「ではこれより第三回目の実験を執り行う。対象は前回と同様、非粒子組成系実体、仮称『魔法のトロフィー』。協力者ならびに助手一同、遮光グラスは装備し終えたか?」
「はい、準備は万端であります! マム」
放課後の研究室に、ファインの凛とした声が響き渡った。何事かと思って振り返れば、後ろに手を組み背筋を伸ばし、彼女は直立不動の姿勢を取っている。
「え、あんた急に何してんの?」
「……ダメだよスイープちゃん! 上官にはちゃんと敬礼しないと。軍規違反で軍法会議に掛けられちゃうよ」
ますます何を言っているのか分からない。ポカンとするしかないあたしに代わって、タキオンが「すまない」と藪から棒に謝った。
「つい興が乗って、それっぽい言い方をした私が悪かった。これは単なる科学的実験だからファインモーション中佐にはお帰り願えないかな」
「えー私そんなに階級高くないよ。母国のお父様も、お前にはまだ早いって」
「真偽を判別できないジョークは頼むから止めてくれ。もう一つ付け足すなら、スイープ君の堪忍袋がそろそろ限界だ」
「いけない、そうだった! 今日の主役はスイープちゃんだったもんね~。ごめんごめん、タキオンの真面目な実験を見るなんて機会、滅多に無いから」
「その言い方は実に引っ掛かるが……。とにかくスイープ君。始めてくれたまえ」
言いながらタキオンは奇怪な装置を腰だめに構えた。
大型のハンドライト一本に複数の電極を差し込み、そこから伸びたコードを糸巻のようにぐるぐるにした物体――。まぁ要するに以前に出てきたU-MAのマイナーチェンジだ。開発者いわく、『筐体となるライト部分を一つにし、データ収束の効率化を図った』とのこと。誰に聞いても「最初からそうすれば?」としか言わなそうな改良である。
「はぁ……。じゃあいくわよ」
さしずめU-MA2とでも呼ぶべきそれの焦点は、テーブル上のトロフィーへと合わされる。
タキオンとファイン……二人の刺すような好奇心を感じつつも、あたしは蒼玉を手に取った。嵌める先はもちろん、トロフィーに備わった二つ目の石座だ。
ゆっくりと近づけるあたしの指は、ひいき目にも震えて見えた。
前回、翠玉を嵌めた時はほんの偶然だった。偽物の宝石が真の力を解放する鍵になるなんて、少しも考えてなかった。正直に言うなら、トロフィーが破損品と言われたのが悔しかっただけだ。
「ほ、本当にやるわよ!」
「ああ。遠慮なくやってくれ」
それは今だって変わってない。あれから方々を調べ回ったけれど、確信に繋がる情報は一つも得られなかった。
タキオンは言わずもがな、旨々亭の店主も、カワカミも、ダンスイベントの主催者も……。誰もこのトロフィーの正体を知らない。サンタ召喚という大魔法を成し遂げる力が、これに本当に備わっているのか? 現状では誰しもが口を揃えてノーと答える。だって見た目は安っぽい骨董品。値段にして一万円もつくか怪しい。
でもあたしは初めから信じてる。レースも魔法も一日にしてならず。積み重ねた努力はどんな形であれ、いつかきっと実を結ぶと。
指に挟んだ蒼玉は吸い込まれるようにして石座に嵌まった。一切なんの抵抗も無く。
「総員、対閃光体勢を取りなさい!」
ファインの鋭い声が飛ぶ。両手で目をただ覆うだけのことを、良くもそこまでカッコよく言える。しかもそれ、宝石を入れる役のあたしにはタイミング的に無理なんだけど。
はたして直後、蒼の奔流がトロフィーより発された。事前に掛けておいた眼鏡の遮光フィルター、さらに固く閉じたまぶた。二つの障壁があってなお、漏れた光が瞳を焼く。
堪らずあたしはテーブルの下へしゃがみ込んだ。コバルトブルーが瞬く間に研究室中を埋め尽くし、反射した光線が床すら染める。
翠玉の時はこの威力を真正面から浴びたが、よく失明しなかったと空恐ろしくなった。あるいは盗掘した不心得者を退治するため、あらかじめ備え付けられたトラップなのだろうか。
光はなかなか収まらない。床でじっと耐えていると、タキオンの上ずった声がした。
「100、110、130……! 素晴らしい、みるみるEtが増していくじゃないか。実験は成功だ」
薄目を開けてみれば、U-MA2を抱えたタキオンが大興奮している。思わずあたしもつられて叫んだ。
「ねぇタキオン! Etって確か高ければ高いほどいいのよね!?」
「Etの算出方法は平均値からの偏りを大本にしている。言い換えるなら、数値の上下は基底現実との乖離度を示す。君の言う魔法とはすなわち現実を改変すること。その工程には必然的にEtの変動が伴うとみていい。ならばこの上昇は――」
「いちいち難しい! もっと分かりやすく!」
「間違いなく、トロフィーは魔法に近づいてるってこと」
いつの間にあたしの傍まで来ていたファインが、耳元で囁いた。
「良かったね。スイープちゃん、このままいけばきっとサンタさんを呼べるよ」
にっこり微笑む。こんなにまばゆい視界の中でも、すごく楽しそうなのが伝わってきた。
―――――
発光が収まった後、トロフィーは水色へと変じた。
たいがい前の薄緑も変だったけど、今回は一段とまた奇抜な色合い。こんなものがレースの賞品として手渡されたら、きっとほぼ全てのウマ娘がその場でズッコケる。
「ねぇねぇ! スイープちゃん、写真を撮ってもいい? ぜひこれは記録に残しておきたいな」
そのごく一部の例外であるファインが、早くもスマホを構えながら言う。あまりにもその顔がウキウキしているから、ちょっとだけ意地悪したくなった。
「いいけど、一枚につきタキオンの薬一本ね」
「ホントかい!? じゃあ十枚!」
「いやあんたに指定する権利無いから」
「ならしかたない……。九枚で手を打とう」
「だからダメだっての! というか少しは欲望を抑えなさいよ」
そんな風にタキオンと言い合っているうちに、ファインは気が変わったらしい。
「やっぱりやーめた」とスマホを収めてしまった。
「ええ!? どうして。初心者用も取り揃えているのに」
「上手く言えないけど……これはスイープちゃんだけの物かなって。タキオンも、あんまり変に弄っちゃダメだからね」
「私は誓って、いかがわしい操作は行っていないとも。ただちょっと変動する波動関数の取り得る閾値の限界を査定――」
「そういうとこだよ?」
一言で切り捨てられたタキオンは、ぶぜんとした顔でU-MA2のスイッチを切った。低く唸るようだった起動音も静まり、研究室に平穏が戻る。
「やれやれ全く……。学術的探究心に欠ける者がここにもいたとはね。カフェ君もそうだが、どうして未知を追及することに抵抗を覚える? まだ見ぬ知らない世界が目の前にあるというのに、伸ばした腕を引っ込めるとは何とも度し難い」
「タキオン? それ以上うだうだ言うなら、またエアグルーヴさんにガサ入れをお願いすることになるけど」
「そうだスイープ君、訊きたいことがあったんだよ君に」
目にも止まらぬ速さで、タキオンはU-MA2を隅の棚に放り込んだ。何事も無かったようにテーブル前の椅子に座って、あたしに話しかけてくる。
「なにかしら。一応言っとくけど、ファインのいないところでもう一回ってのは無しよ」
「既に観測済みの事象に興味は無いさ。私が訊きたいのは残りの宝石についてだ。記憶が正しければそれらは合計四つ。だが君はエメラルドとサファイアしか、まだ手に入れていないようだ。……昨日のイベントで、宝石箱セットを貰ったんじゃないのかい?」
「う……。本当はその予定だったのよ。けど、しょうがないじゃない」
タキオンの癖に痛いところを突いてくる。
あたし的にも、昨日のイベントで全部を揃えるつもりだった。猶予期間は終わりかけの今日を入れて残り六日。そのうち最低でも二日は使い魔との遊びに当てたいところ。つまり実質的なタイムリミットはあと三日しかない。
だからこそカワカミには感謝してもしきれない……のだけど。
「あいつ、最後の最後でヘマやらかしたの。まさかセットを買うお金すら持って無かったなんて」
あろうことか、あの日カワカミはダンスステージに集中するあまり、自分の所持金をまるで考慮に入れてなかった。その金額は驚きの六千円足らず。なんでも前日にカラオケで豪遊したんだとか……自覚が足りて無さ過ぎじゃない?
宝石箱セットはプレミアム価格でこそ無かったにせよ、初回限定版なので元の値段がそもそも高い。しめて現金一万円を用意できなかったがために、カワカミは泣く泣くバラ売りのサファイア一個を購入する。
その後、当然のように二着だったウマ娘がクレジット払いで宝石箱をかっさらう。三着、四着も残ったルビー、ダイヤモンドを狙い、九着のあたしに番が回った頃にはもはや箱しか残って無かった。
「っていうかイベント主催者がこっすいのよ! ダンスに勝ったんだから、それくらいタダで譲りなさいっての」
「まぁ落ち着きたまえ。商売というものは時に非常にならねば立ち行かない」
「あの~横から聞いてて思うんだけど、電子マネーは無理にしても、スイープちゃんが現金で貸せば良かったんじゃ? 二人のお小遣いを合わせれば、さすがに一万円くらいは足りたよね?」
「……これだからお嬢様は。あんた、月に何円貰ってんのよ」
「え、何円っていうか……。大抵のものは頼んだら現物が来るから」
あたしは天井を仰いで自分の境遇を呪った。グランマはとっても優しいけれど、こと金銭面に関しては非常に厳しい。……ちなみに甲斐性なしのパパについては語るべくも無い。財布も家庭の実権も、何もかもをママに握られているため論外だ。
せめてあの時、喫茶店に二千円を置いてこなければ……。トナカイに対して無駄に意地を張ってさえいなければ、現金の合計はぎりぎり足りていたのに。
あたしが思わず大きくため息を吐くと、それを聞いたファインがじろっとタキオンを睨む。
「どうなってるのかな~タキオン。現地には一緒に行ってたんだよね? スイープちゃんの窮地を助けてあげなかったの?」
「キミキミ、私は学問の求道者だが決して万能ではない。無尽蔵にお金の出てくる財布もしくは無制限に残高の膨らむカードは未開発だ」
「誰もそんな異次元の資金力は求めてないんだけど。本とか試薬とか買ってるの良く見るし、一般的なお小遣い程度なら持ってるでしょ」
「そりゃあ……まぁその」
タキオンは少々言いよどんでから、さっき隅に置いたU-MA2を指した。
「あれに全部つぎ込んじゃった」
「あのガラクタで全部を!? 500円均一セールだったじゃない!?」
「装置内の特殊機構の一部に、レアメタルをふんだんに用いる必要があった。そこで大量のジャンク品の出番さ。あれらの中からレアメタルだけを取り出し、完成に至るまで集積していく手法を取った。確か全部で60個ほど買ったな」
「しかもすっごいもったいない使い方! グランマが聞いたらブチ切れるわよ!」
「都市鉱山という資源の有効活用と言って欲しいね。だいたい、元あったの壊したのは君じゃないか」
「それはカワカミ!」
「二人ともストップ、ストップ」
ヒートアップする一方のあたしとタキオンの間に、ファインがすっと入ってきた。
「喧嘩は良くないな~。結局のところ、スイープちゃんはまだ宝石を探し中ってことでいいんだよね?」
「なによ当たり前のことを。石座が埋まり切るまで、あたしは諦めないわ」
「じゃあじゃあ、耳寄りな話があるんだけど。……聞きたい?」
急に話の進む先が変わった。さっきまでとは打って変わって、ファインは思わせぶりな笑みを浮かべてる。もちろん、あたしは首を縦に振るしかない。
「そもそも今日、私がこの研究室に来たのはその耳寄り情報をスイープちゃんに教えてあげるためなんだよね~。そしたらちょうど実験が始まってたから参加しただけで」
「なら私をあんなに追い詰めなくても良くなかったかい?」
「タキオンは普段の行いが悪いからだよ、少しハンセーするが良い。それよりスイープちゃん……次の宝石を手に入れる覚悟はある?」
「そんなことわざわざ言わせないで。あるに決まってるでしょ」
「なら安心だね」
微笑んだファインは鞄から一枚のチラシを取り出した。強い既視感があたしを襲う。
「旨々亭開催、わんこラーメン早食い大会! 紅に濡れた宝石ルビーを懸けて、このファインモーションといざ尋常に勝負!」
チラシには細かくルールや参加条件などが書き込まれていたが、さておき気になったのは一点だけ。
「あんた、自分がラーメン食べたいだけじゃ?」
「違うよ心外だなぁ。まさか私がラーメンしか頭に無い子とか思ってないよね?」
あたしとタキオンは力を合わせて、ファインの顔を穴が空くほど見つめた。