聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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超光速で翻される反旗

 合計十六通に及ぶメッセージを一方的に叩きつけてやると、やっと返信があった。

『第二練習場で待つ。一人で来たまえ』

 もちろん拒絶する理由は無かった。事情を話し、カワカミとはいったん別れる。

その時の不安げな顔が頭から離れない。

「スイープさん……気を付けてくださいまし。なぜこのタイミングであの方が裏切ったのでしょうか? 私のプリンセス的直感が警鐘をガンガン鳴らしていますわ」

 冗談なのか本気なのか、その口ぶりからは読み取れなかった。しかし、あたしを心配してうえでの忠告なのは間違いない。

短く感謝してから、あたしは単身で第二練習場……その芝上へと踏み込んだ。

 傾きつつある陽射しが、スタンド席から長く巨大な影を伸ばす。黄昏の淡いオレンジの視界の中に、ずっしり横たわる黒の領域。がらんどうの場内にときおり吹き付ける風に、ここが学園内であると忘れそうになる。それほど物寂しく、虚ろな空間。

 いつもはこんな風じゃない。ウマ娘とそのトレーナー、取材に来た記者達で騒がしい。……はずなのに、今はなぜかあたし一人が芝の緑と夕陽の空間に取り残されている。

 冬期休暇、あるいは年末の大レースに備えて? それにしたってこの静けさは異様だ。

 おそらくこの先に待ち受ける彼女が人払いをしたのだろう。申請さえ通れば、学園施設を貸し切りにすることは確かにできる。だがそれをチームでなく、個人で願い出るにはかなりの勇気と面倒な手順が必要だ。

 いったいそこまでして彼女――アグネスタキオンは何をしたいのか。目的はともかく動機がさっぱり分からない。唯一、明らかなのはあたしを妨害するという意図だけ。

 もうクリスマスイブまで三日を切った。別の金剛石を探してる猶予は無い。何としてでも、タキオンが横取りしたそれを取り返さねばならない。

 ……ひとまず彼女を見つけ出そう。スタンド前からコースに沿って歩いていく。見渡す限り、動く人影は無い。電光掲示板も放送席も、今だけは借りてきた猫みたいに大人しくしている。

 遠くに聞こえる校舎のチャイム、もう下校時刻はとっくに過ぎた。むき出しの首元がいよいよ寒くなってきて、自然とあたしは足早になる。マフラーくらい巻いて来れば良かった。せめて陽が落ちるまでにはケリをつけたいところだけど。

 そんな願いが通じたか、コースの外ラチから離れた木陰にたたずむ人物を見つける。

着込んだ白衣のポケットには三色の試験管。どこか物憂げな表情を浮かべたタキオンは、あたしをみとめると右手を少し上げた。

「やぁ。早かったじゃないか、スイープ君。調子はどうだい」

「最悪よ。あんたのせいでね」

 つっけどんに返してやったら、彼女はかすかに笑った。

「予想通りとはいえずいぶんな返事だな。ちなみに私は凍えてしょうがないよ。早く暖房のついた研究室に帰りたい」

 なるほどよく見てみると、彼女の手足はガタガタ震えっぱなしだった。こんな吹きさらしの場所で、ずっと立っていたのだから当然である。……もしかしなくてもバカだ。

「なら風邪ひく前にとっとと行きなさいよ。もちろんダイヤモンドを置いて」

「そうは問屋が卸さない。今日は君に大事な話をするために、この練習場を貸し切ったんだ。ここなら誰にも聞かれる心配が無いからね」

「えぇ……? それなら普通に空き教室とかで良かったじゃない。もう冬休みだし、いくらでもあるでしょ」

「私も最初はそうしようと思ったんだ。……だが考え直した」

 タキオンはふっと顔を上げると、あたしが纏っているローブを見やった。……わざわざ寮の自室に戻ってまで取って来た、勝負服の。

「君がやすやすと言語的説得に応じてくれる子でないことは経験上明らかだ。しかし私達ウマ娘には、それよりもっと円滑なコミュニケーション方法がある。分かっているからこそ、君だって準備してきたんだろう?」

「そんな回りくどい言い方しなくったって、待ち合わせに練習場を指定されたら誰だってこうするわよ。むしろ重要なのはその説得の内容でしょ。……走る前にそれくらい聞かせなさい。だいいち、どうやってあんたは宝石を高値で買い取ったわけ。お金、無かったんじゃないの?」

 手始めに、二番目に不可解だった点を問うとタキオンは、

「すまないが、あれは真っ赤な嘘だ」

 あっけらかんと口にした。

「こう見えて私は多数の医療、リハビリテーション機関とパイプがあってね。実験に用いる機材や薬品類は相場よりずっと低い値で入手できるんだ。というかそうでもないと、学生の身であれだけの研究室を構えるのは不可能だ」

 とうとうと語る彼女はどこまでも悪びれない。騙されていた困惑よりも、苛立ちの方が先に立った。どうしようもなく口調がきつくなる。

「なんでそんな嘘を吐く必要があんのよ、それも狙いすましたようなタイミングで。まるであたしを妨害するためだけみたい」

「まるで――じゃなくて、実際そうだ。私に潤沢な資金があると知れば、賢い君は確実に警戒する。次の宝石の持ち主の情報を、私の目の前で明かす無様も冒さなかった」

「あんたねぇ……」

 あまりの断言っぷりに、反論する気も起きなくなる。こんな性格をしているから、専属トレーナーがつかないんじゃない?

 肩をすくめるあたしを置いて、タキオンは勝手に喋り続ける。

「はたして目論見は上手くいった。油断した君に先んじ、ダイヤを買い占めるのは赤子の手を捻るより簡単だったよ」

 空いている方のポケットに無造作に手を突っ込む。その内から現れるひとしずくの金剛石。タキオンはそれを手のひらで転がし、もてあそんだ。

 複雑な多面体に注がれた赤い陽射しは、プリズムを通したように分散され、いたずらに石を輝かせた。否応なしに、あたしはその美しさに見入ってしまう。

「欲しいかい? でもダメだ。これは絶対に君には渡さない。……君に魔法は使わせない。それを納得してもらうために、この練習場を借りたんだ」

「なんで!」

 我慢できなくなったあたしは、ついに叫んだ。

「なんであんたがあたしの邪魔すんのよ! 仲間だって言ったじゃない! 嘘つき! タキオンの嘘つきぃ!」

 一番、分からなかった点。

――ずっと協力してくれた。色々失敗ばかりだったけど……それどころか役立たずなんじゃって思った事もあったけど、それでも彼女はやっぱり仲間だった。あたしはそう思ってた。この日、この時、この瞬間まで。

 それがいったい何をどう間違ったら、あたしに向かって『魔法は使わせない』なんて言うの?

 あまりにも訳が分からなくって――怒っているのか悲しいのか、自分の感情の向け先すら見当たらない。

 にわかに潤みはじめた視界の中で、しかしタキオンは僅かも姿勢を崩さなかった。堂々とあたしの前に立ったまま、金剛石を大事そうに懐へしまい込む。あたしには指一本触れさせない、その決意を見せつけるように。

「なんとでも言ってくれたまえ。だいたい私が嘘つきであることは、ついさっき自白しただろう。信じた君が愚かだったんだ」

「ううう!」

 頭を過ぎった罵詈雑言の数々は結局、声にならない。ここまで言われてもなお、タキオンはあたしの友達であるという認識が変わらないから。

それは研究仲間とか、宝石集めの協力がどうとか以前の話。三年間、同じ場所で一緒に走ってきた。たった数分の会話で、この想いを綺麗さっぱり消せるわけない。

「うー!」

 しかしながら魔法を諦められるはずもなく。どこにも行けなくなったあたしはその場で地団駄を踏むしかなくなった。噛みしめた口から漏れるのは言葉にならない呻きだけ。だらだらと頬から顎へと伝う涙が、いやに生暖かくて気持ち悪い。

 そんなあたしをぼうっと眺めていたかと思うと、出し抜けにタキオンは言った。

「そろそろ走ろうか」

「ふぇ?」

「だから最初に言ったろ。君は私の説得には応じないって。もうこれ以上言い合っても時間の無駄だ。後は実力をもって勝負を決しようじゃないか」

「……うぐ」

 とんとんとシューズの爪先が地面を叩く。その場で軽く飛び跳ねて、冷え切った筋肉を温める。続けて、慣れ親しんだ屈伸体操。タキオンは粛々とアップを始めた。

「どうした、スイープ君。やる前から負けを認めるのかい?」

 アキレス腱を伸ばしながら、タキオンが語り掛けてくる。あたしはごしごしと顔を拭い、しゃかりきになって言い返した。

「バカ言わないで! あたしが勝つに決まってるでしょ!」

 

―――――

 

 使うコースはすぐに決まった。 

 スタンド側の直線入口からスタートして、そのまま内回りを一周。最後にもう一度ホームストレッチを走り切った先に、ゴールを設定した。

総計で芝をきっちり2000m、皐月賞とほぼ同じコース編成だ。あたしもタキオンも、トレーニングで何度となく用いてきた内容でもある。

練習施設には一切コストを惜しまない理事長によって、第二練習場は高低差まで中山のそれを再現してある。ゴール前の短い最終直線にある、あの急こう配ももちろん完備。序盤で無駄にスタミナを消耗したウマは、ここで差しバの餌食となる。

 力だけでは押し切れない……最初から最後まで、きっちり計算ずくで走れるウマだけが勝てる。そんな皐月賞の特性がそっくり引き継がれているレースだ。スタミナ配分、ペース作り、そして位置取り――その全てを冷静に、慎重に行う必要がある。当たり前だけど掛かりなんて、もってのほかだ。

 三年前のあたしだったなら、コースを把握した時点で投げていたかもしれない。しかし今は違う。その決意を自ら噛みしめるよう、魔女の帽子をかぶり直した。

 簡易ゲートの設定を終えたタキオンが隣レーンに戻ってくる。あれから彼女とは試合ルール以外の話題を口にしていない。

 なぜ魔法を使わせたくないのか、なぜ今になってからなのか……数々の疑問を呑み込んだまま、あたしはゲートに入らざるを得なかった。本当は今すぐにでも問い詰めたいけれど、間違いなくタキオンはまともに答えてなんてくれない。それこそ、あたしが完勝でもしない限り。

「これから三十秒後にオープンだ。用意はいいね」

 施設の機材は多様なメニューに対応するため、ほぼ全てが自動化されている。ゲートの移動は無論、ゴール時の写真判定も電源を入れるだけで勝手に作動する。

 ただしそれは、機械の細かい調整も行えることを意味する。たとえばゲートの開放を一レーンだけ遅らせる……なんて芸当も可能だ。主にハンデ戦で使われる機能で、コンマ一秒単位まで操作できる。

つまりやろうと思えば、気付かれないくらいに微細な出遅れを相手に与えられる。それは最終的に、着順を決するに十分な距離となるかもしれないが。

 それらを分かった上で、あえてあたしはタキオンに全設定を一任していた。別に油断したからじゃない、タキオンはそんな卑怯な真似をするわけないって信じてるからだ。

 出走ゲートの内に立つと、自然と精神が研ぎ澄まされる。幾多のレースを経て、あたしの中に培われたルーティーン。あれだけ怒り昂っていた心が、水面を打った波紋のように広まって静まる。

 冷静に振り返れば、なぜ自分がああも苛立ったのか、その一番の理由が分かった。それはタキオンが『嘘つき』というあたしの悪口に反論しなかったこと。

 彼女がそんな人間じゃないことは誰だって知ってるのに、さも自分は悪人です、みたいな顔をしてるのがムカついてしょうがなかった。

 だからこそ、あたしはコース選択も機械の操作も全部タキオンに委ねた。それくらいしか、彼女の理不尽にやり返す方法を思いつかなかったとも言える。

 ゲート上側のランプが点灯した。出走直前を示す合図。余分な思考を取り払い、レースに向かって意識を統合する。

 じんわりと熱を帯びるふくらはぎ、対照的に冷え切った眼窩の奥。こんな時なのに――こんな時だからこそ、かつてないほどに調子は良い。半年前の宝塚記念がまさにこんな感じだった。だから大丈夫、あたしは勝てる。

「スタート!」

 電子音声と同時に開かれるゲート。瞬間、踏み込んだ足が芝にめり込む。地面は抉り取られて弾け飛び、その反作用で身体は前へ。限界まで張りつめた弓のつるが解放されるように、静は鮮やかに動へ切り替わる。

 出遅れは一ミリ秒も無かった。一瞬の空白があって、視界の横に入るアグネスタキオン。最序盤を併走に持ち込めたのは大きい。これなら彼女がどの作戦で来るかをつぶさに観察できる。

 スタートの加速からペースを落とすことなく、ぐんぐんと伸びる脚のキレ。やはり手慣れた先行策を選ぶか。ならばこの流れを追う必要は無い。こちらは自分の速度を保ち続けるまでだ。

 等速で進むあたしを、タキオンは瞬く間に置き去りに。早くも一つ目のコーナーに差し掛かり、ぐっと身体を傾げる。遠心力を殺すことなく、むしろ体勢の安定に活かす。終盤のために体力を温存する特殊な技巧。高等部の生徒ともなると、どいつもこいつも息を吸うようにこれをやってくる。

 けどあたしだって伊達にトゥインクルで三年間、走ってきたわけじゃない。そのくらいの事は既に履修済み、朝飯前だ。およそ六バ身差でコーナーに入ったあたしも、それを使って息を整える。

 弧上で位置関係に距離がついたため、タキオンの横顔が視界に入る。少々驚いたような彼女の視線。あたしが円弧をこなしていることに驚いたのか、はたまたもっと別の要因があるか。

 加速を終える。それどころか若干、勢いを落とす。タキオンは緩やかにあたしとの間合いを詰めてくる。その意図は手に取るように読めた。

 ――あたしの動揺を誘っている。最終直線で追い抜きを仕掛けるあたしの戦術は、しかし終盤に至るまでの速度維持が肝心だ。不用意に着順を上げればスパートの爆発力が落ちる。その逆に落とし過ぎると間に合わない。他者の上がり下がりに巻き込まれず、努めて慎重に自分の戦術を守る。そのためにはラップタイムを身体に脳に刻み込み、冷徹な足さばきでそれを実行しなければならない。

 だがこちらにも両目両耳がある以上、動く相手はどうしても知覚してしまう。それが徐々に自身に接近しているともなればなおさら。ペースダウンしてこちらに迫ってくるタキオンを、あたしは意識せずとも認識している。彼我の相対速度を推し量り、その上で自分が落ち着くべき間合いを計算する。……この一見、合理的な判断を相手は狙っている。

 終盤で抜き去る、それまでは温存する。この二点にこだわりを持っているほどに、術中にはまりやすい。意図的に速度を落とした相手に惑わされ、スパート位置を見誤ったり、スタミナを持て余してしまったりする。

 ゆえに、ここはタキオンの動きを一顧だにせず、ひたすら一心に前だけを見据えるべき。それこそがまさに賢明な判断であり、使い魔にも口を酸っぱくして言われ続けたことだ。

 でも……今日は違う。

 あたしはタキオンから逃れるように、こちらも一段ギアを下げた。一定に保たれる二人の間合い。コーナーを曲がり切って向こう正面の直線に入っても位置取りは変わらず、六バ身先を行くタキオン。

 もしもこのレースに逃げウマが存在していれば、凄まじい大逃げとなっただろう。あたしの時間感覚が正しければ、タキオンはもはや先行ではなく差しの位置にまで押し下がっている。その更に後ろを行くあたしは、さながら十八人が縦に並んだ最後尾。相当酷い出遅れをしない限り、こんな位置に着くことは無い。

 掲示板を望む直線をひた走りながら、あたしはそれでも加速に取り掛からない。一徹にタキオンの背中を睨み、それとつかず離れずを固持する。

 やがて次のコーナーに入った辺りで、タキオンの足取りに変化の兆しが見えた。脚の回転数が微細に増していっている。それは本当に少しずつの加速、しかし確かに彼女は定速の維持を止めている。十分に遅くなったあたしを、悟られないうちに置いてきぼりにしようと。

 ――やっぱりね、タキオン。

 追込ウマのスパートが最終直線であるのに対し、先行ウマはずっと手前のコーナーからもう勝負を仕掛ける。残るスタミナの度合いによっては、更に一つ手前の直線から動きだすことすらある。

 だからタキオンの動きは何ら不自然ではない。……そう、おかしくないというのが彼女の作戦なわけだ。

中盤、タキオンはあえて速度を落としてあたしのペースを乱した。その罠にあたしはまんまと乗っかって、かなりの後方についている。これを最後の直線だけで取り返そうと思ったら、常軌を逸した加速が要求される。

 だが裏腹に、タキオンはそれを一息に行う必要は無い。ホームストレッチに戻る大きなカーブを十全に使うことができる。後の直線はその勢いを保ったまま、逃げ切るだけでいい。

 ここへ更にスタミナの問題も加わる。

ペースが落ちたために、現段階では二人とも通常以上の余力を残している。しかし、それらが直ちに速度に変換されるわけではない。そんな理屈が通るなら、3200mが得意なウマ娘は全て短距離走でも無双することになってしまう。

 つまり出せる速度に個人の限界がある以上、溜めておいても無駄になるスタミナがあるということ。その点で、追込のあたしが不用意に脚を緩めたのは極めて初歩的なミスだ。

 先行のタキオンが悠々とロングスパートをかけるのをぼんやり眺める。最後になって焦って加速しても遅い、その背に追いつこうにも距離が離れすぎている。スタミナだけは有り余っていても、それを活かせる脚が無い。

 ……と、タキオンは計算を組んだ。

 全てはあたしの読み通りとも知らず。

 最終コーナーを曲がり終える頃には、タキオンはトップスピードにほど近くなっていた。超光速の異名に相応しい勢いで、ゴールラインへかっとんでいく。年長者としての手加減なんて欠片も持ち合わせない。あたしを惨めったらしく置き去りにする気満々の走りっぷり。

 だけどそれでいい、彼女が本気でやってくれているからこそ、ここで勝つ意味合いが深まる。

おもちゃの宝石を買い取るのに何円ぶち込んだか知らないけど、あたしの邪魔をしようだなんて、そんな思い上がりは二度と口にできないようにしてやる。

 タキオンから十バ身以上を遅れて直線に入る。誰もが知っての通り、中山レース場はとにかくその直線が短い。それを完璧に模したこの練習場もだ。ここからスパートして一着をもぎ取るだなんて誰も考えない、もっと早くにギアを上げろと皆が考える。

 でもそれがいい。だからこそ、ここで仕掛ける理由が生まれる。

 かつて使い魔はあたしに言った。

『スイープの走りは魔法みたい』と。

 そうよ、その通り。現実には起こりっこないことをやるのがあたしの魔法。誰もの予想と計算をひっくり返し、ようやくそこにレースの魔法が顕現する。

 タキオン、あなたの演算は穴だらけ。大きく言っても三つは見落としがあるわ。

全力で穿つ一歩が、彼女に至る一バ身を詰める。

 ――まず一つ。あたしのペースを乱せたと誤認したこと。当然ながら実際はそうでない。あたしは本来のペースに戻っただけだ。

 今回、あたしはスタートダッシュの時点で普段よりずっと速めの位置についていた。タキオンと一時並んだのがその証拠。そこから逃れて先行したタキオンは、過剰に速度を上げたことになる。しかもその稼ぎも中盤の失速で台無しだ。

 続ける二歩目、爪先までしっかり沈み込んだ足がいっそうの爆発力を生む。二バ身、三バ身、彼女の予測を遥かに上回るスピードであたしは突き進む。

 ――二つ目。自分の体力を過信したこと。ひとたび上げたギアを、レース中に急速に落とす。かと思えば直線に向けてじわじわと増す。こういった走り方は心肺への負担が相応に大きい。その点は本人も織り込み済みだろうけど、それにしても今回は不味かった。

 なにせゲートを出た時点から、彼女は普段以上の速度を出していた事になる。加えてあたしをぶっちぎろうと、早くもコーナー終わりから全力を出した。そんな状態で、ゴール手前の急こう配を勢いそのまま駆け上がれるわけが無い。

あたしを負かしてやろうと、大人げない策略に手を出したのがあんたの運の尽きだった。

 そして三歩目であたしは空を飛ぶ。シューズの踵から羽が生えたみたいに、中空を泳ぐ二つの軌跡。魔法はここに発動し、たちどころにあたしを先頭まで持っていく。

 ――最後の三つ目。あたしの実力を見くびった事。

 確かにスタミナの残量は速度に直結しない。だが、トレーニング次第でその変換効率はいくらでも上げられる。鍛えに鍛えた末脚と、絶対にここで追い抜くという根性。その二つが合わされば、加速力は無限大に広がる。

あんたが一度も観測したことの無いだろう閃きを、後ろの特等席でたっぷり拝ませてあげる。

 飛び込み、突き抜けるゴールライン。夕闇に光る掲示板はすぐさま一着の名前を表示した。

 いつもの癖で、あたしは両手を空に向かって大きく振る。彼方に見える一番星。

 願わくはあたしの使い魔――魔法を生んだ一番の功労者に、この勝利が届くように。

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