「スイープ君、いいかい? そうっとだ、そうっと慎重に細心の注意を払ってやるんだ」
「おんなじこと何度も言わないで、分かってるから!」
「そう、その調子ですわスイープさん! 徐々に上手くなってます! あとは目標を正面に捉えてぶち抜きやがれですの!」
「カワカミはマジで大人しくしてなさい。てか誰よこいつ呼んだの」
ラーメン屋の激闘から一夜明けて、また放課後の研究室。
ファインから貰った紅玉は、今まさにあたしの手によって、石座に嵌め込まれようとしている。そこまでは当初の計画通りなのだけど――。
「できる限りゆっくりで頼むよ! アクセスキーが挿入される瞬間の変動値を計測したいんだ。前みたいに、ばぁっと入れたら何が何だか分からないからね」
「タキオン! あんた注文が多いのよ。だいいちこのマジックアームいる!? すっごい操作し辛いんだけど」
いいや正確にはあたしの『手』によって、ではない。あたしが今、持っているのはタキオン謹製の実験用簡易義手……という名前のマジックアームである。
おもちゃのそれと機能も外見も全く一緒。両手で取っ手部分を掴むと、先端のハンドが伸び縮みするアレだ。
いったい何が狙いなのやら。タキオンはそのハンドに紅玉を掴ませ、間接的にトロフィーに嵌めこむんだ――という謎指令をあたしに出してきた。
無論、あたしは一瞬で却下したのだが、偶然居合わせたカワカミはこれを面白がって承諾。
「この私が見事、タキオンさんの言う通りハンドパワーでこの宝石をぶっ込んで差し上げますわ!」と袖をまくる。
誰がどう聞いても、魔法のトロフィーごと刺し貫く予感しかしなかったので、泣く泣くあたしがマジックハンドを握る羽目になった。
「この……安っぽいおもちゃで狙い定めるだけでも難しいってのに、少しずつ嵌めろですって? せめてどっちかにしなさいよ……!」
力をずっと入れっぱなしにしているせいで、両腕がぷるぷるしてきた。魔女である手前、器用さにはかなりの自信があるけど、筋力との合わせ技となると専門外だ。少しでも気を抜いたら、純プラスチック製のマジックハンドを握りつぶしそうになる。
「ああっスイープさんの顔が真っ赤に! 大丈夫ですか!? いったん休憩にしましょう、続きは私がやりますから!」
「あんたはじっと座ってなさいっ……! 絶対に触るんじゃないわよ。むぐぐっ」
「もう少しだスイープ君、耐え忍んだ果てに実験成功の栄誉を勝ち取ることができる! そうだ、私が応援ソングを歌おうじゃないか。……トレセーン、ファイ!」 「オー!」
「ホントマジでうっさい! カワカミも合の手すんな! ……あっ」
叫び返そうと少し振り返ったその瞬間、腕の角度が変わったために一気にバネが縮んだ。ゆっくり挿しこまれようとしていた紅玉が、一息に石座へ吸い込まれる。
照準は大きく逸れていたというのに――。まるでトロフィーが磁石にでもなったみたい。あっという間に紅玉はあるべき場所へと収まった。
「やばっ!」
遅れて、その様子をぼうっと見ている場合じゃないことを思い出す。これまでの経験則から、新たな宝石が加わるとトロフィーは同色の閃光を放つことが分かっている。遮光グラスはもちろんつけているが、これだけでは全く頼りない。
あたしはマジックハンドをかなぐり捨てて、両手を顔の前に、来たる光の奔流に備えた。
しかし……。
「あれ?」
いくら待っても、あの発光が訪れない。もしかして、紅玉が嵌まったように見えたのは勘違いだったのだろうか。実際はハンドから外れ、床に転がり落ちたのかも。それなら何も起こらないのも納得だ。
恐る恐る指を開いて、トロフィーの様子を確認する。
テーブルの上に置かれているその表面は……水色では無く、ピンクに変貌していた。そして当然、石座にはかっちり嵌まっている紅玉が。やっぱり見間違いでも無かった。きちんと宝石は装填されたのだ。
ならいったい何が……? 当惑するばかりのあたしをよそに、カワカミが「うおおすげぇですわ!」と雄たけびを上げる。
「スイープさん! トロフィーのカップの中を見てくださいまし! 光が……虹が溜まっていますわ!」
「どういうこと?」
カワカミはテーブルの傍に立って、上からトロフィーを覗き込んでいる。どもら本体のカップ部分に、異変が生じているらしい。あたしもすぐに近寄ってみる。
「なにこれ」
それまで全く空洞だったはずのカップの中に、きらきらした七色の液体……としか表現できないモノが半分ほど溜まっていた。それはあたかも虹をそのまま注ぎ込んだように。
LEDの明るい研究室の中にあって、それはいっそ不気味なまでの輝きを爛々と放ち続けている。
「タキオン。これって……」
「まじパネェですわ! こんなの見た事ありません。そもそも水も何も入れてませんのに! いったいどんな魔法を使ったのですか、スイープさん!」
「ちょ、カワカミ落ち着きなさいって――」
しかし彼女のテンションは上がる一方。あたしにぐいぐい組み付いてくる。力が無駄に強いせいで、全然振り解けない。
「さすが偉大な魔女ですわ! 私、正直なところを打ち明けるなら、ちょーっとばかりあなた様の腕前を疑ったこともあったのですが……。感服ですわ! あなた様こそ、現代に生まれた奇跡の魔法使いです!」
「い、いやその……それほどでもある?」
勢いが強過ぎるのは難だけど、褒められて悪い気はしない。
えっへんと胸を突き出すと、カワカミはさらに感極まったらしくパチパチと拍手まで始めた。ますます気分が良くなって、今までに覚えてきたそれっぽい魔法の呪文を唱えたりしてみる。
するとあたしの詠唱に応じたかのように、カップ内の液体が波打った。とろりとした粘性の七色が、天井近くまでさぁっと立ち上る。
「や、やべぇええですの!」
カワカミはもう狂喜乱舞。それからも液体はあたしの意思に従って、縦横無尽に研究室を踊った。
でも奇跡は長続きしないものなのか、五分も経つ頃には輝きも収まる。霞のように液体も消えて無くなった。けれどカワカミはもちろんあたしからも、大興奮の熱は失われない。
むしろどうやったら今のが再現できるのか、どうすれば皆にも披露できるか――。そればっかりが気になって、無我夢中で話し合った。だって、石座はまだ残ってる。最後の宝石を収めたら、もっと凄い魔法も起こせるかもしれない!
「ねぇねぇカワカミ、あんた今日来たのって、まさかダイヤモンドの在処が分かったからだったりしない!? きっとそうよね!?」
「ご明察ですわスイープさん! そうなんですの、前のイベントからずっと私、ダイヤを探し回ってまして……。ついに持ってる人と連絡が付いたんですの! 明日にでも会いに行けますわ!」
「ナイス、大好きよカワカミ! さっきはじっとしてろぉ、なんて言ってごめん! すごい、こんな順調なことってあるかしら! クリスマスにもこれなら間に合うわ! ねぇタキオン、あんたもそう思うでしょ!? 黙ってないでなんか言いなさいよ」
「そうだね……」
タキオンはU-MA2を抱えたまま、じぃっとスマホを確認している。
やがて笑い疲れたカワカミが帰った。チャイムが鳴ったので、あたしも片づけを始める。
それでもずっとタキオンは画面を見つめていた。
――――――
翌日、退屈な授業が終わるなり、あたしはカワカミの元へ急いだ。
あちらも既に準備万端で、その足で金剛石を持つという人を訪ねることに。さっそく駅にでも向かうのかと思いきや、カワカミは高等部の校舎へ歩き出した。
なんでも、その人は学園の生徒だと言う。なるほど、それなら短期間で居場所の目星がついたのも納得だ。
それに同じ学園生なら、妙な交渉をしなくても素直に譲ってくれそう。へんちくりんなマニアはあの旨々亭の店主でこりごりである。……意味不明な根性比べも。
そんなあたしの膨らみに膨らんだ期待は、風船みたいに一撃で弾け飛んだ。
「はぁああ!? もう売っちゃった!?」
「そそそんな! 昨日の今日ででございますの!?」
驚き呆れるあたし達の前で、カワカミの知人という子は「えへへ」と苦笑いした。
「ごめんね~! ほら年末のこの時期って物入りじゃん? あーしもさぁ、クリプレの準備にチキンの予約でお財布もう大ピンチなわけよ。そこにお札ぽんっと積まれたら心折れたわ。ウケる」
「こちとらウケてる場合じゃないのよ! なんであっさり売っちゃったのよ! すっごいレア物だって知らなかったの!?」
「え? やっぱりそうだったん? たかがプラスチックの宝石に諭吉はおかしーと思ったんだわ! それもバザーのオマケで貰ったヤツにさぁ」
そう言いながら「ぶはは」とお腹を抱えて笑う。あたしの怒りのボルテージがもし可視化されるとしたら、とっくに天井を突き抜けて遥か天まで上っているだろう。
ぷるぷる震えるしかできなくなったあたしに代わって、カワカミが前に出る。
「いったいどなたが!? 昨日まではそんな取引の予定は全くございませんでしたよね?」
「あーうん。今朝のことだから。寮から出るなり、待ち構えてたみたいに寄って来て、『君、お持ちのフェイクダイヤをいただけないだろうか。もちろん対価は払わせてもらう』って。そんでいきなり一万円がたくさんヒラヒラよ、夢かと思って自分の耳摘まんだわ!」
「なんと……! マネーパワーで人の意思を捻じ曲げるだなんて、とんだ不届き者ですわね! いったいどこの大富豪ですの!? 私ももら……とっちめてやりますわ! それでいくら貰いましたの!?」
鼻息を荒げるカワカミ。しかしそれはあたしを思ってというより、お金の話に頭が沸き立っているようにしか見えない。
これまで養ってきた自制心を総動員し、あたしはイライラを呑み込んだ。感情に任せてこの子を怒鳴ってもしょうがない。今は少しでも宝石に繋がる情報を集めなければ。
今度はあたしがカワカミを押しのけて前に立った。
「もういいでしょそういうのは! で、誰なのよそいつは! 学園の金持ちって言ったら……メジロ家の子?」
「もしかしたらサトノさんでは? ちょうど名前的にもぴったりですし」
「あー違う違う。つか、サトノダイヤモンド様はこんな下品な真似なさらないから。勘違いすんなし」
彼女は一部をやけに強調して言ったあと、なぜか袖内に手を引っ込めた。手を袖の中に包んだ状態で、それをぷらぷら振ってみせる。
「こんな感じの人」
「いやそれサトノダイヤモンドじゃん」
「だーっ! だからあの方と一緒にしないで! もっとこう、気怠くて見るからに怪しい雰囲気の子! 目つき悪くて話し方が変で、あとなぜかポケットが光ってた!」
人物評だけを聞くと、あんまり関わり合いになりたくないタイプの人だ。しかし残念ながら、あたしはその正体に大いに心当たりがあった。
「まさか……」
カワカミと二人して顔を見合わせる。連想した答えは全く同じらしかった。