聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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立ちはだかりしは最強の王女

 旨々亭の店内は異様な空気に包まれていた。

 以前、一度ここに来た事があるから分かる。ここはミツバにも負けず劣らずの人気店。食べている間に客足が途絶えることは無く、醤油ベースのかぐわしい匂いがそこかしこに漂う。飛び交う注文とスタッフ同士のやり取りで、店内は騒がしい事この上ない。

 ――はずなのに。

 午前十一時というお昼時に関わらず、ラーメンをすすっている客は今、一人もいない。どんぶりを配膳しているバイトもいない、麺を茹でまくっていた見習い達もだ。

 では店内は無人なのかと言えば……そうではない。人はいる。むしろ、いつも以上にいる。

 十を軽く超す数の観戦者達が、スマホやらビールジョッキ片手に思い思いの場所に。元あったテーブルは脇に寄せて片付けられ、座敷席にはカメラを携えた取材陣すら構えていた。

 物々しい雰囲気の中、ホールと厨房を仕切るカウンターには若い男が一人立っている。彼こそがここ旨々亭の店主にして、この人知を超えたラーメン対決の主催者だった。

「おうっす久しぶりだな、チビちゃん。元気にしてたかよ」

 店主はあたしの姿をみとめると、ニカッと白い歯を覗かせた。

「ふふん、あたしはいっつも元気よ。だけどチビは止めなさい。偉大な魔女に呪われたら客足が向こう一か月は遠のくわ!」

「そりゃ御免だ。悪い悪い、機嫌を直してくれ魔法少女スイーピー様」

 そう言って豪快に笑う角刈りの青年。身長180cm台という大柄の彼が、魔法少女なんて口にする姿はびっくりするほど似合わない。しかしこれでもプリグラ時代も含め、プリティシリーズは全話視聴済みというから、人は見かけによらないものだ。

「さて今日来てくれたのは他でもねぇ。わんこラーメンに参加するってことでいいんだよな?」

「もちろん!」

 あたしが即答すると、店主は「ほう」と目を細めた。

「一応確認しておくが、ルールはちゃんと分かってんだろうな? チビちゃ……スイーピーにはちと酷かもしれねぇぞ」

「無意味な脅しは止めなさい? あたしはどんな強敵も恐れないわ」

「その意気や良し。威勢のいい女の子は大好きだ」

「言い方がキモイ! それより景品はプリグラのルビーで間違いないんでしょうね? 今更やっぱ見つかりませんでしたなんて言ったら蹴っ飛ばすわよ」

「そこは安心してくれ。ちゃんと用意してる」

 店主は後ろの戸棚の引き出しから、紅色の宝石が入った透明なケースを出した。……形も色も、トロフィーに嵌まるべき物で間違いない。

「前に嬢ちゃんが来てからというもの、家中のタンスをひっくり返してたらヒョイと出てきてな。いやぁ苦労した甲斐があった。なにせ巷じゃ単体でも数万いくんだろ? 宣伝効果含め、景品としちゃ上出来だ」

「らしいわね。ま、あたしはお金なんて興味無いわ。そのフェイクルビーはただの人間には理解できない、大事な大事な役割を持ってるんだから」

「へぇそうかい。そんないわくつきの物なら、ファインモーション様もさぞお喜びになるでしょう」

 丁重に紅玉を戸棚に仕舞う。ファインは本物の宝石をたくさん持ってるし、そんなの絶対要らないでしょ……とは非常に言い辛い雰囲気だ。

「よし、そろそろ準備に取り掛かろうか。わんこラーメンイッチョウ追加ぁ!」

 店主が厨房に向け一喝を飛ばした。「おうっす!」という合の手が、何重にも連なって奥から返ってくる。どうやら中では何人ものスタッフが、既にラーメン作りに精を出しているらしい。『わんこ』なんて名付けている以上、尋常でない皿数を用意しているのだろう。

 一方、店の方々からは観客達のひそひそ話が聞こえてきた。

「噂にはあったけどマジか……」 「例のあの方相手にスイープ? 厳しくね?」 「ワイは応援してるで。ラーメン四杯分くらいなら賭けてもいい」 「俺は殿下の御姿が見られるなら正直なんでも」 「お前もうラーメン三銃士抜けろ」

 ――とか何とか。

 分かり切っていたことだが、ファインモーションの熱心なファンが店に詰めかけているようだ。彼女は前々から参加を表明していたそうだし、無理もない。雰囲気はまさしくアウェイ戦、地方レース場で地元最強と呼ばれるウマと勝負した時を思い出す。

「さんざん言われてるな、嬢ちゃん。やっぱ止ーめたってのも俺は構わねぇぜ。ぶっちゃけ対決ってのは後付けで、これは本来ファインモーション様のギネス挑戦企画だからな。あんたが降りてもキャンセル料なんて、みみっちいもんは取らねぇ」

「え? ギネス? 初耳なんだけど」

 しかも今こいつさらっとファインを様付けしなかった? いや冷静に考えたら皆そうするべきではあるけれども。

「みんな~ごきげんよう! どうも、ファインモーションです」

「殿下! お待ちいたしておりました!」

 狙いすましたかのようなタイミングで、暖簾をくぐってファインが店に入って来た。それを最敬礼で店長が出迎える。こいつ……この見た目で本当にそっち側だったわけ? 

「ごめんね、遅れて。隊長を説得するのに結構時間が掛かっちゃった。も~あれだけ食べ過ぎには気を付けるって言ったのに、全然信じてくれないから。ラーメンは無限にお腹に入る完全栄養食だってどうして分からないかなぁ」

「仰る通りでございます! 人はすべからく三食ラーメンで済ませるべきかと」

 店長の相槌に合わせて、後ろの人達も「ラーメン、ラーメン!」とこぶしを突き上げシュプレヒコール。なにこれ、アウェイどころか異空間に放り込まれたみたい。

 困惑するあたしを置き去りに、ファインはあたしの前まで来ると、にゅっと右腕を突き出した。握手を求めるジェスチャー……それは分かるけど、なぜこの状況で? と思ったら、

「お互い良い勝負にしようね、スイープちゃん」

極めて真っ当なスポーツマンシップから出た行動だった。

「え……あ、うん」

 勢いに圧されて握り返すあたし。すると急速に彼女の力が増した。カワカミも顔負けの握力が灯り、たまらず逃れようとするも離してくれない。

「私ねぇ……実はずっと満足できなかったんだよね。一回くらい死ぬほどラーメンを食べてみたいなぁって。それなのに隊長もトレーナーさんも頭が固いんだ。けどね……スイープちゃん。あなたのお陰だよ?」

「ひっ」

 薄く引き締められた唇。ファインの笑みに、初めてどう猛な輝きを見る。

「勝負ならいくら食べたって仕方ないよね。だって勝つためだもの。今から一時間、私達は胃の中に流し込めるだけのラーメンをひたすらすすり続ける。四肢はその動きのみを許され、五感は醤油と豚骨以外を覚えることは無い。なんて美しく完成された世界でしょう。あなたに一つお願いするなら……どうか私が満たされるまでの間、箸から指を離さないでね」

 ……いや怖いんだけど。今から始まるのってラーメン食べるだけの大会よね?

 

 

ーーーーーーー

 

 

「両者、どんぶりを見合って……開始ぃ!」

 謎のゴングが打ち鳴らされ、ついに決戦の火ぶたが落とされる。

 電光石火の勢いで握られる割り箸、眼前には程よく煮立った醤油ラーメン。ほわほわ湯気を立てているスープの海へ、あたしはさっそうと漕ぎだした。

「さぁ始まりました、一対一のわんこラーメン大会。今回の挑戦者は中央トレセンよりの可愛らしい刺客スイープトウショウちゃん、二番人気です。迎え撃つは前回王者、同じく中央トレセン在学のファインモーション様! 有無を言わせぬ圧倒的一番人気、ぜひ実力を発揮してほしいですね」

 ちょっと解説に差があり過ぎじゃないどうなってんのここ、というか二人しかいないんだからオッズなんて付けるなといった想いを乗せて、三口四口と箸を進める。

 今日の最低気温は氷点下二度、最高でも十にいかない。ラーメンは出来立て熱々だが、ゆっくり冷まさずとも口に含める。季節が真冬で良かったとハフハフしながら独り言ち。

 だが、気象条件はファインも同じだ。勝負のルールが早食い――すなわち時間内にどれだけ多くの麺を食べたかである以上、いずれかの段階で彼女のペースを上回る必要がある。

「ペース作りという点で重要な序盤戦、スイープトウショウは麺から果敢に攻めていくようですね。これをどう見ますか、解説のアグネスタキオンさん」

「ふむ、順当な戦術だね。逆に言えば面白みに欠ける。もう少し工夫を凝らした手を打ってほしいところだが……なにぶん彼女はフードファイト初心者。ここは末永く見守ってあげようじゃないか、ラーメンだけに」

「忌憚のないコメントをありがとうございます。他方、ファインモーション様はまずスープを口にされていますね。レンゲを巧みに操り、その奥深い味わいに舌鼓を打っていらっしゃいます。そこから慎重に、じわじわと麺量を削っていく。これはあまり見ない戦法ですね……スープの熱が冷めてからの方が良いと思われますが。いかが見ますか、タキオンさん」

「なるほど、そうきたかい。これはかなりの高等テクニックだよ。スープの味を舌になじませることによって、口内における麺の滑りを良くしているんだ。単に麺をすするだけでは、どうしても単調で飽きが来てしまうからね。ただし、下手にやったのではペースダウンにつながるだけ。素人には真似できない、彼女ならではの戦術と言える」

「なるほど……少しの動作にも匠ゆえの考えがあるということですね」

 べらべら喋っている店長とタキオンの話を小耳に、あたしは一人ほくそ笑んだ。

なにが麺の滑りよ、バカバカしい。そんなのあるわけないじゃない、タキオンだって素人なのにテキトーを言って。たぶんだけど、ファインは単純にラーメンを楽しみたいから先にスープを飲んだだけだ。これって冷めたら魅力半減だし。

 よしんばそんなテクがあったとしても、結局は『味に変化が出る』という精神的な効果に限られる。物質としての麺の質量に変化は生じない。いや……むしろ余計な水分と塩分を吸収する分、早食いには逆効果だとすら言える。

 そもそもこのわんこラーメン、勝敗の基準はお代わりした替え玉の合計数だ。間違ってもどんぶり数では無い。

 極端な話、スープは一切口にせず麺だけすすり続けても良いということ。ただそうは言っても麺は特性上、時間経過によりスープを吸収する。少なくとも四回も替え玉すれば、初めにどんぶりに入っていたスープは尽きてしまうだろう。そうなった場合、参加者は自身の判断でスープを追加することができる。

 この回数に限りは無く、追加のタイミングも好きに選べる。替え玉ごとにスープを入れても良いし、その逆もしかり。……まぁ普通に考えて、たくさん食べたいならスープの消費は最低限に抑えるべきである。

「替え玉!」 「あいよ!」

 カウンター内の店員が素早く湯を切って、あたしのどんぶりに麺を入れてくれる。解説はかなり不公平だけど、サービス対応は全く平等だ。さすがに今は比べられないが、味と分量にもきっと差異は無い。

 ならば勝敗を分けるは実力のみ――。

「替え玉おねがーい!」 「あいよ!」

 ――とでも思っているのかしら、ファインモーション。

 数秒遅れて替え玉を頼んだ彼女をちらりと見て、あたしはまたひっそり微笑んだ。

さっきゆっくりスープを飲んでいたにもかかわらず、もうあたしに僅差まで迫っている。さっきはスープという存在の余分さについて考察したが、結局のところあれは小手先のテクニック。圧倒的強者であるならば少々道草を食ったところで、弱者など簡単に蹴散らせる。

 あたしの予想が正しければ、おそらく更に二玉も替え玉する頃には完全に逆転される。それどころか、もう何したって追いつけない程の差がつく。あたしはノロノロ膨れた麺をすするだけの敗戦処理に追われるだろう。

 ……悔しいけど、あたしとファインじゃ現時点での実力にそのくらいの差がある。それは否定しようの無い事実だ。

「……だけどね、ファイン」

 だからこそ策を立てる。強者に勝つため、強い獣を狩るため、弱者は知恵を巡らせる。筋力、体力、耐久性……それだけが勝負を決めるのでは、生態系の頂点にヒトが立つことは無かった。

 ではここで言う策、知恵とは何か? スープの摂取量を抑えること? いいや違う。もっと抜本的で、クリティカルな作戦があたしにはある。

 まともに戦ったら必敗のこの対決で、しかし宝石を勝ち取るために……。あたしはあたしの特技を最大限に生かす。すなわちそれは魔女の英知、魔法。

「替え玉~あとスープも」 「あいよっ!」

 二玉目をファインが食べきった。彼女は予想通り、さらにスープも注文。遅れること十秒半で、あたしもぎりぎり食べ終える。

「替え玉っ!」 「あいよっ!」

 まだ致命的な差は付いていない、十分巻き返せる範囲内。だがそれは一方で、ここから加速できないなら離されていくだけとも告げている。だからこそ、このタイミングであたしはそれを鞄から取り出した。

「よっと」

 魔法の正体は一本の水筒、その中身はグランマ秘伝の薬草茶。配合成分は横文字が多くてあんまり覚えてないけど、とにかく消化を助ける要素がぎっしり詰まってる。一口でも呑んだだけで胃もたれ、消化不良、悪心、あらゆる不調が即時に解決する最高に有用な魔法だ。大事なレース前に、何度これで使い魔を助けたか知れない。あいつ、やたら体調を崩しがちだから。

 ただしめちゃくちゃ苦いので、あたし自身はあまり飲んだことは無かった……。しかし今、これを使わずしていつ使う? これがあれば油、塩分の過剰摂取によるムカつきだって即座に吹き飛ぶ。ベースアップは間違いなし! 

 蓋を取って、さっそくコップに注ごうとしたところで――。

「ちょい待ち」 「え?」

「そりゃダメだぞ。飲料、食料、薬剤その他一切、口に含む物の選手による持ち込みはルール違反だ」

 傍までやって来た店員が、あたしの水筒を取り上げて隅の棚へと追いやる。

 あたしの完璧な作戦は一瞬にして瓦解した。

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