聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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白の世界

 学園正面ゲートを抜けると、もうそこは異世界だった。見渡す限りが白に覆われている。他の色は一切入る余地のない、ひたすらに純粋な空間。

 標識も信号機も、道路にはなぁんにも残ってない。妙なでっぱりが道半ばにあると思ったら、それは歩道橋の名残らしかった。寮で起きてからここに来るまでの数十分で、さらに数十cmは積もったらしい。

「私は普段からあまりいい加減な言葉を使わないよう心掛けているんだが、今はこれしか出てこないな。……やばいぞこれは」

 よせばいいのについてきたタキオンが呆然と零した。

「やべぇですわね」

 同調するカワカミの顔からも、余裕は失われて久しい。「身長越えの雪だるま作りますの!」なんてはしゃいでた頃が嘘のようだ。今この状況でそんな事やろうとしたら、たぶん本人が可愛い雪だるまと化して終わる。

「わぁ~すごいねぇ。北海道ってこんな感じなのかな」

 もこもこのジャンパーを羽織って、一人だけ楽しそうなファイン。確かにこいつが焦るところはあんまり想像できないけど、これを見てもまだ笑ってられるのは驚嘆に値する。

「北海道でも水分量の関係から、短時間でこうも積もることは無いだろう。それよりファイン君、SP部隊の増援はどうなった? 一応、無線で連絡はついたんだろ?」

「うーん、そっちは望み薄かなぁ。クリスマスってことで、ほぼ全員に休暇出してたし。予備部隊が学園に向かおうとしてるけど、到着に何時間かかるやら。絶対に学園から離れないでくださいねって隊長に怒られちゃった」

「……今更だが君、まさかついてくる気じゃ無いだろうな」

「まぁたタキオンはそんな意地悪言って~。ホントは私にいて欲しい癖に。ね~スイープちゃん?」

 そんな事を言いながら、あたしの帽子に積もった雪をぽんぽんと払ってくる。「やめい!」とその手を払いのけた。

「それを言うなら全員お呼びじゃないのよ! 今すぐ寮に帰りなさい! 雪に埋もれて死にたいわけ!?」

 口にしてから、死という重すぎるワードを出した自分に自分で愕然とした。……でも言い過ぎじゃない。じっとしてるだけで身体の各所に積もってくるこの雪に加え、凍てつく気温。しかも道だって、見知ったそれからは大きく様変わりしてる。

方向感覚を見失って彷徨えば、あっという間に低体温症。また、屋根から落ちた雪の下敷きとなり、窒息する危険性もある。

たづなさん、理事長、そして使い魔……誰がこの場に居合わせようと、外出するなと激怒するだろう。

「良くありませんわね、スイープさん」

 カワカミが屈伸運動をやりながら言った。

「そんな状況と知った上で、あなたを一人行かせられるほど、私達は寛容じゃありませんの。一人より二人、二人より三人。ピンチの時は皆で寄ってたかって袋叩きがヒーローの鉄則ですわ」

 言い方がだいぶアレだけど、燃え上がる闘志で雪をも溶かす姿は頼もしいことこの上ない。絶えず湧き上がってくる恐怖を抑え込んで、あたしは皆に向かって頭を下げた。

「分かった。……あらためてお願いするわ。使い魔のために、力を貸して」

「もちろん。無駄に体力を消耗したくない、さっそく出発しようか」

 タキオンが言ったのを皮切りに、四人で雪道を歩き出した。

目指すは使い魔の待つ丘の上の展望台。そこまで学園からは約二十kmの距離がある。普段ならバスで三十分と掛からない場所だけど、それは今や三千里より遠い道のりに思えた。

 

 いつもなら車がひっきりなしに行き交う幹線道路沿い。今はその一台どころか、歩く人の姿さえない。猛吹雪が常に横なぐりに押し付けてきて視界を遮る。極めつけは一歩進むごとに、深々と膝まで沈み込む積雪量。ただ歩くという動作が既に一苦労だ。

今日ほど自分がレースを走るウマで良かったと思った日は無い。これがただの人間だったなら、数十歩もいかないうちに力尽きて倒れ込んでいたかも。

「スイープ君、少々話を戻すんだが!」

 先頭を行くタキオンが叫ぶようにして、すぐ後ろのあたしに話しかけた。

「なに!? タキオン」

 同じく怒鳴って答える。現在、あたし達四人は縦に列を組んで進んでいる最中だ。横に広がったら、おそらく端にいる子を見失う。

「トナカイという青年についてだ! 彼と使い魔を引き合わせないために、この雪は降ると君は言った。それは確かか?」

「今更、嘘なんてつかないわよ! こんだけ降ってたら、電車もバスも止まっちゃう。最後には徒歩しかなくなって、弱っちいあいつはきっと立ち往生する。クリスマスイブに感動の再会なんてできっこない」

 

 トロフィー、すなわち聖杯の正体をファインが語った後、あたしは皆に全てを打ち明けた。

 トナカイという男が、あたしの使い魔を探していた事。

 彼は使い魔の幼馴染で、二人は深い関係にあった。しかしやむにやまれぬ事情で、十年前に別れてしまった事。

 その再会が叶えば、使い魔――礼奈トレーナーはあたしの元を去るだろうという事。

 隠しておきたい気持ちは強かった。だってものすごく恥ずかしい。

全部あたしのワガママな想いが生んだ災厄。一人の女性を使い魔と呼んでこき使い、あまつさえそれを永遠にしようとした。身勝手で、ただただ独りよがりな魔法。

 でも言わなきゃいけないとも思った。聖杯は皆の協力のもとに完成した。結果は散々で逆効果も甚だしかったけど、それを伝える義務がある。

その上で主犯のあたしをどうするかは、皆次第。思い切りぶたれたり、蹴られたりしてもいいなんて、破れかぶれもいいところだった。それが実際どんな反応だったかは、もう見たまんまだ。ファインとカワカミに二人がかりで抱きしめられて、気絶寸前まで追い詰められた。

 

「これは私の推測なんだが、ならこの雪は明日、もしくは明後日になったら自然と収まるんじゃないか!?」

「どうしてよ!?」

 がっしゃがっしゃと一定の速度を崩さないタキオンの脚。よくもまぁ喋りながらこれだけ歩ける。

「クリスマスを過ぎれば、君の言う感動の再会から遠ざかる。使い魔側の印象も変わってくるはずだ。したがって豪雪を降らせる必要は無くなる」

「それはそうかもしれないけど……」

「つまるところこんな危険な旅をしてまで、使い魔を迎えに行かなくても良くないか!? やはり私は警察や消防に任せるべきだと思うんだけどね!」

「あんた結局それ!? 帰りたいなら勝手に帰りなさいよ!」

「いやあくまで可能性を示したまでだよ私は! 決して疲れてきたから嫌になったわけじゃない!」

 なるほどタキオンのペースは言葉とは裏腹に揺るがない。むしろあたしの方が若干鈍った。

確かに彼女の言う通り、今あたしが必死になる必要は無いかもしれない。使い魔だって延々と展望台で待ってるわけもないだろうし、消防機関も完全に麻痺はしてないはずだ。救助者として通報すれば、助けに行ってくれるに違いない。

 ……でも。

「でも、それじゃダメなの。今日じゃないとダメなのよ。サンタが来るのはクリスマスイブなの。明後日でも、明々後日でもダメ。約束したもん。絶対今年はサンタが来るんだってあいつに言った! 大魔女は約束を必ず守るの!」

「その結果、使い魔が君の前から姿を消すとしても?」

「タキオン、そろそろいい加減にしないと本気で怒るよ」

 後方からファインの低い声が聞こえた。びくっとタキオンの肩が震えて、大人しくなる。

「止めてファイン。今のは本当のことだから」

 そうでなければ、聖杯はきっと起動しなかった。所有者の願いに応え、この世界を改変する聖遺物。あたしが願ったのは言うまでもなく『使い魔とずっと一緒にいたい』。それを叶えた結果がこの状況なら、逆説的に証明される。

 二人が会ったら、あたしの使い魔はいなくなるのだと。

「それならスイープさん、まずはトナカイ野郎を探さないといけないのでなくって!?」

 最後方のカワカミが言った。

「彼の本名が三太ってことは、つまりそういうことですわよね!?」

「いや名前はさすがに偶然だと思うけど……。そもそもあいつの居場所なんて分かんないわよ。電話も繋がらないし」

「アプリメッセージはどうかな? さっき、スイープちゃんからの返信届いたよ」

「ホント!?」

 ファインの指摘を受けて、いったん立ち止まってアプリを起動した。早打ちで、トナカイ宛に『今どこ!』と送ってみる。

 じれったい数秒があって、『分からない』という返信があった。

「来た! ってなにこれ」

 皆にもこのシンプル過ぎるトナカイからのメッセージを見せる。

「おそらく遭難したんじゃないか? 旅先の街でこんな状況だ。自分の所在地が掴めなくなっても、少しもおかしくないだろう」

「それってもしかしなくてもマズくない?」

「だね。もしくは雪崩に巻き込まれ、身動きが取れなくなってる可能性もある。こういった場合、最悪死亡に至るケースも――」

「タキオン……? 私、さっき言ったよね」

 ファインに詰め寄られるタキオン。二人を横目に、あたしはスマホを握りしめて必死に考えていた。

 そんなの許されるはずがない。何か方法があるはずだ……。アプリ画面を見つめているうちに、ある存在を思い出した。

「そうだ、GPS機能。メッセージ送れるってことは現在地の共有もできるでしょ。ちょっとやってみる」

 トナカイにその旨を伝えるメッセージを送る。数秒もしないうちに、スマホの地図上に彼の位置がピンで表示された。

 ここから6km離れた交差点に、ピンが止まっている。そこは展望台へと至る道筋でもあった。あたしの予想通り、雪のために行き倒れになったのだろう。

「方針変更、展望台に向かうんじゃなくて、まずはこのトナカイを救出するわよ」

「オーケーですわ!」

 再出発するあたし達。救出対象がいると分かって、足取りにも自然と力がこもる。

 しかし進めば進むほど、吹雪の激しさは増していく一方だった。学園前から街中に入り、今は大通りの中を行っている。そのはずなのに、人影は全く見えてこないままだ。

まるで世界があたし達四人だけになってしまったみたい。他は全員、この深い雪の下に埋もれてしまったんじゃ? そんな妄想に囚われ、踏みしめる脚に怖気を覚える。

「ネットも含む、あらゆるメディアが外出を控える放送を行っているようだ」

 片耳にイヤホンを入れたタキオンが言った。ラジオを受信し、それで聞いているらしい。

「まぁ無理もないな。このままいけば積雪3mという前代未聞の記録を達成する。下手すれば家屋一つが呑み込まれてしまうレベルだ。聖なる杯の名前に相応しい威力の魔法だよ」

「どこが聖なるですか! むしろよこしまですわ、こんなの。いったいどれほどの人に影響が出ているやら」

「ニュースを聞いただけでも、市内全域の交通機関が完全に麻痺している。主要な幹線道路もほぼ全面不通となっているようだ。どんなタイヤを履いたとしても、この雪で走れる車両はスノーモービルくらいしか無いだろうね」

 きりきりとお腹が痛んだ。酸っぱい液体が喉元までせり上がってくる。トナカイと使い魔二人だけじゃない。あたしがたわむれに願った魔法は街一つを混沌に包み込んだ。それもよりによってクリスマスイブに。

楽しいはずのこの一夜、心待ちにしていた子供達も、今は家の中で恐怖に震えているかもしれない。雪国でないこの地方で、どれだけの家庭が大雪に備えているだろう? もしかしたら雪の重みに耐えかねて、屋根が潰れるなんてことも。

「スイープちゃんしっかり! 大丈夫!?」

 前のめりに倒れそうになったあたしを、ファインが寸前で後ろから掴んでくれた。ほっぺを容赦なくぱちぱちと叩かれ、薄れかかった意識がはっきりする。でも罪悪感は収まらない。

「ぐううっ!」

 滲んだ涙を振り払った。ぴーぴー泣いてる場合じゃない。あたしが原因だからこそ、何が何でも解決しないと。そのための方法は分かり切ってる。

 さっきタキオンに話した通り、これは使い魔とトナカイを引き離す魔法。ならば二人を強引にでも出合わせれば、もはや妨害は叶わなくなり、そうする理由も無くなる。必然的に雪も止むはずだ。

 少しでも街の皆に申し訳ないと思うなら、それを可能な限り早く成し遂げなければならない。

「少し休もうか? ほらあのコンビニ、愚かにもこんな状況でも営業しているようだ。いったんそこで――」

「いらない!」

 タキオンの申し出を即座に蹴る。この雪道にも多少は慣れてきた。のんびり歩くのはそろそろ止めにしよう。

その場で軽く飛び跳ねて感触を確かめた後、あたしは白いコースを走り出した。まずは20km毎時ほどから。残る距離を考えたら体力は温存しておかねば。

「行きますか、スイープさん!」

 反応良く、隣に食らいつくてくるカワカミ。遅れてファインが続き、タキオンは代わって最後尾につく。皆、まだこの強行軍を止めにする気は無いようだ。

 誇らしさと嬉しさ、そして少し覚える胸の疼き。雪を巻き上げる脚にそれら全てを乗せた。

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