「聞ーいーてーなーいー! どーしてあたしが踊らなきゃいけないのよ!」
「良いではありませんか、スイープさん! あなたもプリファイが好きなのでしょう!?」
「好きだけど、それは見る側! やる方なんて嫌に決まってるでしょ! やーだー絶対やらない!」
「そうおっしゃらずに! 宝石、欲しいのではありませんでしたか?」
「むぐぐ……! ずーるーい!」
翌日、いざ会場に訪れたあたしにカワカミはとんでもない条件を突き付けてきた。なんとチラシで宣伝されていたプリファイのダンスショーに、あたしが出演しろと言う。それも脇役でもなんでもなく、メインヒロインとして。
「そもそもおかしいでしょ! なんで当日になって訪れた客にメインを振ってくるのよ! 主催者はバカなの!?」
「それが複雑に物事の絡まった結果でして……。きっかけはやっぱり、スイープさんも求めていらっしゃる、プリグラグッズの希少性にあるのです」
初販から二十年の時が経ち、高騰の極まったプリグラ関連グッズ。その再販が今回のイベントでされるのだが、驚くべきことに値段は元の定価で据え置きなのだ。
公式イベントである以上、あまり無茶な値は確かにつけられない。しかしいったい誰がセットで一万円という、少し割高なおもちゃ程度の値でいくと思っただろうか。
『今のプリティーシリーズのファンの子達にも、かつてのアニメグッズを楽しんでほしい』。そういった主催者側の願いが良く表れている。
ただし現実は甘くない。そうはいっても、転売対策は必須だった。
昨今のネット界隈では、出品数の限られたグッズを買い占め、それを不当に高い値段で転売する行為が散見される。
新作のゲーム機といった流通数の多いものでも、数割に及ぶマージンを付けるのが当たり前。プレミアのついたフィギュアなどに至っては、数倍以上という無茶苦茶な真似をする。その目的はもちろん、買い占めた側の『楽して稼ぎたい』という一点に尽きる。
要するに、作品が好きでも何でもないのに金欲しさにグッズを買い漁るわけだ。
ファンからすると、彼らの存在が好ましく映るはずも無い。もちろん、販売元のグッズ製作側からしても。
それは今回のイベント運営も同じだった。どうにかして転売者の魔の手か限定グッズを守りたい。その想いが高じた末に考案されたのが、このファン参加型ステージだったという。
ルールは極めて単純。
購入希望の参加者達は皆、ステージ上でダンスを披露する。その出来栄えに応じて順位付けがされ、それがそのままグッズ購入の優先権となる。一位ならば一番目に、二位なら二番目、十位だったら十番目と非常に分かりやすい。
踊った者が全員、優先権を使い切った後、ほかの一般客の購入が解禁される。
それなら無理して踊らなくてもいいんじゃ……なんて少し考えたが、当然ダメだった。カワカミの情報によれば、あたしの求める宝石セットはたった一個しか用意されていないという。
「真にプリティーシリーズを愛するなら、アニメオープニングのダンスだって完璧にこなせる。最もそれを美しく可憐に踊った者にこそ輝く宝石は相応しい。……主催者の方からはそう聞いておりますわ」
「えぇ……なんか発想ぶっ飛んでない?」
困惑するあたしをよそに、駅地下に造設されたステージ周辺には、続々と参加者と思しき面々が集っている。ぱっと見たところ、やっぱりあたしと同年代の少女の姿が多い。
その中でも、ウマ娘の割合はかなり高めだ。実際、アニメの内容はかなりレースを意識したものだし、学園の友達でも何人かファンを知っている。ニシノフラワーなんかは相当に熱烈な方だった。
だがその一方、ステージの反対側――。パイプ椅子が設置された観覧スペースは別種の盛り上がりを見せていた。成人男性を中心とした群衆が次第に勢力を増している。
駅の改札口、地上から繋がるエスカレーター、地下街方面の通路。三方向から男の人達は押し寄せ、その地点に集結していく。
これだけでも異様な光景だが、なにより不思議なのはみんな示し合わせたように似通った服装なこと。分厚くもこもことしたアウターは揃って真っ黒。歩き方や立ち姿まで似ているし、なんだか軍隊みたいだ。
なにより、顔をほんのり上気させているのは何なのだろうか。真冬の最中なのに、彼らの存在のせいで地下広場の温度は数度上昇しているようだった。
「ねぇカワカミ。これってプリファイのイベントなのよね? どーして男の人がこんなに来るのよ」
「さぁ……? けれど、なんだかここは居づらいですわね。ダンスショー開催までまだ少し時間があるようですし、会場を見て回りましょうか」
「そうしようかしら。あ、ショーに出るって決めたわけじゃないわよ! 勘違いしないでね」
「まぁまぁ……。スイープさんも、即売会の素晴らしいグッズ達を見たら気が変わりますわ」
カワカミに先導されて、ステージ前からグッズ売り場の方へと向かう。こちらの人波はそれほどでもなく、一息つくことができそうだ。
プリティーシリーズ特有の、ピンクを基調とした目に眩しいグッズが棚に並ぶ。主人公キャラの使うステッキがあったので手に取ろうとしてみたところ、寸前でカワカミに止められた。
「おっとスイープさん、お触りはまだ厳禁ですわ」
「え? じゃあこれ売り物じゃないの?」
「いえいえ。先ほどご説明したよう、購入できるようになるのは、ダンスショーが終了した後ですので。それまでは触れること何人たりともまかり通りませんわ」
「なにそれ、無駄に徹底してるわね~」
ファンが集まるのなら、グッズ売り場にひと気が少ないのは妙だと思ったが、そういうことか。ひとたび決着がついたなら、凄まじい大勢が殺到することだろう。広く空いた陳列棚の間は、ある種の嵐の前の静けさを感じさせた。
駅の地下広場は、あえて例えるなら巨大な眼鏡のような形状をしている。
左目に相当する空間に、今はダンスステージと観覧スペースが設営されている。
一方、反対の右目では例のジャンク品セールをやっている。タキオンは地下に到着するなり、「ではいったん解散だ」とか何とか言って、そっちに消えてしまった。
両目の間となる、眼鏡のブリッジ部分には長めの通路がある。途中には地上に繋がる階段や改札に行く分岐があり、一般の通行客なども行き来している。
グッズの即売会はこのブリッジに差し掛かるような形で設置されていた。
あたしとカワカミはその終端まで行き着いたところで、いったん足を休めることにした。ちょうど手頃な腰かけが壁際にあったので、そこに座る。
「ふぅ。にしても人が多いわね。ステージの方、さっきよりもっと酷いことになってるのかしら」
「おそらくは。プリファイが一部の殿方にも人気を博しているとは聞き及んでおりましたが、ああも密集すると……。少々圧倒されますわね」
「カワカミ、あんた本気であんなのの前で踊る気なの? あたし余計に嫌になったんだけど」
「いいえ本気も本気。真っ向からぶち当たって粉砕するまでですわ。だいたい、人前で踊るなんてウィニングライブでいっつもやってる事ではなくって?」
「まぁそれはそうだけど……」
でもあれは嫌だ。
上手く言葉で表現できず、あたしは足元に視線を落とした。
せめて……使い魔がいるなら別なんだけど。ウィニングライブじゃ、いっつもあいつが最前列であたしを待ち構えてる。
あたしがステージに出てきただけで大喜び。最初の頃なんて、まだ拍手のタイミングじゃないのにパチパチやりだして、周りから白い目で見られてたくらいだ。ほんとバカみたい。
けどあいつが笑顔で見てくれるから、それに応えてあげたくて、あたしはステップの練習を頑張ってる。くるくる回る決めポーズ、客席に向かって両手を大振り。一部の曲では……投げキッスみたいなことまでやる。でもそれらは本当のところ、全て使い魔に見てもらうためだけだ。
間違っても見ず知らずの人達に喜んでもらうためじゃない。だけど、それを前に使い魔に言ったら真剣な顔で怒られた。
『いい? スイープ。みんな、君のダンスを楽しみにしてるんだよ。君が手を振ってくれるから、嬉しい気持ちになる人だってたくさんいる。それなのに君がみんなを遠ざけるのは良くない』
お説教の意味は良く分からなかった。使い魔の話はたまに難しい。使っている単語はむしろ易しいんだけど、なんというか前後関係を結びづらい。あたしがヒラヒラ手を振ったくらいで、喜ぶ奴なんているのだろうか。レースの魔法ならもう分かったんだけど、ウィニングライブはいまだ謎だらけだ。
「……あれ、カワカミ?」
気付いたら、隣にカワカミがいなかった。あたしとしたことが、ぼうっとしていらしい。
きょろきょろ周りを見渡してみても、彼女の姿はどこにも見えない。今日は制服ではなく大人しめの普段着だったが、あの子はどんな恰好であっても、めちゃくちゃ目立つ。どうやら近くにはいないみたいだ。
「もう……いい歳して迷子になんてならないでよ」
ぼやきながら腰かけから立った。いつの間に人混みがさらに増している。右を向いても左を見ても黒山の人だかり。しかも大人ばっかりだから、背伸びしないとろくに前も見えない。この中からカワカミを見つけ出すなんて夢のまた夢だ。
さすがに自分の体格が恨めしくなった。せめてもう少し脚が長かったなら、きっと向こうから見つけてもらえるのに。今のあたしの身長じゃ、両手をいっぱいに上げても簡単に埋もれてしまう。
「むぐぐ……! 使い魔といい学園の先生といい! どーして大人はいっつもこーなのよ!」
背が高いってだけで偉そうにして。あたしが成長して立派な魔女になったあかつきは、逆に使い魔を見下ろしてやる。そしたら二度と上から頭なんて撫でられない。……いやそれはちょっと寂しいから、あたしがしゃがむことで、大魔女の頭を撫でる権利をあげよう。
「きゃっ!」
バカなことを考えていたら、前を歩いてきた人の肩にぶつかった。「っぶねぇな!」スマホを片手にしていた男子学生が、舌打ち交じりに去っていく。
普段は温厚なあたしでもカチンときた。追いかけて説教してやろうとするも、今度は横から急な割り込みが。体勢を崩していたことも手伝って思い切りつんのめる。
とっさに腕を前に突き出すも間に合わない。あわや顔面から通路の床に激突する――寸前で。
誰かが右肩を掴んで止めてくれた。男性特有のがっしりした手のひらの感触。ある種の予感めいたものが電撃的に脳裏に閃く。
パッと振り返ってみれば、案の定そこに立っていたのは、いつぞやのトナカイ男だった。