聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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プロローグ

 小窓から差し込んだ陽射しは、まっすぐなラインを宙に描いた。

 光の帯の中にはきらきらと舞い落ちる雪みたいな粒。手を伸ばすけど、掴めない。触れようとした指から逃れ、初めから無かったように溶けて消える。

 白い線は床にぶつかって止まると、そこからは蛇が這うように細く伸びた。うず高く積まれた段ボールの山と、年代物のタンス……。雑然とした納屋の合間を縫って、そこに一筋の道が作られる。

 袖に張り付いた綿埃をはたき落しながら、その行き着く先を目で追った。目当ての物は、きっとそこにあるに違いない。だってこんなに綺麗で、印象的な光景なんだもの。何かが見つからなきゃ嘘だ。

 したがって必然的に、光は終着点として箱を一つ選び出した。古びた戸棚の上に鎮座している、両手で抱えるほどの大きさの箱。くすんだ水色の風呂敷にすっぽり包まれて、それは厳かな雰囲気に満ち満ちていた。

『この中にはとっておきの秘密が封印されています』――誰がこの箱を目にしたって、絶対にそう直感する。これ以上無いくらいの大発見。達成感と好奇心が同時に湧き上がって、どくんと強く鼓動を打った。

できるだけそうっと……ゆっくりと脚を持ちあげて、あたしはその箱へと近づいた。グランマが着せてくれたカーディガンが段ボールの谷間に掠って、かさついた音を立てる。

 近寄って見て分かったが、箱はずいぶんと長い間をこの納屋で過ごしてきたようだ。風呂敷はてっぺんで固く結ばれていて、その上からずっしりと埃が降り積もっている。移動はもちろん、結びを解かれた形跡すら全く無い。

 青っぽい色合いも紫外線焼けによるもので、元々は緑に近かったのではないだろうか。それも納屋の小窓から射す僅かな光だけで。

 仮にそうだとしたら、どのくらいの年月が必要なのか。一年、二年じゃきかない。もしかしたら十年だって超えるかもしれない。あるいはそれよりもっと?

 ごくんと勝手に喉が鳴った。

 

 グランマがこの家で暮らし始めたのは、ずうっと昔。それこそあたしが生まれるより前のこと。具体的にはパパとママが結婚した時くらいだから、この時点で二十年をさかのぼる。

 グランマが言うには、この家と土地はとある友人から譲り受けたそう。その際には既に母屋と一緒に納屋も存在していて、そこでは数々の物品が放置されたままだった。

 なんでもその友人とやらが突然、重い病に倒れ、どうしても納屋の整理ができなかったという。

『どうせ大したものは入ってないから、丸ごと全部明け渡すよ。すまんが捨てるなりなんなりしといてくれ』――むしろ申し訳なさそうに友人はグランマに謝った。

 とはいえ親友の持っていた思い出の品々を、本当に捨てられるはずもなく。どうしたものかと悩んでいるうちに、看護も空しく友人はついに天へと旅立ってしまう。

 さらに悪い事に、友人は出身が遠く離れた海外だった。単身、半ば隠居するようにして日本で生活を送っていたために、ご遺族とまるで連絡がつかない。

 仕方なく、正式な引き取り手が現れるまで、グランマはこの納屋ごと保存、管理を続けることにした。

 その数年後にパパとママの間にあたしが生まれる。仕事の忙しかった二人に代わって、グランマはあたしとたくさん遊んでくれた。それが災いしたとも言えるのか、納屋とその中に保管されたままの品々を、グランマは次第に忘れていった。

 

 だけど……あたしはもちろん忘れてなんかいなかった。幼い頃から、ずっと目にしていたふしぎなふしぎな小さなお家。

 色とりどりの草花が生い茂る庭の片隅で、じっと身を縮こまらせている苔むした黄緑の外壁。あたしの頭よりも、うんと高い位置にあった小窓は、まるで絵本に出てくる怪物の一つ目のように思えた。

 みんなが寝静まった夜ふけ、きっとあいつは一人でに動き出す。錆びだらけの鉄扉がぎしぎしと口を開ける。そうしてお庭の池で鳴いているカエルたちをぱくぱく食べだすに違いない。幼いあたしはそれが怖くて怖くて仕方なくって、グランマのベッドに忍び込んだものだった。

 すすり泣くあたしにグランマが言って聞かせる。

『あの子は大切な物を守るために、ああして立ち塞がっているんだ。いつかその日が来た時に、魔法の道具が本来の役割をちゃんと果たせるように』

 当時のあたしはその言葉の意味を半分も理解できなかった。しかしグランマの優しい声を聞いているうちに恐れは薄れ、あいつは悪い奴ではないという確信を改めて得る。それでやっとまぶたを閉じる勇気を持てた。

 夢では決まってあたしは納屋の内側へと迷い込んだ。杖、絵画、書物、楽器……そこにある物の姿は見る度に変化したが、展開はいつも同じだった。

『今日はまだその日ではない。おチビさん? さっさとお帰りなさい』。誰とも知れぬ声が、険しい口調でそう言いたてる。ぐわんぐわんと耳鳴りがして、あたしは逃げるように暗闇を走りだす。

 明くる朝、毛布の中で目覚めても頭からアイツの声が離れない。恐怖からじゃない……悔しくて悔しくてたまらないから。

 いつか絶対に、その日を迎えた時にはあたしが一番に乗り込んでやる。そう心に固く誓う。

 

「それが……今日よ。観念なさい」

 風呂敷の端をつまみ、あたしは結びを解いていく。凄まじい抵抗を予想したが、意外にもするすると布は流れるように滑った。瞬く間に覆い隠されていた物の全貌が明らかになる。

 それは眩しいくらいの白色をした桐の木箱だった。質の良い素材を使っているのか、相当の経年にも関わらず、虫食いやカビは見受けられない。

 中央にはぐるりと和紙が捲いてあって、それが封となっている。しかしそこには何も書かれていなかった。

 通常、こういう部分には所有者とか贈与者の名前を記すと思うのだが……。少し黄ばんだ、まっさらな和紙を見ていると、言いようのない不気味さが感じられる。

 誰が、いつ、何のためにこれを封じたか分からない……。ましてこの中身が何かだなんて、ちんぷんかんぷん。それこそティンカーベルみたいな妖精が飛び出してきたっておかしくないのでは? ……いや和風な見た目だからそれはないか。

 持っていた埃まみれの風呂敷をいったん脇に置き、意を決して桐箱に手を伸ばした。

和紙を横へ抜き取ろうとしてみるものの、当たり前だが糊付けされていて動かない。しかし蓋と本体の間には隙間があるので、そこを起点に爪で破ることはできそうだ。

 ただ、それをやると封印を二度と元に戻せなくなる。どう取り繕っても、あたしが一度開いてしまったことは誤魔化せなくなるだろう。

 せめてグランマの許可は貰った方がいい……。胸の内の良心が訴えかけた。

 今日、グランマがあたしに許してくれたのは『年末の大掃除の一環として、納屋の片付けをする』こと。間違っても、『納屋の中身を好き放題しても良い』ではない。

 だいたいその大掃除にしたって、無理に強引を重ねてどうにか押し通している。こんな風に堂々と中に入れることは金輪際無いに違いない。

しかし逆に言えば、これは最後のチャンス。幼い頃から文字通り夢にまで見ていた納屋を、一人で自由に見て回る。この千載一遇の機会を活かさずしてどうする?

「しっかりしなさい……あたし」

 弱腰になりつつある自分を奮い立たせるべく、あたしは桐箱を持ったまま独り言を続けた。

「また去年みたいになっていいわけ? あんなの絶対に有り得ないんだから。……今年こそ」

 指先に徐々に力を込めていく。乾ききった軽い音が納屋に響く。ゆっくりゆっくりと和紙の封印が破られていく。

「今年こそ……来てもらうわよ。あのアホ。絶対、ぜーったいに!」

 最後は叫ぶようになりながら、ついに封を破り切った。その勢いのまま、箱の蓋を持ち上げる。

露わになるその長方形の内側。僅かな陽射しだけが頼りの薄明りの中で、長い眠りから覚めたそれは鈍色の輝きを初めに放った。

「これは……」

 両手に持ち上げて、良く見えるように小窓に向けて掲げる。冬場の金属特有の凍てつく触感。暖房の一つも備わっていない納屋にあっては、まるで氷でも抱きかかえているよう。

 けれどそんなことは、すぐにどうでも良くなった。最初こそ面食らったが、よくよく考えればこれ以上の正解など無いように思えた。

「やっと見つけた……!」

 桐の箱に閉じ込められていたのは、赤褐色のトロフィーだった。それが箱の中で幾重もの緩衝材に包まれて、横たわっていた。

 しかしそれは通常の金とは程遠い色合いもさることながら、持ち手も台座も無いという異様な見た目。トロフィーと言うよりは、儀礼に使われるような杯に近いか。さらに特徴的なのは、根本の部分に楕円状のポケットが存在していること。あたかも、そこに大粒の宝石でも填め込まれていたかのように、ぽっかりと穴が口を開けている。

 あたしの興奮はいよいよ頂点に達して、気付けば納屋を飛び出していた。両手をいっぱいに伸ばしてトロフィーを天へと掲げ、くるりくるりと回って踊る。嬉しくて嬉しくて我慢できない。

だって、本当にあるなんて思ってもみなかった。こんなに簡単にみつかるなんて。

「魔法のトロフィー! やっぱりあんたが守っていたのね!」

 振り返った黄緑の納屋にこれでもかと見せつけて、堪え切れずに笑った。

「これでやっと、あのアホを呼び出すことができるわ! 今年こそ来てもらうんだから、アホサンタ!」

 回り過ぎたせいで目がぐるぐるしてきて、転んだあたしは庭の地面に倒れ込んだ。それでも笑いが止まることは無い。ついでとばかりに、雲一つない寒空に宣言しておく。

「どうよ使い魔、見たかしら。天才魔法少女スイーピーに掛かればこのくらいなんてことないのよ。だから今のうちに――」

 せいぜいサンタに頼むプレゼントでも考えておくことね。




この先、非常に長い話となりますが、ぜひ最後までお付き合いいただけると幸いです。
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