聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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勝っちゃいけなかった

 スタンド前に戻ると、もう辺りは暗くなっていた。校舎が作り出していた長い影も、いつしか闇の中に溶けている。

 ばちんと大きな音が響き渡って、スタンドに設置してある大型照明がひとりでに点灯した。打って変わって、眩しいくらいの光に包まれるあたし。思わず手を前にかざしていると、細まった視界の中でタキオンが戻ってくるのが見えた。

 ついさっきまでのレース中の姿が嘘のようにゆっくりゆっくり、足元を確かめながら歩く。まるで落とし穴でも警戒してるみたい。ついおかしくなって、あたしは大声で笑った。

「なぁにそれ! あたしに負けたのがそんなに悔しいの!? 陽も暮れちゃったし、さっさと戻ってきなさい! マジで風邪ひくわよ」

 しかしタキオンからの返事は無い。さすがにバカにし過ぎたかもと思ったけど、謝るのも変だろう。内心を誤魔化すように、あたしは「ほら早く!」と彼女を急かした。

「ねぇったら! ……っもう、なに拗ねてんの」

 カタツムリよりノロマな動きに焦れて、あたしはタキオンの元に駆け寄った。ライトに照らされた彼女の表情は、漠然としていて掴みどころが無い。だけど無表情かと言えばそうでなく、むしろ必死に感情を押し殺しているようでもあった。

「さぁタキオン! 大人しくダイヤモンドを渡してちょうだい? あたしの魔法は誰にも邪魔させないんだから」

 タキオンは何を今、考えているのか。いずれにせよ勝者であるあたしには関係無い。当然の権利を行使するべく、真っ直ぐ腕を彼女に伸ばした。ポケットの内側に収められている、金剛石を明け渡すように。

 だが、彼女の反応は相変わらず鈍い。身動ぎもせずあたしを見つめ、ただ押し黙っている。温厚な気性で名の通っているあたしでも、この態度にはピキッとなった。

「なに子供みたいにぶすっとしてんのよ! まさかとは思うけど、やっぱり渡したくないとか言わないでしょうね」

「そのまさかと言ったら?」

「はぁ?」

「だから……まぁ要するに、君には宝石は渡せない。レースに勝とうが負けようが、そこは同じだ」

 自分の耳がおかしくなったのだろうか。一瞬、本気でそう信じかけた。

 タキオンはたいがい変人で、常識外れな行動の多い問題ウマ娘だ。けどそれなりに長い付き合いで、その中にも一定のルールと良識的なものが備わっているのは知っている。でなければとっくの昔に、マンハッタンカフェにもダイワスカーレットにも見捨てられてる。

 具体的には、一度交わした約束を破るなんて真似は決してしない。……そのはずなのに。

「なに……言ってんのよ。あたし勝ったもん……。約束したじゃない!」

「いいや、してない。よく思い出してほしいが、私は一度も『君が勝利すればダイヤを渡す』とは言っていないよ。この勝負は君を納得させるためだけにやったものだ」

「は、はぁあ!? ふざけるのもいい加減にして! そんな詐欺師みたいな文句が通ると思ってんの。納得ってなによそれ、どこにそんな要素があんのよ! もしそうなら、あたし勝ってもなぁんにも意味ないじゃない!」

「だからその通りだ。これは君が勝っちゃいけないレースだった」

 恐ろしいことに、タキオンは真顔でそう言い切った。勝利に湧いていた血の気が、一気に深い地の底まで落ちる感覚。

「逆に言えば、私は絶対に勝たねばならなかった。そのつもりで君を呼んだんだ。……私の身体に許されたありとあらゆる力と技巧を使い、君に打ち勝つ予定だった。そうあらねばならなかったんだ。……曲がりなりにも君の協力者を名乗った身として、それが唯一残された責務だった」

「なっ……な……」

 後はもう言葉にならなかった。

 勝手に脚が崩れて、あたしはその場にしゃがみ込む。後から後から涙が溢れ出してくる。勝負が始まる前もあんなに泣いたのに、どこにこんな水分が残っていたのだろう。我ながらそんなバカバカしい考えが浮かぶくらいに。

 泣きじゃくるあたしを見下ろしながら、タキオンはぼつぼつと喋る。

「すまない。……でもこうするしかない。いくらでも卑怯者と罵ってくれたまえ。とにもかくにも、君のトロフィーを完成させるわけにはいかないんだ。あれは……あれはね」

 しばらくの間を空けてから「本物だ」と言った。

「カフェ君との付き合いで、私はこれまでいくつかの霊的物体を目にしてきた。誰もいないのに中身が増えるコーヒカップだとか、夜が明けるたびに文字が書き足されるメモ帳だとか。その九割九分が偽物だが、ごく一部には科学で未だ発見されていない不可思議を宿した物もある。君のトロフィーもそれだよ」

 タキオンはスマホを取り出すと、その画面をこちらに向けた。見覚えのあるアプリが表示されている。Etの単位が刻まれた折れ線グラフは、とある地点からほぼ直角に曲がっていた。……もちろん上方向にだ。

「君ならすぐ分かるだろ。宝石が一つ加わるごとに、トロフィーのEt値は爆発的に増加している。指数関数的どころじゃない。文字通り次元が異なるんだ。砂糖を計るためのカップの次が、石油タンカーの一隻分となるような。一種の虚しさすら覚えるほどの変化量。それでもまだ二つだけなら可愛げがあった。Etの上限値も1000を越えなかったし。でも昨日の三つ目で判明してしまったんだ」

 タキオンは画面をスライドして、別のグラフを映した。さっきほどではないが、こちらも値の上昇を示している。

「研究室のテーブルを分析した結果だよ。見て分かる通り、この短期間でEtが0から200まで上がっている。トロフィーと比べれば些細に思えるかもしれないが、これは本来あってはならない変異だ。他にも点滴台や椅子なども調べてみたが、全て同様の結果だった。他物品のEtを増幅させる……。どれだけこれが恐ろしい事か、君に伝わるだろうか」

「……わる……わけないでしょ」

 嗚咽混じりに答える。タキオンはやり切れないといった風に首を横へ振った。

「Etは基底現実との乖離度を表す数値。これが一帯で同時に増加するとは、つまり現実改変が行われる可能性を示唆している。……いや、もう既に行われた後かもしれない。私や君が知らないうちに異変は生じ、この世界の物理法則は書き換わっている。このデータが現に存在する以上、私はそれを否定できない」

「その……なにが」

 タキオンの長広舌に割り込んであたしは言ってやった。

「なにが悪いのよ。だって魔法よ? 現実を変えるのは当たり前じゃない」

「そうだな、君の言う通りだ。電力も使わず、七色の光を発生させたり、それを自在に操ったりするのはまさしく魔法の技だ。だが、そんな手品じみた芸当は君の本来の目的じゃない。その先にやり遂げようとしていることが、一番の問題なんだ。そのような大規模な現実改変が実行されれば、どれほどの影響がでるか想像もつかない」

 相変わらず抽象的で分かりづらいタキオンの言葉。でも少し考えたら、『その先』の指す意図は読み取れた。

「サンタを来させる事……? それがどうしたっていうのよ」

 けどやっぱり、タキオンがそれを危惧する理由は思いつかなかった。

だってサンタを使い魔のところへ行かせるだけだ。スズメをフェニックスに変えたり、前みたく泉から精霊を現出させたりしたいわけじゃない。

 それはまぁ、一時はそれもありなんて思ってたけど……。この約一か月の間、タキオンの小難しい話を聞かされているうちに、多少はリスクという概念を学んだ。現実に存在しない彼らをこの世界に呼び出せば、他への影響は避けられないだろう。

 でもサンタは違う。サンタは実際にいるし、フェニックスや精霊と違って話も通じる優しい心の持ち主だ。いったいタキオンは何をこんなに恐れているのだろうか。

 しゃっくりを呑み込みながら、そういった事をあたしは躍起になって説明した。

 タキオンはときおり相槌を打ちながら、あたしの話に聞き入ってくれた。やがて終わると静かに彼女は言った。

「スイープ君……今から私が言うのは非常に残酷で、君にとって受け入れ難いことだろう。だが紛れも無い真実であり、歴然とした事実だ」

 もったいぶった前置きをしてから平板な口調で告げる。

「サンタクロースは現実にはいない。あれはあくまで子供を喜ばせるためのおとぎ話で、虚構の産物だ」

「え」

 涙と一緒に思考も止まった。石像と化したあたしの耳に、タキオンの声が流れ込む。

「クリスマスは欧米の文化に端を発するお祝いのイベント、それ以上でも以下でもない。そもそも考えてみたまえ、世界中の子供にプレゼントを配って回る? それを買う費用は誰が出すんだ。欲しいものはどうやって調べる? 配達には何年の月日が掛かるだろうか。疑問点を挙げていけばキリが無い」

「だって……いるって……あたしプレゼント貰った……」

 去年もおととしも、その前も。クリスマスの朝、枕元にはいつも綺麗に包装されたプレゼントがあった。あたしはその奇跡を目にするたびに、心臓が飛び出そうなくらいの幸せに包まれた。

 だけどタキオンはそれを真っ向から否定する。

「それらは君の両親、あるいは祖母が購入したものだ。肉親なら欲しい物をそれとなく訊きだし、事前に用意するのはたやすい。部屋にこっそり忍び込むのも訳ないだろう」

「じゃ……じゃあなんでわざわざそんな嘘つくの! おかしいじゃない!」

「だから君に楽しんでもらうためだ。聖なる夜にだけ訪れる奇跡の使者。そんな伝承は純真な子供を、これ以上なくワクワクさせることだろう。君だって毎年そうだったはずだ」

「いっ……いるもん! サンタはホントにいるんだもん!」

 空しく響き渡るあたしの反論。

 

 ……ずっと前から、本当は薄々気付いていたかもしれない。

 だって優しいサンタが本当にいるなら、どうして使い魔の家に来なかった?

 どうしてあたしの使い魔にプレゼントをあげようとしなかった? どうして優しくしなかったの?

 答えは出ない。以前、タキオンに言われたことが脳裏に過る。『正しい結論が出ないなら、それは仮定が誤っているからだ』

 つまりやっぱりサンタなんて人はいなくって……。あたしが掛けようとしている魔法は、タキオンの言う通り危険極まりない現実改変なのだろうか。

 

 いいや違う。認めたくない、認められるわけが無い。ここまでやってきた事が全部無駄で、無意味な努力だったなんて、受け入れられるはずない。

 たくさんの人に助けられてきた。ファインにカワカミに……ついでにトナカイ男に、ラーメン屋の店長達も何だかんだで良くしてくれた。そしてなによりタキオンだってその一人だ。

 彼女がいなければ、寂しい校舎裏で見当違いの呪文を詠唱する毎日をきっとあたしは送ってた。

 この繋がりの積み重ねを、簡単に投げ出すなんてできるもんか。あたしはキッと顔を上げて、目の前のタキオンにしゃにむに噛みつく。

「証拠は!? サンタがいないって確証はあるわけ? あんたが並べたのって、結局ただの推測じゃない。もしかしたらサンタはすっごい魔法を使えて、時間を止めたり人の意識を操作したりできるのかもしれないじゃない!」

「スイープ君……それは悪魔の証明だ」

 タキオンの視線が憐れみを帯びていることは、あたしにも見て取れた。メチャクチャな屁理屈を口にしてるなんてのは百も承知、それでも退けない理由がある。

「あたしは絶対に諦めない。あんたがそのダイヤモンドを渡してくれるまで、こっから帰らないもんね!」

「さ、さすがにそれは……。もうずいぶん暗くなったし、なにより寒い。せめて場所は移そうじゃないか」

「いーやーだー! 帰らないー!」

 芝の上で大の字で寝転んで、抵抗の意思を示す。今のあたしを動かしたいなら、ショベルカーでも持ってるがいい。

「はぁ……結局こうなったか」

 タキオンは額に手をやってため息を吐いた。スマホを弄って、誰かにメッセージを送る。その様子を見て背筋に怖気が走った。

「ま、待って! 今あんた誰に連絡したの! まさか使い魔じゃないでしょうね!」

「うーん、それも一つの手だったけど。科学者のはしくれとして、証明を吹っ掛けられては黙っていられなくてね。今日は違うゲストをあらかじめ招待している」

 タキオンが言い終わらないうちに、ライトに照らされた視界で動く影があった。スタンドの入り口から誰かが出てきて、こちらへ歩いてくる。

そのシルエットは小柄な女性で……年配のようだ。顔つきはまだ良く見えなかったけど、それだけのヒントであたしには十分だった。

 あたしが最も敬愛する大魔女。ショベルカーよりずっと偉大なグランマが、確かにそこにいた。




誤字報告感謝です! だいたい全部勢いで書いてるんで非常に助かります。
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