帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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凄腕、そして凄腕

 それから休憩時間は過ぎ、一回戦の残り五試合が始まった。

 

 各学校の撃剣部員は、大体育室上段の客席から他の試合を観察しているが、すでにその数は減っていた。午前中に敗退した三校がすでに帰ったためだ。これからもっと減るだろう。

 

 僕ら富武(とみたけ)中学撃剣部も、客席に座り、一回戦第四試合を俯瞰(ふかん)していた。

 

 第四試合は、以下の二校の戦いだ。

 

 ——浅板(あさいた)中学校撃剣部。

 ——葦野(よしの)女学院(じょがくいん)清葦隊(せいいたい)

 

 そう。いよいよ始まるのだ。ヨシ(じょ)の戦いが。

 

 千代田区どころか、全国レベルの実力を誇る学校。

 

 この千代田区予選で優勝するために、越えなければいけない高い壁。

 

 その実力のほどを、僕らはこれから眼にすることとなる。

 

 右隣に座る卜部(うらべ)さん、左隣の氷山(ひやま)部長は、静かに眼下の撃剣へ集中している。

 

 僕も同じように気を引き締めて、清葦隊の剣を見つめた。

 

 「影響の連鎖」を見極める僕の眼力は、数歩歩いて剣が届くほどの近距離でなければ効果を発揮できない。

 相手の動きの細部まで観なければならないからだ。

 視力が一度も下がった事が無い僕でも、これほど遠くからでは無理だ。

 ……仮に「影響の連鎖」を見極められたとしても、一日経てばリセットされてしまう。

 

 それでも、彼女達がどういう剣を使うのかを大まかに知っておくだけでも、何も見ないよりはマシである。

 

 ——やがて、試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

 まず、先鋒戦。

 

 清葦隊からは、大河内(おおこうち)さん。

 浅板中学撃剣部からは、稲田(いなだ)という男子。

 

 二人には、歴然とした身長差があった。

 

 大河内さんは女子にしては長身だが、稲田氏はもっと背が高く、体格も良かった。

 

 そんな二人が、遠間で向かい合い、一礼。

 

 審判の開始の号令とともに、稲田氏の姿がかすんだ(・・・・)

 

「トゥッ!!」

 

 足を大きく前へ進めながら「陰の構え」となり、踏み込むと同時に後足を一気に引き付けて、鞭のように鋭く竹刀の切っ尖を疾駆させた。

 『石火(せっか)』の型だ。なかなかに速い。

 

 決まる、と思った。

 

 しかし、

 

「————エェァァァア!!」

 

 会場の空気を裂くほどの気合とともに、稲田氏の竹刀が横へ吹っ飛んだ(・・・・・)

 

 手元から外れて勢いよく飛んでいき、床をワンバウンドし、幾度か転がってから止まった。

 

 それをもたらしたのは、裂帛(れっぱく)の気合を(ともな)って発せられた、大河内さんの一太刀である。

 

「……一本」

 

 審判が唖然とした表情でそう告げる。

 ——競技撃剣は「斬り合いの競技化」であり、竹刀は真剣の代わりだ。

 それを弾き落とされるということは、自分の身を敵の刃から守る術を失うということ……すなわち「死」を意味する。

 よって、竹刀を弾き落とされた時点でその人は負けなのだ。

 

 撃剣の勝敗を決するのは竹刀であるため、誰もが竹刀をしっかりと持つ。なので竹刀を落として負けるという展開にはほとんどお眼にかかれない。

 だが、あそこまで竹刀を吹っ飛ばされるなんて展開はさらに珍しい。

 明らかに十メートル以上は飛んでいる。

 

 よほどの鋭さと重々しさが、彼女の今の一太刀には宿っていたということだ。

 

「……すごい」

 

 うわごとのような僕の呟きに、卜部さんがやや悔しさの(にじ)んだ声で言った。

 

「あの女の剣は神道無念流(しんとうむねんりゅう)よ。「力の剣」と呼ばれるほど、強い打ち込みを特徴としているわ。……あの女の馬鹿力は、私も去年経験済みよ」

 

 つまり、卜部さんも竹刀を吹っ飛ばされたことがあるということか。

 

 背丈があるとはいえ女の子だというのに、凄まじい剣の重みだ。

 あんなガタイの良い男子でも竹刀をあそこまで吹っ飛ばされたのだから、チビの僕なんかひとたまりも無いかもしれない。体ごとぶっ倒されるかも。

 

 稲田氏が竹刀を拾って戻り、すぐに二本目が始まった。

 

 一本目のように、稲田氏もすぐには動かなかった。

 構えと位置を何度も変えながら、冷静に大河内さんの出方を伺う。

 先ほどの一撃を受けて、打ち合いでは敵わないことを悟ったのだろう。

 冷静な判断だ。

 

 一方、大河内さんは構えを中段——至剣流で言うところの「正眼の構え」——から変更しようとせず、ただ稲田氏と向かい合った状態を保つのみ。

 

 ……おそらく、竹刀同士の距離(・・・・・・・)を一定に保つためだ。

 

 剣を真ん中に置いた中段は、相手と向かい合っている限り、真ん中を除く全角度からの攻撃に一定の速さで対処が出来る。

 おまけに、竹刀同士の距離(・・・・・・・)も必ず開く。その距離を、打ち込みの勢いを作るための「振り幅」として利用可能。

 彼女の打ち込みの威力は一本目で見たとおりだ。「打ち合い」という土俵に引きずり込めば、稲田氏に勝ち目は無い。  

 

 だからだろう。

 稲田氏は、振り下ろしも切り上げも、薙ぎ払いも、袈裟も逆袈裟もせず——「正眼の構え」のまま真っ直ぐ突っ込んだ。

 大河内さんの竹刀に「振り幅」を作らせない唯一の方法は、同じ高さでの刺突しか無い。

 

 鋭く近づきながら、大河内さんの竹刀を横へ押し除けようとする稲田氏。

 

 だが、逆に大河内さんの竹刀によって、上から押さえ込まれた。それによって稲田氏は止まる。

 

 上から押し殺しにかかる大河内さんの竹刀を持ち上げようと、踏ん張る稲田氏。

 

 だが次の瞬間、竹刀を握る稲田氏の両腕が勢いよく持ち上がった。大河内さんが自らの竹刀を引っ込めたからだ。

 

 上からの圧力が不意に失せたことで、勢い余って急上昇した稲田氏の竹刀。——ガラ空きとなった胴。

 

 生じたその一瞬の隙を逃すことなく、大河内さんは胴へ竹刀を素早く打ち込んだ。

 

「胴あり!! 一本!! ——勝負ありっ!!」

 

 あっという間に勝敗が決した。

 

 

 

 

 

 

 

 大河内さんの圧勝の後、すぐに次鋒戦が始まった。

 

 浅板中撃剣部からは、横井(よこい)という男子。

 清葦隊からは、ギーゼラ・ハルトマン=牧瀬さん。

 

 小学生とも見紛うほどの小柄な立ち姿。

 

 横井という男子は中学生としての平均より少し上程度の背丈だが、牧瀬さんはそれ以上に小さく、まるで大人と子供の戦いに思えた。

 

 だがしかし——実力は全くの真逆だった。

 

 一本目が始まる。

 

 開始の合図とともに、牧瀬さんの姿が煙のように消えたと思った時には、すでに横井氏の間合いに入って胴を突いていた。

 

「は……!?」

 

 僕は、思わずそう驚愕の声をもらす。

 

 「正眼の構え」となった横井氏の竹刀とぶつからないギリギリの位置へ体を滑り込ませつつの刺突。

 

 それを、一瞬でやってのけた。

 

 遠くから見ているというのもあるが、僕の眼をもってしてもほとんど過程が見えなかった。

 

 なんという、迅速かつ、緻密な動き。

 

 横井氏は、反応すらできなかったようだ。自分の胴に触れる牧瀬さんの竹刀の剣尖に視線を落としてから、慌てて後方へたたらを踏んでいた。

 

「……ど、胴あり。一本」

 

 審判もまた動揺を隠しきれていない口調で、牧瀬さんの一本を告げる。

 

 それから、二本目が始まる。

 

 横井氏は機先を制されまいとばかりに素早く動いた。 

 太刀筋を全身に糸のように(まと)う形で竹刀を振りながら、牧瀬さんへ近づいた。至剣流『旋風(つむじ)』の型だ。

 

 全身を何度も周回する太刀筋は、近づくモノを寄せ付けない防御であり、そして攻撃でもある。剣術において薙ぎ払いとは攻防一体だ。

 

 だがしかし、そんな攻防一体の剣の旋風に、牧瀬さんはまたも鋭く近づくと、

 

「よっと」

 

 稲妻のような速さで竹刀を走らせ、今まさに後方から竹刀を振り抜こうとしていた横井氏の小手を的確に打った。それから軽く身を屈ませ、一瞬後に振り抜かれた薙ぎ払いの下をくぐる。

 

「小手あり!! 一本!! ——勝負あり!!」

 

 大河内さん以上の、圧勝ぶりだった。

 

 横井氏は、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 一方、牧瀬さんは散歩みたいな軽い足取りで開始位置へ戻り、退屈そうに両手をぶらぶらさせながら相手が戻るのを待っていた。

 

「…………なに、いまの」

 

 そう呟いたのは、卜部さんだ。その声は震えていた。

 

「あの子の剣……おそらく、至剣流ではないね」

 

 氷山部長の言葉にも、そこはかとない動揺の響きがあった。

 

 僕も同感だ。あれはどう見ても至剣流の動きじゃない。

 

 しかし、あまりに一瞬で決着がつきすぎて、彼女の剣の本質がほとんど掴めなかった。

 

 ……迅速で、緻密。

 

 それくらいだ。

 

 

 

 

 

 ——こうして一回戦第四試合は、清葦隊の圧倒的勝利で終わった。

 

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