帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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富武中学校撃剣部 第一回戦《上》

 大体育室は、開会式の会場から、撃剣試合の舞台へと変わった。

 

 開会式終了後、早速第一回戦が開始された。

 

 参加校は十六校。

 シード校は無し。

 つまり八回試合を行い、勝者を八人出すというものだ。……地区予選の一日目は、この第一回戦にすべて費やす。

 

 開会式後に公開されたトーナメント表に従い、第一試合が始まった。

 

 第一試合の対戦校は、次の二校だ。

 

 ——初岩(はついわ)中学校撃剣部。

 ——富武(とみたけ)中学校撃剣部。

 

 周囲上階の客席が見下ろす広大なコートの中央にて、二校の部員全員が縦並びになって向かい合い、一礼して挨拶。

 試合の審判を務める年配の男——至剣流の中伝目録(ちゅうでんもくろく)持ちで、撃剣を見る目も肥えている——が、二列の端でそれを見届けた。

 

 そうして両校の部員達は、各々の正選手(レギュラー)三人を中心に残して左右へ退がり、遠くで縦に並んで正座をした。

 さらに両レギュラーから、先鋒一人ずつが前へと出た。

 

 初岩中学校撃剣部、先鋒——小関修也(こせきしゅうや)

 富武中学校撃剣部、先鋒——卜部峰子(うらべみねこ)

 

 先鋒戦が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 ——よし。ちゃんと出来てるな。

 

 小関修也(こせきしゅうや)は、正眼に構えた己の竹刀へ目を向け、心中でニヤリと微笑んだ。

 

 遠間に立つ相手校の先鋒——卜部峰子の姿を、構えた剣尖越しにとらえる。

 

 男子である修也の方が、女子である峰子よりは背丈は大きい。だけど、大きな身長差ではないため、勝敗を大きく決する要素にはなり得ない。大きかろうが小さかろうが、竹刀が防具に当たればその時点で勝ちなのだから。

 

 それでも、修也は己の勝利を強く予感していた。

 

 目を向ける。互いの竹刀(・・)へ。

 

 ——竹刀というのは、形状を大きく変えないのであれば、どのような見た目であったとしても違反にはならない。だから竹刀の鍔をおしゃれにする剣士もいる。クマのキャラクターがプリントされた鍔や、必勝を祈願する言葉が書かれた刀身など。

 

 峰子の竹刀は、まさしく質実剛健を絵に描いたようだった。

 よく磨かれているが、ところどころに打った跡がうっすら残っており、古さを隠しきれていない竹の刀身。

 小手で握って擦り続けて黒っぽく変色した柄。

 傷だらけなプラスチックの鍔。

 ……ずっと大切に手入れして、長年使い込んでいるのが一目で分かる。それでいて、竹刀として使えれば良いといった感じの飾り気の無さ。本人の性格がそのまま竹刀として顕在化しているようだった。

 

 対して、修也の竹刀は、全くの新品であった。

 真珠のように初々しい光沢を秘めた、瑕疵(かし)の無い竹肌。

 真っ白で無垢な先革(さきがわ)柄革(つかがわ)

 鏡面のような、新品のメタルカラーの鍔。

 今日この日、天覧比剣地区予選のために用意した、新しい竹刀だった。

 

 予選のために用意した——この表現には、二つの意味合い(・・・・・・・)が存在する。

 

 一つは、竹刀を新調し、すっきりした気持ちで天覧比剣を目指そう、という精神的な意味。

 

 もう一つは、自分の試合を有効に運ぶための、「実利性」を重んじた意味。

 

 ……鏡面じみた修也の竹刀の鍔は、大体育室の照明を受けて、ギラギラと輝いていた。目に痛いその光を受けた竹刀もまた、強い光沢を発している。

 

 さらにその反射光は——竹刀の延長線上にある峰子へと真っ直ぐ突き刺さっていた。

 

(——いい感じだ)

 

 修也は再度、心の中でほくそ笑んだ。

 

 これこそが、この竹刀を用意した真の目的。

 

 試合の場である屋内にて必ず使われる照明器具。試合を行う部屋が大きければ大きいほど、その部屋を照らす照明器具の明度も強くする必要がある。家で使う室内灯程度の光で広大な闇は照らせないからだ。

 

 その照明器具の光を使い、相手の目を眩まし妨害する。

 

 修也の考えた「秘剣」だ。

 

 これを思いついたのは、たまたまテレビで流れていた時代劇を観た時だ。

 

 決闘の場面で、刀身の光沢で日光を反射して敵の目を眩ませ、怯んだ一瞬の隙を突いて斬る。

 

 それを観て思った。「これは使える」と。

 

 とはいえ、金属ではない竹刀には、日本刀ほどの反射光は期待できない。

 

 だからこそ、このメタルカラーの鍔を用意した。

 

 ——竹刀の規定は、それほど多くは無い。「運営が指定した形状」を守っていれば、自由度は比較的高い。この鍔もギラギラとよく光を反射するが、形は規定通りのままだ。違反ではない。

 

 ……無論、この「秘剣」にかまけて、稽古をおろそかにしたりはしていない。それなりに稽古は積んできた。

 

 けれども、稽古の含蓄だけでは、天覧比剣本戦に出場するなど不可能だ。

 

 競技撃剣の規定が許す限りの、あらゆる手段を用いておいて損は無い。

 

 修也は、緊張と期待を胸に宿しながら、開始を待った。

 

 次に審判が開始の合図をするまでたった数秒だが、その数秒をひどく長く錯覚する。

 

「————始めっ!!」

 

 心理的に引き延ばされた数秒ののち、開始の合図が発せられた。

 

 峰子が動く。

 修也から見て全身を左へ向けた真半身にし、前へ突き出した左肘の裏側に自らの竹刀を隠しながら、水上を滑る船のようにゆっくりと近づいてくる。これでは剣が上から来るのか横から来るのか、直前まで分からない。鹿島新当流の「(しゃ)の構え」であった。

 

 両者の間合いがぶつかる。峰子がさらに奥へと踏み入る。

 

 それから逃れるように、修也は退く。

 

 だがそれは逃げているのではなく、場所を計算している。

 

 逃げるフリをして、照明器具の一つの真下を目指していた。

 

 やがて、そこへ到着する。

 

 同時に、峰子の移動速度が急激に速まった。

 

(今だ——!)

 

 修也は鍔に真上のライトの光を当て、その反射光で峰子の顔面へ突き刺した。

 

 すると、峰子はびっくりしたのか、ほんの一瞬だけだが動きを硬直させた。

 

 しかし、修也はすでにその一瞬の隙を突くべく剣を真っ直ぐ動かしていた。峰子が自ら間合いの奥へと近づいてきてくれたおかげで、修也の剣尖と峰子との間隔はかなり狭い。おまけに峰子の竹刀は今なお後方に引き絞られたままであるため、防ぐことも間に合わない。反射光によって視界も奪われているため避けるのは困難。

 

 一本いただきだ——そう思った。

 

「は——?」

 

 だが、そうはならなかった。

 

 確かに峰子の胴へ真っ直ぐ打ち込まれようとしていた修也の剣尖は、しかし紙一重で空を突いていた。峰子は修也の視界の左側へ立ち位置をズラしていたのだ。

 

 早く対応しなければ——修也は焦燥感を覚えたが、自身の面に当てられた竹刀の軽い衝撃を実感すると同時に、時すでに遅しと確信した。

 

「面あり!! 一本!!」

 

 審判が、峰子の一本目の勝利を告げた。

 

 唖然とし、その場から動けなくなる修也。

 

 今なお修也の左前に立つ峰子が、小声で、冷ややかに告げた。

 

「——小細工ね。早く早くと焦りながら技を出すとすれば、出てくるのは突きだと相場が決まっているわ」

 

 かあっ、と、修也は顔が熱くなった。怒りと、それ以上の羞恥で。

 

 用意した「秘剣」を、「小細工」と一蹴されたことにだけではない。

 

 自分の心を読まれたからだ。

 

 確かに目眩しには成功したのだろう。しかしそれはせいぜい一瞬怯ませるのが精一杯。そのわずかな一瞬を素早く突くには、あの段階で最も迅速に行えた刺突という一手のみ。

 

 そう。「早く隙を突かねば」と、修也は確かに焦っていた(・・・・・)

 

 目眩しを喰らったにも関わらず、そんな冷静な分析が瞬時に出来るなんて。

 

「両者、何をしている。早く開始位置へ戻りなさい」

 

 そこで、審判がそう注意をしてきた。

 

 言われた通り、二人は開始位置へ戻り、再び遠間で剣を構えた。

 

「二本目——始めっ!!」

 

 審判の号令とともに、修也は再び峰子の顔面に反射光を当てようと試みた。

 

 しかし、出来なかった。

 

 峰子が、一気に間合いの寸前まで踏み入ってきたからだ。

 

 それによって反射の角度がズレてしまい、光は峰子の顔ではなく胸に当たった。

 

「うわっ……!?」

 

 驚きつつの、苦し紛れの刺突。

 

 しかし、またもその刺突の延長上から峰子の姿が消えた——と思った瞬間には、峰子が左側をすれ違いざま、修也の面を横一閃に打っていた。

 

 鹿島新当流『地ノ(ちの)角切(かどきり)』。

 

「面あり!! 一本っ!! ——勝負あり!!」

 

 あっという間に二本目を取られ、修也は敗北したのだった。

 

 

 

 

 ——余談だが、この試合をきっかけに、メタルカラーの鍔の使用が禁止となった。

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