帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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不和、そして日本刀

 ——夜の学校というのは、いささか不思議な雰囲気があるものである。

 

 初めての部活動を終えた僕は、身に絡みつく疲労を引きずりながら、ふとそう思った。

 

 僕はずっと帰宅部だったので、こんなに夜遅くまで学校に残る機会というのは皆無だった。なので、夜の学校のしんみりとしたミステリアスな雰囲気が新鮮に感じられる。

 

 その雰囲気に浸っていたい気もしたが、僕はもう撃剣部員。立派(?)な部活組だ。部活組でい続ければ、この風景も日常の一部として慣れていくことだろう。

 

 稽古を終え、更衣室にあるシャワールームで汗をさっと流した僕は、制服に着替えて腰にいつもの木刀を差し、荷物をまとめて帰宅を開始した。

 ……これまで使っていた学校鞄に、防具入れと竹刀袋という手荷物が新たに追加された。全て学校からの借り物である。いつか自分で用意出来るようになりたいものだ。防具はともかく、竹刀ならばすぐにどうにかなりそうだけど。

 

 いつもよりも重い荷物に加え、稽古による疲労までもが体にのしかかり、なかなかにしんどい気分とともに僕は校門を出て家路を歩み始めた。

 

 ——余談だが、昨日の僕は稽古着を持っていなかったので、部活動は見学だけで終わった。制服姿だったので、すぐに帰宅できる状態だった。シャワーやら着替えやら荷物まとめやらの帰り支度があった他の部員より、必然的に帰るのが早かった。

 

 だからだろう。

 

 僕は今日——自分と卜部(うらべ)さんの帰り道が同じである事を、初めて知ったのだ。

 

「……ついてこないでくれる?」

 

 僕の少し前を歩いていた卜部さんから、嫌悪感丸出しな一瞥(いちべつ)とともに冷たい言葉を頂戴する。……僕と同じ練習をし、重たい荷物を持っているというのに、彼女の足取りには少しの疲労感も見られなかった。

 

 僕は心の痛みを覚えつつもことさらに愛想笑いを浮かべて言った。

 

「ついてきてないよ。僕も同じ帰り道なの」

 

 ちっ。卜部さんは僕に聞こえるように舌打ちをして、うざったそうに告げた。

 

「……だったら五分くらい止まっててくれる? その間に私が先に進んで距離を開くから。あなたと一緒に帰宅なんて嫌だもの」

 

 今の物言いには、僕もちょっとカチンときた。

 

「お断りします。君の言う事をきく理由が僕には無いよ。まして夜だし」

 

「夜だから何なのよ」

 

「一人で夜の街を出歩くなんて危ないじゃないか。僕らはまだ中学生で、さらに君は女の子なんだ。最近は銃乱射とか通り魔とか物騒な事件が帝都では起きてるし……だから一緒に帰ろうよ」

 

「嫌。あなたと一緒の方がよっぽど不安だわ」

 

「ど、どういう意味さっ?」

 

「そのままの意味よ。あのロシア女の顔と体に誘惑されてヘラヘラ仲良くするような男と一緒の方が不安って言ってるの。妊娠でもしたらどうするのよ」

 

「————はぁっ!? 何だよそれ人聞きの悪い!! 言っていい事と悪い事があるだろ!? 僕には他に心に決めた女性がいるんだよ!! 失礼な事を言うと怒るぞ!?」

 

 聞き捨てならないことを言われて熱くなった僕の言動に、卜部さんはビクッと震えた。

 

 身構えるような、怪訝に思うような表情で「……そ、そうなの」と問うてくる。

 

「そうなのっ。あの人は本当に可愛くて、可憐で、姿勢がすごく良くて、大和撫子って感じの静かな気品があって、黒くて長い髪がすっごく綺麗で、着物姿だとうなじがセクシーだし、ふわっと横を通り過ぎるとミルクみたいな良い匂いが漂ってくるんだ…………」

 

「気持ち悪いわね」

 

「ひどいな!? 自分から話振っておいて! 「そうなの」ってさっ」

 

「振ってないわよ。私は相槌を打っただけ。あなたが勝手に解釈違いを起こして、気持ち悪い感想文を述べたんじゃない」

 

 心に凄まじい言葉の一太刀を浴びた。

 

 凹むと同時に思った。……この子とはどう頑張っても仲良くなれないかもしれない。

 

 僕らはそれからしばらく無言で歩く。重苦しい沈黙。

 

 だがそれ以上に、全身にかかる疲労の負荷がしんどかった。僕の歩き方がお年寄りみたいになりかける。

 

 対して、前の卜部さんの歩行は、普段と何ら変わらない。きびきびとした歩行。

 

 僕は必然的に、卜部さんから少しずつ後ろへ遠ざかっていく。

 

 卜部さんは僕が遅れても歩く速度を少しも緩めないだろう。

 

 なので僕はまだ近くにいる今のうちに、少し話しかけてみた。(しょう)()りも無く、部活仲間として少しでも仲良くなろうと。

 

「卜部さん、すごいね……あんな激しい稽古の後なのに、全然歩きがへばってないし。僕なんてもうヘトヘトだよ……」

 

「嫌なら辞めれば。私は大歓迎」

 

「愚痴を言ったんじゃないよぉ……卜部さんはすごいな、って言っただけだよ」

 

 卜部さんはちろりと僕へ険悪な視線を向けた。ひぇっ。

 

「それは嫌味のつもりかしら?」

 

「な、何でそう思うのさっ」

 

「あなた、地稽古の時でも、私から何度も一本を取ったじゃない。それだけの腕前がある人間に「すごい」なんて言われて、嫌味以外の何を感じろと?」

 

「ちょっとひねくれ過ぎじゃないかなぁ……だいいち、卜部さんだって僕から何本か取ったじゃないか」

 

「二本取ったわ。だけどあなたは私から五本取った。あなたの方が強いじゃない」

 

「そんなもんかなぁ……」

 

 僕がぼんやりとそう呟くと、前の卜部さんが立ち止まった。

 

「…………あなた、ほんとなんなのよ、秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)

 

 その両手は拳を作り、わなわなと震えていた。

 

「え、えっと……僕は僕だけど……」

 

 様子がおかしいと思い、困惑気味に答える僕。

 

 苛立ちが頂点に達したように、卜部さんは勢いよく振り返り、嫌悪と苛立ちの混じった表情と声で言い募った。

 

(いら)つくのよ、あなた。強いくせに、私に快勝したくせに、まるで「自分は弱いです」みたいにビクビクオドオドして。あなた見てると自分が惨めに思えてくるのよ。自分はこんなのに負けたのか、って。……ああ、あれなの? そうやって私を遠回しに嘲弄(ちょうろう)して楽しんでるの? 指先で(あり)を転がす感覚で。虫も殺せなそうな顔して良い性格してるのね、秋津光一郎」

 

 チクチク刺してくるようなその弁舌に、僕は戸惑いながらも言い返した。

 

「じ、事実無根だよ。僕、そんなつもりじゃ……ただ、部活仲間だし、仲良くしておきたいなって」

 

「余計なお世話よ。だいいち、撃剣部は仲良し倶楽部じゃないわ。天覧比剣(てんらんひけん)を目指して稽古に励んでいるの。あなたがその目的に見合う結果さえ出すなら、私は排斥も邪魔もしないわ」

 

「卜部さ——」

 

「もう話し掛けないで。あなたなんか嫌いって言ったでしょ」

 

「違う!! 卜部さん、後ろ(・・)っ!! 危ないっ!?」

 

「え——」

 

 そう。

 

 今、卜部さんのすぐ背後には——知らない男が一人立っていた。

 

 僕らよりずっと背丈が大きく体格も良いその男が振りかぶっているものは、日本刀(・・・)

 間合いには卜部さんがすっぽり納まっていた。

 

「くっ——!」

 

 僕は卜部さんの返事を聞く前に、彼女の腕を掴み、思いっきり引っ張った——

 

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