悪魔の実 Sレア   作:もやしモン

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第十九話 私はカルナ。嘆きのカルナ。人の不幸は蜜の味

 

「……あー、俺俺。今、エレジア着いたけど、今どこいるんだ? ……は? まだそこなの!?」

 

 思わず声が大きくなる。慌てて口を押さえ、周囲を見回す。静かだ。誰もいない。

 

「いやいやいや、距離感おかしくない? 俺もう着いたんだが?…… 何? 観光中? 何してんねん!! いや、今回は任務じゃないし、俺の私用だけどな? 」

 

 電伝虫の頬が、むにっと膨らむ。

 あ、これ絶対めんどくさがってる顔だ。

 

「ごめんごめん。怒ってない。怒ってないけどさぁ……時間に間に合わないのは、百歩譲っていいけれども、ちゃんて来てくれないと困るわ」

 

 瓦礫の上に腰を下ろし、靴先で小石を転がす。

 乾いた音が、妙に大きく響いた。

 

「で、ちゃんと持ってきてる? いや、俺が使うんじゃねぇよ。芸術は爆発だ?……何言ってんだお前」

 

 電伝虫の目が半眼になる。

 完全に“面倒くさい相手から電話きた”の顔だ。

 

「おいその顔やめろ。傷つくわ」

 

 ため息を一つ。

 

「まあいいや。とりあえず、着いたら合図くれ。目立たない感じで頼む。今回はほんと、派手にやると歌姫が泣く」

 

 そこで一瞬、言葉が止まる。

 

 遠くから、風に乗って微かな旋律が流れてきた気がした。

 気のせいかもしれない。けど、胸の奥が嫌に冷える。

 

 伝わったらしい。

 

「おー、分かった分かった。お前のペースでいいから、頼むぞ? 切るからな……はーい」

 

 通話を切る。

 

 電伝虫をポケットに戻し、立ち上がる。

 いつもの調子で肩を回し、軽く笑う。

 

 エレジアの港に足を踏み入れた瞬間、潮の匂いに混じって、焼け焦げたような空気が鼻を刺した。

 

「……やっぱ、何度来ても慣れねぇな」

 

 瓦礫は片づけられている。

 建物の骨組みも、道も、最低限は整えられている。

 それでも──“ここが一度、滅びた島だ”という事実だけは、どうしても消えない。

 

「ここが……エレジア……」

 

 ミス・ウェンズデーが、思わずといった調子で呟いた。

 声を落とすつもりはなかったのだろうが、自然とそうなったのが分かる。

 

「想像してたより……静かね」

 

 ミス・バレンタインは腕を組み、周囲を見回している。

 口調はいつも通り強気だが、視線はやけに慎重だった。

 

「初めてだもんな、二人とも。まぁ、観光地って感じじゃないから、期待しないでくれよ?」

 

「最初から期待なんてしてないわよ。それよりも、最後のメンバーがここに?」

 

 ミス・バレンタインは、崩れた劇場の方角をちらりと見た。

 

「いるよ。まだ確定じゃないけどな」

 

 ここに来た理由は一つだ。

 ウタを、アイドルとして勧誘するため。

 話を持ちかけた時、二人は意外なほどあっさり了承した。

 

「Mr.5は、以前にも来たことがあるんですよね?」

 

「ああ。何度かな」

 

 ビジネスの話としても、悪くない。それ以上に──俺が気にかけている相手だということを、二人とも察していたのだと思う。

 ミス・ウェンズデーが、少しだけ歩調を緩める。

 

「……その」

 

 言葉を選ぶように、彼女は一度視線を落とした。

 

「その子……ウタさんは。どういう人なんですか?」

 

 明るい、とも、暗い、とも言える。

 人懐っこい、と言うには距離がありすぎて、冷たいといえばそうなのだが、あれはあえてそうしている気がする。

 

「……歌わない子だな」

 

 そう答えると、二人とも一瞬だけ表情を変えた。

 

「歌わないアイドル?冗談のつもり?」

 

「本気」

 

 肩をすくめながらそう言うと、乾いた砂を踏む足音が三つ、四つと重なった。

 

 歌が嫌いなんじゃない。

 歌が怖い。

 それ以上は言わない。言える立場でもないし、あいつの中にあるものを、俺が勝手に言葉にしていいはずがない。

 

 沈黙の隙間に、ミス・バレンタインが鼻で笑った。

 

「……随分、面倒そうな子ね。でも」

 

 そう言いながらも、横顔にはわずかな愉快さが滲んでいる。

 あいつは他人の厄介ごとに巻き込まれるのが嫌いなはずなのに、こういう時だけ妙に機嫌がいい。

 

「だからこそなんでしょ?」

 

「嗚呼」

 

 短く頷くと、前方を歩いていたミス・ウェンズデーも振り返り、静かに同意した。

 

 乾いた風が吹き抜ける。

 城へ続く石畳の道は緩やかな坂になっていて、その先に灰色の外壁が見えている。崩れた装飾、割れた窓、十年前の出来事をそのまま凍らせたような景色だ。

 

 そこにある近づいてくる規格外の影。

 

「おーい! くまさん!」

 

「やぁ、ジェム。待ってたよ」

 

 そこには、くまさんが待っていた。

 

「良かったのか? くまさん。せっかくの休みに俺と一緒で」

 

 見上げると、相変わらずでかい。

 歩幅を合わせているのか、俺たちの速度に合わせてゆっくり歩いているが、それでも一歩ごとに石畳がわずかに軋む。

 

「ドラゴンから働きすぎだと言われてね。息抜きさせてもらって助かったよ」

 

 低く、穏やかな声。口元がほんの少しだけ緩む。

 くまさんと合流し、一緒にウタの元へと向かう。

 

 ミス・バレンタインがちらりとくまを見上げ、すぐに視線を逸らした。ああいうタイプは苦手らしい。巨大で静かで優しい男、というのは、どうも調子が狂うのだろう。

 

「ウタって子、そんなに気にかけてるのかい?」

 

 くまの問いに、俺は少しだけ考えてから答えた。

 

「まあな。放っとくと、ほんとに一人になりそうで」

 

 冗談めかして言ったが、半分以上は本音だった。

 

 ミス・バレンタインが小さく息を吐く。

 

「自分から壁を作る人ほど、本当は誰かを待っているものよ」

 

「白馬の王子様的な?」

 

「ふふっ、そうかもね」

 

 風が吹く。

 遠くで、壊れた鐘が揺れる音がした。

 

 ウタのいつといる場所はすぐそこだ。

 だが、そこにいるはずの少女の気配は、妙に遠く感じられる。

 

 くまさんの足音。

 ミス・バレンタインの軽い靴音。

 ミス・ウェンズデーの規則正しい歩幅。

 それぞれのリズムが重なり、奇妙な行進みたいになっていた。

 

 冗談めかして言ったが、半分は本音だった。

 あの子は、自分から人を遠ざけるくせに、完全に一人になる覚悟までは持てていない。だからこそ、危うい。

 

「私も会いたーい!」

 

 何処からか声が聞こえて来た。

 

「え?」

 

「ん?」

 

 くまさんの背後から元気な女の子の声が聞こえてくる。

 

「お父さん!」

 

「ボニー!? な、なんでここに!?」

 

 その腕にぶら下がるようにしているのは、見た目十歳くらいの少女だった。ピンク髪に、やたらと生き生きした目。じっとしていない。というか、もう俺を見ている。

 

「ねえねえ! あんたがジェム? お父さんが言ってた人?」

 

「ちょ、待て待て。自己紹介って順番ってもんが──」

 

「ボニーだよ! 十歳! よろしく!」

 

 勢いで名乗られた。握手まで求められた。元気すぎる。

 

「……どうも。ジェムです。えーっと……元気だね」

 

「当たり前じゃん! 冒険の途中なんでしょ? あたしも行く!」

 

 冒険じゃないし、言い切ってるし、期待に満ちた目で見てるし。くまさんの方を見ると、ほんのわずかに、口元が緩んでいた。

 ああ、この人、完全に甘やかしてるな。

 

「お父さんね、あんたのこと面白い男だって言ってた!」

 

「それ褒めてる? 貶してる?」

 

「褒めてる褒めてる! ねー?」

 

 ボニーが見上げると、くまさんは小さく頷いた。

 

「……君と、気が合いそうだと思ってね」

 

 ボニーはケラケラ笑って、俺の隣に並んだ。

 

「くまさん、この子は?」

 

「私とジニーの子だ。血は繋がっていないがね」

 

 その一言で色々察することが出来た。やはり聞かない。

 

「そうか」

 

「ジェム! ばろっくわーくすの話してよ! 何回死にかけたの?」

 

「初対面で聞くのそれ?」

 

 でも、悪くなかった。

 この子の明るさは、作り物じゃない。無理をしてる感じもない。

 

 横目でくまさんを見ると、さっきよりも、ずっと穏やかな表情で俺たちを見ていた。

 

 ……ああ。

 この人は、こういう時間を守るために戦ってるんだな。

 

 俺は、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「まあ、一話だけな。グロいのはカットで」

 

「やった!」

 

 俺が口を開こうとした瞬間、ボニーが目の前から消えた。

 

「え?」

 

 の代わりに広がっているのは、灰色の地面だった。

 乾ききった土。ところどころに散らばる黒い塊。焼け焦げた木材。

 空気が重い。煙の匂いが肺の奥に張りついて離れない。

 

 息を吸うたびに、喉が痛んだ。

 

「……ここ」

 

 声を出した瞬間、自分の声が高く、細く、幼いことに気づいた。

 視線を落とす。

 

 小さい手。骨ばっていて、煤で黒く汚れている。

 指の間に入り込んだ火薬の粉。爪の奥まで染み込んでいる。

 

 腕の中には、布にくるまれた鉄の塊。

 

 爆弾。

 

 クマさんが語った“あの日の俺”が抱えていたものと、同じ形。

 

 重い。

 でも、その重さが妙にしっくりくる。

 まるで、ずっと抱えていたものをようやく思い出したみたいに。

 

 周囲から、かすかな泣き声が聞こえてきた。

 どこかで子どもが嗚咽している。

 遠くで誰かが怒鳴っている。

 金属がぶつかる音。瓦礫が崩れる音。

 

 戦場の残り香。

 

 胸の奥がざわつく。

 

 これは夢だ。

 そう思おうとした瞬間、爆弾の冷たい感触が掌に食い込んだ。

 現実としか思えない温度と重さ。

 

 煙の向こうから、足音が近づいてくる。

 

「ジェム!」

 

 その声を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。

 

 振り向く。

 

 そこにいたのは、記憶にないはずの人。

 でも、懐かしいとしか言いようのない人。

 

 髪を後ろでまとめ、煤で汚れた頬のまま、息を切らして走ってくる。

 目は強く、まっすぐで、でも優しくて。

 

 笑っていた。

 

 ああ、これが。

 

 太陽みたいな人。

 

「ジニー……?」

 

 

 

 ────

 

 

 

 空気が、ひどく粘ついていた。

 

 崩れた劇場の奥。埃をかぶった椅子が幾重にも倒れ、天井から垂れ下がる幕は裂け、かつて音楽が満ちていたはずの空間は、今や乾いた沈黙に支配されている。

 

 その中心に、カルナは立っていた。

 

「シクシクシク。嗚呼、楽しいですね、楽しいですね。人の不幸は()の味」

 

 独特な笑い声は、囁きのようでいて、妙に遠くまで響いた。

 

 黒いコートの裾を揺らしながら、ゆっくりと手を広げる。その指先には、見えない糸でも絡んでいるかのような繊細な動きがあった。芝居がかった仕草。舞台に倒れる人を避けながら、カルナはステージで舞う。

 

 床に描かれた楽譜のような模様が、薄く光る。

 

 どこからともなく、旋律が流れ始めた。

 壊れたピアノの音。弦の切れたバイオリンの擦過音。

 本来なら音にならないはずのものが、無理やり音楽の形を取っている。

 

 意識の境界が、曖昧になる。

 視界の端が歪み、色が溶ける。

 瓦礫の灰色が、舞台の赤に変わる。

 崩れた壁が、観客席へと変質する。

 

「人は常に罪を犯している。その罪の穢れは、ただ罰するだけでは落ちない」

 

 スポットライトが落ちる。まぶしいほどの白い光。

 そこで、無数の人間が歌に合わせ踊り狂う。

 

 カルナの声が、どこからともなく響く。

 

「これはあなたのための舞台です。主演はあなた。観客はあなたの記憶。脚本はあなたの後悔。さぁ、悲劇の開幕です」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 雨は降っていなかったが、空気は重かった。

 そこは、一隻の船の中──バロックワークスの幹部だけが出入りを許されたその部屋は、いつもと同じ温度、同じ静けさを保っているはずだった。だが、その日だけはわずかに空気が揺らいでいた。原因は、たった一つの報告だ。

 

「Mr.5ペアが行方不明になったわ」

 

 ミス・オールサンデーの声は、普段と寸分違わぬ落ち着きを保っていた。だが、その言葉の内容は、部屋の空気を確実に変えるだけの重さを持っていた。

 

 対面に座る二人の反応は対照的だった。

 ミス・ダブルフィンガーは、指先でグラスの縁をなぞりながら、わずかに眉を上げただけ。なんだか、退屈な話になりそうだという現れ。

 一方、壁際に立っていた男──Mr.1は、ほんのわずかに視線を上げた。

 

「……やられたのか?」

 

 低く、短い問い。

 それだけで十分だった。

 

 ミス・ダブルフィンガーはその反応を横目で見て、口元に薄い笑みを浮かべる。

 感情をほとんど表に出さないこの男が、その名に反応した。それ自体が、少しばかり意外だったのだ。

 

「その可能性が高いわね。任務の準備のためにエレジアという島へ向かったMr.5、ミス・バレンタイン、そして、ミス・ウェンズデーの3名」

 

 ミス・ダブルフィンガーは肩をすくめる。

 

「海軍にでも捕まったのかしらね。ほら、彼って抜けているところがあるし」

 

 軽口だったが、完全な冗談でもなかった。

 Mr.5は任務中でも平然と脱線する男だ。爆発音と笑い声を撒き散らしながら帰ってくることも珍しくない。

 だが、ミス・オールサンデーは首を横に振った。

 

「彼を倒せる強者があの海域にいるとは思えないわね。逃げたという線もないわ。彼はボスを酷く恐れている。粛清対象となることを望んでいない」

 

 その評価は、意外なほど高かった。

 ミス・ダブルフィンガーはそれに気づき、わずかに目を細める。

 あの男をそこまで買っているのか──と。

 

 ミス・オールサンデーは視線を二人に向けた。

 

「Mr.1、ミス・ダブルフィンガー。あなたたちにMr.5の捜索が命じられました」

 

 命令という言葉は使ったが、声の調子はあくまで穏やかだった。

 だが、それが“ボスの意向”であることは疑いようがない。

 

 ミス・ダブルフィンガーは即座に反応した。

 

「それは、バロックワークスとは関係ないことじゃない?」

 

 彼女にとって重要なのは計画の進行だ。

 個々のエージェントの安否は、基本的には優先度が低い。

 それが組織というものだと理解しているし、感情を挟むつもりもない。

 

 ミス・オールサンデーはわずかに微笑む。

 

「彼の力は必要になるかもしれないからよ」

 

 それだけだった。

 だが、その一言には十分な意味が込められていた。

 

 Mr.5の爆発能力は、単純な破壊力以上の価値を持つ。

 戦場を撹乱し、地形を変え、心理を揺さぶる。

 計画の最終段階において、予測不能な火種は確かに有用だ。

 

 ミス・ダブルフィンガーはグラスを置いた。

 

「なるほどね。戦力として必要、ってことか」

 

 納得したというより、条件が提示されたから受け入れただけだった。

 感情ではなく、利益で動く。

 それが彼女のやり方だ。

 

 沈黙の中で、Mr.1が一歩前に出る。

 

「……いいだろう」

 

 短い承諾。

 だが、それ以上の言葉は不要だった。

 

 彼の中で何が動いたのかは分からない。

 任務だからか。

 戦力を回収する必要があるからか。

 あるいは──あの軽薄な男の戦いぶりを、どこかで認めていたのか。

 

 ミス・オールサンデーは二人を見渡し、小さく頷いた。

 

「最後に確認しておくわ。これは救出ではなく、捜索よ。状況次第では切り捨てもあり得る。その判断は現場に任せる」

 

 組織としては当然の方針だった。

 情を持ち込めば計画は破綻する。

 

 だが、誰もそれに異を唱えなかった。

 

 ミス・ダブルフィンガーは立ち上がり、コートを羽織る。

 

「行方不明の同僚探しなんて、柄じゃないんだけどね」

 

 そう言いながらも、足取りは軽かった。

 未知の敵。未知の状況。

 それは退屈しない仕事だった。

 

 Mr.1はすでに出口へ向かっていた。

 振り返らない。

 だが、その歩幅は普段よりわずかに広い。

 

 部屋に残ったミス・オールサンデーは、机の上の書類に視線を落とした。

 そこには、エレジアの名が記されている。

 

「──歌の島、ね」

 

 静かに呟き、紙を閉じる。

 

 彼女の瞳には、ほんのわずかに興味の色が浮かんでいた。

 爆発する男と、歌う少女。

 そして、その両方が消えた島。

 

 計画とは無関係のはずの点が、線になり始めている。

 それを理解しているのは、おそらく彼女だけだった。

 

 バロックワークスの歯車は、音もなく回り始める。

 行方不明者の捜索という名目で、もう一つの物語が動き出していた。

 






二十二話目にして初オリキャラです。
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