ヒッキーの年齢は大学卒業の22~25当たりを想像してます。
カーテンから漏れる柔らかな光に当てられてゆったりと意識が浮上するのを感じ、うっすらと目を開く。
覚醒しきらない意識のせいで視界がほんのりとぼやけて揺りかごのように揺れる思考が眠気と目覚めの間を行き来しながら、ふと感じた寂しさに無意識で手を伸ばせばすぐ側にいた目当ての物を見つけて抱き寄せると心地良い温度にゆっくりと息を吐き出した。
寂しかったのはこれがほんの少しでも離れていたせい。
女のそれとは違う男性らしい肌にぐずるように鼻や額を擦りつけていれば迷子になっていた意識が眠気と別れを告げていてぱっちりと目が開いた。
すっかり二度寝の気配もなくなった頭で見上げれば普段は目付きやら姿勢やらでかきけされる端正な顔立ちに、人を寄せ付けない原因になっている澱んだ瞳が瞼に隠れているおかげで何時もの顔からは想像できない子供のような寝顔に口元が綻ぶ。
手入れの欠かせない自分のとは反対に必要以上のことをされていない髪に触れれば見た目通りの質量とごわごわした固さが面白く、重力に逆らうように跳ねるクセっ毛は抑えても意思を持ったように元に戻りぴょこぴょこと動き回っている。
そうしてアホ毛を弄っていればくすぐったさに彼が身じろぎをしてうっすらと開かれた腐った目であたしを視界におさめる。けれど、すぐに頭と腰に手を回してきて密着を強くしてきた。
「……今何時だ」
「もうすぐお昼やねー。眠いんならまだ寝ててもええよ?」
「せっかくの休みなのにデートすっぽかせってか?」
「休みなんていつでも合わせられるやろ。あたしはまだハチの寝顔観察しててもいいしな」
「悪趣味な奴……あとからの見返りが怖いから却下で」
「そら残念」
寝起きで低い声のまま軽口を叩いてお互いに手の触れた肌を優しく撫でる。好きな男の寝顔を見るのは悪趣味やないやろ。
元々警戒心が高いせいもあってハチの無防備な姿は結構レアだったりする。もちろん、そういった関係になってからは見る機会が増えたとはいえ物珍しいのは変わりない。
当たり前に見せるようになった表情がひどく愛しい。
妹を持っていたおかげなのかさらさらと動く手はこちらを大事にしてくれている実感を与えさせるには充分で、肌をなぞるハチの撫で心地に尻尾が独りでにゆらゆらと動き可視化されてしまう自分の感情に気恥ずかしさを感じながらもその暖かさに身を委ねる。
しばらくじゃれあっていれば喉が渇きを訴えてきたため少しばかりの寂しさを覚えながら身を離し、ベッドの脇にある机に置かれた電気ケトルを手に取った。
あんまり寝起きがいいとはいえないあたし達は揃って面倒くさがりな上用でもなければ毛布の中でだらだらとしているため、この子を買ってからは非常に役に立ってくれている。
「コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「コーヒー、いつものやつで」
「相変わらずやねぇ」
「コーヒーは甘い奴に限る」
「人生は苦いからか?」
「……今は多少ましだけどな」
微睡みに意識を揺らしていた彼も習慣化された行動に抗えないのか渋々身体をお越しお好みの物をオーダーしてくる。それにお決まりの台詞を突つけば、返ってきた予想外の言葉に思わず胸が高鳴った。
「……とこ、尻尾が」
「うるさい。ハチのせいやろ」
赤くなっている顔と抑えきれない衝動が忙しなく尻尾を揺らしていて、それによって生み出された風圧の被害にあっているハチが何か言う前にぴしゃりと黙らせる。自業自得なんやからそのまま煽られていればいい。
全く、この男は……
ケトルと一緒に置いているハチのための甘いインスタントコーヒーをお湯にとけば香りがあっという間に広がり部屋を満たしていった。
小さな湯気を登らせるコップを渡して隣に座ると丁度いい高さにある肩に頭を乗せる。そうすればハチの方からも寄り添うように重心を傾けてきて、肌に当たるチクチクとくすぐったい固さの髪が心地良い。
二人だけの空間で肌を確かめるように身を寄せ合うこの瞬間が、あたしにとって小さな幸せの一つだったりする。
デートのことを考えると長くこの時間を続けられないのだが、どうも心はこの空間と共に彼と寄り添っていたいらしく準備に取りかかる気になれない。でも、デートは行きたいしなぁ。
「とこはどっか行きたいところとかあるか?ないならこの前良さげな喫茶店を見つけたんだが」
「んー、特にあらへんかなぁ。強いて言うなら新しいネイル買いたいくらいかな?」
頭の中で分かれた思考がせめぎ合っていると隣から先ほどよりもはっきりとした声色でハチが聞いてくる。それに自分の指先を眺めながら答えれば少し思案するような声のあとにこの後プランが吐き出された。
「なら喫茶店の帰りにどこかに寄っていく感じにするかね。途中で気になったらそこに入ってもいいしな」
「いつも通りっちゃいつも通りやね」
「行動範囲の狭い俺にはこれが限界だ。これ以上考えるとすぐに全部捨ててマイゴーホームしたくなる」
「あはー、そうゆうてもちゃんと考えてくれるのがハチの良いところやん?いつも楽しみやしな」
「お前の方が向いてるだろこういうのは。変わってくれてもいいんだぞ、むしろお願いするまである」
「ハチがあたしのために一生懸命頭唸らせてるのがええんやろ?もう少しその顔を楽しませてもらうかな」
「……やっぱり悪趣味だろ」
本気なのか冗談なのか分からない軽口を叩く彼にちょっと意地悪な顔をしていえば、口をへの字にまげてジト目を送ってきてその子供っぽい仕草に笑みが零れた。
楽しみなのも本音だけれどそれ以上に、慣れないことにうんうん頭を抱えている姿がどうにも可愛いらしく、愛おしいのだからしょうがない。しばらくはあたしのために試行錯誤している様を眺めさせてほしい。
それくらいの特権は許されるはずだ。
緩い空間の中コップの中身が空になって、そろそろ外に出る準備をしようかなと腰を上げようとすれば不意に肩をとんとんと優しく叩かれる。
なんやろ?と疑問符を浮かべながら振り返ると、ちゅっと軽いリップ音と口の中にほんのりと広がる甘いコーヒーの匂い。
いきなりのキスに眼をぱちくりとさせているあたしに気づかず、欠伸をしながら立ち上がろうとしたハチの手をぎゅっと掴むと胸の内から沸く衝動のまま引っ張って一緒に布団に雪崩れこんだ。
「戌亥さん?……んむ」
「ん……ちゅ。もうちょいいちゃいちゃしよーや?」
「いや、時間──んぐ」
″おはようのキス″なんてあざといことしてきた彼の唇を塞いで倍返しなんて言葉がちっぽけなるほどの口づけを送る。天然でやるくせに似合わない自覚があるのか気恥ずかしさを隠す彼の唇にだけではなく首から鎖骨、肩や胸にまで啄むようなキスで肌を朱く染めていく。
自分のものだという証拠を残すために。
ちうちうと吸い付きながらちらりと上目遣いでハチの方を見上げればかち合った澱んだ瞳が幼子を見守るような優しい目に緩んで、宝物を触れるように抱き締められるとお返しのキスが降ってくる。
時計の針はとうに頂点を過ぎていてデートの時間も少なくなっていく。けれど今はこの瞬間を手放したくなくて、あたしは彼を巻き込んで布団の中に潜りこんだ。