聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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昼下がりの公園にて

「このバカトナカイ! 今度という今度はマジで怒ったわよ!」

 昼下がりの公園中に轟く、あたしの怒声。

「あああごめんごめん! つい魔が差したんだ!」

「ごめんで済むなら保健室は要らないの! どー落とし前つけてくれるのかしら」

「ええっといやその……ホントに悪かったよ、勝手な真似して」

 トナカイは深々と頭を下げた。ベンチに座ってるあたしの目線と、ほとんど同じ高さになるくらい。

「ふん……まぁ? 反省してるのなら、許してあげないこともないことも無いけど」

「どっちそれ?」

「まだ頭を上げるな!」

「えぇこれさすがに恥ずかしいんだけど」

 向こうの滑り台で遊んでいた子供が、なるほどトナカイを指さして笑ってる。立派な大人があたしみたいな少女にぺこぺこするのは、誰の目にも奇異に映るだろう。

 そう考えたらほんの少しだけ可哀想になった。あたしの薬膳茶を勝手に注いだことが発覚した瞬間、一切の反論も許されずこいつは店から叩きだされた。

 共犯者扱いされるのは癪だけど、あたしぐらいは話を聞いてあげるべきかも。

「で、理由は?」

「え?」

「鈍い! だから、なんであたしの薬膳茶を勝手にコップに注いだの。お陰であたしは失格、ファインの逆転判定勝利よ!? 玉数では勝ってたのに、こんなのあんまりじゃない!?」

「いやぁそれはその……だからついつい、衝動的に」

「そんなの通るわけないでしょうが。はぁ……全く」

 わざとらしくため息を吐いてみる。するとトナカイは「我慢できなかったんだ」と唐突に強い口調になった。頭を上げて背を伸ばし、あたしを真っ直ぐ見つめて言う。

「店のみんなは君の力を少しも信じず、あれじゃもうダメだろうって言って。そんなわけない、スイープトウショウなら絶対できる。ただあと一押しが足りないだけなんだ。それをどうしても伝えたかった」

「ちょ、声がおっきい……!」

「だいたいお茶くらい別にいいじゃないか。怪しげな薬じゃあるまいし。ラーメンをこっそり減らすならともかく、逆に水分を摂取するんだからそこまで卑怯でもないだろ。初めからあの店主が認めてれば、君は邪道食いに手を染める必要すら無かった。そうだろ!?」

「分かった、分かったって」

「いいや分かってない。とにかく僕は君に勝ってほしかったんだ。それだけだったんだ……。でも……」

 そこでストン、とトナカイの声は落ち着いた。項垂れた表情で「ごめん」とまた謝る。

「余計なことをしたのは確かだ。店主はルール違反と判断し、君はそれに従った。なのに僕がぶち壊したんだ。……いくら責めてくれても構わないよ」

 ここが人生のどん底みたいな声で言う。

これじゃまるであたしがトナカイを虐めてるみたいだ。そんなつもりは全然無いのに。

 あたしはそれっぽく咳払いして場を整えてから、おもむろにポケットに指を入れた。取り出すのはもちろん、あの透明なケース……そして賞品となっていた紅玉。

 一目見た瞬間、トナカイは面白いくらいに顔色を変えた。

「ふふ、驚いた?」

「そりゃびっくりするよ! なんで君が? それって優勝景品だろう?」

「まぁ色々あったのよ……。あんたが店からソッコーで叩きだされた後ね」

 

 ドーピングという不正の発覚により、あたしの失格は確定した。

 言い訳の余地は無い、あたしはコップの内容物が薬膳茶だったと気付いた上で、勝負を続行したのだから。たとえあたし自身が混入したわけでなくとも、これでは故意と断じられてもしょうがない。

とことん潔白を主張するなら、違和感を覚えた時点でそれをみんなに伝えるべきだった。

 ――と、そういった理屈をタキオンが説明してくれた。「以上を踏まえて、なおも反論するかい」と聞かれたけど、そんな気はさらさら起きなかった。

 あたしの弁護をしてくれそうな人はゼロなのに対し、ファインの味方は十人規模だ。議論の前に、数の暴力で負けることは目に見えている。

 それより何より、タキオンやファインを敵に回してまで、宝石を入手したくなかった。この魔法は使い魔を幸せにするためのものだ。その過程で友達に嫌われたと言ったら、きっとあいつは悲しむ。それじゃ意味が無い。

「スイープちゃん……すごいね」

 あたしが涙を呑んで敗北を認めた後、ファインがぽつりと言った。

「私ね、正直に言うと絶対スイープちゃんは勝ちを譲らないって思ってたんだ。いつもみたいにやーだーって言って、ルビーを握りしめるものかと」

「しないわよ……そんな惨めなこと」

 内心、冷や汗ものだった。というか、もしも似たような事が次あったら、数割くらいの確率でやると思う。

けれどそうならなかったのは……店から出る瞬間のトナカイの表情を見たからだろうか? 心底申し訳無さそうだった彼。

 あれを見たら、なんだか……どうしようも無い事だったんだって諦めがついた。

「その潔さに敬意を評して……私からプレゼントをさせて欲しいな? スイープちゃん、手を出して」

「え、うん」

 いきなり何かと困惑しつつ――ある種の予感はしていたけど――右手を差し出すあたし。

 ファインはクッキーでも置くような気軽さで、贈られたばかりの紅玉を手のひらに落とした。

 驚きのあまり声も出ない、あたし含む一同を前にして、ファインは淀みなく喋り出す。

「受け取れない、とは言わせないよ。……確かに私はあなたに勝ちました。しかしそれはルール上の話。もっと大きな観点で言うなら、勝負は間違いなく私、ファインモーションの敗北でした。

『恋と戦争は手段を選ばない』、私の母国のことわざです。あなたがいかにして、あのバイトの青年をたらしこみ、禁じ手だったはずのお茶をこっそりコップに注がせたか。それについて追及することは、マジシャンにトリックをしつこく尋ねる以上の野暮と言えます。

 要するに、あなたは全く予定通りに事を進ませ、そして望んだだけの結果を得た。私はそれらを妨害する手段を一切持たず、そればかりか気付くことすら無かった。一般庶民であるあなたとは比較にならない権威と財力を有すこの私が、です。

 親切な同僚が青年の休暇日をメモに取ってさえいなければ、この場で微笑んでいたのはきっとあなただった事でしょう。私はそれをハンカチでも噛みながら見つめていたかしら。

それともスイープちゃん。……近い将来、冠を頂くべき王女たるこの私に、これ以上の辱めを与えたいと?」

 天使、あるいは悪魔のように微笑むファインに、異論を挟む隙は一点だって見つからなかった。

 

―――――

 

 緩やかな陽射しがお昼過ぎの公園に注ぐ。

 向こうで元気いっぱいに遊んでいる子供達。滑り台の次はジャングルジム、はしゃぎ回る顔はリンゴみたいに真っ赤になった。

この寒い中あんなに暴れて、いったい何が楽しいんだろう? ほんの数年前は自分もあっち側だったなんて、到底信じらんない。こたつでテレビ見てる方が絶対いいでしょ。

「あ、そうだ」

 トナカイは思い出したようにポケットをがさごそすると、貧相な財布から千円札二枚を抜き出した。

「忘れるとこだった。ほらこれ」

「は?」

 氷より冷たい視線を返事代わりに向けてやる。しかしトナカイにはまるで通用してないらしい。

「君、カフェから出る時になぜか二千円置いてったろ? 届けてあげようと思ったのに全然、会う機会が無いから困ってたんだ」

「置いたんじゃなくて、渡したの! なにとんでもなく失礼な勘違いしてるわけ」

 それでも彼は頑固に千円札を仕舞おうとしない。

 ここで変に突っ返して、お金を押し付けあうのも、それはそれでみっともない。彼の律義さに免じて、受け取ってやることにした。

「さて、そろそろ店に戻らないと」

 トナカイは満足したように笑うと、腰を上げた。

「はぁ? あんた、なに寝ぼけたこと言ってんの」

 袖を掴んでもちろん止める。

「へ?」と相も変わらず鈍い彼。説明するより先に、力ずくでベンチに座り直させる。

「痛ったぁ! なんでさ、早く店長に謝らなきゃ」

「後でいいでしょ、そんなの。……っていうか、あんな剣幕で店から追い出されておいて、よくも呑気に帰りたいなんて言えるわね。次こそスープのダシにされるわよ」

「トナカイの骨ベースのラーメンとか聞いたこと無いよ!?」

「あら、自覚が出てきたみたいじゃない」

 つっこみの揚げ足を取ると、トナカイは「君のせいだろ」と憤慨した。

「名前はちゃんと伝えてるのに、トナカイトナカイって連呼して。お陰で最近じゃ、三太って呼ばれる方に違和感覚えるくらいだ。ったく……どんなトレーナーが担当なんだか」

「使い魔は関係無いでしょ!」

 我ながらとんでもない大声が飛び出した。トナカイはもちろん、遊んでる子供達の視線も一斉にこっちへ向く。羞恥心がどっと押し寄せた。

「つかい……え、なに?」

「っ……なんでもない! それこそあんたにはこれっぽっちも関わりの無い人だから」

「そ、そう? いやちょっと興味あるんだけどなぁ……。君にはやっぱり専属トレーナーがついてるんだろ?」

 そう言うトナカイの楽し気な口調は、全く『ちょっと』では無い。

「スイープトウショウ……。君の名前を教えてもらえたから、ネットで戦績を調べたんだよ。凄いじゃないか、G1連覇なんて並大抵のウマ娘じゃない。まさに大スターだ!」

「ふん……ようやくあたしの偉大さが理解できたようね」

「ああ! こんな超有名人と普通に話してたなんて夢みたいだ。君もひどいよ、それならそうと早く教えてくれれば良かったのに。全っ然気づかなかった」

「あんたが訊かなかったからでしょーが。ていうかその言い方だと、あたしにスターとしての風格が無いみたいに聞こえるんだけど」

「だってこんなちっこい子がG1で勝ってるなんて思わな痛ったぁ!」

 足を思い切り踏んづけられて、愚かなトナカイは地面をのたうち回った。本当に学習能力の無い奴だ。

 トレードマークのセーターが、半分くらい土色に染まったあたりで、やっと彼は起き上がった。ぱんぱんと埃を払い落して、もう一度ベンチに座る。ただし若干あたしとの距離を開けて。

「話は変わるけどさ……。君の専属トレーナーに会ってみたいんだ。ダメかな」

「話、変わって無いんだけど。そもそも、なんで使い……あたしのトレーナーに会いたいの? まず理由を教えなさいよ」

「それは……ほら、君には人探しを手伝ってもらってるじゃないか。将来有望なウマ娘の貴重な時間を頂いてるんだから、そのトレーナーに一言でも感謝を伝えたいなと」

 さっきの一撃がよほど利いたのか、やたらトナカイの態度はへりくだっている。

 それはそれとして、彼の頼みは決して聞けない。あたしは首を横にぶんぶんと大きく振った。

「無理」

「せめて電話だけでも!」

「ダメ」

「じゃあどうすれば会わせてくれる?」

 意外にもトナカイは強情に迫ってくる。どうにかして話の筋を逸らさないと。

「なら……そうね、例の探してる女の子についての話をもっと教えなさいよ。そしたら考えてあげないこともないこともない」

「え? 礼奈の?」

 ――呼び捨てにしないで気持ち悪い、と思ったけどそこは口にしない。それによくよく考えたら、あたしがそう呼ばせてるんだった。

「その礼奈さんについてよ。あたしのキチョーな時間を取ってる自覚あるなら、短縮できるよう協力しろってこと。文句ある?」

「ありません! ……ありませんけど、でもいいのかい?」

「なによその奥歯にネギでも挟まったような言い方は」

「いやだって……。礼奈についての話は、前回のでおおよそ終わってるんだ。両親が離婚して、次に母親が再婚。家庭内で孤立した彼女は、その境遇が嫌になって家出した。……それを現在、僕が探してる。これだけさ」

「家出した? その辺りは聞いた覚えないんだけど」

 トナカイは「あれ、そうだっけ?」と首を捻った。

まぁ確かに、それを匂わせる発言はあった。あたし自身も予想はついてたし。

けど今、彼に聞きたいのはそういうことじゃない。もっと詳細に――具体的に彼女に何があったのか、という点についてだ。

 忘れもしない、痩せ衰えた少女の写真。あれが現実にあったと言うなら、それに至る過程を知りたい。――知らなければならない。

「……むぅ」

 問い詰めるあたしに、トナカイは困った顔をした。やっぱり思った通り……あたしには言えない内容だから、話は終わったふりして誤魔化そうとしたんだ。

「いいから教えなさいよ。なに、トナカイのくせにモクヒを主張する気? そういう生意気はヒトになってから言いなさい」

「君には僕が何に見えてるんだよ!? ……とにかくダメなものは無理。君がさっき拒否したのと同じだ。君みたいな子供に打ち明けるべき事じゃない」

 その言い方にはさすがに腹が立った。ベンチから立ち上がり、彼の真正面に行って怒鳴りつける。

「ふざけないで! ここに来てまだ子供扱いする気!? トレセン学園は少し基準違うけど、あたしもう世間一般でいう高校生になるのよ! 何度言えば分かるの」

「だけど……」

「だけどもへったくれも無いのよ。交換条件、言ったでしょ。あたしのトレーナーに会いたいなら、大人しく口を割りなさい」

 そこまで言っても、トナカイは渋面を崩さなかった。じっと足元を見下ろしたまま、前に立つあたしには目線もくれない。

 あれだけ飛び交っていた会話は鳴りを潜め、焦れったい時間が静かに過ぎていく。ゆっくりと伸びていくジャングルジムの影。

 頭上を流れる雲が遠くの山に差し掛かった頃、ようやく彼はぼそりと言った。

「本当にいいんだな?」

「くどい」

「そうだね、ごめん」

 謝る時も顔は上げない。まるで地面に台本でも書いてあるみたいに、俯いた姿勢のまま喋り出す。

「今からするのは推測の話だ。病院の礼奈は僕なんかとは口もまともに利いちゃくれなかったし、他に詳しい事情を知る人もいなかった。……ただ、近所に流れていた噂と礼奈の病状、二つを踏まえれば、きっと真実からそう遠くは無いと思う」

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