10月30日。第三次世界大戦終戦直後、ロシア。
ベツレヘムの星が墜落した、北極海にほど近いとある雪原。
人の体重がかかれば「ズザッ」と埋まってしまうはずの深雪の中を、「シャリッシャリッ」と言う半ば不可解な程に軽い音を立てて歩けるのも、学園都市の超科学ゆえだ。
大型の
この技術でさえ、木原印ですらない、学園都市で普通に売られているアウトドアシューズに内蔵されている程度のものに過ぎない。
「天使の腕、各所からかき集められた聖遺物。資源の宝庫ですねえ」
そも第三次世界大戦とは、ローマ正教の最暗部、神の右席の頂点、右方のフィアンマが世界を救うために引き起こした大戦だ。
世界を救う、というよりは、「世界のバランスを直す」といったほうがいいのかもしれない。
四大属性のバランスが破綻しねじれ、火・風・水・土の属性配置が古典十字教のそれからセレマのそれに歪んでしまっているが故の矛盾の修整。
そうして、世界最大の宗教が、世界の調和を
「属性の歪みを直す」など、わかりづらく抽象的に聞こえるが、
……結果的に失敗したとしても、それは聖書の1ページにも等しい大偉業だったし、多くの「資源」を生み出した。
「そう思いませんか? 神の右席、右方のフィアンマ、そして統括理事長アレイスター・クロウリー」
私の前に立つのは、1人の、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える存在
そして、私の下に気絶しているのが、全身を赤に包んだ、世界を救うために立ち上がった、それでいて誰でもないように見えるほどに凡庸な男、右方のフィアンマ。
「来たか、木原刹那」
「
それは、たった今世界を救わんとした男が、かつて世界を救わんとした男の前に敗北し、その本質たる右腕を切り落とされた場。
端的に言えば、私がこの場で行おうとしているそれは、漁夫の利、犬兎の争い、鷸蚌之争。そういったものだ。
「でも、私が近づくのがわかっているのであれば、
右方のフィアンマの腕が不自然に浮かび上がり、勢いよく私に飛来する。そして異音を立てながら
「聖なる右は右手を切り落とされても使える能力ではありますが。右手に起因する概念ではありますよね」
バキ゚キ゚キ゚キ゚キ゚キ゚キ゚キ゚、と、形容しがたい音を立てながら私の肩が割れる。そしてその内側からは、黒とも赤とも金とも形容できない、そしてそのすべてを同時に内包した、煙のように揺らめく崩壊寸前の右腕が顕現する。
右手は、所有者に宿る。奪ったとて使えるものではない。
それでも、原作において、同じ木原である木原唯一が、「右手」である
(肉体的には
あるいは、魔術的には「神の子の肉」による原罪除去、ないしは「千の貌を持つ英雄」による、世界を救いかけた英雄フィアンマの概念憑依、「金枝篇」による王位の継承。ありとあらゆる手段を以て行われた「接続」は……
右手を振るだけで、最強の魔術師に肉薄し、ツングースカ大爆発でも直撃したかのような衝撃が、アレイスターに叩き込まれた。
「
「アレイスター・クロウリーに勝つのは無理でしょうね」
ただし、叩きこまれただけだ。隕石か条約で禁止された殺戮兵器でも直撃したかの一撃を、素手で受け止め、反動さえも感じさせなかった。
アレイスター・クロウリーとは、現代魔術の転換者である。それは魔術世界のみならず、科学世界において、民俗学的・人類学的分野においても「そう」だと知られている。
「でも、貴方は『アレイスター・クロウリー』ではない」
アレイスター・クロウリーは、魔神などの例外を除けばこの世界で最強クラスの魔術師だ。
私を撃退することなど、今しがた右方のフィアンマをそうしたように、赤子の手をひねるようなものでしかない。
……だが、それは「十全であれば」の話だ。
「まず、あなたは、10億8309万2867通りの可能性、アレイスターという男が秘める極彩色のうちの一色でしかない。あなたの本体は今も学園都市のビーカーの中にいて、端的に言ってこの状態は長くは保たない」
そもそも、今ここにいるアレイスターは本物ではない。
未来の可能性の一片を切り取って出現させた分身のようなもの、と言える。
もちろん、未来のアレイスターの可能性なのだから実力は本体とニアリーイコールだろう。それでも、ニアリーイコールであってイコールではない。
さらに言えば、「何故分身なのか」も重要だ。
アレイスター・クロウリーは端的に言って強すぎたし、破綻的に言って重要人物過ぎた。
今ここでアレイスターの分身が出現しているだけでも、世界中の魔術結社が、今まで疑われてきた彼の生存を確信し、また、扱う魔術についても捕捉し続けているだろう。
そして、アレイスターの「プラン」は、彼が重要人物過ぎるが故に、彼が一瞬動くだけでも歪み続けていく。
彼の計画において、
「虚数学区への影響、自分同士での意見の齟齬、外部からの存在捕捉、貴方がプランに縛られている以上、私にも勝機があります」
肩口から生み出された「右腕」が霧散すると同時、本来の腕に、神威、あるいは神意ともいうべき、右腕の気迫が移動する。
白衣を着た私の右手には、半ば不釣り合いなほどに野性味のある、ねじくれた木の棒が握られている。
自然界で作られたような形の、そしてそれでいながら人工物でしかありえない、黄金色の枝だ。
(そもそも聖なる右は「十字教の範疇の」、右方天使ミカエルの右手。ミカエルという天使は右手に剣を持つ天使なわけで、そもそも「素手を振る」って
アレイスターが虚空を握りこむと、杖とは別の手のひらに、まるで実験で飽和食塩水を冷やした時のように、エメラルドの剣が析出する。
イギリス王室の持つカーテナ、あるいはフランスのデュランダルにも匹敵するような無二の霊装をも、片手間で再現する。
片手間で生み出したものにもかかわらず、霊装としての格は「黄金の枝」を大きく上回る。
(
霊的けたぐり、という魔術だ。
究極のパントマイムによって相手にあらゆるイメージを引き起こし、そのイメージによって攻撃する。
落語を極めたものは手先の動きだけで箸先の豆の種類までイメージさせ分けるというが、アレイスター・クロウリーはその域すら通り越している。ただ握りこむだけで、何を持っているか、どのような色でどのような形でどのような効果を持っているか、そのすべてを「連想」させられる。
誰にも知られざる秘伝の霊装から、科学的に存在しえない架空技術までも、イメージできるのであればなんでも再現できる、究極の魔術の一つだ。
さらに、霊装「
最強の魔術師の用いる、最強の魔術だろう。
(ですけど、この魔術が「究極」なのは、「究極の初見殺し」にして「究極の
霊的けたぐりは、相手に強制的にイメージを叩き込み、相手の力で再現させる都合、対策していなければ魔神でさえも一撃で屠ることのできる魔術だ。
さらに、その場で対策を練ることもできない。なんせ、この魔術は「なんでもあり」だ。相手にイメージ、アイデアを強制的に与える都合、
それに、咄嗟に対策をイメージすれば、人間の脳は必ずやその「対策を超える何か」がイメージしてしまうものだ。そして、その「対策を超える何か」は、術式によって必ず実現し、自らに襲い掛かる。
しかも、衝撃の杖によって「対策を超える何か」は10倍に効果は膨れ上がり、それをさらに予期すればその10倍、100倍の効果の魔術が襲い掛かるのだ。
これが、究極の『所見』殺したる魔術の神髄である。
(でも、この組み合わせって極端な話、
そう、霊的けたぐりは単なるパントマイムの派生技術に過ぎない以上、最初から五感や認識の一部が狂っている相手に対して、効果が削減されてしまう。
アレイスター・クロウリーほどの一流であれば、音や息遣いだけでもイメージを与えられないということはない。それでも、効果は大きく落ちるのだ。
……それ故に
「不発だと……!?」
アレイスターが握りこんだイメージのエメラルドの剣は、私が振るった黄金の棒、霊装の前に霧散する。
霊装としての格は、黄金の棒きれよりも、エメラルドの剣の方が何倍も上だ。魔術師としての技量もそうだ。
……だが、私はそんな剣を「イメージできなかった」のだ。
即ち。
「
学園都市第五位の超能力。最高の洗脳能力、
アレイスター・クロウリーは、一手見誤った。
知りえないはずの自身の秘奥に、初手以前で対策が済んでいた、ありえざる事実の前に。
そして、黄金の霊装が、心臓に吸い込まれた。
「奴隷は金枝を以てネミの木の王を殺す」
……金枝篇にいわく。もっとも古い形態の宗教とは、王を殺し、その王位と性質を継承するというものだった。アステカの食人祭祀しかり、スウェーデンのドーマルドルの血の供儀しかり、あるいは金枝によって殺される
王は不死の神の象徴であり、冬に死に春に生まれ変わる、季節と豊穣の象徴であった。
アレイスター・クロウリーは、魔術師として階梯を積みすぎた。
世界に遍在するありとあらゆる神殺し、王殺し、神秘殺しの魔術が、ひとつ残らず天敵となるほどに。
黄金の影響を受けた近代の魔術であれば、黄金の夜明け、あるいは銀の星の守護者であるアレイスター・クロウリーには及ばなかっただろう。それでも、こと、「頭の良さ」だけで言えば、木原の方が上なのだ。
ビーカーの中の、
その演算能力の集大成と、複数の原典によって。
アレイスター・クロウリーを、たった1回、たった10億分の1打倒するためだけに、あらゆる知識の逆算により構築された、黄金色ではない、古めかしい、野蛮な魔術。あるいは呪術。
全ての男女は星である。そして、星は季節により沈み、また昇る。
金の枝は、あまりにも簡単に、アレイスター・クロウリーの心臓を貫いた。
「この魔術、『森の王の殺害』は、王位継承の魔術。端的に言えば、貴方の能力、知識、位階を捕食する魔術です」
この魔術の性質は、より強いものを殺し、そしてその知識と能力を吸収するもの。学園都市の王であり、現代魔術の神の象徴に等しいその男を、食い破るためだけの魔術。
もちろん捕食の魔術を受けたとて、アレイスターにとっては何の痛痒もない。10億8309万2867の可能性、クロウリーズ・ハザードが1体死亡しただけ。なんなら、それにより自身の最適化が進んだとさえいえるだろう。
……だから仇となった。死んでもいいから、どこか余裕があったのだ。だから間違えた。
プランが破綻したことにより頭に血が昇っていたのもあっただろう。
確かに、分身のひとつ可能性のひとつが死んだとて、誰に与える影響も多くはない。
「あははははははははははは!!!!!」
ただし、木原に、魔術の頂点の知識と階梯を与えたならば?
それは、邪神復活のために贄を捧げたも同然なのではないか?
「……これで、あと1ピース」
木原の持つ、無数の科学知識。
そして今喰らったアレイスター・クロウリーの知識と、
そして、最後の一つ。
「では、行いましょうか、魔神到達。
木原刹那という人間の女は、これより消息を絶つ。次に
「私だけの
どこまで「最強最悪」をやっていいかで悩んでいたんですが、悩むくらいなら一番強いのをやることにしました
まあ、上条さんなら最後には何とかしてくれると思います。