聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

28 / 30
調整された災厄

 GPSが指したピンの位置に辿り着いても、景色は一面の白と変わらなかった。

一色だけの積み木と化した家屋、それが十字によけて建っているので、やっとそこが交差点だと分かる。アスファルトの地面はもうどこを見たってのぞいてない。

 走るのを止めたあたしは、呼吸を整えながら交差点のおそらく中心部に向かった。しかしトナカイの姿は無い。その辺に倒れていてくれれば楽だったけど……。やっぱりタキオンの言うように、雪の下に埋まってしまったのだろうか?

「このっ……! なんとか言いなさいよダメトナカイ!」

 掘り起こそうにも、アプリ上のピンは大きすぎて何の目印にもなってない。メッセージはさっき以降も何度か送っているが、返信はあれっきりだった。

 背筋へと上ってくる焦燥感。全身を覆う雪の冷たさすら遠のいて、熱ぼったい痛みがあたしを襲う。いても立ってもいられなくなって、あたしはしゃがみ込んで雪中に手を埋めた。ばっしゃばっしゃとかき上げる。

「どうしたスイープ君」

 駆け寄ってきたタキオンに当たり散らした。

「あんたも手伝いなさい! とにかくそこら中を掘り返すしかない!」

「何を言ってるんだ、無理に決まってる」

「無理だからって諦められる!? この辺にトナカイがいるのよ! 早く助け出さないと!」

 腕をメチャクチャに振るって掘り続ける。幸い雪は降り積もったばかりで柔らかい。少しの間に数十cmほどの穴ができた。……でもキリが無い。どこまでいっても穴は白いだけ。そもそもこの下に彼がいるかどうかも不明だ。

「トナカイっ! トナカイいるの!?」

 見切りをつけて別の地点に。穴を掘っては次に移って、そしてまた掘り出す。四回繰り返した辺りで違和感を覚えた。

開けたはずの穴の数が増えてない。……降り続ける雪が、その傍から埋めてる。それに気付いた途端、全身から力が抜けた。

「くうぅっ! このっこのぉ……」

 苛立ちが呻き声になって漏れた。この圧倒的な天候の前では成す術も無い。へたり込んだあたしにカワカミが言う。

「私、スコップかなにか探してきますわ! あっちにもコンビニありましたから!」

「ごめん、お願い!」

 カワカミは親指でサインを返して、交差点沿いの店に走って行った。見送るあたしの隣に、ファインが屈みこむ。

「あんまり自分を責めちゃダメだよ。スイープちゃんのせいじゃないんだから」

「変ななぐさめ言わないで。誰が聞いてもあたしのせいでしょ」

「違うよ。スイープちゃんは皆と同じ、普通の願いを持ってただけ。担当のトレーナーさんに特別な想いを覚えるなんて、ウマ娘なら当たり前のことだもん。恥ずかしがることじゃないし、ましてや悪いなんて誰も思わない」

「でも嘘を吐いた!」

 ファインにしがみついて叫んだ。

「あの時……あの時、正直に言ってれば! この写真の人はあたしのトレーナーですって言ってたら、こんな事にはならなかった! クリスマスを待たずに二人は会って、三人仲良く過ごせた未来もあったかもしんない。

……けどもうダメ、取り返しがつかない。あたし悪い子なの……! ありもしない魔法に縋って、自分が幸せにするんだって余計なことばかりした。ごめんなさい、あたしが、あたしさえいなかったら……」

「そんなこと無いよ」

 ファインは両手であたしを抱きしめて言う。

「スイープちゃんはまだ気付いてないみたいだけど、あなたが一番あの人にとって大事な役割を果たしてる。だからそんな悲しいことは考えなくてもいいの」

「そんなわけ――」

「ほら見て」

 あたしの反論を遮って、ファインはさっきカワカミが走って行った方を指した。

 そこに見えたのは、こっちへ戻ってくるカワカミと……彼女が連れた一人の男性。ウマ娘のスピードに引っ張られ、ときおりつんのめる彼こそは。

「うそ……」

 雪の下に埋まってるはずのトナカイに違いなかった。

 

「いやぁ大変だったよ」

 開口一番、トナカイはそう言って頭をかいた。

「突然の雪に降られてバスが動かなくなって。仕方なく歩いて行こうと思ったけど、天気は酷くなる一方でさ。これじゃいつ展望台に着くんだろって考えてたら、その拍子にスマホも落として無くしちゃうし。あーあ……もう買い直すお金無いってのに」

「ふんっ! どうでもいいのよ、あんたのスマホなんて。それよりあたしを心配させたことをまず謝りなさい」

「それは……ごめん」

 なによその謝り方は、ひざまずいて許しを請いなさい――なんて冗談っぽい返しが浮かんだけど、胸が詰まって声にはならなかった。

怪我もしてない、元気な彼の姿を見ていたらそれだけで安心して泣きそうになった。あたしは危うく、彼の命を奪う一歩手前だったんだから。

「まぁまぁスイープさん、そんなところで許してあげてくださいまし。トナカイさんなりに頑張っていたのです。コンビニの店員さんに、スマホ貸してくれって土下座してたのは正直ドン引きしましたけど」

「えっ、あんたそんなことしてたの……。人としての尊厳はどうしたのよ」

「しょうがないだろ。どうにかして君と連絡つけなきゃいけなかったんだから。というかトナカイ呼びの君にそんなプライドを説かれたくない」

「そもそもトナカイさんはどうしてトナカイさんなのでしょう? 私はずっとそれが気になっていまして」

「よしたまえファイン君。それにはきっと深淵なる理由があるんだよ。こういう歳の男性は、年少の少女から蔑まれたいという欲求があってだな」 「おいちょっと」

 皆してわいわいとトナカイを取り囲む。緊迫していた空気が多少和らいだ辺りで、タキオンが「さて」と切りだした。

「これからどうするか決めようか」

「そんなの改めて話すまでも無いわよ。トナカイを連れて展望台に行く。そして使い魔の安否を確かめる。それだけでしょ」

 トナカイにしたのと同様、あれから何通か使い魔にもメッセージを送った。しかし彼女に限っては何の連絡も返してくれない。GPSの所在地も共有していないため不明のままだ。二人揃ってスマホを落としたのか、それとも最悪の可能性を考えるべきか。いずれにせよ、早急に向かわねばらない。

「私にはそう上手くことが運ぶとは思えないがね。展望台のある丘まで、残りまだ10km以上がある」

 タキオンは自分のスマホで地図を開いた。

「目指す展望台は上流域の山合にある。反対に今の私達の位置は下流。ここからずっと川沿いを上り、最後には渡らなければならない。徒歩で行くなら当然、過酷な道筋となるだろう」

 説明しながら、タキオンはトナカイをじっと見つめた。正確にはトナカイの貧相な恰好を、だ。

 彼ときたら、こんな時にも例の赤いセーターだけ。なのに今こうして立って話をしている最中も、雪は引っ切り無しに吹き付けている。

 案の定、がちがちと両腕を抱えて震えだしたトナカイに、一同は顔を見合わせた。

「どうする? その辺の店で装備を整えた方が賢明な気もするが」

「てかなんであんたはそんな舐めた服装なのよ。今朝から雪降ってたわよね」

「まさかこんなになるとは思わなくって。一応、家にはジャンパーなんかもあるんだけど……。取りに帰っちゃダメ?」 「蹴とばすわよ」

 現在の時刻は既に午後八時を回ろうとしている。本来の待ち合わせは六時。使い魔は「二時間くらいなら待つよ」と息巻いてたけど、この天気はあいつも想定してないだろう。変な無茶をする前に、一刻も早く迎えに行きたいところだ。

「さっきのコンビニでカイロか何か買い込んできなさいよ。運が良かったら、コートとかも売ってるかもしれないし」

「わ、分かった」

 急ぎ足でまた戻って行くトナカイと、心配なのか追っかけるカワカミ。二人の後ろ姿を見て、なんとなく不思議に思ったけど……。その違和感の正体は掴めなかった。

「スイープ君、もう一度訊いておくが本気で今から展望台に行くつもりか?」

「くどいわね。誰が何と言おうと、あたしはやるわよ」

 自分への鼓舞も含めて啖呵を切ると、タキオンは顔を曇らせた。

「嫌な予感がする。これまでの道中は単にトナカイ君を探すだけだったが、ここからは変わる。聖杯による妨害行為も、いよいよ本格化すると見て間違いない」

「これ以上のことがまだ起きるってこと? いったいなによ、それは」

「分からない」

 柄にもなくあっさり言い切った。

「もはやこの世界は私達の知るルールでは動いていないんだ。何が起きても不思議じゃない。それこそ槍が降ってきたってね。覚悟だけはしておきたまえ」

 白い結晶の埋め尽くす空を見上げる。……気のせいなんかじゃなく、その勢いは学園を出た時より激しくなっているように見えた。

 

―――――

 

「覚悟はしてたけどさぁ!」

 前を歩かせているトナカイが悲鳴を上げた。

「こりゃないだろわぷっ」

 正面から顔に叩きつけるブリザード。もはや視界もほとんど利かない。

念のために懐中電灯を全員分持ってきておいて良かった。街灯すらも雪の下に眠った今、これがなければ真っ暗闇を進む羽目になっていた。

「ほら、たったか歩く! たまにはトナカイらしいとこ見せなさい」

 こう言って励ますのも何度目だろうか。彼もあたしに応えて数歩くらいはガシガシ歩くのだけど、すぐに力尽きて遅れがちになる。この繰り返しだ。

 ただ一応、装備だけはさっきよりマシになって、分厚い防寒着を入手できている。やたら例のコンビニの品揃えが良かったお陰だ。それすら無かったら、とっくに凍えて動けなくなっていただろう。

 トナカイを拾った交差点から、まだ1kmも進んでないのに、時間ばかりが過ぎていく。限界を感じたあたしは、ついに奥の手に及ぶことにした。

「あ、ちょっ……」

 トナカイに向かって突進し、そのまま掬うようにして抱き上げる。以前、駅地下でやったお姫様抱っこの形。ずっしりした成人男性の重量が、疲労した手足に響く。でも文句なんて言ってられない。

 彼はうだうだと抗議してくるも、全て無視した。ちんたら歩くそっちの方が悪い。だいたいウマ娘と人間一人の力の差を考えたら、担いだ方が速いのは当たり前だ。

 実際、これに切り替えてから移動効率はみるみる増した。

 商店街の大通りを過ぎ、駅前広場を越え、野外ステージを遠くに臨む。まばらに点灯した店の照明が照らし出す、真っ白に染められた街。不良にもほどがあるバ場に苦心しながらも、あたし達四人は展望台に至る道をひた走る。

 このペースなら、どうにか九時前には辿り着けそう――と思っていた矢先に、現在先頭を行くカワカミが急に足を止めた。

「どうしたの!」

「いえ、それがあちらで……!」

 カワカミが指さしているのは、前方に見える道路端だった。そこがどうやら気になったらしい。いったん速度を落として、全員で近づいて行ってみる。

「なにが変なのよ。特に何も無いじゃない」

 周囲を見渡してみたけど、人が立ってるわけでもないし何の異常も無い。強いて言うなら、こんもりと雪が山になってるくらいだろうか? しかしカワカミはやけに必死になって、その付近をライトで照らしている。

「こっち……この辺りから、誰かの声が聞こえた気がしたのです。もしかしたら……」

 そう言って、ガリガリと雪を掘り返し始めた。さっきのあたしと全く一緒の、無謀な試み。だけど彼女には確信があるようだった。

「斜め屋根の家がすぐ隣に建っている。この雪山はそこの上から落ちてきたものだろう」

 流れでカワカミを手伝いながら、タキオンが言う。見上げてみれば、確かにその家の屋根には、雪崩の痕みたいにぽっかりと空いてるところがあった。

「とすると車、あるいは人……その下にいた誰かが巻き込まれた可能性は十分ある」

 タキオンの推測を聞いて、ファインも作業に加わった。しまいには腕の中のトナカイまで「いったん下ろしてくれ、僕もやる」と言い出し始末だ。

「皆どうしたのよ。そんなことしてる場合――」

 途中で慌てて口をつぐんだ。あたし、今なんて言おうとしたの? 気温が原因じゃない、信じられないような寒気を覚える。それを振り切るように、トナカイを放り出してあたしも雪かきに加わった。

「あ! 見て、ここ」

 ファインが発見したのは、つるつるした金属らしき板だった。ライトでよくよく見てみると、それが車のルーフだと判明するのに時間はかからなかった。

「やはりか。カワカミ君の言っていた声というのも気になる。扉部分を重点的に掘り返そう」

 車は相当な量の雪に覆われていたけど、五人がかりとなると呆気なかった。四角い輪郭はすぐにも現れ、やがて軽自動車の車体が浮き彫りになった。

「どなたかいらっしゃいますか!?」

 できあがった穴の中に、真っ先にカワカミが降り立った。ウィンドウを覗き込みながら、がつんがつんとボディを凹ます勢いでぶっ叩く。

 上に立っているあたしにも「はい……」というか細い返事が聞こえた。

「ご老人の方が二人、入ったままです。雪の圧力で扉が開かなかったみたいですわね」

 カワカミは車の扉に手をかけると、裂ぱくの気合を込めてこじ開けた。金属の軋む嫌な音とともに、多少残っていた雪が押し退けられる。

「どうだ、カワカミ君。二人は大丈夫そうか?」

「そうですわね……」

 車内に顔を突っ込んで、中の様子をうかがう。少ししてから、カワカミはあたし達の方へ向き直った。

「ちょっと厳しいかもしれませんわ。凍えて動けなくなってしまったようです」

「ならこのままにはしておけないね。せめてどこか、暖かい場所に連れて行ってあげなきゃ」

 ファインも車の傍へと飛び降りた。あたしもそれに続こうとして……なぜか肩をタキオンに掴まれる。

「な、なによ。早く助けないと」

「先へ急ごう。ウマ娘が二人いれば十分だ」

「二人を置いてけるわけないでしょ! あんた心配じゃないの!?」

 そう言い返すとタキオンはゆっくり首を横に振った。

「強がるんじゃない。君の気持ちは分かってる。……使い魔のことが最優先事項のはずだ」

「けど……!」

 その時、「おーい!」と足元からファインとカワカミの声がした。夫婦と思しき老齢の二人を背負って、こっちに手を振っている。

「私達のことなら心配いらないから。すぐ近くに住んでる家があるそうだから、そこまで連れて行くね」

「タキオンさん、スイープさんをお願いしますね!」

 言うが早いが、二人はぴょんと穴から飛び出て街中の方へと走り出した。あたし達を振り返りもせず、ただ一心に前を見つめて。

「二人ともなに考えて――」

「君のために決まってるだろう。全員で行ってたら、それこそ時間がいくらあっても足りない。二人に感謝したいなら、この事態を終結させてからだ」

 タキオンはそれだけ言うと、隣で棒立ちしていたトナカイを担ぎ上げた。

「ちょっと、勝手に取らないでよ!」

「まだ先は長い。交代で運搬した方が効率的だ。しばらくは私が持たせてもらう」

「……しょうがないわね。落っことしたら承知しないわよ」

 鷹揚に頷いて、見事なフォームで雪を蹴った。斤量が増したにも関わらず、あっという間に伸びていくタキオンの速度。うかうかしていると置いて行かれる。あたしも慌てて追いすがった。

 

 二人とお荷物一名となった道中。暗闇の道を駆けながら、タキオンが喋りかけてくる。

「さっきの事だが、一つ可能性の話をしていいか」

「嫌って言ってもどうせするんでしょ」

「まぁね。……あくまで推測なんだが、あれは聖杯による妨害だ」

「あんなのが!?」

 驚くあたしに、タキオンは慎重に言葉を選ぶようにして続ける。

「車中閉じ込めが、渋滞もない場所であんなにタイミング良く発生するだろうか。いくら屋根からの雪滑りがあったって、軒下で待ち構えでもしなければ普通、巻き込まれない。あるとしても、非常に低い確率と思われる」

 確率、という単語にアクセントを置いた。

「まさか……それを操作した?」

「そう考えるのが妥当だ。事実、私達は老夫婦を見捨てることができず戦力を二分した。場合によっては、全員が寄り道する羽目になっただろう。良心に訴えかける、実に姑息で効果的な手法だよ」

「待ってよ、でもあの人達に変なとこなんて……」

 遠目に見ただけでも、彼らがただの一般人であることはすぐに分かった。操られたような様子は微塵も無かった。

 するとタキオンは「そこが不思議なんだ」と難しげな声になった。

「未知の力をもってすれば、もっと理不尽なことはいくらでもできるはずだ。さっきは冗談で槍なんて出したが……。もっと分かりやすく、例えば私達を標的に交通事故を起こすなんてのもあるだろう」

 突然そんなことを言い出すから、思わず転びそうになる。必死に胸を押さえるあたしをよそに、タキオンは「しかしやらない」と逆接で繋げた。

「力を制限されている? もしくはなんらかの故障? 検証データが足らない、もう少しじっくりと事態を観測することができれば……。いやもしかしたら」

 先を行っていたタキオンは僅かに速度を落として、あたしの隣に並んだ。

「アレの所有者は依然として君しかいない。やはり鍵はそこにあるのか?」

「さっきから何が言いたいのよ、ぼんやりしてて良く分かんない」

「すまない、まだ頭の中で整理中なんだ。だが重要なことであるのは間違いない――」

 タキオンが言いかけた途中で、トナカイが急に「あれは?」と声を上げた。話を中断して周りを見てみれば、道の少し先で赤いものがチカチカたくさん点滅している。

 目を凝らしてみると、そこに警備員らしき人が集まっていると分かった。交通整理で使う光る棒に、矢印の浮き出た電光板などなど。いったい何をやっているのか、それらを手に忙しそうに立ち回っている。

 訝しがりながらも進もうとしたら、行く手をタキオンに阻まれた。

「ストップ。おそらくあれは侵入禁止の意図だ。このままいったら、呼び止められる」

 確かに、ぐるぐると右手を回す様子から、直進は不可能だと示しているようだ。通行人もほとんどいないのに、ご苦労なことである。

「じゃあ迂回するしかないわね。別ルートは?」

「それはもちろん。左に60mも行ったら曲がれる小道はある……が」

 タキオンは取り出したスマホをじっと見つめながら、顔にしわを寄せた。

「まだ何かあるの?」

「……いいや、なんでもない。そっちへ行こう」

「変なの」

 地図を頼りに、少し遠回りの道へ切り替えて走る。しかしタキオンの不安は的中した。

 家と家の間の狭い路地、そこにすら二名の警備員が立っていた。背を後ろで組んで仁王立ち、誰も通さないという意思がありありとうかがえる。

「ここもダメ? タキオン、また別の道を探すわよ」

 踵を返すあたしだったけど、なぜかタキオンは動いてくれない。もしかして、走るのが嫌になってしまったんだろうか。話しかけようとすると、彼女はいきなり腕のトナカイをあたしへ放ってきた。

「おわっ!」

 危ういところで、なんとかキャッチ。トナカイと二人、ほとんど抱き合うような形になる。「変なとこ触ったらぶっ飛ばすわよ」と釘を刺していると、タキオンがやっと口を開いた。

「迂回は無駄だ。どう回ろうと、確実に阻まれる」

「なんで言い切れるのさ」

久々にトナカイがまともに喋った。

「だから言っただろう。これも聖杯の効力に違いない。だとすると、この全域一帯に検問が敷かれているとみていい。ちょうど展望台に繋がる道全てを潰すように」

「何の理由で。こんな非常時に、多くの人員を割いてただ道を塞ぐなんて明らかに不都合だろう」

「それは不明だ。たぶんだが、彼らだって良く分かってないんじゃないか? もっと言うなら、そんなことはどうだっていい。今、考えるべきはどうやって先に進むか。そしてその方法は一つだけだ」

 喋りながらタキオンは歩き始めた。二人の警備員に向かってずんずんと突き進んでいく。

何をするつもりか――彼女の意図はわざわざ訊かなくても見て取れた。

 道は確かに狭いけど、誰かとの会話に集中していれば走ってくるウマ娘を捉えるのは難しい。つまりあたしを行かせるために、囮になってくれるというわけだ。

「ありがとう、タキオン。なんだかんだで、やっぱりあんたいい奴ね。絶交も無しにしてあげる」

「このくらいどうってことないよ。君はそこで待っていたまえ」

 後ろ背に聞こえたその言葉。後はもう止める間も無く、タキオンは警備員に話しかけた。自然な口調で「ここって通れないんですか? なんで?」と時間稼ぎを始める。

「よし、突っ切るわよ。トナカイ、しっかり掴まってなさい。あ、でも身体触ったらダメだからね」

「じゃあどうしろと――ひゃあ!」

 トナカイの悲鳴すらその場に残し、あたしは爆発的に加速した。さらにその勢いで跳躍、右側の壁へと足場を移して走る。この間合いなら、たとえ手を伸ばしたって、あたしには届かない。

「えーでもこっから先に用事があってー。どうしてもダメですかねぇ」

「無理なもんは無理だ、お嬢さん。この先の橋が――ってなんだ!?」

 真横を抜き去っても加速を止めない。追いつかれるとは思わないけど、ここで緩めるのも面倒。どうせだから、このまま展望台までまっしぐらに向かおう。

「ちょ、ちょっとスイープ君!? 待っていてくれって言ったんだけど――」

 遠ざかっていく警備員とタキオンの声。何か不満げな声が聞こえた気がしたけど、しょせんは気のせいだ。彼女との友情に心から感謝を送る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。