【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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最終話 仕事や人生に意味を欲しがる俺たちへ

「それじゃ『灯芯』はこれからどうするの?」

 

 そんな風に、かつて『雨蛙』と名乗っていた女性が俺に詰め寄った。彼女はもうすっかり大人だったが、俺のようなおじさん相手にも物おじしないのは相変わらずだ。俺が掲星党(けいせいとう)から去る時も、あの子は同じことを問いかけたっけ。

 

「そうだねえ、どうしようかなあ。……でもね、料理は作り続けると思うよ」

 

 俺は素直に答える。たしか、数年前も同じような答えを返したはずだ。

 

 俺はただの料理人で、それ以上でも以下でもない。浮き沈みはあったが、結局のところどこにいても誰かのための飯を作っては供していた気がする。いつでも、どこでも、誰にだって。

 

 そんな俺にも、それなりに大きな勝負をかける場面は訪れて――見事につまづいてしまった。そのことを昔馴染みの常連客につい愚痴ったら、さっきの鋭い問いかけが飛んできたのだった。

 

『雨蛙』は難しい顔をしたまま手にした匙でシチューという名のごった煮をかき混ぜ、しばらく経ってからきっと顔を上げた。

 

「わかった。何とかしてみる」

 

「無理しないでいいよ」

 

 俺は笑って答えた。話を聞いてもらえただけでも十分だったから。

 

 けれど数日後、かつての俺たちの頭目の名前で封書が届いた。今でこそ政治家さん、いや、先ごろ引退したんだったかな? ともかく一定のお立場がある人だが、当時は顔も知らない間柄だ。だから本当に驚いた。まさか末端の、それも途中で足抜けした者を気にかけてくれるなんて。

 

 そして俺は遅ればせながら、『雨蛙』が今は元の通りの穏健な団体になっている掲星党の、役付きになっているのを知ったのだった。

 

「頑張ったんだなあ……」

 

 俺は封筒を汚さないように気を付けて持ちながら、少し呆然としてつぶやく。封書の中身を確かめたら、とある代書屋宛ての紹介状だった。

 

 なるほど、確かに専門家に頼ってみるのもいいかもしれない。そう思って出向いた先は小さなアパルトマンだった。どうやら自宅の応接間をそのまま仕事場に転用しているらしい。呼び鈴を鳴らすと「そのままどうぞ。鍵は開いてます」とドア越しに男の声がした。

 

 無骨な書き物机の向こうから俺を出迎えたのは、どこか影のある雰囲気の男だった。

 

 彼は俺の顔を見た途端に、ほんのわずかに顔をしかめた。だから、てっきり機嫌が悪いのかと思ったのだ。しかし、こちらに腰かけるよう勧められた時に、己の不見識に気づいた。差し出してきた右手の小指が黒ずんで欠けていたのだ。先ほどの表情は単に古傷が痛んだのだろう。

 

 ――彼()戦ったのだ。胸中に重苦しい罪悪感が広がる。その気持ちに突き動かされ、気づけば俺は問いかけていた。

 

「戦に出られていたんですかい?」

 

「……まあ、そんなようなものです」

 

 やっぱりか。俺はバツの悪さのあまり、つい弁解じみたことを喋ってしまう。

 

「いえ、俺もいっときは『そういう組織』に居たことがあるんですよ! ただ、戦になる前に手を引いちまったんですが」

 

「では内戦があった時期は何を?」

 

「お恥ずかしい話ですが、商売をしていました。飯屋の屋台なんですがね……」

 

 かつて俺は、革命勢力に属していたことがある。『灯芯』と名乗って各種の活動に勤しんでいた。役割は主にビラ撒きだ。仲間は皆いい奴らだったし、意義も感じていた。あの活動に加わっていたことに後悔はない。

 

 けれども、活動が暴力へ傾いていくにつれ、ついていけなくなった。血なまぐさい一切に嫌気がさしてしまって、俺は仲間のもとから去ってしまったのだ。程なくして戦が始まり、どさくさのうちに俺は焼け跡に屋台を立てた。

 

 焼け出された人らに粥くらいはただで出したが、それだけだ。俺はどこまで行っても飯を作ることしか能がない。

 

 そう思い知らされた。だから、その通りに生きてきた。自分なりに、必死に。

 

「へえ、屋台を。――ご立派ですね」

 

「へ、え……いや、そうなんですかねえ?」

 

 俺にとっては恥じ入るしかない来歴だったが、しかし意外にも対面に座る男は違った感想を抱いたらしい。彼は俺の間の抜けた相槌に真面目くさって頷いて返すと、こう続けた。

 

「ご自身のすべきことをこれと定めて、生きてこられたんだ。誰が文句を言えたものか」

 

「ですが、ねえ。そう思わない人もいるみたいで……」

 

「なるほど、それがご依頼の理由のようだ」

 

 その通りだった。俺が本題に入る素振りをみせたためか、男も居住まいを正してペンを執る。

 

「――ふむ。営業許可に加えて、衛生管理の証明に、それに後見人を――3人も? そして後見人それぞれの資産状況の証明も添えろと? いやあ、物件の規模感を鑑みると貸主は随分と()()()の御仁のようだ」

 

 事情を話し終え、俺は肩を落としたまま頷いた。

 

「俺がしたいのは小さな大衆料理屋なんです。なにも、目抜き通りの一等地に高級レストランを作りたい訳じゃない。それが今月になって急に大家さんが変わりまして。それまでは話もまとまりかけていたんですがね……」

 

「で、その大家というのが……うげっ」

 

 ん? この人『うげ』って言ったか? 表情こそ陰りはあっても、物腰はずっと丁寧だったので意外だ。そんなにまずいことが書いてあったのだろうか。

 

「なにか不都合が……」

 

「いや、いや、そういう訳ではありません。それではお求めの書式で書類を清書させていただきましょう」

 

「ありがとうございます。後見人のあても見つけなくちゃあなあ……」

 

 俺がぼやくと、ペンを忙しく走らせていた代書屋がこちらをちらりと見る。いぶかしんでいる間に彼は再び紙面に目を向けてしまう。そして、こんなことを言ってきた。

 

「いえ、なんでも。――書式が出来上がったら早速届けに行きましょう。俺も同行しますから」

 

「へ!? いや、流石にそこまでしていただくのは……」

 

「この手の渋り方をする大家は後から後から難癖をつけることが多い。その分こちらは手数料は儲かりますが、まあ面倒ではある。ならば一撃でことを済ませた方がお互いのためでしょう」

 

 そう告げた代書屋は、なんとも意味深な、そして皮肉気な笑みを浮かべていた。

 

 俺はなんとはなしに背筋が寒くなった。どこか底知れない雰囲気のせいだろうか。……あるいは単に、陰気な顔立ちに似合いの暗ぁい笑みだったからか? 

 

 

 

「……まだですかねえ?」

 

「まだのようですね」

 

 お屋敷へ出向き、応対した召使が扉越しに「旦那様に知らせます」と告げてから、たっぷり半刻ほど経った。俺は立ち仕事慣れしているからともかく、代書屋にとっては大変な苦行だ。なにせ彼は歩く時も軽く左脚を引きずっていたから。

 

 仕方ない、日を改めましょうか……。そう言うつもりで隣を見るのと、代書屋の男が歩み出るのは同時だった。彼はむっつり黙ったままドアノッカーを手に取ると、数度高らかに鳴らす。反応がなくとも、何度も、何度も。

 

 小窓が開いて、先ほどの召使いと思しき人物が顔がのぞかせる。苛立たし気なその人物へ、代書屋は小声で何かを告げた。小窓がぴしゃりと閉ざされ……驚くべきことに、両開きの重厚なドアがぎいぎいと音を立てて開く。

 

「……いつもは裏口から通されるんですよ」

 

「あなたのような取引相手を出迎えないなら、なんのための玄関なんだか。……ま、遠慮なく入りましょう」

 

 俺も思わず小声で代書屋へ耳打ちすると、彼は肩をすくめてそう返した。

 

 新たな大家のバチークさんは、既にお怒りのようだった。応接間にやって来るなり、戸口で苛立たし気に叫ぶ。

 

「お前らにはわからんだろうが、こっちは忙しい身なんだ。そう何度も何度もみじめったらしい言い訳を聞かされても困るんだがね」

 

「ですが、バチークさん……」

 

 あわてた俺が椅子から半腰で立ち上がりながら声をかける。が、それが良くなかったらしい。バチーク氏の怒りが爆発した。

 

「平民風情が『さん』付けで呼ぶか!? わきまえて物を言ったらどうだ!!」

 

「――全ての国民は法の下に平等となったはずですが」

 

 代書屋が背筋を伸ばして腰かけたまま、ぼそりと言う。バチーク氏はけたたましい調子で笑う。

 

「言葉じゃ何とでも言えるさ――しかし、まやかしがいつまでも続くものか! お前ら木っ端平民が我ら尊き血筋の者たちと同等の生き物だとよくもまあ……」

 

「まあそう言うなよルジェク。俺とあんたの仲だろ?」

 

 代書屋が背もたれに片腕をかけて振り向く。途端にバチーク氏は口をあんぐりと開けたまま硬直していた。

 

「ここ数年の御宅の苦境は察するに余りある。が、それはそれ、これはこれだ。関係ない彼に当たり散らすのはどうなんでしょうな」

 

「……な、なにをしに来たんだ、今更、今更お前が……!」

 

「知れたこと。仕事ですよ」

 

 ふたたび正面に向きなおった代書屋に促され、俺は慌てて書類入れから紙の束を取り出してテーブルに並べる。その間に、バチーク氏はのろのろと対面まで歩いてくると椅子に浅く腰かけている。その顔色からは、すっかり血の気が失せていた。……まるで幽鬼にでも遭ったみたいに。

 

「ルジェク……いや、バチークさん。土地転がしは元貴族の稼ぎ方としては正攻法だが、いささか欲をかきすぎだ。これ以上待っても今よりいい条件で物件を貸し出せる公算は低い。差し出がましいようだが、ここいらが手の打ちどころですよ」

 

「望みはなんだ、復讐か? それとも……」

 

「だから仕事をしに来たと言ってるでしょう。今の俺はしがない代書屋です。こちらの依頼主に事情を聞いたので同行したまでです」

 

 代書屋はずいと書面をバチークさんの前へ押し出した。

 

「法令と慣例上必要とされる書面は揃っています。――ご確認の上でよろしければサインを」

 

 代書屋が差し出したペンをひったくると、バチーク氏は追い立てられるように次々と書面にサインしていく。そして最後の一枚に署名を殴り書きすると、ペンを投げ出すように返してよこして天を仰いだ。

 

「――二度と、来ないでくれ。どうか、どうか……」

 

「お約束はできかねますな。ああでも、交渉がこじれでもしなければ代書屋の出番もありません。取引はクリーンにやってこそ、というのが当世風だ。今後もお互いに励んでいきましょう」

 

 いささか妙な成り行きだったが、こうして俺は物件を借り受けることができた。念願の料理店を開き――有難いことに商いは順調に、そして長く続いた。俺は料理人として生き、そして死ぬことができた。色々あったが悪くない人生だったと胸を張って言える。

 

 奇妙な代書屋には心から感謝している。が、彼に関する記憶も日々のあわただしさに揉まれる間に薄れ、俺はそのうち思い返すこともなくなった。

 

 一度くらいウチの店へ食べに来てくれたらよかったのに! そうしたら俺は、サービスだって惜しまなかったことだろう。

 

 しかし現に、彼との縁はそれっきりだった。

 

◇◇◇

 

 戦後処理はドサクサかつ混迷を極めた。

 

 俺ことクレメントと、パメラの暗闘によってヴォジェニは斃れた。巨大な化け物の遺骸は塵となって消え……そして、残されたのは厄介ごとの山だ。

 

 最大限に表現を平たくするならば、高位貴族のトップオブトップが乱心して手勢を率いてクーデターを起こした上に、責任を取らずに消し飛んだのだから無理もない。

 

 やっとまとまりかけた話がちゃぶ台返しされかねない、そんな緊張感が漂う一幕もあった。実のところ、今もってそうなのかもしれないが。

 

 何にしても貴族制は解体された。とはいえ、混乱は最低限で済ませられたように思う。血統の名誉を誇るムードがヴォジェニの顛末によって潰えたのが大きい。いつかは反動が来るのかもしれないが、時間を稼げただけでも僥倖だろう。

 

 国は王制を維持したまま、しかしその権限の多くを議会に託す形となった。貴族院は顔ぶれはほぼそのままに上院へと名を変え、いっぽうでかつての市民階級出身者を中心とした下院議会が新設された。

 

 名称変更に伴い、かつての貴族院の世襲制も廃止されている。これは掲星党のリーダー、ロマナン――いや、奴が元の身分であるモルナール家次期当主のハヴェル・モルナールに戻って強力な論陣を張ったこと、そして政治工作が関わっている。

 

 奴はその責を取って全ての役職から辞して下野している。最後に会った時は、本でも書いて暮らすと抜かして笑っていた。掲星党の次期リーダーは空席だが、消去法的にロベルトが就くことになる見込みだ。実質的な下院のトップである。あの腹芸から最も遠い人物に務まるかどうか、はなはだ不安だ。

 

 アランが父を支えると意気込んでいるのが希望か。彼は怪物討伐での指揮によって元の身分のへだてなくその実力を認められていた。今後の育ち方次第ではひょっとするかもしれない……とはハヴェル(ロマナン)の言だ。

 

 と、まあそのような経緯もあって当然のように上院と下院の関係はめちゃくちゃに悪い。どの程度かと言えば、このほど王より乱闘禁止の下知がくだされた程だ。まだまだ王が号令をかけねばならない場面は多い。

 

 しかし、それで構わないのだろう。この国は『冴えた個人がパーフェクトなプランを引っ提げて訪れ、この世の全てを何とかしてくれる』というストーリーの共有をやめたのだから。

 

 これからの俺たちは、大したことはやれない個人と個人が頭を突き合わせてああでもないこうでもないと大騒ぎしながら、去年よりはミリ単位でマシにできましたね、と不承不承うなずき合うのだろう。そのように、それこそ不承不承うなずき合って合意を形成したのだ。

 

 重要なことは、それでもミリであれマシになっているという事実だ。俺たちの行いがそれなりに意味を成したか、それともバカ丸出しのていであるかは、子や孫の世代が決めることだ。あるいはもっと先の、誰かが。

 

 俺もまた、合意形成におけるあれこれの人足を任せられて今に至る。ヴォジェニが大暴れをかましたのが遠い昔のようだ。まだ十年も経っていないとは思えない。

 

 現在の稼業は代書屋だ。書写の類を満足にできないものは未だ多く、そして各種の申請は現在進行形で複雑性を増していた。そんな現状を踏まえた隙間産業である。大概は、教育は受けているがつぶしのきかない元貴族が従事していた。

 

 まあ、本業はそれなりに順調だ。教育水準の高まりに従って需要は漸減するので、十年後の身の振り方は考える必要がある。なんとか、それまでにはある程度の蓄えを作っておきたい所なんだがな。

 

 いっぽうで厄介な問題もあった。副業に関してだ。いや、副業というよりは必然的に回されてくるあれこれと言うか……。

 

 というのもここ数年の俺は、表沙汰にはしづらい各種の連絡のメッセンジャー役と化していた。

 

 いかんせん今の俺は王にも裏稼業にも改革派の市民団体(と、言って構わない程度に掲星党のスタンスは軟化していた)にもパイプがある身だ。必死こいて生きてるうちに、気がつけばこの有様だ。

 

 そして接触の頻度が高まればそれだけ貸し借りの頻度も増える。役割から降りて悠々自適の暮らしをするには、俺はあまりにも知り過ぎたし、深入りしてしまっていた。高飛びできるほどの資産もなし。

 

 かくして俺は相変わらず、ない知恵を絞っては世間の裏側を駆けずり回っている日々を送っている。

 

 そう、俺は働いていた。未だに、仕方なく、相も変わらず。

 

「ただいま戻りました」

 

 そんな生活のほとんど唯一の救いが、ちょうど帰宅してくれた。俺はパメラを出迎えるためにペンを置いて立ち上がる。相変わらず実用特化なファッションに身を固めていたが、やはり彼女は綺麗だ。いつだって変わらずに。

 

「おかえり。食事は済ませて来た?」

 

 小走りで抱き着いてきたパメラを受け止め、俺は問いかける。

 

「一緒に食べたくて早めに上がらせてもらったの。近所にいいお店ができたから後で一緒に行きましょ」

 

「いいね。こっちも手元の案件はだいたい片付いた」

 

 戦後からさほど間を置かず、俺たちは結婚していた。お互いに明日どうなっているかわからない身なら、とっとと決断した方が早い――というのがお互いの合意だったのだ。新婚の甘い時期は過ぎたが、今も仲良くやれている。と、思う。

 

 今もパメラは王妃の懐刀で、彼女の指令によって全国を飛び回ることも多かった。具体的な仕事の内容は、俺ですら知らない部分が多々ある。恐らくはカバーストーリーも多々ある気配があった、が、深入りは避けている。

 

 一連の出来事を冷静に鑑みるに、パメラは世界を救った勇者……と、言えるかもしれないのだ。どうなんだろうな、とてもじゃないが表沙汰にできる物ではないが、しかし、成果は成果だ。

 

 そして家族にもおいそれと話せないような情報や仕事を担っているのは、お互い様でもある。俺もパメラも、大金星の対価として過去の悪事の数々は水に流して貰えたことだし(悪漢に対する褒賞として破格なのかそうでもないのかは解釈によるだろうな)。

 

 まあともかく、そんな調子でどうにかやってこれていた。

 

 俺は今、座り皺のない服に着替え終えて、パメラの身支度を待っている。数十分も経てば近所のささやかな飯屋で夕餉を共にしていることだろう。

 

 そこから先の未来は何もわからない。

 

 少なくともヴォジェニ邸で前世の記憶が蘇った一件で決意し、思い描いていた未来とは全く異なる場所に居るのは確かだ。俺は仕事に追われ、時に理不尽な出来事も降りかかる。暗闇の向こうにはとんでもない悲劇が待ち受けているのかも。

 

 しかしどういう訳か、いささか不本意なことに、俺はそんな現状を「悪くない」と感じているのだった。

 

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