 寂尊は、輝秀ではなく、ひたすら光一郎のみを見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輝秀が大稽古場の中心へやってきた。お互い、十メートルほど距離を離して向かい合う。

 

「やぁ、お待たせ。とうとう来たね、『望月派』終焉の時が」

 

 そう余裕そうに言う輝秀。

 

 僕はそれに黙って睨みを返し、木刀を「正眼の構え」にした。

 

 御託はいいからかかってこいと、無言に告げる。

 

「……なってないなぁ。確かに剣を本格的に学び始めて一ヶ月というのを考えれば、十分以上に練られた構えだよ。でも、それじゃ俺達皆伝者には届かない」

 

 輝秀は鷹揚に言いながら、同じ「正眼の構え」を取った。

 

 思わず息を呑む。

 

 軽佻浮薄を絵に描いたような輝秀が、まともに構えたからではない。

 

 ——なんて、存在感の濃い構えだ。

 

 螢さんや望月先生の構えに見られたような、言い表わせないような「凄み」を感じた。こんな男から。

 

 実際には目視できないはずの間合いのラインを、濃く幻視する。その中に入ることが「敗北」を意味すると、直感で感じる。

 

 僕の手が、一瞬震えをきたした。なのでギュッと強く柄を握り、力づくでストップさせる。

 

 そんな僕の内心の畏れを見透かしたように、輝秀が余裕の微笑を浮かべ、次のように「提案」してきた。

 

「そうだ。良い事を思いついたよ。——最後に、俺が君に稽古をつけてあげようじゃないか。叩き潰すのはとても簡単だが、それではつまらないし、君が可哀想だ。君が()()()()()()に触れられるのは、今が最後になるだろう。だからせめて、俺が直々に指南してやろうじゃあないか。感謝しなよ? 免許皆伝者、それも嘉戸宗家の人間に一対一で稽古をつけてもらえるなんて、帝室でもなければ叶わないことなんだから」

 

 僕は輝秀の顔をまっすぐ睨み、疾駆した。

 

「馬鹿にしてっ!」

 

 全力で地を蹴り、三歩で輝秀の間合いへ入る。用いるのは『旋風(つむじ)』の型。

 

 頭から爪先までを糸のごとく巻き付いて包む太刀筋を身にまとい、輝秀めがけてぶつかりにいった。

 

 だが、僕の木刀が、垂直に立てられた輝秀の木刀とぶつかった瞬間、

 

「うわ!?」

 

 木刀ごと、僕の身が横へ放り出された。

 剣同士の接点から一瞬発生したものすごい力によって体を思いっきり引っ張られ、体勢を崩したのだ。

 

 体勢を大きく崩した僕へ、輝秀は身を翻しつつ木刀を振り、首筋で寸止めした。

 

「——これが『颶風(ぐふう)』の型さ。受け流しながら身を翻して背後から斬る。特有の口伝(くでん)があってね、正しく上達させれば最初の受け流しで相手の体勢を崩せるようになるからさらに斬りやすくなるよ」

 

「このっ!」

 

 僕はすでに右耳隣で剣を垂直に構えた「陰の構え」になっていた。そこから発するのは鋭く前へ跳ねる切っ尖の一太刀『石火(せっか)』。

 

 だが、僕の『石火』は、輝秀の木刀に触れた瞬間、かぁん!! と快音を立てて弾かれていた。

 

 木刀を引き戻して「陽の構え」になっていた輝秀が、ガラ空きとなった僕の前面へ、僕のよりはるかに鋭く疾い『石火』を放ち、頬で寸止めさせた。

 

 恐ろしく迅速な、防御と反撃。

 

「今のが『雁翅(がんし)』だ。『()()()()()()()形で鋭く刀を引き戻しつつ相手の剣をさばき、次の瞬間にガラ空きの相手へ『石火』を叩き込む連続技だよ。雁の羽ばたきに似ているからこの名が付いたのさ」

 

「うるさいっ!!」

 

 そう吐き捨てた僕は『綿中針(めんちゅうしん)』の防御の太刀筋で輝秀の木刀を外側へ退けつつ、輝秀の喉元にまっすぐ向いた切っ尖を体ごと突っ込ませた。

 

 かぁん!!

 

「でっ……!?」

 

 だが、僕の木刀に突如凄まじい力が叩き込まれ、勢いよく横へ弾かれて稽古場の床を滑った。

 

 いつの間にやら、僕の喉元の一寸先で、輝秀の切っ尖が停止していた。

 

「——『鴫震(しぎぶるい)』。君が今使った『綿中針』の動きをコンパクトにして、ほぼ一拍子で防御と刺突を繰り出せるようにした技さ。最初の防御の()()()が少し難しいけど、『綿中針』をよく練っておけば習得は早いよ。まさに『四宝剣』という根幹の先にある(こずえ)だね。——何してるの? 早く拾いに行きなよ。それとも降参? それなら良いよ別に」

 

 僕は悔しげに表情を歪めると、輝秀から目を離さぬまま木刀を拾いに行った。

 

 拾ってから再び輝秀と相対し、接近。僕の剣の間合いに納めた瞬間、素早く「陰の構え」となり、次の一瞬には『石火』を疾駆させていた。

 

 輝秀は再び『雁翅』という型で対応してきた。『石火』を逆再生させるような動きと太刀筋で僕の剣を外側へさばく。その次の瞬間には反撃の『石火』がやってくるだろう。

 

 だが、その前に僕は一気に攻め寄った。()()()()()()()()()()()()()()

 

「お?」

 

 輝秀もこれには泡を食ったようだ。

 

 接近に伴って引き戻した木刀をすでに「陰の構え」にしていた僕は、すかさず『石火』を打ち込んだ。

 

 当たったと思った。

 

 しかしさすがは皆伝者。間一髪のところで己の木刀を間に割り込ませて防御。木が衝突する硬い快音を響かせて跳ねた輝秀の木刀は上へ跳ね、頭上で円弧を描き、一周して、僕の側頭部でピタリと停止した。

 

 唾を飲みながら、思い出す。……今の型、葦野女学院(ヨシ女)で螢さんと戦った時に彼女が使っていたやつだ。確か名前は『風車(かざぐるま)』だったか。相手の太刀に込められた力を借りて己の太刀を周回させ、敵へ斬り返す技だ。

 

「……へぇ、『閃爍(せんしゃく)』の型が使えるなんてねぇ。それは切紙(きりがみ)を得た後じゃないと習わないはずなんだけど……なんでそれが使えるの?」

 

「せん……?」

 

「……あぁ、もしかして勘とインスピレーションだけで今の型を見つけたの? だとしたらなかなか凄いね君。才能あるんじゃないかな?」

 

 僕は聞く耳を持たず、攻勢を強めた。

 

 主に『四宝剣』に含まれる型で。それ以外の型はまったく練習していないので、頼れるのは『四宝剣』しかない。

 

 とにかく攻めて攻めて攻めまくった。

 

 しかし輝秀は、僕の決死の猛攻を余裕を崩さず全てあしらっていく。

 

 どれほど工夫しても、どれほど変則的に剣を振るっても、結果は同じ。驚き一つ見せずに対処し、反撃の一太刀を寸止め。

 

 こいつにとって僕の攻撃など、ノロい羽虫が飛んできた程度のものなのだろう。

 

「ほらほら、もっと頑張れよ! まだ擦りもしてないよぉ?」

 

 一方的なやり取りを繰り返す中、輝秀が笑い混じりでそう囃し立ててくる。

 

 剣士としての圧倒的なまでの実力差が、僕とこいつとの間にはあった。

 

 だからこそ——こいつは今、()()()()()()

 

 油断しているからこそ、ホイホイと自分の剣技を、惜しみなく見せてくれる。

 

 それが、()()()()()()()()()であるとも知らずに。

 

(狙い通りだ——)

 

 歯が立たないことに焦る風を表面で装いながら、僕は心中でそう舌を出した。

 

 ——輝秀の動きに含まれる「影響の連鎖」を、僕はこっそり見抜こうとしていた。

 

 動きをよく観察。

 相手が刻む動作の数々。それら全てに共通する一定の法則をブラッシュアップする。

 その法則をさらに精査し、各種の「体癖」ごとに動作種類を分類する。どのような「体癖」を見せたらどういう動きを次に行うのか、それを明確にする。

 それによって——嘉戸輝秀という剣士を「把握」する。

 

 それができれば、たとえ僕であっても、輝秀に対抗することができるかもしれない。

 

 愚直に剣を振り回すことだけが剣士の戦いではない。

 

 僕はそれを、昨日の望月先生との将棋で学んだ。

 

 たとえどれほどみっともなくても、それが勝ちに繋がる手段なら、恥を捨ててそれを行う。

 

 なにせ、この一戦には『望月派』の存亡がかかっている。なおのこと恥じらいなど抱いてはいられない。

 

「くそっ、このっ、なんで当たんないんだよぉっ!?」

 

 焦りを抱いた演技をしながら、ひたすら剣を発する僕。

 

 それを鼻歌交じりで受け流し、僕の知らない型で対応してみせる輝秀。

 

 ——不思議だった。

 

 ちょっと前だったら、こんなに剣を振り回していたら、息も絶え絶えだったはずだ。

 

 けれど、今は、さほど疲れていない。

 

 型の動きを用いる時、体に余計な力みを生むことなく、自然な感じで滑らかに振れる。

 

 『石火』『旋風』『波濤(はとう)』『綿中針』——これら『四宝剣』を、ほとんど苦も無く使える。

 

 構えから型へ移る時、その動きにカクカクとした()()()を生むことなく、シームレスに、流れるように行える。

 

(——ありがとうございます、望月先生)

 

 ここにはいない、剣の師に感謝を告げる。

 

 僕がここまで剣を振れるのは、ひとえに、望月先生の厳しくも熱心な御指南のお陰だ。

 

 その先生の恩義に報いるために、僕は最後まで諦めない。

 

 出来る事を、全力でやってやる。

 

「さぁ、今度はちょっとキツイからしっかり守れよぉ!? こいつが『迦楼羅(かるら)(けん)』だっ!」

 

「ぐっ————!?」

 

 体の前面で斜めに構えた木刀に、斜め上からの落雷を思わせる輝秀の振り下ろしが爆発的に衝突した。

 

 木刀だけでなく、その奥にいる僕の臓腑まで波及して揺るがすほどのその強烈な一太刀に、僕の体は否応無く弾き飛ばされた。大稽古場を無様に転がる。

 

「っ……げほっ! がはっ! ごほっ……!」

 

 腹の奥でなおもじんわり残る『迦楼羅剣』の余波で、僕は気持ち悪さから咳き込んだ。涙がじんわり浮かぶ。

 

 見ると、さっきの一撃を受けた木刀の刃の真ん中あたりが、潰れたように少し欠けていた。

 

「——コウっ! 大丈夫っ!?」

 

 切迫と悲嘆の混じったエカっぺの呼びかけに、僕は迅速に起き上がり、手振りのみで伝えた。大丈夫だよ、と。

 

 その「大丈夫」は、安心させるためのものではあったが、決して気休めなどではなかった。

 

 

 

 ————やっと、()()()

 

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