聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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立ち上がれダンサー、掴み取れ一番を

「カワカミ! ごめん、待った!?」

「スイープさん! 探しましたわ! あれから待てども暮らせど連絡もなく……。いったいどこに出かけていらっしゃいやがりましたの!」

「話はあと! それよりステージ参加ってまだできる!?」

「もっちろんですわ! 私が事前に登録しておきましたので!」

 こちらです、と両手を振って誘導するカワカミに従って、ステージ袖へと入る。そこでは既に十人以上のウマ娘が出番を待っていた。

 コスチュームはみんなお揃いで、フリルのついた煌びやかなドレス。アニメのヒロインを模したコスプレ衣装だ。

「スイープさん、制服と同じサイズでよろしかったですわよね! こちらに用意されていますから」

 隅のハンガーに吊るされていた最後の一着を手に取れば、あたしにぴったり。もはや目に痛いくらいのスパンコールとネオンカラーリボンに覆われたスカート部分。

 ウィニングライブでもまず着ないようなド派手さだが、それがむしろありがたかった。カワカミに悪いけれど、どうしても気分が盛り上がらない。……こいつを着れば、少しはマシになるだろうか。

「早く早く! 出番はもう待ったなしですわよ! 五人ごとのグループで踊りますので、スイープさんまであっという間です!」

 そう言っているうちに、最初のグループが軽やかにステージへと駆けて行った。

鳴り響くファンファーレに始まって、軽快なテンポのアニメソングが聞こえてくる。あたしも大好きな、プリファイのオープニングだ。歌詞はもちろん、ダンスだって夢に出てくるくらい脳裏に焼き付いている。

 特に練習なんてしてないが、これなら目を瞑ったって完璧に踊れるだろう。もし許されるなら、本当にずっと閉じていたいくらいだ。だって場内に詰めかけた観客だけが、あたしにとって唯一の問題なんだから。

「スイープさん、緊張しますわね~! 両手両脚を使って頂点を決めるだなんて、レースとはまた違ったハラハラですわ! 武者震いが止まりませんの」

「お願いだから、最後までステージに立っていられた者が勝者ですわ、とか言い出さないでよ……」

「なんと! さすがスイープさん、その手がありましたわね。であればさっそく――」

「待った! やっぱ今の無し!」

 可愛らしいドレスの袖を、カワカミが物々しく捲りだすものだから、慌てて止める。すると彼女は「冗談ですわ」とぺろりと舌を出して笑った。

「いくら私でもそこまで見境無しではありませんの。プリファイもレースも、正々堂々やってこそです。それより――」

 あたしの口元までその手が伸びてきたかと思うと、唇の端をそっと押さえられた。

「やっと笑顔になりましたわね。いけませんわよ? 表情も審査対象なのですから」

「むぎゅぎゅ、はーなーしーなーさーいー!」

「ほんと、いったいどこへ行っていたのです。あーんな暗い顔で戻って来て。ほらほら笑って笑って、スイープさんらしく!」

「分かったから、力ずくはやめなさいー! 頬の筋肉がつったらどーしてくれんの!」

 カワカミとわちゃわちゃやり合っていると、待機していた二番目のグループがいそいそ支度し始めた。耳をすませば、流れている曲が最後のサビを終えようとしている。次はもう私達の出番だ。

 後ろに回って、ドレスの背中のチャックを閉めてくれていたカワカミがぼそりと言う。

「スイープさん、最後に一応。これはあくまでバトルロワイアル、よって一番の座は一人だけ。私が勝った時は……これ以上は言わずとも分かりますわね?」

「そっちこそらしくないわね。いつだって勝負は全力でやるものよ」

「……ええ!」

 頷き返すカワカミを見て、安心した。もし「宝石のために、勝ちはスイープさんに譲ります」なんて言ってたら怒らなければならなかった。

「では次のグループが入ります! 拍手でお迎えください!」

 司会者の声が響いて、先頭の子がステージへ走り出した。遅れず続くあたしとカワカミ。袖を抜けた途端、むわっとした熱狂が頬に吹き付けた。

 観客スペースは一時間前と比べ物にならない人口密度になっていた。端から端までぎっしり人で詰まっていて、どこにも視線の逃げ場がない。元から偏っていた男女比も変化することはなく、やはりほとんどが女児でなく成人男性だった。

 ステージを小走りに移動していると、前列に立っている男性に見覚えがあると気付く。

あの人は確かカワカミの熱烈なファンで、レースのライブにも何度も来ていたはずだ。……主催者側の計画に薄っすら察しがついた。

 ステージ参加は事前登録制だった。ならばそれを宣伝に使うこともできただろう。まさかファンの多いウマ娘を限定グッズで釣って、その即席ライブによる集客を見込んだのか? だとしたらとんだ食わせ者だ。

「……スイープさん!」

 右隣のポジションについたカワカミから、鋭く小声が飛んでくる。いけない、考え事をしている場合じゃ無かった。あのへなちょこトナカイのせいで、あたしまで調子が狂いっぱなしだ。

 イントロに合わせて刻む左右のステップ、ターン、そしてジャンプ。そのかたわら、心の中でグランマの声真似。『無心、無心になるんだよ、スイーピー……。観客席なんてかぼちゃ畑と思えばいいさ』。

 このダンスはアニメーション上のウマ娘ヒロイン達が踊ることを前提としているから、要求される振付がかなり激しい。

 おそらくだけど、普通の人間の女の子に再現は不可能。というか現実のウマ娘でも厳しいくらい。逆に、だからこそ審査のしがいがあるとも言える。

 ちらりと横目で他のポジションの子の踊りっぷりを確認する。カワカミ含め、どの子も一ミリの不足も無く原曲を再現できている。こうなってくるとポーズは無論のこと、ジャンプの飛距離が足らなかっただけで、大幅な劣勢は避けられない。ましてや一位を狙うとなるとなおさら神経質になる必要がありそうだ。

 二回目のサビが終わり、Cメロに突入。このパートが終われば最後のサビで、後はポーズを決めて退場するだけ。

 ここまで目立ったミスをした子は、恐ろしいことに一人もいない。飛んだり跳ねたり、時にはフィギュアスケートばりの空中三回転を決めたり。もはやトレーニングの一種として通用するハードさなのに、みんな平然と笑顔で歌を口ずさんでいる。

 歌唱まではルールに入っていなかったので、さすがにあたしはすっぽかしているのだが、この判断で間違い無かった。そこまでやり通そうとしたら、十中八九、途中でドジって転ぶのがオチだろう。

 いよいよ曲のクライマックス、メインテーマが何度も繰り返される部分に。大丈夫、まだ体力には余裕があるし、振り付けだって単なるリピート。恐れることは何も無い。ほら次は三歩ステップで、左ポジションの子との交差――。「あっ!」

 それはきっと不幸な偶然。すれ違いざま、その子のスカートのスパンコールがあたしのに引っ掛かった。すぐに外れて、それ自体はほんの少しの接触に終わった。……しかし曲のテンポが速いだけに、僅かな乱れは絶望的なほど大きく影響する。

「……っく」

 実際にあたしのステップがもつれたのは、譜面上では八分音符くらいだろうか。言葉にすれば大したことないけど、映像で見れば文字通りワンテンポ遅くなるはず。

 頭から血の気がさぁっと降りるのが分かった。ゴールを潜るまで行方の知れないレースと違って、これは減点勝負のダンス。あたしの得意な、追込による一発逆転は存在しない。

 瞬間、脳裏を色んな事が駆け巡った。トロフィーを完成させるための宝石が……。使い魔のクリスマスが。奇跡の魔法、せっかくその尻尾を掴みかけていたのに!

 だが無情にも曲は流れ続けて、ダンスは何事も無かったように続行される。左にいた子も遅れは発生したはずだが、その子の顔色にも変化は無い。キラキラ満面の笑みのままだ。

 どうしてそこまで……と思うと同時に、あたしには無理という諦めが襲ってきた。

 このままやったって負けは見えてる。だいたいなによダンス勝負って。参加者ウマ娘ばっかりなんだから、堂々とレースで決めればいいじゃない! 

 今度は苛立ちが登ってきて、どうしようもなくなる。もうテキトーでいいや、と投げ出しかけた瞬間に――。

「頑張れ! スイープトウショウ!」

 バカみたいな大声が聞こえた。反射的に視線が向かう。

 観客席のずうっと後ろの方。ほとんど通路に差し掛かった部分に、立っていた。真っ赤なセーターで目立ちまくっている男が一人。顔までは良く見えないが、誰かは分かる。あんな真似をするあんぽんたんは、使い魔を除けばトナカイ以外にいない。

「がんば――むぐっ」

 彼はもう一度叫ぼうとしたようだったが、周りにいたファンらしき一団にあっという間に取り押さえられた。ろくな抵抗もままならず、そのまま場外へと運ばれていくのが見えた。……まぁ無事に済むとは思うけど。

 ダンスはつつがなく進行し、あたしもみんなに揃えてターンを決める。不思議と全身が軽い、頭は冷水に浸かったみたいにすっきり爽やかだった。

どうして笑顔で踊れるのかやっと分かった。見てくれている人のために決まってるじゃない。

 やがて曲は終了し、盛大な拍手がダンサー全員に送られる。あたし達は腕を精いっぱいに振ってそれに応えながら、ステージ袖へと戻った。その時だけは、勝敗なんて頭から完全に抜けていた。

 

――――――

 

「おめでと」

 見事一着を勝ち取ったカワカミに、あたしは短くお祝いを伝えた。

「まぁ傍から見ててもあんたが一番上手かったわ。……でも次は負けないから」

「どういたしましてですわ。そして望むところとも言っておきます」

 カワカミはスカートの裾を掴んで、優雅に一礼した。キングヘイローに教わったのだろうか、彼女にしては真っ当な礼儀作法だ。

「うーん、惜しかったなぁ。めっちゃ練習したのに」

「最初の入りのとこかしら。足さばきのキレがいまいち足りなかったかも」

 後ろで二着、三着となった子達がわいわいと言い合っている。彼女達が狙うグッズは何だろうか。ステッキ、コスプレ衣装? どちらにしても、一点物の宝石が九着だったあたしまで残ることは無いだろう。

そう考えたら、堪えていたはずの涙が零れそうになった。慌てて拭おうとして、借り物の衣装だったことを思い出す。しょうがないのでじっと上を向いて耐えていると、「少々お待ちを」とカワカミがステージ袖から駆けだして行った。

「ちょ、あんたせめて着替えてから……もういないし」

 他の子達はもう脱ぎ始めていたので、あたしもならって衣装を返した。それでもまだカワカミは戻って来ない。

 その後も雑誌記者がインタビューをしにやってきたが、一着が不在ということで締まりのない結果に終わった。もうイベントも残っていないとのことで、参加者達の集まりも解散となる。ついでにあたしはイベントスタッフから「お連れ様に衣装を戻すよう、よくよく伝えておいてください」と厳重注意を受けた。

 とぼとぼとイベント会場から出て、ひとまずあのバカ二人の行方でも探そうかとしたところ。向こうの方から「お待たせしました!」とやっとカワカミが戻って来た。相当急いで走っていたようで、額にはじんわりと汗がにじんでいる。

 ……この人混みでとんでもないことを。死人が出なかったのは奇跡に近いんじゃ?

 呆れ果てるあたしに、カワカミはすっと握ったままの右手を差し伸べてきた。それをこれ見よがしにゆっくりと開いていく。

 ブルーに煌めく清純の石。トロフィーに収められるべき宝石の一つ、サファイアを模した蒼色の玉がそこには握られていた。

「なんのつもりよ」

「これをスイープさんにと思いまして。受け取っていただけますわね?」

「なわけないでしょ! 負けたのをバカにするのもいい加減にして」

「誤解ですわ。それに私、スイープさんが負けたなんて、微塵も思っていません」

「はぁ!?」

 半ばキレそうになるあたしの鼻先に、カワカミがスマホをでん! と突き出してくる。そこではSNSのメッセージラインがずらずらと表示されていた。

 書き込まれている内容は、主にさっきのダンス対決のようだ。しかし、やたらとあたしの名前が目に付くのはどういうことだろう。一着を取ったカワカミと比べても断然多い。ほとんど『スイープトウショウ』で持ちきりだ。だがその実態は……。

「なになに? 会場にスイープトウショウの狂信的ファン出没、あわや乱闘騒ぎになる寸前までいった。あの男は誰? 場の空気も読まず大声出すとか、ファンの風上にもおけない。俺が会場にいたらぜってーへこましてた……。これ、あたしってよりトナカイの話題じゃない!」

「え、トナカイ? なんでそこで動物?」

「このバカのことよ。こんなの見せて、あんた何が言いたいわけ? まさか話題性ならあたしが一番だったとか?」

「そのまさかですわ!」

 カワカミはあたしの皮肉を真っ向から肯定してきた。しかしそこに嫌味ったらしい意図は全く無いことは、彼女の真剣な表情から見て取れる。

「ピンチに聞こえたファンからの熱い声援! それに応えて、ヒロインが最後まで笑顔で踊り切る! これほどプリファイに相応しいステージが他にあるでしょうか? 皆さんが最も楽しんでいたのは、間違いなくスイープさんのダンスでしたわ。ただ振付通りにこなされる踊りより、ハプニングがあった方がずっと盛り上がりますもの!」

「いやそういう趣旨のステージじゃ無かったって……」

「いいえ! 他の方がどう思おうと、私にはあなたのダンスが一番でした。狙ってやれるものじゃないからこそ、奇跡的な熱量が生まれるのです。見てください、このツイート数。今回のステージは大盛り上がりだったって、皆さん口を揃えてますわ!」

「悪い意味もだいぶ入ってると思うけど」

「それでもです。ほらスイープさん、手を出してくださいませ」

 カワカミは強引にあたしの手を掴んで、自分のと重ね合わせる。握られていた蒼玉は彼女の手の内でほんのり温かくなっていた。

「でもあたし……負けたのに」

「じゃあこういたしましょう! これはちょっと早い私からのクリスマスプレゼントですわ! それなら構わないでしょう?」

「なんでよ?」

 そう訊いたあたしの声は、自分でも恥ずかしいくらいに鼻声になっていた。カワカミはにっこりと笑って答える。

「トレーナーさんと、最高のクリスマスを過ごすのでしょう? その魔法のお手伝いができるならこのカワカミプリンセス、これ以上の幸せはありませんわ。だって――」

 二人、重ねたままの手を持ち上げて、ぎゅっと握り締める。少しだけ潤んでいる純真過ぎるあたしの後輩の目。

「スイープさんには、今年たくさんたくさんお世話になりましたもの。あなたがいなければ、きっと私は二度と全力で走ることは叶わなかったでしょう。これはそのお返しなのです」

 そこまで言われたら、もう受け取るしかなかった。

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