寮の談話室はクリーム色の壁。まめまめしい性格の寮長は常に掃除を欠かさないから、シミの一つもついてない。
指を押しこめばきっとそのまま沈み込む。そんな錯覚をしてしまうくらい、ここは柔らかな空気に満ちている。夕食時のこの時間帯は、寮のみんなも食堂に出払っているので、なおさら静かだ。
グランマとタキオン、二人に引っ張られるようにして連れて来られたあたしはソファで膝を抱えていた。
丸テーブルを隔てて、グランマは反対側に腰かけている。
タキオンは「紅茶のお代わりでも淹れてくるよ」と言って、部屋から出たきり戻らない。これはあたしの予想だけど、たぶん面倒になって逃げたんだろう。もうあいつとは金輪際話さないと決めたので、別にかまいっこないけど。
「あたしの可愛いスイーピー。そろそろ口を開いてくれないかい? いくらこの大魔女でも、お前さんの心の内まで見通せるわけじゃないんだ」
グランマはにっこりと微笑んで、俯きっぱなしのあたしを促す。
練習場で会ってから、挨拶すら言ってないからひどく心配させているようだ。膨らむばかりの罪悪感が胸を締め付ける。しかしその一方で、意固地なあたしは頑として口を割ろうとしない。
うるさい、あたしは悪くない。なんで謝らなきゃいけないの。タキオンもグランマも、何を言ったって少しも理解してくれない。
タキオンはどういった伝手を辿ってグランマの連絡先を入手したのか。それは全く定かでないが、理由は明白だった。
いったいどこからあたしとタキオンの会話を聞いていたのか、グランマは現れるなり、
『スイーピーの枕元に去年、プレゼントを置いたのはこのあたしさ』と暴露した。
『ついでに言うなら、マジカルわんこのカラチェンverを置いたのはお前さんのパパだし、アライグマのぬいぐるみを買ったのはママの方。毎年、お前さんのために家族みんなで用意してきた』
タキオンはそれに訳知り顔で頷いて、それ見たことかとあたしを見やった。もう絶交よあんなやつ。何回謝ったって許してやんない。
思い返すに怒りが湧いて止まらない。あたしは自分の両膝をぎゅうっと抱きしめて、固く縮こまった。
「スイーピー、聞いとくれ。あたしは何も怒ってるわけじゃないんだ」
あたしの反応が無いのも気にしないまま、グランマは続けた。丸テーブルの中央に置かれた、魔法のトロフィーを指して言う。
「お前さんがこれを勝手に持ち出したのは、まぁちょっと頂けないが……それはもういい。どうせ使わず、倉庫に仕舞っていただけの物さね。それにゆくゆくはウチの娘、そしてお前さんに引き継がれていただろう。その時期が多少早まったくらいで、いちいち事を荒立てたりしない」
落ち着いてゆっくりした口調だったけど、グランマの声には力が籠っていた。あたしは逃れる術もなく、ただじいっと聞き入るしかない。
「だがね。事がバレてもなんにも言わず、嵐が過ぎ去るのを待つって態度は、あたしは気に食わないよ。アグネスタキオンさん……と言ったね。友達にも、こんな遅くまでずいぶんと良くしてもらったんだろ? せめて何か一言はあっていいんじゃない?」
「知らない! あんな裏切り者」
思わずそんな言葉が口をついて出た。それを聞いて目を伏せるグランマ。
「スイーピー、あんまりあたしを悲しませないでくれ。あたしの知ってるお前さんは、そんな酷いことを友達に言う子じゃないよ」
「ごめんなさい……」
またしても反射的に口にしていた。そしてそれが感情の決壊の呼び水になった。これまで意地で押し留めていた罪の意識が、言葉となって後から後から漏れ出す。
「このトロフィーが、グランマの大切な物だって知ってた。昔の親友から譲って貰った、大事な宝物。……魔法の力がこもった不思議なアイテム。だからどうしても欲しかったの。これを上手く使えれば、きっとあたしの願いは叶う。そう思った」
「その願いが……サンタ?」
グランマはある程度の流れを既に知り及んでいるようだった。もしかしたら、タキオンはずっと前からグランマと連絡を取り合っていたのかもしれない。なら、あたしはとんだ間抜けだ。
失意は脱力感と変わって、なんだかどうでも良くなったあたしはペラペラ喋った。
「そう。トロフィーの魔法でサンタを呼び出すの。タキオンが言うには、これにはEtっていう不思議な力場が生じてる。それで現実を変えることができたら……本当はいないサンタだってあたしの前に現れる。でもそれはもしかしたら……ううん、きっと危ないことなの」
「えっと、なんて? イーティー?」
グランマは聞いたことも無いようなすっとんきょうな声で驚いた。あまりにもびっくりするものだから、逆にあたしの方が困惑する。
「あれ、グランマも知らないの? ちゃんとした呼び名は……エーテルだったかしら。それをタキオンが……U-MA2っていう装置で計測したの。あいつ、こういうのだけは得意だから結果は間違いないと思う」
「なに? ウーマーツー?」
「アンパーティクルフィジクス・マテリアルズアナライザーのツー。グランマなら知ってるよね」
「すまん、ちょっと待っとくれ。予想してた話とだいぶ変わってきた」
グランマはやたら慌てた様子で立ち上がると、小走りに部屋の隅に向かった。続けてスマホを出し、誰かと通話を始める。相手はどうやらタキオンのようだ。
盗み聞きするつもりはなかったけど、この狭い談話室ではどうしても耳に入る。ウマ娘であるグランマは当然スピーカーモードが常だから、なおさらだ。
「タキオンさん……あなた、いったいあの子に何を吹き込んだんです?」
「いや誓って私は彼女を騙すような真似はしていません。全て真実です」
「到底そうとは思えませんけど……。Etって学会で正式に採用されている表現じゃありませんよね」
「それはそうです。私が個人的に呼んでるだけですから」
「えっ」
二人の会話はあまり噛み合っていない。タキオンはタキオンで、全てを打ち明けてはいなかったようだ。
それはそれとして、あたしは二人の通話に軽い違和感を覚えた。なんとなく、タキオンの声が二つ重なっている気がする。もしかして、まだ談話室の近くにいるんじゃないだろうか。
「――ですからその際に発見した未確認物質を私はエーテルと名付けたわけです。これらが更に複数結びつき、空気中の濃度が増すことによって、特定の位相空間が――」
「――そのエビデンスは? 対照実験は何度行いましたか。専門外の身から失礼しますが、あなたの推測には多大な論理の飛躍が――」
白熱する一方の議論を聞き流しつつ、あたしは談話室の扉の前に立った。タキオンの声はそのすぐ近くから聞こえてくる。
思い切りノブを回してやると、どたんっと大きな音を立ててタキオンが床に転がってきた。扉に背を預けた状態で、グランマと通話していたらしい。なら普通に談話室に入ってくればいいのに……本当に分からない奴だ。
「あースイープ君? 久しぶりだね」
「ふんっ!」
誤魔化し笑いを浮かべるタキオンだが、無視よ無視。ソファに戻ってふんぞり返る。まだ許したわけじゃない。
「タキオンさん。そこにいたんですか。さっきの話、もう少し詳しくお聞かせ願えますか」
反対にグランマは興味津々のようで、タキオンを助け起こすと強引に前へ座らせた。腰を落ち着けるなり、矢継ぎ早に質問を再開する。
「――計測値の誤差は考慮に」 「――それはもちろん比較対象は慎重に選定」 「――いかんせん検証用実体の不足が」 「――あまり詳しくありませんが、その仮説には矛盾があるのでは」
二人は完全に自分達の世界に入ってしまった。専門用語を飛び交わしながら、意味不明な論議を戦わせている。ママとグランマもたまにこうなるから、見慣れた光景ではあるけど、置いてきぼりにされたあたしは堪ったものじゃない。
頃合いを見計らって、二人の間に割って入る。
「タキオン! あんたさっきからグランマと何を言い合ってんのよ。グランマは今、あたしと話してる最中なの!」
「ああ、ごめんよスイーピー。ついつい、この人の話が面白くってね。お前さんを忘れてたわけじゃない」
聞き慣れない敬語で早口に喋っていたグランマは、スイッチを切り替えたように元に戻った。
タキオンも「こほん!」と咳払いをしてソファに座り直す。だが、彼女はどこか浮かない様子だ。眉を八の字に曲げて、じっとトロフィーを見つめている。
なんだか妙な空気がその場に流れている事に気付き、あたしは当惑した。どうやら話の矛先はあたしの説教から、全く別のベクトルに行ってしまったようだ。
グランマは冷え切った紅茶を一口飲んでから、あたしに言った。
「それでスイーピー、悪いがちょいとだけ席を外してくれないか。この人は一つ、重大な勘違いをしちまってるようなんだ。先達者として、それを指摘してやんなきゃならない」
「あたしはそれ、聞いちゃいけないの? グランマまであたしをのけ者にするつもり?」
グランマに反抗するなんて初めての経験だったけど、どうしても言わずにいられなかった。理解不能であっても、二人の会話が重大な意味を持っていることは分かる。今それを聞かなかったら絶対に後悔する。根拠は無いがそう思った。
グランマはそんなあたしを見やって困り顔になった。
「のけ者だなんて、そんなつもりは無いさ。ただその……お前さんが聞くにはまだ早い話だ」
何を言うかと思えば、ここ最近で聞き飽きた文言だ。なぜ誰も彼もあたしを子ども扱いしようとするのか。グランマだけはそんなことしないって信じてたのに。
カーペットを睨んで必死に涙を堪える。その時、横合いからタキオンの声がした。
「差し出がましいようですが、スイープ君には聞くべき権利……というより義務があります。それに彼女はもう子供じゃない。サンタの正体だって知ったんですから」
それを聞いたグランマは目を閉じて、深く考え込み始めた。
時計の秒針がたっぷり三週は回った頃、ようやく目を開けて「スイーピー」とあたしを呼ぶ。
「なぁに、グランマ」
「今まであたしはお前さんの偉大な魔女であり続けた。だが、こっから先の話を聞くなら、その認識は改めなきゃいけなくなるかもしれない。……その覚悟はあるかい?」
「変なの。グランマはどんな事を言ったって、いつでもあたしの大魔女よ?」
すぐにそう返すと、グランマはまた固まってしまった。
無為に過ぎていく時間に焦れたように、タキオンがまた口を出してくる。
「祖母のあなたなら良く知っているでしょう。スイープ君はこういう子です。私も何度これにやられたことか」
「はっ……年は食うもんじゃ無いね。……分かったよ、スイーピー。お前さんの好きにするといい。だがお客さんを相手に話をするから、口調は多少かしこまらせてもらうよ。聞き取りづらいかもしれないが、頑張っとくれ」
「分かった、あたし頑張る」
その答えに満足したようで、グランマは紅茶で再び喉を潤すと、さっきみたいな敬語口調で話し始めた。
「では改めまして。まず一つ事実を述べておきます。あのトロフィーはタキオンさん言うところの霊的物質では有り得ません。あれはあたしが友人から譲って貰った物。その友人はアパレル関係の会社に勤めていました」
「……なに?」
タキオンが丸テーブルに身を乗り出した。
「今からちょうど二十年ほど前のことです。当時、友人の会社は従業員数も少ない弱小企業でした。ロケットやイヤリングなどの服飾品の企画、製造を行っていましたが、ブランド力は発展途上。近場の宝石店に細々と品を並べてもらうので手一杯でした。それに変化が訪れたのは、とあるアニメ会社からタイアップの申し出があってからです」
「それが例のプリグラ……だと。なるほど、そう繋がってくるのか」
なにやら納得した風なタキオン。あたしはこれっぽっちも腑に落ちないのだけど、グランマは大切な話をしているようなので、口は挟まないでおく。
「プリグラ製作陣は女の子らしい、綺麗で可愛らしい宝飾品を注文してきました。ただしもちろんおもちゃとして売るわけですから、あまり値が張ってはいけません。その時は最先端だった加工技術を駆使し、アクリルアイスで見事なフェイクジュエルを作りました」
「それがこのダイヤモンドなどなど。そこまでは私も聞き及んでいます」
タキオンはポケットの中から、金剛石を計六個取り出して言った。
あまりのことに目が飛び出しかけるあたし。そう言えば彼女は『買い占めた』とか口にしていたけど……。金に物を言わせて、手に入る宝石は全部集めていたってこと? 呆れを通り越して空しくなった。あたしはこの一か月、本当に何をやっていたんだろう。
「ええ。今でこそ一個数百円で手に入るような代物ですが、当時はこれが大いに反響を呼び、アニメ人気に一役買いました。この成功に調子づいた会社の社長は、セット商法に目を付けたんです」
「私も見かけた宝石箱……とはまた違う。つまりこのトロフィーですか」
グランマは肯定の代わりに、そうっとピンク色の表面を撫ぜた。
「子供が喜ぶおもちゃの三大要素は光る、鳴る、動く。ジュエルの造形美は素晴らしいですが、それだけではいまいちインパクトが無い。そこで宝石を嵌めこむ度に、キラキラ輝くアイテムを開発してはどうかという案が出ました。その発案者こそが、あたしの友人です」
グランマいわく、その友人は慣れない仕事ながら大いに張り切り、数々の試作品を設計した。宝石に合うアクセサリーと言えばネックレス、指輪と様々あるが、複数個を嵌めるにはなかなか難しい。悩んだ末にふと思いついたのが、見た目にも派手なこのトロフィーだったそう。
「しかし……服飾品という点からは少し離れすぎていませんか? このサイズだと持ち運ぶのも大変ですが」
タキオンの疑問に、グランマは「おっしゃる通り」と丁寧に答えた。
「友人は自信を持って企画を発表しましたが、実際に採用されることはありませんでした。ですから正式におもちゃとして出品されたこともありません。ここに今あるのは、唯一友人が持っていた試作品の一個、つまり原型です」
「だからカワカミ君でも知らなかったのか。……確か先ほど光る、鳴ると言われていましたが、もしやそのような機能が標準で実装されている?」
「はい。内臓の単三電池で光ります。さすがにもう切れてると思いますけど……」
グランマはそう言いながら、トロフィーに嵌め込まれた宝石部分をなぞった。指で押したり引いたりしているうちに、不意に凄まじい発光が生じる。
「のわっ」
思わず三人ともがぎゅっと目をつむる。激烈な閃光は数秒で収まった。グランマは目をぱちぱちさせながら、トロフィーから手を離した。
「ふぅ……ライト部分が故障してるのかしら。電池が持ってるのは保存状態が良かったから? まぁとにかく、これの機能は分かって貰えましたかね」
「それはもうたくさん」
力なく答えるタキオン。額を押さえて俯く彼女は、見たことも無いほど消沈していた。
「結局、全ては私の取り越し苦労か……。やはりデータ検証には慎重さが肝要だな」
「あまりお気になさらず。どれほど優れた研究者も、時には実に些細な思い違いをするものです」
「そう言ってもらえると気が楽になります。今日は遠いところから足を運んでいただき、まことにありが――」
「なに勝手に終わらせようとしてんのよ!」
まるで似合わない謝辞をタキオンが述べ出したものだから、慌ててあたしは遮った。
「さっきから黙って聞いてればなんなの!? これはれっきとした魔法のトロフィーよ!? タキオンもグランマも意味わかんない!」
「スイープ君……だから違うんだ」
必死に主張するも、二人からの反応は冷ややかだった。
それはあたかも人気アニメを一話見逃しているのに、気付かず友達との会話に加わっているような。みんながちゃんと理解できていることが、あたしだけ全く呑み込めてない。無人島に一人で取り残されてる。
「スイーピーや、落ち着きなさい。なにもあたしは魔法が無いって言ってるわけじゃない。ただこのトロフィーはそうじゃないってだけだ」
「なんでよ! グランマ言ったじゃない、納屋には秘密の宝物があるって。『その時』のために力を溜め込んでいるだって……! 嘘だったの!?」
怒りに任せてぶちまけるとグランマはたじろいだ顔になった。
「それは……小さい頃のお前はあの納屋をやたらに怖がってたから。あれは悪いものじゃないんだよって、教えてやりたかったのさ」
「だったら、だったらそれは――」
嘘じゃないの、とは口にできなかった。グランマは大魔女だ、誰が何と言おうとそうだ。たとえグランマ本人が否定しようと。
でもこの場ではそれを信じさせる材料が無い。トロフィーは相変わらずただ光るだけで、何の力も示さない。本当に幼児向けのおもちゃになってしまったかのよう。この一か月近く、全力で心血を注いできた結果がこれなの?
「どうして……なんにも起きないのよ……」
「しょげるんじゃない、スイープ君。君は確かに間違いを犯したが、私だってそれは同じだ。それとさっきの練習場じゃ済まなかった。君に悪い意味で期待を抱かせるような真似を――」
「うっさいタキオン! だいたいあんたがダイヤを横取りしてなければ――そうだ!」
最後に残された可能性にあたしはようやく気が付いた。このトロフィーはまだ未完成なんだった。なにせ最後の宝石が嵌まってない。
「タキオン! そのダイヤ一個寄越しなさい! そんなにたくさんあったって、どうせ使わないんでしょ」
テーブル上に無造作に積まれたままの宝石の山を指した。
しかし彼女は焦った顔で「ダメだ」と言い、それらをポケットに仕舞い始める。
「はぁ!? あんたにとってこのトロフィーはおもちゃなのよね? なら構うことないじゃない」
「い、いやそれはまぁそうなんだけど。あえてリスクを冒す意味は薄いというか」
見るからにしどろもどろになるタキオン。その様子に思わず笑ってしまった。
「なぁんだ、結局あんたもまだこいつの力を信じてるんじゃない。やっぱりグランマの言う事は正しかったのよ」
おかしくておかしくてお腹を抱えていると、そのグランマが出し抜けに言った。
「なら嵌めてみようじゃないか」
タキオンがテーブルに積み上げた金剛石の小山。グランマはそこからひょいっと一つ取って、あたしに向けて差しだした。
「スイーピー、やってごらんなさい」
「おばあ様!? なにを……!」
動揺したタキオンが割って入ろうとしてくる。それをグランマはやんわりと押しのけた。
「この子もやるなら最後までやらないと踏ん切りがつかないだろう。……それともまだこれに異常性があると主張したいんですか?」
反論が思いつかなかったようで、タキオンはそれで引き下がった。
「ありがとうグランマ!」
あたしはその手から遠慮なく金剛石を受け取る。すぐにトロフィーの前に立って、石座へと手を伸ばした。
「ま、待ちたまえスイープ君。本当にいいのか? 練習場であれだけ説明しただろう。サンタという架空の存在を召喚すれば、現実に何が起きるか分からない」
「だからあんたは否定側でしょ? 今更蒸し返さないでよ」
「だが可能性は考慮すべきだ。それとも君は自分さえ良ければ他がどうなってもいいのか?」
「違うわ、タキオン。あたしは――」
言おうとして、止めた。言葉にすると陳腐にしかならない。
これはあたしの胸の内にあるだけでいい。
がちん、と深く重たい音がして金剛石はトロフィーへと打ち込まれた。これで石座に嵌まる宝石は計四つ、あるべき全てがついに揃った。
「ああ……」
項垂れるようにして手で顔を覆うタキオン。それは発光を警戒したものか、それとも失意によるものか。どっちにしたって、やっぱりトロフィーを見放してはいなかったようだ。
その想いに応えるように鋭い閃光が生じる。きらきらと全体が目も眩むほどに光は瞬いて……そして終わった。
「え?」
光は収まった。目を開けても、そこに見えるのはいつもの談話室と二人の姿だけ。サンタは当然いないし、謎の異空間に飛ばされてもいない。
静まり返った部屋の中、あたしはトロフィーに手をかざした状態で固まっている。それ以外にどうしたらいいか分からない。
ぼうっと突っ立っていると、隣のグランマがゆっくりと腕を持ち上げた。その手があたしの頭のてっぺんに乗っかって、優しく撫ぜる。
「スイーピー、これで満足かい?」
答えるより先に涙が零れた。かといって後から言葉が続いたわけでもない。立っていられなくなってその場にへたり込む。喘ぐようなすすり泣きが部屋にこだました。
それら全部はなんだか他人事みたいだった。
背中の後ろにもう一人のあたしがいて、そこから見ているような変な感覚。どうせこうなるって初めから分かってたから、悲しみも虚しさからも一歩距離が離れてる。
視界の端で、いつぞやの装置を構えているタキオンが見えた。グランマにあれだけ言われたのにも関わらず、まだ諦めないとは見上げた根性だ。
しかしその彼女もスマホの画面を見つめてそれきり。特に何の反応も見せない。
やがてぽつりと無表情なまま呟いた。
「計測Etは0……。私としたことが、とんだ失態だ」