聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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実験開始!

「なんでよー!?」

 爆発したイライラが校舎裏に響き渡った。

「なんで上手くいかないの!? うんとかすんとか言いなさいよこのポンコツ! ……むぐぐ。落ち着いて落ち着いて……もう一回よ!」

 深呼吸をいったん挟んだ後、あたしは足元の魔法陣を見下ろした。外廊下のコンクリートにチョークで直書きしたそれは、魔導書にあった図形を一分の狂いなく再現してある。

授業を二時限サボって仕上げた、我ながら渾身の力作だ。これで失敗などするはずがない。……唯一問題があるとすれば、消すのがおそらくとても大変だから、生徒会のみんながめちゃくちゃ怒りそうなことくらい? なに、あたしの崇高な目的と比べれば、それも実に些細なことだ。

 怒りと焦りで乱れていた精神を再び整えて、術式の起動に集中する。

 冷静になれあたし……。失敗したってリスクは無いんだし、成功するまで何度でも挑戦すればいい。大事なのは魔力でも霊感でもなくて、忍耐力である。

 放課後のこの時間帯、旧校舎に繋がるこの外廊下を利用する生徒はほとんどいない。幸い、小うるさいエアグルーヴも年末レースに向けての調整で学園を留守にしている。魔導書を読むに、時間条件は無かったから、最悪でも日没までに起動すれば十分だ。

「よーし、いくわよ……。ラミウム・ヘリアンサス・マグノリア! いでよ、トロフィーに宿る精霊よ!」

 呪文を唱えると同時に、陣の中心に配置した赤銅のトロフィーに手をかざす。つるつるとした表面は、夕暮れに照らされて淡く輝いて見える。

 書の通りに術が実行されれば、たちどころにこの杯から聖水が溢れ出し、しかるのち現世にあって幽世に繋がる魔法の泉が顕現する……とのこと。本当にそうなった場合、果たしてこの校舎が無事でいられるかは出たとこ勝負だが、ともかく泉から出てきた精霊に会えればあたし的にはオーケーだ。

「さぁ現れなさい……!」

 今か今かとその時を待ち望むあたし。

 ……だが十秒経っても二十秒経っても、たっぷり五分以上待っても何も現れないし起こらなかった。七色に光る水が溢れてもこないし、背中から羽を生やした女の子が出てくることもない。

そろそろまっすぐ伸ばした腕が辛くなってきた。震えだした自分の両手を見ているうちに、さっき堪えたはずの苛立ちがまたもや膨らんでくる。

「どうしてよ!? なんでなんにも起きないの!? せっかく魔法のトロフィーを手に入れたのに、これじゃ意味ないじゃない! クリスマスまでもう一か月も無いっていうのに!」

 するとコンクリートに置いたトロフィーがぐらぐら揺れた。もしやと思ってじっと見つめると……何のことは無い。知らず知らずのうちにしていたあたしの地団駄が、地響きになっていただけだった。

 途端にやるせなくなって、あたしはその場に座り込んだ。いったん休憩にしよう。陽が沈むまで時間はまだまだあるんだし、急ぐ必要は無い。

 なにせ最大の難関だった魔法のトロフィーは既に見つかったんだ。だから術の起動なんておまけみたいなもの。

 何度も自分にも言い聞かせているよう、この工程で重要なのは自制心。その力を、あたしはこの三年間で使い魔と二人三脚で鍛えてきたはずじゃなかった?

「そう……その通りよスイーピー。チャンスは一回こっきりじゃないんだもの。……まだまだ諦めないわ! でも……そうね、魔法陣がもしかしたら間違ってるのかも」

 その辺に放り投げていた通学鞄を取って、中から魔導書を取り出す。

ワインレッドの装丁はごわごわとした気品ある手触り。千ページを優に超す、辞書顔負けの分厚さ。なによりも目を引くのは、ブラックレター(中世ヨーロッパでよく使われた、アルファベットの書体)で書かれた仰々しいタイトル。『黒魔術の基礎』。

 学園の第三図書館、その最奥にある地下書庫で長年眠っていた、とびっきりの秘密兵器だ。

 非常に希少で、高価な本であることは言うまでも無く、手に入れるまでに結構な時間と労力を費やした。ゼンノロブロイという協力者が無ければ、借用する(もとい、こっそり勝手に持ち出す)ことは到底叶わなかっただろう。

 しかし苦労しただけの甲斐はあって、その内容はまさしく禁書に相応しいものだった。

 物体浮遊、温度変化といった初歩的なおまじないを皮切りに、死者との交信といった呪術めいたもの。しまいには七十二柱からなる悪魔を呼び出すといった、洒落にならない呪文まで記されている。

 いくらあたしが高貴な魔法使いを志すものとはいえども、取り扱いには十分な注意を要する。この世の平穏と均衡を保つためにも、可及的速やかに用を済ませ、元あった書架に返却すべきだろう。というか、たづなさんに見つかったら物凄く怒られそうだし。

「ええっと……」

 挟んでいた栞から、召喚術について記してある章を開く。幾何学的な図形が、それぞれ詳細な解説と合わせて載っている。そのうち一つをコンクリート上に刻み、発動しようとしたわけだが……。

 本を片手にしゃがみ込んで、図形とあたしが書いた陣を比べてみる。だが、やはり自分の仕事にミスは無いように思えた。円と多角形を複雑に組み合わせた模様、その中には本文と同じラテン語の単語がいくつか挟み込まれている。その辺りについても一字一句誤りなく、完璧に再現したというのに。

「いったい何がダメなのかしら?」

 もしかしてと思い、書き写す際に使ったコピー用紙も確認した。貴重な本に折り目をつけるのはさすがに良くないから、事前にA3サイズへ拡大コピーし、それを見本としていた。この一連の過程で何らかの取りこぼしがあったかもしれない。

 コンクリートの地面と魔導書と、そしてコピー。それでも全く同じに見える三つを前にして、ああでもないこうでもないと考え続ける。

没入するあまり、三角と丸が視界の節々でチラつきだしたその時、唐突に「おい君」と後ろから声が。同時にぽんと肩を叩かれて、思わずその場で跳び上がるあたし。悪い事に、驚いた拍子に大事な魔導書が手元から滑り落ちてしまう。

「おっと危ない」

 すかさずキャッチしたのは、今まさに後ろから声を掛けてきた人で――。彼女は重たいはずの本を軽々しく片手に持ち上げると、さも興味深げな視線をそれに注ぐ。

「これはこれは……校舎裏で人知れず何をしているのかと思いきや。お互い研究に精が出るねぇ、スイープ君」

 アグネスタキオンは開いていたページをぱたんと閉じると、にやりと微笑んだ。

 

―――――

 

 

「なるほど。おおよそ理解したよ」

 説明を聞き終えたタキオンは神妙に頷いた。

 あたしもほっと胸を撫でおろす。バレたのがタキオンで本当に良かった。

 学園広しといえども、魔法研究にこうも理解を示してくれるのは彼女だけだ。これがもしサクラバクシンオーやらバンブーメモリーだったすると、恐ろしくてたまらない。即座にあたしの悪事は学園中に騒々しく喧伝され、生徒会より凄まじいお仕置きがもたらされるに違いなかった。

「さすがタキオン! あんたなら分かってくれると思ったわ。とにかくあたしは、この魔法をクリスマスイブまで完成させなきゃならないの。それでお願いなんだけど――」

「心配しなくとも、このことを生徒会に告げ口したりしないさ。この忙しい時期に、わざわざ仕事を増やす必要は無い」

 あたしのお願いを先読みして、何でもないように言ってのけるタキオン。どうしてそこまで――と尋ねると、彼女は白衣のポケットに指を差し入れ、その内側をそっと覗かせた。中に入っていたのは、何らかの液体を充填された小瓶。

 気のせいだろうか? 日陰だというのに、その薬液は淡くピンク色に輝いて見えた。近寄って確かめようとしたあたしを制するように、彼女は素早くポケットから指を抜き、手で覆い隠してしまう。

「私もすねに傷ある身……は言い過ぎだが、生徒会とは折り合いが悪くてね。こういった薬品を開発、実験しているうちに彼女らのほとんどに睨まれるようになってしまった。だからまぁ、そこは安心してくれていい」

「えーなんで!? タキオン、別に悪い事しようとしてたんじゃないんでしょ?」

 話の流れとして、タキオンがあたしを庇おうとしてくれているのは分かったが、つい訊いてしまう。すると彼女はどこか物憂げに肩をすくめて言った。

「いつの時代も、学問の究理とは余人の理解を得難いものさ。それが常識を覆すものとなればなおさらね。君みたいに、私にも手頃なモルモット君がいればまた別だったかもしれないが……」

「は? なんのこと?」

 突然、意味が分からない。

「いやだから君のモルモット君のことだよ。あれがホント羨ましくてね~。今度、頼んでみてくれないか? どうしても実証データが必要なんだが、健康な肉体を……じゃない、手を貸してくれる人間がいないんだ」

「えっ」

 どこか致命的に、お互いの認識が食い違っている気がする……。

しばらく頭を悩ませて、タキオンがあたしの使い魔のことを言っているのだとやっと分かった。

「って違う! あいつは使い魔! モルモットじゃないから!」

「ん? 同じだろ? 使い魔といったら、術者が何でも都合よく動かせる、この国で言うところの式神みたいなものじゃないのか?」

「ちーがーうー! なんでそうなるのー! 使い魔ってのは、いっつもあたしと一緒で、だから大事にしなきゃいけないの! 変なもの食べさせるとか有り得ないし!」

「別にモルモットだって粗雑に扱って良いわけではないが……。それに君、今しがた行っていた召喚魔法とやらの研究は、最終的にその使い魔で試すんだろ? じゃあやっぱり同じじゃないか」

「同じじゃないもん! なんで分かってくれないの! というかタキオン全然あたしの話、理解できてないじゃない! ほんとにちゃんと聞いてた?」

「もちろんだとも。そのトロフィーからエーテルで構成された非実在の知性体を呼び出し、既存の物理法則を対象者の精神感応によって捻じ曲げるという実験だろう?」

「一ミリメートルも合ってない! 逆にびっくり!」

 呆れたあたしは鞄から魔導書を取り出し、タキオンの鼻先に突き付けた。

「もう一回これを見なさい! 魔法よ魔法! ヒジツザイだとかブツリホーソクとか、そういう科学的な実験じゃないのあたしがやってるのは!」

「ふぅむ……私的にはどちらも未知を探求するという意味で相違は無いのだが……。しかし君、本当にこれが読めるのか? ドイツ語……でもないな。ラテン語だろうか? すごいな」

 感心したようにタキオンが顎に親指をあてがう。褒められて悪い気はしないので、ページを捲ってさらに本文の方も見せた。当然、そちらも全てミミズがのたくったような不格好なアルファベットで記述されている。

「ふふん、こんなの魔女にとっては必須科目よ。ま、まぁ全部ちゃんと読めるわけじゃないけど、必要なところは理解できるわ」

「やるじゃないか。……で、この呪文が首尾よく成功すれば、晴れて君の使い魔は魔神として覚醒し、その後は森羅万象を強大な異能によって統べるわけだ」

「だから違う!」

 ぜぇはぁと息を切らすあたし。なぜこうも話がまるで進まないのか。タキオンは決して物分かりの悪いウマ娘ではない……。むしろ飛び抜けて察しは良いはずなのに。

 やはり、さっきは最終目的をぼかして説明したのが良くなかったようだ。仕方なく、あたしはそのキーワードを口にした。

「サンタよ」

「えぇ?」

「鈍いわね、サンタを呼び出すの! もう三週間もしたら、クリスマスがくるでしょう? その時にちゃんとあいつのとこにサンタが現れるようにするの! あのアホサンタ、去年あろうことか来なかったのよ? こうなったら魔法の力で引きずり出してやるんだから!」

「は、はあ?」

 珍しくタキオンは動揺しているようだった。目をぱちぱちしながら、視線はあたしと魔導書をいったりきたり。だいぶ長い間そうしていたが、最後にはまっすぐあたしの顔を見つめて言った。

「君は……凄いな」

「でしょ!? 今度こそ分かってくれたかしら。魔法少女スイーピーに不可能は無いの!」

「しかしその割には、実験は上手くいっていないようだが」

 あっさり彼女は言葉を翻すと、あたしから魔法陣の方に目線を移した。その中央には依然として置かれたままのトロフィー。その見た目は納屋で発見した時から、一切何も変わっていない。つまるところ、授業をサボってまでやった今日の成果はゼロだ。

 それを見透かされたことが悔しくて、あたしは「まだ途中なの!」と主張した。

「本番はこっからだから! 次は成功するんだもん」

 我ながらかなり苦しい言い訳。しかしタキオンは特に気にした風でもなく、「そうかい」と素直に受け止めてくれた。

「実験とは百のうち九十九の失敗が常だ。めげないように頑張ってくれたまえ。そして結果がどうであろうとも、君の想いは必ずトレーナー君に伝わるよ。そこだけは確実だ」

 そう言うと、タキオンはだぼだぼの袖を持ち上げて、あたしのほっぺをやおら撫でた。

「ちょ、ちょっと離しなさいよ! 子供扱いすーるーなー!」

「おっと悪い、頑張る君を見ているとどうしても不思議な気持ちになってね。スカーレット君にどことなく似ているからかな」

 タキオンはすっと手を下ろすと、照れ隠しのように「ところで――」と話題を変えた。

「この付近で先刻、地震は起きなかったか?」

「地震?」

 なんのことかまるで分からずオウム返しすると、タキオンはおもむろにスマホを取り出した。何らかのアプリを起動した後、その画面をあたしに見せてくる。

 表示されていたのは、真っ黒な背景に浮かぶ無数のメーターと線グラフ。それらには細かく数字が併記されているものの、単位はGやらphやらhpaとまるで統一感が無い。

 おそらく周囲の環境情報を掲示するアプリ……。シンプルな造りもさることながら、広告の類は一切ついていないことから、タキオンが独自に開発したものと思われる。

 タキオンは数あるメーターのうちから、Mが表記されたものをタップした。その意味するところは明白で、地震の威力を示すマグニチュードのMだろう。

 このグラフでは、二十四時間以内に観測された地震の規模が載っているようだ。しかし当然その値はほぼゼロで、延々と平行線を描いている。……ように思ったが、直近で線が折れ曲がっている部分があった。

 しかし、その角度はごく僅か。画面下部分に出ている数値も、小数点からさらに0が二つ並んでいる。ただ、極微小でも揺れがあったこと自体は紛れも無い事実に見えた。

「時間にして、今から七分三十六秒前のことだ。私がスイープ君に話しかける少し前……くらいかな。どうだい? 君は揺れを感じなかったか」

「いや? 全然」

「まぁだろうね。0.003Mといえば、専用の機器でやっと確認できる程度の揺れだ。このアプリにしても、震度計をちょうどそこにある私の研究室に設置していなければ、逃していただろう」

 言葉の途中、『ちょうどそこに』の部分でタキオンは校舎裏の壁の一角を指した。話を聞くに、その裏側にタキオンの研究室が存在するらしい。

「だが問題なのは、その震源地なんだよ。計器に欠陥が無ければ、揺れは研究室から僅か10mも離れていない箇所、深さに至っては1m以内という至近距離で発生している。これは異常だ。何を隠そう、私がこの校舎裏に君を見つけたのも、その調査に来たからだったわけさ」

 タキオンがそこまで語ったところで、あたしはピンとくるものがあった。

あれだ……魔法陣の起動が上手くいかなくて、あたしが地団駄を踏んだ時。コンクリートに置いたトロフィーが、ぐらりと揺れた。あまりにも強く地面を蹴ったから、そのせいだと思い込んでいたが……。冷静に考えたら、いくらあたしの力でも地響きは起こせない気がする。カワカミプリンセスじゃあるまいし。

「ふむ。その顔だと何やら心当たりがありそうだね。内容については……わざわざ確認するまでもないな」

 タキオンは愉快げにトロフィーを見つめた。山合に消えつつある夕陽を受けて、それはギラリと赤い艶めきを発した。

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