聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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死闘の果てに駆け抜ける走マ灯

「替え玉ぁ!」 「あいよっ!」

 これはつまり天啓なんだ。

 策に溺れることなく、真っ向からファインに挑み、そして打ち勝つ。天よりの導きなんだとあたしは受け取った。……そうでもないとやってらんない! 

 めちゃくちゃ早起きして頑張って作ったお茶が、二言三言で片付けられるなんて、そんなことある? 食後に飲むくらいはセーフだったりしない?

「これでトウショウスイープも六玉目に入りました。しかしファインモーション様は既に六玉目の中頃まで食べ進んでいる! 一度開いた差が開くばかりですね。これはスイープトウショウ、苦しい展開か?」

「いいや一概にそうとも言えないかな。私の予想するところ、この時点で一玉遅れにされてもおかしくなかった。それがなかなかどうして、スイープ君は必死に食らいついているよ。これ以降ファインの口が鈍るようなことがあれば、逆転を見られる可能性は十二分にある。そこでやはり鍵となるのは、残る胃の許容量だ。一時間という早食いにしては長丁場な子の勝負、どれだけ空腹感を保てるかに掛かっている。お腹がいっぱいだと、どうしても箸が遅くなるから」

「常人なら二玉食べた時点で、それ以降は手を動かすだけの作業になるでしょう。しかしタキオンさん、選ばれしラーメン戦士である彼女達は違うと?」

「戦士かどうかはさておき、ウマ娘だからね。卑近な例で言えば、オグリキャップは一夜にして食堂の備蓄を半分平らげたという伝説を持つ。人間の尺度で考えることはナンセンスだよ」

「さすがはファインモーション様! ラーメンの神に愛されし申し子ということですね」

「そうは言ってない」

 解説なのかボケなのか良く分からないやり取りを続けている二人。しかしそれで周囲の観客達は盛り上がっているようで、「やれー」「ブチまかせー」という熱い声援が方々から飛んでくる。

特にファインが替え玉する際のテンションはひとしおで、一同拍手喝采が巻き起こる有様。そのせいで否が応でも、あたしは彼女の凄まじい食べっぷりを思い知らされる。

「替え玉お願いっ!」 「あいよっ!」

 うそ、もう七玉目? さっき中頃って言ってたはずなのに。

 驚きのあまり隣を見てみれば、ズゾゾゾと掃除機のように麺を吸い込む化け物の姿がそこにはあった。みるみるうちにスープ内の黄色い山が崩されていく。追加が入ってものの数秒で三割が口内へと消えた。

「おっとスイープトウショウ手が止まった! その隙にも差がずんずん開いていく! これは決まったか!?」

「少し休憩してただけ!」

 思わず言い返しつつ、六玉目の残りを一気に口に放り込む。ぼうっとしていたせいもあって、麺はしこたまスープを吸って太くなっている。それと代わって、どんぶり内の液量はかなり減った。

「替え玉はまだ!?」 「あいよっ! スープはよろしいのですか?」

「いらない!」

 あたしのどんぶりに次の麺が投入される。しかし僅かな水溜まりでは、もうその全体はたっぷりつかる事すら無い。申し訳程度に下の方がひたるだけだ。

 もはやラーメンというより、つけ麺あるいはパスタのような状況。当然、これでは食べることなんてできない……というわけでもない!

「な、ななんと! どうしたことだ!? スイープトウショウ、血迷ったか。ほとんどゆで上がっただけの麺を箸で掴み、そのまま口に運んだぞ!」

「スイープ君……やるじゃないか」

 観客からも驚愕の声が上がる。ファインすら驚いて手を止めた気配がした。

 それもそのはず、あたしはこの茹でただけの麺……茹で麺をそのままぱくぱく食べ続けているからだ。スープを頼み忘れたから仕方なく、とかじゃない。明らかに狙って、初めからそのつもりで……このほぼ無味の茹で麺を、一玉分食べ切ろうとしている。

「じゃ、邪道食い……! ここでまさかの邪道食いが飛び出したぁ!」

「ちょ待てって! いいのかこれ、ルール違反だろさすがに!」

「いいや、それには抵触しない。店主が提示した勝利条件は、替え玉をいくつ頼めるかで競うというものだ。スープのお代わりは自由だが、逆に言えば必ず頼む必要は無い。これは立派な戦術の一つだ。もちろんメリットも多い」

 タキオンの解説は珍しく当たっている。その通り、この不利な状況においてスープはもはや邪魔でしかない。

 いくら冬場だからといって、出来立てのそれは熱々で麺のすすりを妨害する。濃厚な醤油風味とギトギトの脂も、適量を過ぎれば食欲を減退させる。

一分一秒でも素早く麺を片付けたい今のあたしにとっては、この茹で麺こそが最適解なのだ。

「だが……だが、これはあまりにも冒涜的ではないか!? ラーメンの本分とはそのフレーバーたるスープ。各ラーメン店を担う者達はこれに命を懸けているというのに! 専用鍋でじっくりことこと厳選された素材を煮込み、長年研究を重ねてきた黄金比の調味料で味をつける。その苦心の果てにお客様へと究極のスープが提供されているんだぞ!?」

「店主さんの気持ちは分かるが、それは事前のルール整備が足りなかったせいだね。次は法学部のバイトでも雇うといい」

「いやだってこんなの普通考えないだろ!? なにが悲しくてただの茹で麺食べなきゃいけないんだよ、絶対そんなの旨くない!」

 確かにこれは美味しくなかった。辛うじてどんぶりの底に余韻があるとはいえ、それで全体に味が付くわけもなく。

 あたしの口の中は今、もにゅもにゅした小麦粉本来の風味がそのままお楽しみいただける仕様になっている。簡潔に言って最悪だ。

「さすがは体格、経験値の差を押して参加を決めたチャレンジャー。ラーメンへの敬意、正々堂々と戦う道徳心、そして自身の味覚……全てを投げ打つ反骨精神が今ここに結実している! さすがは幾多のレースを勝ち抜いてきた大物ウマ娘だ!」

「たぶん負けず嫌いなだけだと思うよ」

「だからうるさい! 替え玉もう一個! スープは要らない!」 「あ、あいよぅ」

 若干ぞんざいな手つきで、どんぶりに投げ込まれる茹で麺。取りも直さずそれを箸で掴んで、口に直行。もっちもっち咀嚼すれども、広がる味は相変わらず虚無。

なんだろう、流しそうめんでおつゆ貰うの忘れた時みたいだ。取りに行っている間に全部食べられちゃうから、仕方なく素で食べたことがある。あれも今みたいに、さもしい気持ちでいっぱいになった。お腹はどんどん膨らんでいくのに、メンタルからは逆に何かが失われていくような……。

「替え玉っ!」 「あいよっ!」

 ファインの注文に合わせて、聞こえる拍手と声援はいっそう大きくなっている。「勝ってくれ!」という普通のもあれば、「そんなズルに負けるな~」という少し意地悪いのも。

言わばあたしはレスリングの悪役キャラだろうか? こんなあくどい食べ方してたら、そりゃあ応援する人なんていなくなる。

 でも……負けられない、あたしには負けられない理由がある。こんな訳の分からない対決で、宝石を奪われてなるもんか。

「替え玉もう一個! スープは注がないで!」 「も、もう止めないか?」 「黙って手を動かして!」

 麺を噛むのに酷使してきたアゴが、徐々に疲労を訴えだした。茹で麺には一つ明確な欠点がある。それはスープに浸からないためどうしても触感が固くなること。

最初のうちは軽微だったけど、十玉を超えたあたりでいよいよ無視できなくなった。今はもう口が動いているどうかの感覚すら薄れてきている。

「替え玉いくよぉ!」 「あいよっ!」

 しかしファインとの差は縮まらなかった。あれから開かれてこそいないけど、追いつけてもいない。無論、彼女は何杯もスープをお代わりしている。したがって胃に入った水分量もあたしの数倍。満腹感だって比にならないはずなのに。……どうしてそんなペースを維持できるんだろう。

(知りたい?)

「えっ」

 脳内に直接話しかけられたかと思った。が、そんなことあるわけもなく、単にそんな風に言われた気がしただけだった。ファインは目下のところ、麺をすするのに忙しい。

けれど確かに、ちらりと覗いた彼女の横顔があたしへ意思を伝えている。

(それはね、ラーメンを楽しんでいるからなんだよ)

「はぁ?」

(スイープちゃんにはまだ分からないかな? ラーメンって言うのはね、誰かを楽しませるために生まれるものなの。それを全身全霊で味わうなら、量の多寡は意味をなさない)

 頬から伝ってテーブルに落ちるファインの汗。真剣そのものの彼女の表情は声よりも饒舌だ。

(自分ではなく、他人のために。本当の意味で誰かを想ってした行動は、まさしく奇跡と呼ぶに相応しい)

「い、いや何の話よ急に……」

 戸惑うあたしに向かって、ファインは声にならない問いかけを放った。

(スイープちゃんはある? 決して自分のためでなく、誰かのためにだけに頑張ったこと)

 それは……それは、ある。

 現在進行形で、あたしは頑張ってる。使い魔のために、使い魔が楽しいクリスマスを迎えるために。

(本当に? そもそもサンタって大人には来ないものでしょ。トレーナーさんはそれを心から望んでいるの?)

「あったりまえでしょ!? だってあいつは――」

 あいつが、大人にはもう来ないなんて言うから最初は勘違いしてた。

 でも違った。子供時代も含めて、あいつは一度もサンタからプレゼントを貰った事が無い。もっとはっきり言うなら……あいつは楽しいクリスマスを経験したことが一度も無い。

 

――――――

 

 今年の冬の始まり。十一月の下旬に、あたしは使い魔にそれとなく尋ねた。

「ねぇあんた。サンタにどんなプレゼント貰ったことがある?」

 確かトレーニング終わりの……夕暮れ時だった。落ち行く太陽を望みながら、二人で歩いていく川沿いの土手。使い魔は少し呆れたように、あたしの問いかけを笑った。

「気が早いなぁスイープは。まだ一か月先の事だよ?」

「失礼ね、あんたがノロ過ぎるだけよ。うかうかしてたら、一か月なんてあっという間なんだから」

 何がおかしかったのか、使い魔は更に笑った。それが気に食わなくって、あたしはちょっと語気を強めた。

「いいから答えなさいって! 何を貰ったわけ?」

 本心を言うなら……使い魔の返答を参考にして、クリスマスにプレゼントを用意しておくつもりだった。 使い魔のヤツ、普段からずっとぽややんとしていて、何が欲しいかまるで分からない。

 かといって安直な文房具やバッグではつまらない。どうせなら、ぬわっと驚かせられるような物を渡したかった。

 でも返ってきたのは――。

「……無いなぁ」

「え?」

「や……あはは。そう言われてみればプレゼントなんて、貰ったこと無いなあって」

「はあ!? んな訳無いでしょ! サンタ、来たんじゃないの?」

「ううん」

 使い魔は夕陽を見つめたまま言った。

「うちにサンタはいなかったよ」

 そのバカみたいな答えを聞いて、決意した。あたしからの小手先のプレゼントなんかじゃダメ。なにがなんでも、サンタ本人に来てもらうって。

 あたしの大事な使い魔の元へ、一度も行ったことが無い? 百回蹴ってもまだ足りないくらいの大バカよ。

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